ケ・セラ・セラ
「ケ・セラ・セラ」本日、大学院の授業で、映画の主題歌「ケ・セラ・セラ」を取り上げ、生徒用の教材としてアクティビティーをやった。これを読んでいる方の中には、「え?ケ・セラ・セラって日本語じゃないの?」と思った人もいるだろう。これは、1956年に洋画『知りすぎていた男』(原題:The Man Who Knew Too Much)の中で主演女優のドリス・デイが歌ったもので、”Que Sera Sera” は元々スペイン語で、”Whatever will be, will be” (なるようになる)」といった意味なのだそうだ(厳密にはスペイン人はこの表現は使わないようだ)。日本では、雪村いづみ、ペギー葉山が日本語で歌ってヒットして日本に広まったという。英語の歌詞は以下の通り。(和訳はあくまでも便宜的なものとして利用し、適宜、英文の原文を参照していただくようお願いします)Que Sera Sera - Doris Day (1956)The theme song of "The Man Who Knew Too Much" directed by Hitchcock.When I was just a little girlI asked my motherWhat will I beWill I be prettyWill I be richHere's what she said to me私がまだ小さかった頃母にこう尋ねた将来どんな風になるのかしら美人になれるかしらお金持ちになれるかしらすると母はこう言ったQue sera, seraWhatever will be, will beThe future's not ours to seeQue sera, seraWhat will be, will beケ・セラ・セラなるようになるわよ未来は見えなくてもケ・セラ・セラなるようになるものよWhen I grew up and fell in loveI asked my sweetheartWhat lies aheadWill we have rainbowsDay after dayHere's what my sweetheart said大人になって恋した時に恋人にこう尋ねた私たちの未来に何が待っているのかしら虹を手に入れられるかしら毎日ずっとすると恋人はこう言ったQue sera, seraWhatever will be, will beThe future's not ours to seeQue sera, seraWhat will be, will beケ・セラ・セラなるようになるさ未来は見えなくてもケ・セラ・セラなるようになるものさNow I have Children of my ownThey ask their motherWhat will I beWill I be handsomeWill I be richI tell them tenderly今、母親になった私に子どもたちはこう尋ねる僕は将来どんな風になるのかなハンサムになれるかなお金持ちになれるかなそして私は優しくこたえるQue sera, seraWhatever will be, will beThe future's not ours to seeQue sera, seraWhat will be, will beQue Sera, Seraケ・セラ・セラなるようになるわよ未来は見えなくてもケ・セラ・セラなるようになるものよ曲は知っていたけれど、歌詞にこんなに深い意味があるとは知らなかった。皆が「ケ・セラ・セラ」で生きれば人生もっと自由に生きられるような気がするなあ。