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It's a Beautiful World!

夜が明けたら/CastingAroundドラムヒロヤユウコの日々のお話です

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どこで何しているなんて、きっとささいなことなんだろう。

 

 

火曜日から金曜日は慣らし保育後半戦で15時まで預かってもらいましたので、復職前最後の自由な時間をめいっぱい過ごしました。

 

火曜日は大雨のなか、美容院へ。

 

水曜日はひでぼーがお休みだったので埼玉の温泉に行きました。

 

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ひさしぶりのんびり温泉に入りました。

妊娠中も行けなかったので本当にひさしぶりです。

晴れ空のしたの露天は最高でした。

 

しかし、関東の温泉事情は九州に比べると少し物足りない感じがしますね。

というか、九州がすごすぎるのかもしれないです。

九州ではそこかしこにいい温泉がたくさんでした。

黒川で働いていた頃は阿蘇くじゅう周辺の温泉をひとりでめぐりまくり、福岡にいた頃も週末のたびに近くの温泉に行っていましたが、都市部からも近く、値段も安く、泉質も景色もよく風流なお湯が多くてとても充実していたように思います。

福岡だけじゃなくて九州のいろんなところにまた旅行で行きたいなぁと思い出しました。

 

この日はすごく癒されていい日だったのですが、夜急に具合が悪くなりました。

ものすごい寒気に襲われて熱がでて、お腹も痛くてほとんど眠れない夜になりました。

 

ですが翌日木曜日はとても楽しみにしていた予定があったので、具合は悪いまま決行しました。

 

ゆいくんと一緒にひさしぶりのスタジオへ行ったのです。

 

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実に9ヵ月ぶりでした。

ゆいくんはバンド始めた頃みたいに前日からそわそわしてたと言っていましたが、わたしもたった1回のスタジオをこんなに楽しみに思うなんて長い間なかった感覚だなぁと思いました。

 

果たしてドラムが叩けるのか不安でしたが、これだけ期間があいてもからだは覚えているものですね。

もちろん細かく言えば衰えていることもたくさんあると思いますが、ちゃんと体が動いて楽しかったです。

しかし、まだ熱が下がっておらず、お腹の調子も最悪でずっと気持ち悪さを抱えたままだったのが本当に悔しかったです。

これだけ楽しみにしていた日に本調子で臨めなかったなんて。

 

それでも、再びスタジオに入るという一歩を踏み出せたこと、少しだけでも曲作りをすることができたことに大きな意味があると思います。

 

これからは前みたいにいつでも気軽にスタジオに行くといくことができないけれど、それは悪いことだけじゃないはずです。

今まではいつでもスタジオに行ける、いつでもバンドできると思っていたから、自分でも気づかないうちにまぁそのうちでもいいかなぁなんてどこかで思っていたところがあったかもしれません。

何でもできる、いつでもどこでもいけるといういう自由を手に入れてからよりも、幼い頃、制限された不自由のなかで手にした自由のほうが輝いていたように。

だから、この環境を憂うばかりでなく、限られた時間をめいっぱい有効に使って頑張っていきたいと思います。

 

金曜日はまだまだ具合の悪さをひきずってはいましたが、ひとりでおでかけしてきました。

海に行こう。

ずっと海のそばで生きてきたので、東京の海のない生活で時々無性に海を見たくなります。

 

ということで浅草から水上バスに乗ってお台場に行きました。

 

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西武線がものすごく遅れたので乗りたかった屋外デッキ付の船に乗れず、そのあとのデッキなしの船になってしまいました。

春のうららの隅田川の風を感じたかったのに残念です。

 

水上バスは本当に観光のためのものなんですね。

船内はわたし以外全員外国人のかたでした。

 

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もう終わりかけの桜から花びら舞う隅田川。

 

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下町の風景、川沿いをのんびり歩く人々。

 

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築地の市場。

やがて見えてくる近代的な建物、港の景色。

 

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レインボーブリッジ。

のんびりと東京のいろんな顔を水の上から見れて楽しかったです。

 

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平日の昼間のお台場はひとも少なくてとてもゆっくりと歩くことができました。

 

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わたしは頭のなかの海の景色とは違って、狭くて汚くて波の音もきらきらの光も果てしない風もない東京湾の海。

やっぱりそう思うと、ふるさとや福岡で何度も何度も見てきたあの海の景色を恋しくもあるけれど。

それはそれでいいのだろう。

心のなかで大好きな街への想いを抱えたまま、ここで生きていてもいいだろう。

 

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産休最後の1週間、贅沢に自分の時間を過ごさせていただきました。

最後にこんな時間を過ごせて本当によかったです。

 

生まれる前まで、そして生まれてからも、もう自分の自由は永遠になくなるように思えて、ものすごく苦しくなることがたくさんありましたが、きっとこんな風に少しずつ自由な時間も作っていけそうです。

あれもこれもと欲張りになればそれだけ大変にもなりますが、助けてくれるひともいてくれるから、きっとどうにかやっていけると思います。

 

そしてわたしの大事な自由を犠牲にして生きているとは思いたくないと思うのです。

少しばかりできないことも増えたけれど、それ以上にうれしいこと幸せなことをたくさんもらえているんだとね。

そう思えるような新しい日々にしていきたいです。

 

しかし、この生活も終わりかと思うと急に名残惜しくもなります。

毎日毎日生きるためだけに日々を過ごすのなんて退屈だってずっと思っていたけれど。

朝早く起きて晴れた日に洗濯物を干す気持ちよさとか。

近所をお散歩して昨日はつぼみだった花が今日は開いているのを見つけることとか。

午後になったらあたたかな窓辺でお昼寝することとか。

大きな事件も事故も次の瞬間には忘れ去られているような都会で、そんな穏やかに流れる時間のなか、ささいな出来事を今日いちばんの話題にするような日々を生きることは決して悪くはなかったです。

なんだかずっと昔においてきたような暮らしで懐かしさも感じました。

生きるために生きるということは、本当はそれだけで尊いことなんだろう。

 

これからはとても忙しい日々になりそうでちょっと身構えてしまいますが、気負い過ぎていっぱいいっぱいにならないように、とりあえずは元気にひとつひとつ、ですね。

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僕だけの春の色。

 

 

慣らし保育は残りあと1週間、今週はまとまったひとりの時間が過ごせるひさびさの、そして最後のチャンスなのでめいっぱい楽しもうと思います。

数か月頑張ったからね、この貴重な時間にやれなかったことやりたいです。

 

今日は午前中だけでしたが、電車に乗って都心まででて桜を見てきました。

初めて行きました、目黒川の桜です。

 

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いつもすごいひとだと聞いていたのでちょっと怖かったですが、さすが平日の朝。

思いのほか人がすくなくてのんびり散策できました。

 

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もう散り始めでしたが、とてもきれいでした。

 

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目黒なんて都会すぎておしゃれすぎて近寄りがたかったですが、歩いてみると意外にも穏やかでおしゃれな若者も多いけれど、お年寄りや外国人のひとや家族連れもいて、そういえば都会ってこんなだったなぁと思いました。

おしゃれな街のイメージが先行しすぎているけれど、行ってみればこの多種多様さこそが都会だと思わされるのです。

 

外国人観光客のかたに写真を頼まれたり、可愛いわんちゃんたちを道行くひとたちと眺めたり、ホントに意外なほどにほっこりする出来事もあって楽しい散策でした。

 

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東京ではどこに行ってもひとが多くて自分の街となかなか思えないけれどね。

ここがきれいですよ、ここがおいしいですよと誰かに準備された場所に誘導されているようで、自分だけの場所なんてないような感覚にばかり陥るけれどね。

 

それでもどんな場所でも思い出は自分だけのものだったかもしれないなと、桜のしたを歩きながら思いました。

 

キャスアラで上京して、バンドとして過ごしたのはたった2年だったけれど。

よくわからないままに東京のいろんな場所に行って、東京に圧倒されながらも、変わらない自分たちで生きて、自分たちだけのかけがえのない思い出がたくさんできたはずです。

この街はわたしたちを知らないけれど、わたしたちはこの街を知っているんだよ。

この街はわたしたちを覚えていないけれど、わたしたちはこの街を覚えているんだよ。

 

この最近はほとんどひとに会わないし、自分の世界も狭いので何かに取り残されたような不安な気持ちにもなりますが、こうしてひとりで見知らぬところを歩いているとその孤独感も正しくあるべき場所に落ち着くような感覚を覚えます。

 

どこで生きたとしても。

 

 

せっかく中目黒なんておしゃれな街にきたので、おしゃれすぎるカフェでお茶してきました。

 

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普段のランチ2回分のモーニング。

さすがにこんなところにいるひとはおしゃれすぎてまるで世界が違ってましたね。

 

 

帰り道、西武線の車窓から桜並木が見えました。

武蔵関から東伏見。

この景色が東京で一番見慣れた桜だったことを思い出しました。

思い出はそこかしこにぽろぽろと。

「一度あったことは忘れないものさ。思い出せないだけで。」だね。

 

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保育園の横の公園にも大きな桜の木があります。

 

きっとこれからは、この桜の木のしたで。

またたくさんの思い出ができていくはずだね。

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誰かの春 僕の春

 

 

4月になりました。

いよいよわたしの産休も終わりが近づいてきました。

ホントにいろんなことがあったのにね、過ぎていくとあっという間なんて感想は月並みすぎるかもしれないけれど。

 

先日4月1日にかなたの保育園の入園式がありました。

できたばかりの新設園なので入園式兼開所式です。

 

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ぴかぴかでかわいい保育園です。

 

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わたし自身は保育園ではなく幼児園というところに通っていたので、保育園なるものに足を踏み入れるのは人生初です。

保育園は設備が整っていて先生も多くて素晴らしいですね。

セキュリティ対策もすごくてびっくりしました。

わたしの通っていた幼児園は寺に併設されていて、先生は園長夫妻以外に3人、園舎はめちゃくちゃぼろくて汚くて、でも園庭だけは無駄に広くていつも好き勝手遊んでいました。

外部からもがんがん人が入ってきていましたし、特に教育カリキュラムなんてものもないし現代じゃ考えられないですね。(今は残念ながら閉園されています)

わたしはとても楽しかったですけどね。

 

本日月曜日からは慣らし保育ということで、最初は午前中だけの保育です。

徐々に時間を長くしていって2週間後に完了する予定です。

今朝はドキドキしながら早起きして先ほど預けてきました。

いま、2ヵ月半ぶりにひとりの時間です。

たった2時間半だけど、切望していたひとりの時間です。

寂しさもあるけれど、ほっとしている気持ちもあって、ただゆっくりと静寂を吸い込んでいます。

仕事に復帰したらこんなにゆっくりする時間はないかもしれないけれどね。

やらなきゃいけないことをやるだけじゃ、いつか心が擦り切れそうだし。

正しくあろうとするだけじゃ、いつか自分を失ってしまいそうだよ。

だから、これからの日々はホントに大変だと思いますが、上手に時間を使ってうまく生きていけるようにしたいです。

まずはかなたが心地よい保育園ライフを送ってくれますように。

 

 

昨日は井の頭公園に桜を見に行ってきました。

 

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天気もよく桜もきれいに咲き始めていましたが、なんせすごいひとでびっくりしました。

まともに通り抜けることもできないくらいのひと、桜の咲いていないところにびっしりと敷かれたブルーシート、花を見に来たというより人を見に来たみたいですね。

 

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あぁ、これが東京だなといつも思います。

どこに行っても人が多くてね。

どこに行っても自分だけの場所にはならなくてね。

時にその雑踏に埋もれる感覚が心地よくもあるけれど。

わたしだけの春はここでは見つからないのかもしれないと思ったりもするんです。

 

心が動いてくれないんだよ、あの日のように。

言いたくて言えなかった言葉を飲み込んで見あげた雨上がりの夜桜。

誰も立ち止まらないちいさなちいさな桜に重ねた泣き出しそうな心。

何年経っても思い出す景色。

大切にひそやかに言葉にした気持ち。

もう出会えないのかな。

この街では。

それとも、このわたしでは。

 

一番恐いのは忙しい生活に追われてしまうことでもなく。

遊びにいったりのみにいったり、自由な時間がなくなってしまうことでもなく。

歳をとってこの体が老いていくことでもなく。

 

春の風が吹いて、世界が色を変えるとき、愛しいと、せつないと心が声をあげなくなることなんだろう。

目に映るその景色に、何かを想い、誰かを想い、言葉を、音を奏でたいと思わなくなうことなんだろう。

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前に進む。

 

 

今日、3月15日で結婚して1年が経ちました。

ドキドキうれしい気持ちと、何もかも変わってしまいそうで不安な気持ちを抱えて、晴れ空の福生で書類を提出した日からまだたった1年だなんて信じられないです。

いろんなことがあって果てしなく長い時間が流れたように感じます。

 

正直な気持ちを言えば楽しいこともたくさんあったけれど、それ以上に苦しいことが多かった1年でした。

どうしようもなく苦しくて絶望するような痛みを伴う苦しさではなく、息苦しさやもどかしさがじわじわとのしかかってくるような苦しさでいっぱいでした。

 

きっとたぶん二人だけで1年過ごしていたら、一緒に音楽しておいしいもの食べて、仲間も一緒に遊んで大きな悩みや困難もなくただただ楽しい日々だったと思います。

かなたがわたしたちのところに来たことによって、わたしたちの生活はもちろん、二人の関係も世界との関わりかたも大きく変わってしまい、一人で生きていた頃と変わらないまま二人でいても楽しいよというだけの日々ではなくなりました。

命に対する責任の重さや住み慣れた居心地のよい場所から新しい世界へでていくその温度差に戸惑いや不安を感じずにはいられませんでした。

ずっとずっと自由と孤独を好きなだけ吸い込んできたからね。

両手広げて変わっていく世界を受け止めて迷いなく飛んでいくには、わたしは少し歳をとり過ぎていたのかもしれないね。

 

だからこうなってよくなかった、と言っているのではなくてね。

 

今放送しているカルテットというドラマがものすごく面白くて大好きなのですが、昨日の回でとても心にぐっとくることを言っていました。

「音楽は戻らないよ。前に進むだけだよ。一緒。心が動いたら前に進む。好きになった時、人って過去から前に進む。」

 

わたしも心が動いたから前に進むことを選んだんです。

1年前、直前までずっと悩んでました。

結婚という選択をしたら自分が自分でなくなるような気がして。

自分が大切にしてきたものが失われるような気がして。

それでも選んだのは心が動いたからだよ。

 

この道を選んで変わっていった人生について思うことは限りなく、すべての気持ちを言葉にすることはできないけれど、ただひとつ言えるのは、わたしも人生やり直せるスイッチがあっても押さないということです。

息苦しさや失ったものへの未練を感じていても、それでも今目の前にあるあたたかなものがとてもとても大切で手放したくはないんです。

 

そして、振り返ってどうだった、というほどにはまだまだ時を重ねてはいないのだとも思うのです。

 

今日という日には、もう一つとても大きな節目になる出来事がありました。

わたしがとあるわたしの大切な人と一緒に何年ものあいだ抱えていたひとつの大きな問題が終わりを迎えたのです。

どうしていけばいいのかわからず絶望することもありましたが、長い間諦めずにここまでこれたことに感慨深い気持ちです。

わたしが間違っていると周りのひとに言われたことも何度もあったけれど、わたしが信じたくて信じて、どんなに最低なときも信じ続けてきたことが報われました。

きっとわたしが間違っていると言ったひとたちからすれば、解決しようがしまいがゴミ屑みたいな話だと思いますが、わたしは心の中にちいさな誇らしさを感じています。

わたしだけは信じていた、世界中の誰も信じてくれなかったけれど。

最悪なときに誰かを信じることは言葉で書くほど容易なことではありませんでした。

だからね、わたしはこの世界に何も残せていないけれど、信じた結果何かを手にしたわけでもないけれど、そしてそんな想いは誰にも伝わらないけれど、それでもそれでもわたしの人生で成し遂げることのできた大きな素晴らしいことのように思えるのです。

 

きっと同じように、結婚して子供が生まれて苦しいこともあったけれど頑張ってきてよかったよ、と言えるにはまだまだ時間が必要なんだと思います。

わたしの新しい日々はまだ始まったばかり。

いつか全部含めてよかったよと笑える日を迎えれるように今と明日を信じて生きるだけです。

 

とはいえ、1年の節目なのでささやかにお祝いもしました。

ここのところ切望していた焼肉へ!

 

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個室でちょっと高級なお肉をいただきました。

とてもおいしかったです!

やっぱり焼肉は最高ですね。

ホントにひさしぶりで感動でした。

メッセージプレートと写真のサービスもあってうれしかったです。

 

写真立てにいれてもらったよ。

 

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そうだね、いろんな苦しさはあるけれど、今日のごはんがおいしかったというささやかなことで笑えているというのはとても幸せなことなんだと思うんだよ。

 

そして苦しさがあっても、うれしさも感じ、未来を夢見ていたいと思うのは好きだからなんだよ。

間違っていると誰かに言われても、たった一人でも信じてこれたのも好きだったからなんだよ。

音楽だって誰にも聞いてもらえないような日でも続けてきたのは好きだったからなんだよ。

 

好きだと思えることはたくさんあるけれど、どんなにきつくても貫きたいほどの好きに出会えることは人生そんなにあることじゃないです。

だからそれを大切にこれからも前に進みたいです。

 

 

(結婚式でカメラマンさんに撮ってもらった写真を全く整理できてなかったのでこの日に少しだけアップしてみました。)

 

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毎日こんにちは、毎日さようなら。

 

かなたが生まれて100日が過ぎました。

同じことの繰り返しのような毎日に思えますが、振り返ってみれば日々たくさんの変化がある毎日でした。

すでに卒業してしまったこともたくさんあります。

服を脱がせたときにバタバタするモロー反射がかわいかったですが、もうしなくなりました。

夜ミルクを飲むこともなくなりました。

おくるみでぐるぐる巻きも卒業したし、泣き止むアプリも必要なくなりました。

そうやってひとつひとつ終わっていったことを考えると本当に今というときはこの瞬間瞬間失われていっているのだと痛感します。

何かを得るたびに何かを失って、もう二度と戻らない日々を生まれた瞬間から生きているんだね。

 

 

100日を過ぎたということで、お食い初めもやりました。

 

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ひでぼーの親戚のかたにお祝いでいただいたティファニーの銀のスプーンで。

銀のスプーンをくわえて生まれてきた赤ちゃんは幸せになるそうです。

生まれた日と名前が刻印してあってとてもステキです。

ありがとうございました!

 

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基本食べるふりのお食い初めですが、梅干しはなめてみました。

すっぱかったのかな、変な顔をしていました。

 

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歯固めの石。

立派な歯が生えてきますように。

そして何でも食べれるようになってこれからたくさんおいしいものを食べよう。

おいしいものを作るし、いろんなものを食べにいこう。

わたしもそろそろラーメンや焼肉を食べに行きたいです。

皮肉なことに外食をほとんどしなくなった今はとても体調がいいんですけどね。

たまには食べたい、不健康なもの!

 

わたしの休暇もあと1ヵ月になりました。

休みに入る前は長いなぁと思っていましたが、ここまで来るとまだまだこの日々を過ごしたくなります。

やっぱり少し寂しいです。

一生に一度の産休、もっと有意義に過ごせたんじゃないかなと思えばキリがありませんが、きっと4月からはまた恐ろしく忙しくなると思うので、今のうちにのんびりするのが一番有意義な過ごし方かもしれませんね。