先日、農作物の産地を特定して、偽造防止システムを構築した起業家の40代位の社長のオフィスに招かれて通訳の仕事をした。オーストラリア人女性担当者二人とビデオ通話で繋いでの通訳の途中、突然社長の顔色が変わった。何と、分析を依頼するオーストラリア人の言う方法と社長が既にプレスリリースをした内容とが乖離しているというのだ。それまでの両者のやり取りはAI翻訳に頼っていた。社長は額に汗を流しながら慌てふためいて何度も確認するものだから、私もしつこく英語で同じ質問を違う角度で何度もした。オーストラリア人の喋り方は、英語圏の中でもやんわりとしていて(と大学院の語用論の授業で学んだ)、相手を気遣って喋る傾向がある。はっきりと「イエス」「ノー」と言わないものだからこちらも語気が強くなり、「今から言う質問にイエスかノーで答えてね!」と前置きをして、数回聞いてもやはり二人とも首を横に振っているものだから、社長も目を丸くして固まってしまった。

 

ところが、ビデオ通話が終わり、更に驚いたことに「まっいいか。『技術が新しくなり、今までの面倒くさい現地調査も不要になりました!』ともう一度プレスリリースすれば。プレスリリースをもう一度打てるし、このビジネスの視認性が更に高まるし」と言っているではないか。ミーティング中に受けたショックと驚愕の色は既に跡形もない... この切り替えの早さと言い、ポジティブ思考は只者ではない... さすが、若くして起業しただけある。

 

通訳料金も「今日は雪の中をわざわざありがとうございました。また今後ともどうぞよろしくお願いいたします」と言って弾んでくれ、私は「本日は、社長の姿勢に多くを学ばせていただきました」と深々と頭を下げ帰路についたのであった。