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Day Dream Traveler

 日々の出力を義務付けるための一手段。 もしくは、赤い幻想と青い現実のあいだを夢見がちに歩いて行く旅行者の記録。

枝にぶら下がる腰のない時計が、

5分前に、言い争った

という、事実を僕に教えてくれる。


いつものように、


しっかりとした話し合いは行われずに、


相手はコミュニケーションを拒絶したいと

言葉を変えながら叫び続け、


そんな態度に僕は相変わらずふてくされるだけ。


さっぱりした痴話げんかではない、

根が深い。


お互いが無理を続ける共同生活、

それをわかっていて、二人がそれを続けるのは

生活のためか、世間体のためなのか、


荒野のはてを望遠鏡で覗いても、

地平を生み出す、消失点が気になるばかりで

めぼしい答えは見つからない。


真肋、第三肋骨から第七肋骨に至る引き出しに

しまっておいた、甘い思い出は、

疾うの昔に、蟻にたかられ、失せている。


馬鹿馬鹿しい、何かが間違っている、方向がおかしい。

心は叫んでみても、理解の出来ない現実が

のど元へ鋭利な輝きを突きつける。


一歩進んで、楽になれるならそうするが、

この世界で、そんな当たり前のことが

許されるとも思えない。


僕の苦しみと引き換えに、

血しぶきで、ピンクの虹でもかかるだろうか?


減らず口はたたけても、度胸のない僕は

おずおずと、後ずさりする。


シュルレアリスム

僕にはリアルすぎて理解できない世界。

フランスにいる、100歳になるおじいさんが死んだ。

名前をクロード・レヴィ=ストロースと言う。


別段悲しいわけでもないし、どうと言うことはないのだけれど、

いろいろと、お世話になっているので、


ありがとう、と、伝えてみたくなった。

こういうのを、世間では追悼と、言うのだろうか。


『悲しき熱帯』も『野生の思考』も

一度は体を通り過ぎたけど、


たぶん、今の僕を血や骨を

形成してしているのは、

レヴィストロースさんが、考えたことを

誰かが咀嚼して、表現していることだ。


年齢をかんがみても、いろんな感じで

しっかりと孫なのだなと思うと、少し笑える。


先生、


効率化を図るための家畜化された

思考は僕にはありません。


この年齢になって、いまだ生傷耐えない

野生の思考を掲げ、いろんな物に噛み付きながら

これからも、青臭く生きています。



父親なら、地に足が付くようにと、

叱られそうな告白でも、


孫のいう、戯言ならば、

両手をたたいて喜んで、

お小遣いでもくれるだろうか






空飛んじゃうくらいに、


うんと背伸びして、

指先を思いっきり、空まで伸ばして、

今日もバタバタしてみる。


小さいとき、ちゃんと前を見て歩かないと

痛い目にあうよってよく言われた。


言われたとおり、段差につまづいてよく転んだし、

どぶに落っこちて、足くじいたりした。


でも、それでも、私は空が好きで、

雲に触りたいと思ってる。


私の体がフワリと浮かぶことはないし、

どうやったら上手くいくかわかんないけど、

本当に雲へ触れるまで、


勝手に結果を決め付けちゃダメだ。


あれは水蒸気で、水の乱反射で白く見えてるだけで、

触った時に感覚なんてありはしないって、

大人は言うだろうけど。


知ってるんだ、触ったことがない人に限って、

したり顔で理屈を持ち出すこと。


本当に触った人にしか雲を語る資格なんてないよ。



とても長い間眠っていた気がします。

重たいまぶたをようやく開くと、どことなく懐かしい

家の中の景色が飛び込んできました。


ここは、どこだっけ?

辺りをきょろきょろ見回すと、

めのまえで、ご飯を食べているおじいさんが、

椅子から転がり落ち、

それを見ていたおばあさんも、

腰を抜かしてアワアワしています。


おじいさん、おばあさん、大丈夫?

慌てて二人に駆け寄ると、

なぜだか、両の目にいっぱい涙を浮かべて、

こちらを見つめているのです。



子供を不慮の事故で失った老夫婦が

息子の躯のそばに生える樫の木で

一体の人形をこしらえました。


樫軒の人形は、月の光の魔法を浴びて

老夫婦の子供として育てられ、

それは、それは、幸せに暮らしました。


やがて、老夫婦は天寿を全うし

天に召されていきました。

人形だけが、一人、家に取り残されました。


人形が、いつものように、掃除をしていると、

誤って、風景画の額縁を落としてしまいました。

見ると、額縁の中には、もう一枚、

絵がはさまっています。


自分にそっくりな男の子をおじいさんと

おばあさんが囲んで、みんな、ニコニコしています。


樫の木は思いました。

自分は男の子の身代わりだったんだと、

おじいさんも、おばあさんも、

自分を愛いていたのではなく

自分に移る、男の子の面影を

愛していたんだと。


本当のことを聞くことも

怒りをぶつける相手もいない、

小さな家を後にして、

樫の木の人形は、自分が

何のために生まれてきたのかを

探す旅にでることにしました。


王様からは永遠の命を

羨ましがられました。

けれど、樫の木は

愛する家族のいないこの世から

早くいなくなりたいと言いました。


有名な科学者は、ぜひ君の体の

神秘を知りたいといいました。

けれど、いくら調べても、

どうして自分の命が

永遠に続くのかわかりませんでした。


偉大な哲学者や名高い僧侶に

どうして自分は永遠に苦しまなく

てはならないのかを尋ねました。

哲学者は君が人間では

ないからだといいました。

僧侶は神をもっと

信じなさいといいました。


何十年、何百年と旅をしました。

結局何もわかりませんでした。


気がつくと老夫婦と暮らした

森の中の小さな家に戻っていました。


家はかろうじて原形をとどめ、

周りに木々と一つになろうとしています。

リビングだった所を覗くと、

おばあさんが良く座っていた

ロッキングチェアーが見えました。


ツタが絡まりところどころ朽ちかけた

その椅子に、樫の木はそっと腰を下ろしました。


自分で動くこともままならず、

ただ、この場で形が崩れるのを

待つしかないお前と比べたら、

僕の人生はどれほど幸福だったろう。


椅子に座りながら、軋む音を子守唄に

優しいゆれに、身を任せていると、

前にもこんなことがあったような気がしてなりません。

温かな、何かにかこまれて、

心地よいゆれに、身を任せていたあの頃。


樫の木はすべてを思い出しました。

人間だった頃の自分の記憶です。


おとうさんと、お母さんと、一緒に暮らしたこと。


言うことも聞かず、崖から落ちて死んでしまったこと。

自分の躯を栄養に、樫の木が育っていったこと。


そして、


樫軒の人形として、もう一度、

お父さんとお母さんに愛してもらったことを。


僕は、僕は、なんて幸せなんだろう。

ひとつ、また一つ、思い出が浮かぶたび、

だんだんと意識が揺らいでいくのが分かります。

たくさんの幸せに囲まれながら、まぶたが重く、

体が動かなくなっていきました。


樫軒の人形はもう、人形ではありませんでした。

大好きな、お母さんの

ロッキングチェアーに抱かれながら、

大地にしっかり根を張って、

大空に向かって新芽を伸ばしました。


人形は、いつしか大きく成長した

樫の木になっていました。




風船みたいに、いっつも上の空で、

あたしのことなんて、見向きもしてないくせに

本当ににあたしを愛してる。

そんなところがキライなの、ねぇ、

ほんっとに、わかってる?


砂遊びもたいがいにしてよ、

あなたが今かたどっている偶像は何?

崩れるそばから直してくれるのはいいけれど

モデルを無視して作ってる

あんたの砂像はマリア様


あたしはね、食事もとればウンチもするのよ。

わかってる?生きてんのっ!


なんか言われると、すぐ下を向く

その態度が気にらないのよ。


ねぇ、お願い、こっちを見て、

人形遊びはもうやめて、

砂像なんてぶっ壊してよ

リアルなあたしを愛してよ。


ねぇ、聞いてる?ほら、目をそらすなっ!

ほんと、バッカじゃないの、

そんなに偽物がいいんなら、

大好きな、シャナやアスカやハルヒと一緒に

ベットインすればいいじゃない!