40年ぶりの長崎市。
会議室を出て、それぞれの席へ戻る途中――
大杉主任がふと歩調を緩め、隣を歩く天野次長に声をかけた。
「次長、長崎って、どれくらいぶりになるんですか?」
「実家にはわりと帰ってるけどね……」
「でも、長崎“市”ってなると?」
天野次長はしばらく記憶をたどるように視線を泳がせた。
「昔は伊丹から対馬への直行便があったんだけど、今は福岡空港まで飛んで、そこからオリエンタルブリッジに乗るの。だから、長崎市内はほとんど経由しないのよ」

「ハウステンボスとかは?」
「ああ、入社3年目に一度行ったけど、あそこは佐世保市。長崎市じゃないから」
「ということは……?」
「……高校3年のときに、たしか大学受験の準備の買い出しか何かで行った覚えがあるわね」
「ってことは……」
「……40年ぶり、かしら」
「えぇぇ〜! マジですか!?」
大杉主任が素っ頓狂な声をあげたあと、ふと自分も思い返す。
「……でも、私も大学の卒業旅行以来だから……25年ぶり?」
顔を見合わせた二人は、思わず声を立てずに笑った。
「そもそも、対馬の人って、長崎市内にあまり行かないのよ。買い物も病院も、フェリーで博多に行く人が多いし。今でも“長崎市に行ったことがない”っていう若者、けっこういるわよ」
「へぇ……意外というか、もったいない気もしますね」
「でも……」
天野次長は少しだけ歩みを止め、窓の外に目をやった。
「なんか、すごい2日間になりそうな気がするわ」
その言葉に応えるように、初夏の風がそっとビルの谷間をすり抜けていった。
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