
今年2月14日に開催されたSpoilerEventでミン室長は次のようにコメントしています。
「彼らは全員、成人しました。私は、よりシリアスな表現がSHINeeに必要だと思っていました」
彼らのアルバム・ジャケット画像は、メンバーの夢を表現しているのだそうです。ジャケットは彼らの心の奥底で求めている理想の女性を表現しているのだそうです。言葉や歌詞を通じて説明することができなかったものを表現するために彼女はSHINeeと最善を尽くしたそうです。
また、『Dream Girl』は単なる女性ではなく、SHINee自身の投影だとコメントしています。
「理想的なタイプを探すとき、自分と似ている誰か、または全然違う側面をもった誰かを探そうとします。実は、私たちが理想とするのは自分自身のある側面です。探しているその人は実は自分自身なんです。」
ミン室長の言葉とジャック・ラカンの「鏡像段階」を比べると、類似性があって面白いです。
(wikipediaからの引用)
幼児はいまだ神経系が未発達であり、自己の「身体的統一性」(仏:unité corporelle)を獲得していない。平たく言えば、自分が一個の身体であるという自覚がない。言い換えれば「寸断された身体」のイメージ(仏:image morcelée du corps)の中に生きているわけである。
そこで幼児は鏡に映る自己の姿を見ることにより、自分の身体を認識し、自己を同定していく。この鏡とはまぎれもなく他者のことでもある。つまり人は他者を鏡にすることにより、他者の中に自己像を見出す(この自己像が「自我」となる)。
次は第2章のコンセプト。紆余曲折を経ているようです。
■ツィッターで流れていた画像。

今回の背景にあるのはキーくんですが、ジャケットでは反転しています。
■MVのキーくん

■Why so serious?

画像の反転で、このジャケットはアイドルとしてのSHINeeの裏側を表現しているのではと思います。そして、あえて顔を消すことによって、「空虚」「没個性」さが強調されているように思うのです。「Dream Girl」というのが彼らのアイドルとして表現されている一面、「Why so serious」は、「アイドル」として氾濫する情報の中、その奥底に埋没する彼ら自身なんではないか…なんてことを思っています。
ただ、彼らはそのことをネガティブに思っているどころかむしろ楽しんでいる…というのが、本音じゃないのかなと。
■shineee.netの歌詞より、自分の解釈を含みます
[TM] 午前零時を過ぎた夜明けに泥の中で目覚めた…何かが。
[ON] 僕を見ると、みんな震え上がる。
[JH] だらりと腕を垂らして彷徨う僕はウォーキング・デッド
[KEY] 吐く息の冷たさに
[ON] 息をするのに飽きたとき、僕は君を見つけてSo shocked!
[ALL] Why so serious?(何を悩むことがある?)
[TM] 「ロミオとジュリエット」それは悲劇のラブ・ストーリーじゃない。(註:天国でむすばれたんだから、という意味なんでしょうかね)
[ALL] 何もかもうまくいくさ。
[JH] 君は「ラブ・ストーリーは必ずハッピーエンド」がわかるラブ・ストーリー・マニア。(註:英語の直訳とはちょっと違います。youをゾンビ(=普通の浮世の愛以上の愛の物語を知っている人)と解釈して、上のように訳しました)
泥の中に眠るゾンビは情報の氾濫の泥の底に沈んだ彼ら自身、彼らが恋する匿名の少女は実はファンじゃないかと思うんですよね。
■これだけ見るとまさにファン(笑)

ってことで、
私は、このアルバムはSHINeeのファンへのラブレター
って受け取ってます~

(=⌒▽⌒=)
■関連リンク
Shinee Spoiler Event