どっちに転ぶか。
小川常務と行動を共にするのは、香港支店の一件以来である。
今回の舞台は東京行きの新幹線。その車内での会話である。
「あ、黒田院長への手土産、買うの忘れました。」
「そんなこと、どうでもいいさ。手土産の有無で態度を変えるような人物じゃないだろう。」
「それは、よく存じてます。」
常務はふと話題を変えた。
「ところで、BMWにはまだ乗っているのか?」
「いえ……。5~6年前でしょうか。左手の握力が急激に落ちてしまって、クラッチを切れなくなったんです。それで、泣く泣く手放しました。」
「そうか、ずいぶんとお気に入りのようだったからな。」
「親父の形見みたいなもんだったんですよ。大学入る前に親父が亡くなって、お袋が全額出してくれました。中古でしたけど。」
「その話は初耳だな。」
常務が腕時計をちらりと確認する。
「ところで、今日と明日で確定しているスケジュールを教えてくれ。」
「まず、今日の午後に黒田院長と面談します。木曜の午後は非番だそうです。」
「それで?」
「売らない、と笑われたらそこで終了です。」
「万一笑われなかったら?」
「……都庁に行きます。」
「都庁だと? 展望台でも上るつもりか?」
「初芝病院の決算書を3年分ほどコピーします。」
「ほう、そんなことができるのか?」
「はい。医療法人には決算書の提出が義務付けられているんです。」
「なるほど。分かった。」
常務は満足げに頷きつつ、ふと別の話題に移った。
「夜の部は俺が担当だ。18時半から日本橋で夕食だ。有永も来るぞ。」
「有永さん、懐かしいですね。今どうしてるんですか?」
「四菱銀行の関連会社、四菱ビジネスコンサルタントの副社長だそうだ。」
「あと、誰か連れてくるといってたぞ?」
「誰か?」
「誰かまでは言わなかったな。有永のやつ。」
「久保田さんですかね?」
「なら、そう言うだろう。」
「そうですね。」
常務は肩をすくめて笑う。
「まあ、会えば分かるさ。」

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