墓前にて。
「確か、墓は実家のすぐそばだったな。」
「はい。」
「おふくろさんは元気か。」
「はい、元気にしています。」
「君と会うのはいつ以来だ。」
「1986年3月の下旬以来だと思います。父の葬儀以来です。日付はあいにく覚えていません。」
「30年ぶりか。」
「はい。」
父の墓は、和歌山市関戸の実家のすぐ隣にある。急な階段を登った先の高台に位置し、周囲を一望できる場所だ。
墓は手入れが行き届いており、生花が新たに活けられていた。おそらく、母が日常的に管理しているのだろう。
俺は墓前のろうそくにライターで火を灯し、2本の線香に火をつけ、それを理事長に渡した。
宇都宮理事長は、無言で線香を墓前に供え、黙って手を合わせた。俺はその背中越しに静かに手を合わせた。
2分ほどの沈黙が流れ、ついに理事長が口を開いた。
「これで、私も引退だ。病院は、娘婿である院長に譲る。」
「そうですか。」
「病院のことは院長と相談してくれ。私は今後、一切口出しはしない。」
「かしこまりました。」
再び、しばらくの沈黙が続いた。
「理事長、母にお会いになりますか?」
理事長は少し考え込み、
「いや、やめておこう。」
「わかりました。」
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