学生が安く住める理由
大矢さんの一通りの説明が終わった頃、ふと大杉主任が、犬の散歩をしている若者に声をかけた。
「こんにちは。ワンちゃん、かわいいですね」
「はい、この子は、ここの高齢者の方の犬なんです。僕が時々頼まれて、散歩してるんですよ」
若者は人懐っこい笑顔で答えた。
「えっ、それってアルバイトなんですか?」と、天野次長が興味深そうに尋ねる。
「いえ、ボランティアです。ここでは、困っている人に頼まれたら、自然と“手伝う”って空気があるんですよ」
あたりまえのことのように、若者は肩をすくめて笑った。
「このまちには、美術大学の学生や、他の大学生も一緒に暮らしているんです。家賃はすごく安くなっていますが、その代わりに、地域の高齢者を手伝ったり、イベントを一緒に運営したりするんです」

と、大矢さんが補足した。
「なるほど。つまり、学生が安く住めるのは、“思いやりのある助け合い”が前提なんですね」
大杉主任が納得したようにうなずく。
「しかも、その“ゆるいつながり”が、お金では測れない価値を生んでいる……これは、すごい」
と、天野次長が思わずつぶやいた。
「もちろん、有料のバイトもあります。でも、すぐに人気が出て埋まっちゃいますよ」
と若者はさらりと笑って言った。
高齢者、学生、子ども、障がいのある人――
さまざまな人々が自然に混ざり合い、互いに支え合いながら暮らすこのまち。
そのありのままの姿が、日本版CCRC(生涯活躍のまち)として全国から注目されている理由の一つなのだ。
と、天野次長は心の中で静かに思った。
やがて視察が終わり、大矢さんが金沢駅まで車で送り届けてくれた。
駅のロータリーで車を降りると、天野次長と大杉主任は深々と頭を下げて、大矢さんへ感謝の言葉を述べた。

