涼しい夏です。今年の7月は激動の一か月となり久々に体重も減少。

こんな簡単に体重が落ちるものなのかと驚いた。ま、それくらい心身にダメージがあったという事なんだろうなぁ。


でもまぁ、何事も必ずいつかは笑い話になると信じて生きている私ですから、、今回もそうなりつつあると思って

心を奮い立たせて頑張るのみ。頑張るときは頑張らなあかんのよ、人間。

人生の岐路に立った時、そしていくつかある選択肢の中から一つを選び取った時、

果たしてこれが正解なのだろうか、この方向でいいんだろうかと、ほ~んと悩む。

悩む、悩む、悩む。

答えのページがあるなら見てしまいたい!!


けど、ないんだよね。あとからしかわからないし、それもあとからだからそういえるだけで。


わかっちゃいるんだけどなぁ~~~~っ。


とりあえず 道を決めてみた。

はてさて、どうなるでしょう。


ところで、エイミー・ワインハウスの訃報にびっくりしました。

ああいう、才能があるのにトラブル続きの人間って好きだから彼女のことも

心配しつつ「おー!やっとるねぇ♪」と応援してたんだけどなぁ。

先日、復帰ライブとなるはずだった会場で

歌詞を忘れたりうまくパフォーマンスできなかったとしてなんと2万人からブーイングを

くらったニュースを見たばかり。こたえたんだろうなぁ。

周りにもう少し彼女にとって良い人間がいれば。

27歳だって。

ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリンも27歳だったんだって。


27歳・・・若いよねぇ。


自分の27歳って何してたっけ。

あ、結婚したんじゃん!!

ある意味、ひとつの「死」???笑。

名前変わっちゃうわけで、今までの自分がいなくなるようで

けっこう悲しみを感じたのよね、たしかに。


とりあえず、生きてるときは生きましょう!!

淡路の知り合いから玉ねぎをもらいました。


以前、「美味しいですよね、さすが」と褒めたところ年に数回、箱でいただくようになってしまった。

大変にありがたい。


の、ですが一度に2箱も届いた日にゃー少々戸惑ってしまいますね。八百屋をやろうってんじゃないんだから。

どーすんのよ、こんなにたくさん!!!もう~!!リビングで場所取ってます。


乾燥させて、例えば干しておけばいいのでしょうがそれでもこれだけ大量の玉ねぎを

干せる場所は我が家にはありません。淡路島に行くと「玉ねぎ小屋」があってたくさんの玉ねぎたちが

そこでいい感じに乾いて休憩しております。

急いでご近所に有無言わせずにおすそ分け。

でも見た目にいかにもおいしそうなので喜ばれるからまぁ良かった。


先日、旦那さんが大量の玉ねぎを刻んで、刻んで、刻んで

あめ色になるまで炒め、炒め、炒め、炒め、炒めて

カレーを作りました。マンゴーも入れてチャツネっぽくdれきればもっとよかったけど

それでも、その玉ねぎ効果でいつもに増して(こう、書いておかないとね)

ものすごーく美味しいカレーになりましたよ。

どことなくフルーティというか。


なんというか・・・・とんでもない状況になると、人間って成長するものですね。

やはり試練て大切なんだわーと、玉ねぎに学んだ次第。





先日、BSで「おしゃれ泥棒」をやっていた。

子供の頃、テレビで見て以来大好きな映画だ。

私を分析すると、かなりの比重でこの映画が成分として検出されるのではないだろうかしら・・・・。

青春時代にどれだけこの映画を思って時間を使ったかしら。ってくらい。


その日、実はちょっと泣いた日だった。

次男が部活動で悩んでいた。相談されたのでいろいろ会話をしているうちに

意見の相違もあって、でも本人の意見を尊重したいから自分なりに感情をコントロールしているうちに

涙が出てきたのだ。息子の純粋さに感動しながら、一方でそんな清流に住む魚では生きていけない事を憂う。

季節が巡っていよいよ開花しようという時に、膨らんだつぼみを無残に折られたような残念さ。

話し合いの結果、そうな気持ちにさせられることになった。


私は寝室にこもり、テレビをつけたらたまたま「おしゃれ泥棒」を目にしたのだ。

親という立場になった今、悲しい自分をよしよしと慰めてくれる存在はなかなかない。

子供の頃に戻って、指標を仰ぎ安心して眠る。ことはできない。

でも、なんというんだろう、懐かしいメロディとピーターやオードリーの声に

不思議な空気に包まれて励まされてるような気分になったのだ。


この映画は泥棒映画としてはまるっきりだよね。手袋もしてないし、突っ込みどころ満載。

でも、大事なとこはそこじゃないから、そんなことはわかってるけど省いてるんだよね。

水戸黄門じゃないけど安心できるお話。鉄板のおとぎ話系恋愛映画。

よかったよ、こんな時に「シベールの日曜日」とか「es」とかやってたら大変だったな。


どえらい事態を乗り越えちゃったもんね~幸せになっちゃうんだもんね~♪・・・なこの映画が

このタイミングで見れた事に感謝!(誰に感謝?神様?映画の?淀川?)


ピーターも今、77歳くらいだっけ。お願いだから私より長生きしてほしいよ~!!




俳優の児玉清さんが亡くなったとのニュース。

昨年の龍馬パパが記憶に新しい。

深い気持ちを表現する目と、思慮深さを感じさせる声が素敵でした。

なにより、ちょっと父に雰囲気が似てるから

なんとなくご贔屓な俳優さんだったのよねー。


ニュースを見てたら水前寺清子さんのコメントが出ていた。

「お兄さんみたい」でしたと。

ああー・・・たしかに!そうだった。昔の記憶がよみがえってきたぞ。

何曜日の何時からだったか忘れたけど、幼い時に

水前寺清子さんや、佐川直美さんが繰り返し主人公を演じたドラマの時間帯があって

よく見ていたっけ山岡久乃さんとか石坂浩二さん、名前忘れましたが肝っ玉母さんの人や

岡本信人さん、そして児玉清さんなんかもよく出ていた。

ああー・・・あったなぁ。まだ私は小さくて、でも両親なんかと一緒に見ていたような気がする。

「さっわぁやっかぬぃっ♪(さわやかに) 恋ぃを~してぇっ」と主題歌の1つもよみがえってきた。

児玉さんはまだ若くて、最近のような渋さはなかったなあ。


自分の子供が成人するくらいになったんだものね、そうとう昔の話だなこりゃ。

近所の付き合いや、親戚が今よりも濃い付き合いをしてる時代の話だった。

なんか、そういうものも一緒に消え去ってしまった気がするね。


でも、風貌も似ていて年齢も近い自分の父は、まだまだ、まだまだ消えないでほしい。

でも確実に近づいてるさみしさ。やさしくしなきゃ。


主題歌の最後は

「今日も明日もありがとう」

だったな。


昨日の朝、出勤前にムッシュピエールのブログを読んで

なんとなく自分の心の中で曖昧に存在してたものが見えた気がしたため

自分のブログにも吐露しようと、せっせと書いていたのだ。


が、アップした時に

「タイトルもちゃんて書いて」とメッセージが出たから

いかんいかん、と戻ったら

消えちゃったの。長文が。

アハハハハ!(虚)

めげた。


書き直す時間もないし、もーいーよっ!と出勤けどさ。


高校のディベートの時間に原発を取り上げた時、ある男子が

「そんなに安全だというのなら、周囲には賛成派の議員と、その会社の社員を住まわせればいい!」

と叫んだのを今でもよく覚えています・・・・という書き出し。

もうひとつ、大学生の時、ある先生が

「原発ってのは廃炉したあとも大変危険なんです。その後が大変なんです」という話をした事も

印象深くて、そんなこんなをずらずら書いていました。


消えちゃったのは こんなことアンタが書かなくていいという何かの陰謀??
(んなわきゃない)。

前の前の夜、次男が

「母さん。鶴の折方を教えて」というので何事かと聞き返したら

部活で千羽鶴を作ることになったという。まさかとは思ったが被災地に送るのだと言う。

みんなで、できることを考えて作ることになった・・・・とお坊ちゃまは仰っておられましたが

ナナメな私はつい「もらって嬉しいのか、千羽鶴」と思ってしまいました。あはは。

困ってるところへそんな大量の紙ゴミ送ってどうすんだよ、と。

子供の純粋な気持ちに比べてなんて汚いのかしら私ったら。おほほほ。


で、アナタは何枚くらい担当するの?と聞くと

「わかんないけど紙はもらってきた。」と30枚くらいを差し出す。

のけぞる私。時間は夜の11時。千代紙はとても小さい。


では、できるところまで手伝いましょうと折り始めたけど、私の鶴は心がこもってないわ、眠いわで

かなり顔と尾の部分がデロデロ。折り鶴特有の凛とした雰囲気がまるでない。

申し訳ない、こんな鶴で。心底思った。

途中、次男が

「ぼくさぁ、宿題まだ終わってないからあと頼んでいい?」と言う。アンタ、まだ4枚しか折ってないじゃん!!

では、できるところまで手伝いましょう。


部活で決めたとか何とか言ってた割には やる気のない親が折って作る千羽鶴。

なんだかなぁー。

でも案外、童心に戻っておもしろかったからいいか。

眠い目をこすって26羽なんとかできました。
(中には鶴ではなくアヒルみたいになっちゃってるのも・・・すみません)。


昨夜、次男が反省の言葉と共に報告をしてきた。

「母さん、自分が折らなかったのはどう考えてもおかしなことだった。ごめんなさい。」

友人Tが持ってきた沢山の鶴をみて猛省したそうだ。沢山の?

「Tは母親と一緒に800羽を折ってきた。5時間かかったんだって。」

なんと!!1000羽中800羽!!頭が下がる。本当に下がる、地面にめり込みそう。


紙ゴミかもしれないけど、千羽鶴できました。

とにもかくにも行動した子供を褒めなければいかんのだろうな。
(26羽ほど心がこもってないのが」心苦しいですが。)


いろいろ考えることがあって毎日、精進。












なぜか、昔から英国が好きです。

ばくぜんと、自分の中で「好き」に分類箱に入っている。

よくわからないが おフランスより英国!と感じるあたりに答えがあるな気がするが

それは具体的にどういうことかは自分でもわからない。

どちらの国にも何十年住んでたわけでもないし、まったくの偏見なのだろうが

偏見もあなどれないのだ。


シャーロッキアンの存在ってのが素晴らしい。

モンティ・パイソンの存在とそれをBBCが放映してたってとこにも魅かれる。

王室を守りつつ、でも悩める姿を様々なメディアで描きその人間性を認める姿勢もおもしろい。


先日のロイヤルウェディングの中継ももちろん見てました。

今どき、おとぎ話の挿絵のような光景をリアルで見せつけることができる国って他にある?

金髪の(量は不問)王子様とお姫様ですよ!!

運命なんて自分で切り開くものだ・・・と思う私でも、どうにもこうにも一生接点がなさそうな文化というか階級の皆様のご様子に、単純にミーハーしてしまいました。

英国国教会の偉い方や王族のみなさんのお姿を見ていたら

たとえばヘンリー8世と奥方たち、のような歴代の王様達が繰り広げてきた恋愛騒動に

思いが巡って行ってしまった。幸せの象徴でもありながら実情はけっこう大変なんだろうなぁとか。

まあ、さすがにキャサリン妃が首を斧で切られる心配はないだろうけど。


斧じゃなかったけど死に至ってしまったダイアナ妃。

息子の晴れ姿をダイアナ元妃に見せてあげたかったなぁ。

私自身も、実の母が幼い時に他界してますが幼い子供を置いてこの世を去る無念さは

親という立場の今はよくわかる。結婚式の時に父や親族がどんな思いで私を見ていたかも想像がつく。

ウィリアム王子とキャサリンの姿にちょっと涙してしまった。


そんなこんなで感動していたら

女王や皇太子の座る後ろの席に、だから王族なんだろうなと思うけどなかなか「けったいな」服装をした

女性2人が映っていて目が釘付けになてしまった。

調べたらファギー元妃娘さんだから王子のいとこね。

私の庶民感覚ではさっぱり理解できないがおそらくウルトラスペシャルに高級なお召し物なのでしょう。

特に画面右のベアトリス王女のお帽子は・・・。

あれに似ている。と瞬時に思った。

陛下、不謹慎ですが私にはどうしてもあれに見えてしまいます、助けてください。

この下品な発想をお許しください。

まぁ、王女様に聞こえるわけもなく心に秘めておいたのですが先日、ディリーメール紙オンラインに

同じような発想の方が作ったと思われる写真が出てました。よかったよかった。

処刑されるのは私だけではなかったな。


スリーパー卿の手帳

先週借りてきた、『天主信長』という本を読みました。(上田秀人著)。
本能寺の変についての新説!謎が明らかに!と帯にあったので歴史好きな私としては

本を手に取ってカウンターへ猫まっしぐら状態。


本能寺の変の真相については、光秀さん逆恨み説やら朝廷黒幕説やら、いろいろありますね。

以前 話題になった『信長の棺』では秀吉さん説でした。あ・・・言っちゃって・・・ま、いいか。
おもしろかったのは名古屋が産んだパスティーシュの名人・清水義範の『金鯱の夢』。
秀吉に実子がいて豊臣幕府(意味的にはおかしいのだけど)が300年続くという、お話。

この中で謀反をおこした理由として、京を知る文化人・光秀にとって尾張の信長が話す名古屋弁は

どうにも我慢ならない言葉であった為となっている。もし信長が天下を取ってしまったら尾張弁が

標準語になってしまうのか、そんなの耐えられない!と決起するのである。


横浜生まれの名古屋育ちの私にはその感覚がわからなくもなくて、かなり受けた。

名古屋で育っていた頃は、東京にいる従兄弟が喧嘩する様子を見てなんと軟弱な言葉であるか!と憤慨してたものだが、横浜に戻るととたんに 自分はあんな言葉を使っていたのかと驚いてしまう。下品だの汚いだのとはさすがに憚れるので言いませんが(書いてるが)、方言って愛おしいものですね(取り繕い)。


話がそれました。


まぁそういう諸説出尽くした感のある本能寺について、まだ書くか!と興味深く手に取ったわけです。

で。。。

なるほどね~、この手があったわね。そんなことはないだろうと思うけど、あるかも。

このアイデアを思いついた時の作者の喜びが伝わってくる。

単行本の終盤にいっきにそれが紹介されるので、そこに至るまでの3分の2くらいは

竹中半兵衛が主人公の本かと思ってしまうほど。

ああ言いたい。

言っちゃっていい??

言っちゃうよ。以下。


信長の自作自演失敗説。

当時、どんどん流入するキリスト教に興味を持った信長が、「神」とは何か、「神」はどうしたら作れるか、そして

どうすれば自分は「神」になれるのかを考えたとしても不思議はありません。

宗教のメリット・デメリット、そのありがたさの裏側にあるインチキ臭さや危なさ。それが見えていた信長が「神」システムを利用したというわけです。

キリストはどうやって神になったか。一度死んで、そして復活して見せたからに他ありません。

「私は神なんですよ」と隣の人が言ってもなかなか信じられませんが、目の前で死んだ人が3日後に復活したらそれはちょっと私も信じちゃうかも。

本能寺で信長の遺体が出なかったのは居なかったから。ぜんぶ光秀に頼んでおいたヤラセだったから。

でも復活する算段になって・・・・と、ここからはさすがに控えますね。


そこで思いました、アテクシ。

先日殺害されてしまったビンラディン容疑者。

ビジネスでけっこう仲良ししてたという噂もある米国の思惑も相まって「死んだことにした」でのではないの?

お互い区切りつけましょうって。


もし見つかって復活したら神になるね!!

と、息子に言ったら

イスラムで復活はありえないでしょ。と一蹴されますた。

復活なんてされたらイスラム信者さんはみんな逆に困っちゃうって。

神として崇めること自体ありえないって。

そっかー・・・一神教だったわね。


やはり「ここはお互い様ってことで」なんていう平和的解決ではないのね。

壮絶な殺し合いなのね。

でもなぁ~遺体公表されないからなんか変だなぁ~。こういうあいまいさが数百年後に伝説を残すんだろうな。

雨風呂?・・・いやアメブロだな。

なんだか忙しさに加え精神的な落ち込みやら、日本全体の落ち込みやらで

どうも御無沙汰してしまった。

ちょっと先日、すっきりすることがあったから、復活。



9.11の首謀者とされるビンラディン容疑者が殺害され、アメリカ人が歓喜に沸く映像を見た。

ものすごく喜んでいた。

1人の人間の死を。

殺したあげく喜んでいた。


先日、2万人を超える死者に震えた自分としては

なんだか不思議な光景に思えた。


喜ぶ理由もわからないではないが

なんか変だ。

同じ命なのに。


被災地の景色はまるで戦場のようだと形容した記事を見たが、

なるほど似ている。荒涼として殺伐として悲しみ色。

でも、戦場は人間が作り出してしまったものでしょ。


あの地震から数日して多国籍軍によるリビア攻撃が開始された。

1枚の朝刊の左右に瓦礫の中で悲しむ人間の姿と

これから市街を瓦礫だらけに準備する人間の姿が載っている。


自然が人間に対して行ったあの悲惨な結果を

人間が自らの手で作り出すなんて。

なにやってるんだ、人間。

そこが人間。ということか。




謹賀新年。


今年はウサギ年です。身近に卯年生まれがいないのであまりぴんとこないのですが

ウサギと言えば、温厚でかわいいのだけど 弱いから扱いが難しくて しかも案外と昔話では悪役だったりと

どうも一筋縄ではいかない奴だなという印象があります。


「アタシィ~、大事にしてくれないと~ストレスにも弱いしぃ~新鮮な葉っぱしか食べたくないしぃ~」
飼えるもんなら飼ってみろ的、やや挑戦的な態度が気になります
弱い立場でありつつ、しかし、だからこそ逆に 強い立場にもなっているという
まるで女子高校生のような、と言っては飛躍しますかしら。

十二支がなぜ今の12匹になったのかという有名なお話がありますね。

お釈迦様が、

「今度、十二支ってのを作るけど早く来た奴から12匹選ぶから」

いついつに来てよ、と招集をかけたんだっけ。(やや曖昧)。


知恵を使って猫をだまし、牛を利用して一番乗りを果たしたネズミ君の活躍が光りますが

ウサギさんの位置もたいしたものですよ。

トラの後ろ、龍の前です。

彼らがどれくらいの距離差でお釈迦様のところに向っていたのかわかりませんが

ちょっと疲れたトラが振り向きでもしたら栄養補給にと食べられてしまいすから
ウサギは慎重に行かなくてはなりません。

背後には龍。

けっこう勇気要るよなぁ。


ってか、龍・蛇ときて(彼らはもしかしたら道を歩くのは苦手だったのかな?)
でも、次はウマでしょ?

ウマより早かったんだぁ・・・ウサギ。


鶏さんも、犬と猪より早く到着してるのかぁ。


猪の後ろには誰が居たんだろう。


もしかしたら鶏、犬、猪、そして國學院大學、城西大学が続いていたのだろうか!!!


想像するのは楽しいなぁ。


さて、とにもかくにもウサギさんにあやかって跳躍の年にしたいものですわ。


普段グータラな私なのですが、年に何回かものすごーく「やる気満々」になることがあります。

いきなりです。ガス抜きにたいなものでしょうか。(逆ならばどんなにいいか・・・)。

床や階段にワックスをかけていると普段そういった母の姿を知らない子供達や旦那は

「おっ!まめ子さんが来たね」といいます。自分でもまめ子さんが憑依してるのだろうなと思います。

(まめ子さんって誰?まめまめしい人ってだけの我が家の造語)。

たいていの主婦には普段のルーチンワーク程度のものなんだけど。


なにかしたいんだね。

セーターを編もうか

カーテンを作り直すか

庭のレイアウトをいじるか

いろいろ思い浮かぶのです。


昨日、仕事帰りに寄ったお魚屋さんで

あん肝をドサッとまるごと?¥480で売ってました。

あん肝大好きな私はどう調理していいかわからなかったけど

食べたい・・・食べたい・・・・と即買い。

まめ子さん、降りてきました。


ネットであれこれレシピを見て、半分は巻いた後に蒸して、残りはバターソテーにしました。

旨い!!居酒屋みたいじゃん!
作った自分も巧い!ビールも美味い!

やればできる子です。


さて、今朝は塩豚作りをしました。

豚バラにおいしいお塩を揉みこんで フックでつるして風にあてています。

楽しみだなぁ~。

(前回、しょっぱくて失敗しただけに。まぁ¥1000で遊んでるようなものです)


まめ子さん、来てるんだけど 息子の部屋を覗いた瞬間ちょっと離れてしまったみたい。

今パソンコの前に座ってしまった・・・・たぶんしばらく遊んでしまうわ。