西尾城(三河国・愛知県西尾市) | おしろまなぶ の お城を学ぼう

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訪問したお城について書いていきます。

まずはこの度の能登半島地震や、羽田空港の衝突事故で亡くなった方、被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。

さて、今回が新年最初の投稿となります。
だいぶブログ更新ペースが下がってしまい、申し訳ありません。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。





Amebaさんのおみくじ引いてみました。
何ともいいにくい結果ですね(汗)

さて今回は、現在の愛知県西尾市にある西尾城をご紹介します。



西尾城跡は現在、西尾市歴史公園として整備されていて、西尾駅から徒歩10分少々で行くことができます。


西尾駅。
名古屋鉄道(名鉄)の西尾線(名古屋本線直通含む)が乗り入れています。


西尾城大手門址。
城下町から三の丸に入るための大手門があった場所になります。
大手門跡の石碑よりも、左側にいる人形?オブジェ?が気になって・・・www
案内板には三の丸大手黒門跡と書かれています。


西尾藩勘定所・地方役所址の碑。
こちらには西尾藩のお役所的な施設があったようです。
今は、なんだろう・・・民家になってるんですかね?


東の丸太鼓門跡。
現在は西尾市立西尾小学校の敷地となっています。

1221年(承久3年)の承久の乱での戦功により、三河国守護に任じられた足利義氏が築いた西条(さいじょう)城が始まりと伝えられています。
その後、足利氏は吉良氏と名を改めて、この地を治めます。


西尾城二の丸丑寅櫓と土塀。
2020年(令和2年)に復元されたばかりということで、かなり真新しい建物ですが、それでも建物があるのとないのとでは雰囲気が違いますね。


天守台。
2014年(平成26年)に、将来的な天守の再建を視野に復元されたものです。
通常本丸に築かれることの多い天守ですが、西尾城は二の丸に築かれていました。
元々は本丸の北東隅に建てられていたと考えられており、後に二の丸に移されたとされています。


西尾城姫丸門址の碑。
西尾市資料館の裏手に石碑があります。

1585年(天正13年)、酒井重忠が城主の時に徳川家康の命によって大改修がおこなわれ、堀や石塁が設けられるとともに天守や櫓、櫓門などが増築されました。


西尾市資料館。
西尾の文化や歴史に関する資料などが展示されています。
公式HPは↓↓
https://nishio-museum.jp/


姫丸辰巳櫓跡。
土塁跡の上に石碑などがありますが、ここに姫丸辰巳櫓と呼ばれる二重櫓が建てられていました。


姫丸辰巳櫓跡を反対側から。
こちらの方が下に石垣で補強してある部分も含めて、形がとても分かりやすいですね。


土橋跡。
姫丸と本丸をつなぐ土橋があった場所です。
だいぶ埋め立てられてしまっていますので、あまり土橋っぽい雰囲気を感じることはできませんね。


西尾城址の碑。
ここから本丸跡に入っていきます。

1590年(天正18年)に徳川家康が関東へ移封となると、西尾城には田中吉政の支配下となり、三の丸が増設されます。
関ヶ原の戦いの後に田中吉政が筑後国柳川へ加増転封となると、1601年(慶長6年)に本多康俊が西尾城主となります。


西尾城の本丸跡。
右側には石垣があって、本丸の防御をする役割を果たしています。


石垣の上に行ける階段があります。

その後は松平氏、本多氏、太田氏、井伊氏、増山氏、土井氏、三浦氏と、譜代大名の間で代わるがわる城主が交代となります。


本丸丑寅櫓の入口。
1996年(平成8年)に復元された三重櫓です。
西尾城は二の丸の天守も三重でしたので、この櫓は天守に次ぐような建物だったのではないでしょうか?
内部も見学できますので、靴を脱いでぜひ入ってみて下さい。


西尾神社。
第二次大戦後に戦没者を祀って創建された神社です。


西尾神社の脇には井戸跡があります。

1764(明和元年)に出羽国山形から松平乗祐が転封となると、以後は大給松平氏が5代にわたって城主を務め、明治を迎えます。


本丸と二の丸を結ぶ土橋。
手前側には土塁があって、門があったんだろうなぁという感じです。


本丸丑寅櫓を二の丸から見た写真です。
比較的コンパクトな三重櫓ですが、やっぱり建物があると雰囲気が出ますね。


大名櫓型時計塔。
何だかよく分からない時計塔があります。
ボタンを押すと歌か何か流れるようですが、もちろんボタンは押しませんでした(笑)


旧近衛邸。
江戸時代後期に島津斉彬の養女が、後の左大臣・近衛忠房に嫁いだ際に建てられたといわれています。


水堀。
本丸と二の丸の間に設けられた水堀です。


鍮石門(ちゅうじゃくもん)。
城主の居所である二の丸御殿の表門としての役割を担っていたそうです。
こちらも1996年(平成8年)に復元されたものです。

近年、歴史公園として整備していることもあって、非常に見所が多くありました。
また天守が再建されたら訪問してみたいと思います。

では、この辺で。


おしろまなぶ。