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Day Dream Traveler

 日々の出力を義務付けるための一手段。 もしくは、赤い幻想と青い現実のあいだを夢見がちに歩いて行く旅行者の記録。

昨日の自分の文章を読んで、

あまり、できがよくないなぁ、と、反省。


もっと、もっと掘ることへの執着と、狂気を

描かないと、本物にはならないし、


それにはきっかけと、動機が不十分だから


家族に対する愛という落ちが全然、効いてこない。


まあ、自分自身が整理されたからそれでよいのだけれど。


と、読みかえすうちに、フランツ・カフカの『断食芸人』を

思い出した。テーマはまさにこれに酷似している。


断食なのか、穴を掘るのかの違いだけだけど、

カフカの方は、狂気な雰囲気に満ちあふれている。


『断食芸人』は作者晩年の作品で、

生前にあまり評価されることなく

一介の保険局員として生涯を終えた。


僕はそんな、カフカ自身の思いを

断食芸人とかさねずには

いられなくなってしまった。


持て余す才能が認められることなく生涯を終える

気持ちはどんな物だったのだろう。


才能が、あるわけでもなく、

ただ小判を掘り当てた僕とは偉い違いだ。

おっと、自虐ネタは、読んでる方も痛いだけだぞ。


作家としての僕の幸せとは何だろう。

記録に残るより、記憶に残る

作家ではありたいと思うけれど、

そこにたどり着くためにも、もう少し僕は

旅を続けなければならないだろう、


最近はよく悩む。答えが出れば、

短編一本分のプロットが出来たのと同じこと。

秋の夜長、コーヒー片手に、

頭をかかえてみるのも、悪くない。



僕は一生懸命頑張りました

寝ないで頑張りました

食事も取らずに頑張りました

よれよれになりながら頑張りました

でもうまくいきませんでした

でも僕は頑張りました





犬がワンワンと吠えるので

ある男が地面を掘ってみると、

古いつぼが出てきた。

つぼの中身は大判小判が

ザックザク、それはもう、

地元の新聞にも紹介されるほど。

男はちょっとした有名人になった。


家族もあり、根心も優しい男であったが

小判を掘り当ててからというもの、

人が変わったように

そこらじゅうを掘り返していった。

最初は真剣に、男の話を聴いていた人たちも

そのうちに、面白がるようになり、

からかうようになり、

しまいには疎まれるようになった。


貯金も底を付き、食うや食わずの生活の中で、

明日こそは、明日こそは、と、つるはしを抱えて

飛び出す夫に、妻はしかたなく、

子供と一緒に家から出て行った。


それでも男は、地面をひたすらに掘り続けた。

なにかがある、この下には必ず何かがある。


そう信じて男は地面を掘った、

地面を掘っている時。

男は幸せだった。

まだ見ぬ何かをもとめ、

努力を惜しまず、

頑張る自分がとても格好よく思えた。


休みもとらずに掘り進め、

食事をせずに掘り進め、

寝る間を惜しんで掘り進めた。


男はとうとう過労でその場に倒れこんでしまった。

穴を掘ることができないことの焦燥感と、

不安が彼を包んだ。


このまま誰にも看取られることなしに、

俺はこのまま死んでしまうのだろうか、


遠くに見える小さい空を望みながら、

ボーっとしていると、

男の頭に一つの疑問が浮かんだ。


俺は、何のために、地面を掘っていたのだろう。



この前のように、目を丸くして喜ぶ

妻の顔が見たかった。

さも、自分が掘り当てたかのように

友達に私を紹介する子供がほほえましかった。


自分のための穴を掘ることに夢中で、大切な物を

見失ってしまっていたことに、

男はようやく気がついた。


このまま死んだらホントの墓穴だ、

身体を引きずりながら、男は地上に顔を出す。

見渡す限りの広い大地は

どこまでも続き新鮮に見えた。


はやく、はやく、あの笑顔に会いたい、

なにせ、あの笑顔を作れるのは

この世に私しかいないのだから。


さて、めざす、目的までの

最短距離は、どの道だろう。


世界をぐるりと360度見渡して


とりあえず男は、妻の実家へと向かった。







お世話になっているイーニャさんのブログで、思うところがありました。

http://ameblo.jp/jyoryuusakka/entry-10385284477.html

さあ、こまった、何にも思い浮かばない。

タイプしているうちに、なんとなく言葉遊びをしていて、

ビジュアルと繋がって、どうにかなったりするものだけど、


求めれば求めるほど、イメージは遠くへ離れてゆく

そんな日もあるのだと、自分に言い聞かせてみたものの

どうしても、納得がいかなくて、ただただ、書いている。


たぶん、というか、絶対に、こんな物は世に出しては

ならないものなのだけれど、それを、

ごめんなさい、ってベロ出しながら、書いちゃうとこが

僕らしいといえば僕らしい。


何書いたっていい、それがブログだし、

問題ないのだけれど。それでも何かが引っかかる。


ある一定の基準をクリアーしている物だけを、

アップして毎日続けていくことで、何が変わる気がするし、

そこから見出せるものもあると思う。


あなたは、何のために書くの?

このまえ、そう尋ねられて、

「花になるため」

とは、恥ずかしくて即答できなかった。

いろんな詩の形で、表現しているけれど、

野に咲く花のように、誰に見られなくても、

いつでも、誰かのために、

きれいなな花を咲かせることの出来る

自分でありたいと心から思っている。


裸の大将じゃないけれど

「野に咲く花のように生きてきてたら素晴らしい♪」

みたいなそんな心持で、タイピング。


誰かが僕の表現で、少しでも心が

軽くなってくれるなら、それはとっても幸せなことだと思う。


けれども、そんな綺麗ごとばかりじゃない。

僕は、生きるため、己が生命をつなぐために

タイピングしている、ともいえる。


命をつなぐために、花は、蜜で蜂を呼び、

受粉をして新しい種を残す。


花を咲かせることと、命をつなぐことが

同じ重さであるように。


文字を書くことと、生きてゆくことが

同じ重さである自分でありたい。


なるほど、


だから僕は、

ある一定基準の文章しか載せたくないのだ。

それはつまり、自分の命を軽んじるのと同じことだから。


一人では生きてゆけない、

何も出来ない僕だから、せめて、

何か出来そうな事ぐらい、

せいいっぱい頑張ってみようと思う夜でした。


美味しいコーヒーを飲むために、

ちょこっと、遠出をした散歩の帰り道。


黄昏時を少し過ぎて、少し肌寒くなった路地に

オレンジ色の光があふれているお店がありました。


外壁のシルエットにトリミングされたそこは、

何かのお店、というよりは、誰かのお部屋という感じ。


物を大切にしていくことの意味と美しさを身を持って

教えてくれている、アンティークのデスクが2脚。


壁にかけられている個性的な3つのキャビネット。


そんな、白を基調とした落ち着きのある部屋の中に、

キラキラと瞬く、ジュエリーが2つ3つ、5つ6つ


ケンカをしないようにたっぷりと空間をもらって、

一人で寂しくないように、おしゃべりの相手を

ディスプレイしてもらっている、特別なジュエリーたち。


ショウケースにずらりと並ばされ、競争させられている

あの子たちとは違うのがわかります。


そんな、ジュエリーたちのおしゃべりがPOPになって

脇に添えられています。


「私たちのジュエリーには全てに物語があるんですよ」


優しいグレーのキャンバス地、

体をすっぽりと包み込む上着を

上手に着こなす店長さんは僕に教えてくれました。


「一つひとつのジュエリーに想いがこもっているんです。

 オーダーを受けてから日本の職人さんによる

 ハンドメイドで仕上げています。

 私、ジュエリーの生まれたての輝きを届けたいんです」


ここのジュエリーたちはお店の人に愛されている。

きっと、買ってもらうお客さんにも愛されて、

ジュエリーを渡される、お客さんの愛する人にも、

大切にされて暮らすんだろうな、と、思いました。


店長さんの胸元には

mderu jewelry『愛でるジュエリー』の店名が

青い刺繍糸で縫いつけられています。


愛でる気持ちを届けるお店、

愛でる気持ちで繋がる人の輪


そんな輪の中に自分の身も置きたくて

小説家になったら、必ずここで、

リングを買おうと思うのでした。



http://www.mederu-jewelry.co.jp/

http://www.mederu-jewelry.co.jp/fs/jewelry/c/first-anniversary01




よくばりナポリタンを食べた。

よくは分からないが、

こだわりがたっぷりらしい。


原材料名を大きな声で読み上げてみた


スパゲティー、チョリソー、トマトソース

ゆで卵、チーズ、パセリ。


どこが欲張りだか良くわからなかった。


その後に続く、調味料の表記を片目で追いつつ

スパゲティーをほお張りながら、

僕はいつのまにか、欲張りを想像していた。


欲は、増えるものでも、大きくなる物でもなく

どうやら、張るものらしい。


そうなのか!じゃあ、きっと、びよ~んと伸びるのだ。


きっと張るからには平べったいのだと思う。


おそらく、欲しい物を風呂敷みたいに包むのだ。


物を詰め込めば詰め込むほど欲は張っていくに違いない。


とりあえず、手当たり次第に欲しい物を詰め込んでみる。

欲に包まれた大荷物が、ドンッ、と大きくそびえている。


とてもじゃないけど、こんな物を引きずって

生活は出来ないな、と思った。


ほしいものは、必要な時に手に入れることにして、

風呂敷の中身をどんどん出していく。


こんどは、欲張りが、空っぽになってしまった。


さて、困ったと、口をもぐもぐさせていると、

さっきのキャッチコピーが目に付いた。


モノはいらない、と思った。

モノを手に入れるときの、明確な

判断基準があればいいと思った。


洋服なら、暖色系で、爽やか路線

カバンなら、少し高くてもずっと一緒にいられる奴

恋人なら、言葉がなくても、間が持つ人

僕はいろんな 『こだわり』 を片っ端から詰め込んだ。

これなら、どこへでも持っていける。

しかも、とっても欲張りだ。

おもわず、ウヒヒ、と笑ってしまう。


なんだかわからよくわからない、

製作者のこだわりがたっぷり詰まった

普通の大盛りナポリタンをたべて、

僕は十分に満たされた。



CatharSystem-よくばりナポリタン