必要なのは実例
成瀬代理がすかさず前に出る。
「所長、その点は我々も理解しています。フォーラムで重要なのは、“理念”ではなく“実例”。だからこそ御社の取り組みをお借りしたいのです」

湯浅所長の目が細められる。
「……ほう。だが実例を出したところで、それをどう伝えます? 参加者が“自分ごと”として受け止めなければ意味はない」
――来た。
真正面から試されている。
俺は背筋を伸ばし、言葉を選んだ。
「所長のおっしゃる通りです。ですから我々は“フォーラム”という形を選びました。シンポジウムのように議論を散らすのではなく、参加者自身に結論を導かせる場です。そこで貴研究所の挑戦を提示できれば、“これは遠い未来の話ではない”と実感させられる。私はそう確信しています」
湯浅所長の眉がわずかに動いた。
わずかだが、その眼差しに変化が見えた。
「……なるほど。思い付きでお話しされているわけではなさそうですね」
応接室の空気が、ピリリと震えた。
――勝負はまだこれからだ。
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