マリア園
やがて料理が運ばれ始め、テーブルに和やかな空気が流れるなか、伊達木が口を開いた。
「……ところで、天野さんと大杉さんがお泊まりのホテル、“インディゴ長崎グラバーストリート”、もともとは『マリア園』っていう児童養護施設だったの、ご存じ?」
「マリア園……ですか?」と大杉主任が首をかしげた。
「そう。カトリック系の慈善施設よ。戦後の混乱期に“マリア会”という修道会が、恵まれない子どもたちのために建てたの。グラバー園や大浦天主堂のすぐ近くで、赤煉瓦造りの建物、こうもり天井、白い鎧戸にステンドグラス……ロマネスク様式の本当に美しい建物だった」
「確かに、文化財級の建築物を活用するのは簡単じゃありませんね」と天野がうなずいた。
「そうなの。耐震や景観保全、そして何より、あの斜面地に駐車場を確保するのが難題だった。でも……どうしても、あの場所を未来に残したかったの」

伊達木は一瞬言葉を切ると、静かに続けた。
「でね――表には出てないけど、いちばん支えてくれたのが……大阪ビジネスコンサルタンツの成瀬さんだったのよ」
その名前に、場の空気が変わった。
天野も大杉も、少し身を乗り出して聞き入る。
「何度も大阪から長崎に来てくれて。“この建物は、残す価値がある”って、まっすぐ言ってくれた。その言葉を信じたから、私は進めたの。どれだけコストがかさんでも、どれだけ行政が難しくても」
「……成瀬さん、らしいですね」と天野次長が大杉に目をやりながら言った。
「ほんとうにあの人は、“ものの価値”を見抜く人よね。建物も、土地も、そして人も」
そう言って、伊達木は、ひずんだ昔ながらのガラス窓越しに、そっと視線を移した。
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