地域戦略部には戦略が無い(179)『 御宿 富久千代 』 | cb650r-eのブログ

cb650r-eのブログ

ブログの説明を入力します。

『 御宿 富久千代 』

 

「酒蔵のご見学はここまでです。ここからは妻が『御宿 富久千代』へご案内します。私はここで失礼します」

「大変お世話になりました。本当にありがとうございました」

 

 

飯盛さんに深々と頭を下げ、天野次長と大杉主任は奥様に導かれ、今日の宿へと歩き出した。
胸の奥には、さっきまで味わっていた酒の余韻と、ほんの少しの期待が残っていた。


 

「ここから五分ほど歩いたところに宿がございます」
そう言いながら、飯盛夫人は酒蔵通りを来た方向へとゆったり戻っていく。
「うちは一日に一組しかお客様をお受けしないんです。だから、伊達木社長から“二名泊まれないか”とお電話をいただいたときは、正直、無理だと思いました。でも宿帳を確認したら──偶然、本日のお客様がキャンセルされていたんですよ」
「私たち、ついてますねぇ」大杉主任が嬉しそうに言う。
「正直、私もほっとしました」飯盛夫人の表情にも安堵がにじむ。
「伊達木社長も、よくお泊まりになるんですか?」
「はい。長崎に出張の際、お仕事が終わると、ふらりとお越しになります。特に宿の料理とうちの日本酒を、毎回とても楽しみにしてくださって」
「なるほど、納得です」天野次長はうなずきながら、心の中で“あの食へのこだわり方なら、確かに…”と思う。

やがて宿に到着。
 

 

「え、ここですか? さっき通ったときは酒蔵かと思って、通り過ぎてしまいましたよ」大杉主任が目を丸くする。
「御宿だとは気づかなかったけど、素敵な建物ですねぇ」天野次長も感嘆の声を漏らす。
 

 

「ありがとうございます。さぁ、中へどうぞ」
扉をくぐると、ふわりと木の香りが包み込む。
外のざわめきが嘘のように消え、静かな空気が足元まで染み込んでくる。

 

このブログの内容はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。