若干設備に古さはあるものの、とてもキレイで快適に過ごすことができました。
さて今回は、現在の山形県東村山郡山辺(やまのべ)町にあった城、山野辺城です。

山野辺城跡は現在、山辺町立山辺小学校や山辺町中央公民館など市街地化していて、羽前山辺駅から徒歩10分程度で行くことができます。

羽前山辺駅。
JR東日本の左沢線が乗り入れています。
列車交換のできる無人駅で、簡易Suica改札機が設置されています。
山形市に隣接する人口約1万2000人の町で、子育て世代に人気のベッドタウンとして、人口は減少傾向であるものの世帯数は増加傾向にあります。

山辺町中央公民館。
図書室が併設されている公民館で、二の丸跡にあります。
1823年(文政6年)に武蔵国忍藩から陸奥国白河藩に転封してきた阿部正権(まさのり)は、白河藩の飛び地として山辺を治めることになり、ここに山野辺陣屋が設置しました。
詳しくは↓↓
https://www.town.yamanobe.yamagata.jp/soshiki/33/tyuuoukouminnkann2.html

山辺町立山辺小学校。
本丸の一部~二の丸の一部がこの山辺小学校の敷地にあたるそうです。
山野辺城の築城年代は定かではありませんが、1051~1062年(永正6年~康平5年)の前九年の役の際に須賀川山辺氏によって築かれたともいわれています。
1514年(永正11年)、山野辺刑部は伊達稙宗が最上氏を攻めた際に長谷堂城に攻め入りますが戦死します。
その後は日野備中守が城主となりますが、1600年(慶長5年)の慶長出羽合戦に際に直江兼続ら上杉軍の猛攻を受けて落城します。

山野邊城址の碑。
小学校に隣接して城址碑が設置されていて、案内板もここにあります。
1601年(慶長6年)に最上義光の4男・山野辺義忠が城主となり、城や城下町の整備をおこないます。
1622年(元和8年)に最上氏が改易になると、山野辺城は廃城となります。

水堀跡とみられる水路。
1823年(文久6年)、陸奥国白河藩(後に棚倉藩)阿部氏の出羽国飛び地となり、山野辺城二の丸跡に陣屋を築きます。
山野辺陣屋は1870年(明治3年)に取り壊されました。

本丸跡。
旧山辺町役場があった場所ですが、現在は空き地になっています。
ちなみに、山野辺城を整備した山野辺義忠は水戸藩家老・山野辺義堅の父です。
山野辺義堅はTBSのテレビドラマ「水戸黄門」に出てくる国家老の山野辺兵庫のモデルではないかともいわれているようです。

旧山野辺陣屋玄関(山辺町指定文化財)。
本丸跡の一角にあります。
1870年(明治3年)に山野辺陣屋は取り壊されましたが、玄関はその後、山辺小学校の玄関や武道館の玄関として用いられた後、現在地に移築されています。

麺や丸文。
山形市の北部にあるラーメン屋さんです。
山野辺城跡から車で15分少々移動しまして、こちらで夕飯を頂きました。
ちなみに、こちらのお店も寒河江咲菜さんにオススメされたお店です。

丸文ラーメン太麺大盛(950円)。
あっさりしたスープで、やさしい味でした。
美味しかったです。
山野辺城跡、陣屋跡ともに市街地化が進んでいましたが、陣屋玄関や堀の痕跡などに歴史を感じることができました。
では、この辺で。
御城学(おしろまなぶ)。

