日本酒『鍋島』に合う
二人はチェックインを済ませた。
「お食事は六時からでよろしいですか?」
「はい。すでにお腹ペコペコですが…」大杉主任は、酒蔵での酔いも少し覚めたようだ。
そのとき、天野次長の携帯が震えた。
「伊達木社長からだわ」
――そうそう、前に贈ってもらった“対馬の黄金あなご”の御礼を言うのをすっかり忘れてたわ。知り合いのシェフに白焼きや煮あなごに料理してもらって食べたけど、おいしかったわー。で、話は変わるけどさ、今日の夕食は飯盛夫人と一緒に食べてもらってもいい?
「もちろん、構いませんよ」と即答すると、
――飯盛さん、とてもいい人だから、楽しい夕食になると思うわよ。じゃあ、よろしく!
軽やかな声とともに電話は切れた。
天野次長は携帯を閉じ、にやりと笑った。
「大杉さん、どうやら今夜は、もうひとつ“特別”が加わったみたいよ」
六時、二人は一階のカウンターレストランへ向かった。
「お待ちしておりました。」
シェフと飯盛夫人が笑顔で迎える。
「私もご一緒してよろしいですか? 伊達木社長から“面白いお二人だから、きっと楽しい食事になる”と伺ってまして。」
「面白いかどうかは分かりませんが、もちろんです。」
「うちのシェフは、もともと福岡のフレンチで修業していたんです。私がその腕に惚れ込んでスカウトしました。ただ、ここでお出しするのは基本的に、日本酒『鍋島』に合う和食なんですよ。」
「へぇ、それは楽しみです。」

最初の一皿は、唐津産の鮑と芋茎に、地元のすっぽんの煮こごりを合わせたものだった。
「おいしい。」と大杉主任。
「絶品ね。」と天野次長。
「ありがとうございます。」とシェフも飯盛夫人も、心底嬉しそうだ。
その後も、手の込んだ創作料理が次々と並び、それぞれに違うラベルの「鍋島」が添えられた。口に運ぶたび、この宿の料理と酒のレベルの高さがはっきりと伝わってくる。
食後も、女性経営者としての奮闘談から、伊達木社長の武勇伝まで話題は尽きず、笑いの絶えない夕食会が続いた。
やがて、鹿島の夜は、満ち足りた空気とともに静かに更けていった。
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