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It's a Beautiful World!

夜が明けたら/CastingAroundドラムヒロヤユウコの日々のお話です

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花びらの音。

 

 

一緒に東京に来てくれたお母さんが地元に帰って1週間が経ちました。

再び日中はかなたと二人になって大丈夫だろうかと心配していましたが、以前よりずいぶん気持ちが楽になり穏やかに生活できるようになりました。

 

その理由のひとつはかなたの泣く時間がずいぶん少なくなって、笑ったり声をあげたりする時間が増えてきたこと。

もうひとつは帯状疱疹もすっかり完治し、自分の体調もよくなったこと、そして無理をしないペースで休息できるようになったこと。

そしてもうひとつはこの世界に春が訪れたことです。

 

寒いあいだは平日は毎日家にいることしかできませんでしたが、ここのところ日々暖かくなってきたので毎日お散歩にいっています。

 

お散歩には森夫妻にもらったもこもこを着ていくよ。

 

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東京に来て3日目からすぐに仕事だったので、こんなに平日ゆっくり外を歩くのは初めてです。

これも今にしかできないことだね。

 

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晴れた空、ぽかぽか陽気に、花開く。

春の空気を吸い込みながら、かわいい家の立ち並ぶ路地を歩いたり、建設中の保育園を眺めたり、駅前のちいさなお店を巡ってみたり。

ささやかだけど、そんなお出かけがとても楽しいです。

 

今日は初めて電車に乗っておでかけしました。

たった一駅ですが、めちゃくちゃドキドキでした。

飛行機デビューはすでに果たしたのですが、飛行機よりも絶対に都内でベビーカーで電車に乗るほうがハードルが高いです。

 

妊娠中も思いましたが、東京で電車に乗るというのは体に何も問題ないよという状態でないとホントに危険がいっぱいですね。

容赦なく詰めかけてくる人、混雑したホーム、時として車内に満たされる悪意に何度も怖い思いをしました。

もちろん、親切に席を譲ってくださるかたもいましたが、お腹の大きいわたしと松葉杖のひとが立っている前の優先席でマック食べているひとや騒いでる学生がいたりしたこともあります。

譲ってもらえるのが当然の権利とは言いませんが、やはりその光景には悲しくなったりもしました。

 

でも、自分自身も自分がその立場になるまで車内に困っているひとがいるかもしれないと注意することもなかったかもしれません。

いつだって混雑している電車では、出来る限りストレスを感じないように周囲から自分を閉ざして乗るので、困っているひとに気づきもせず通りすぎていたかもしれません。

 

他人の痛みに対する想像力は、自分の経験に基づいてしか持つことができないなどと言い切ってしまうのはあまりに寂しいことですが、やはり経験して初めて想像できることもあるのかなと思います。

自分が嫌だと思ったことを他人にしないように、自分がもらってうれしかった優しさを他人に渡していけるようにありたいものです。

 

今日はわりと空いている時間に出かけたので、大きなトラブルもなく無事行って帰ってくることができました。

いくら世の中に望んだとしても、何か起こってしまってはどうしようもないので、とにかく自分が気を付けることが第一だと思い、ものすごく慎重に移動しました。

 

同じ世界でも、自分がどんな立場かでこんなにも景色は違ってみえるものなんですね。

この大変さも含め、新しい景色を楽しんでいきたいです。

 

また明日の春の色も。

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いつも待機児童問題がニュースになっているこの東京で、第一希望の認可保育園に受かりました。
半分ダメだろうと思っていたので、決まってホントにうれしいです。
まさか第一希望に決まるなんて!
しかも家から徒歩5分くらいの新設園です。
これで春からちゃんと生きていけます。
 
わたしが暮らす小平市ではこの4月に7つも新設の園が開園します。
もちろんそれですべてがまかなえるわけではないし、決まらなかったかたもいらっしゃると思いますが、日々問題に対応してくださっている日本に感謝です。
かなたも保育園でたくさん友達ができるといいね!
 
今日は健康診断があったので、ひさしぶりに電車に乗って都心に行きました。
毎日毎日満員電車に乗って通勤して慣れていたはずですが、ひさしぶりに乗るとそのきつさにやられました。
駅も街もひとが多くて、歩いているだけで疲れてしまいますね。
4月からはまたこの生活が待っているのでまた慣れていかねばです。
でもココロをすり減らしすぎないように、忙しさに流されてしまわないように、新生活に向けてゆっくり気持ちを整えていきたいです。
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越えていけ。
 
実家での2週間もあっという間に過ぎていきました。
後半1週間は具合もずいぶんよくなってきたので、約半年ぶりに美容院に行きました。
防府の美容院では美容師さんたちがめちゃくちゃ方言でぐいぐい話しかけてきて、東京とも福岡とも全然雰囲気が違うので笑ってしまいました。
病院同様、ちいさな街だからこそ丁寧にやってもらい大満足です。
 
帯状疱疹はまだ完治はしていませんが、もうあと少しというところまできました。
今のところかなたにはうつっていません。このまま何とか乗り切れそうです。
ずいぶん心配しましたが、ほっと一安心です。
うつらずに済んだのは実家で過ごせたからこそですね。
 
昨日おとといの最後の週末は全国的に雪だったようですが、山口でも積もりとても寒い週末になりました。
この週末はわたしのご褒美期間とずっと前から決めていて、福岡に行くことにしていました。
両親と一緒にいって、両親がかなたをみてくれている束の間のあいだにわたしは友達と会うという計画でした。
 
そのため土曜日の朝かなりはやくにみんなでクルマで防府を出発したのですが、想像以上に雪の影響が大きくてとても困難な道のりになりました。
下関から八幡まで高速道路は通行止め。
下関から高速出るのに大渋滞。
関門トンネルを抜けるまでにも大渋滞。
一瞬で過ぎていくはずの海峡越えは実に2時間半かかりました。
全然進まない車の中で泣きそうでした。
いつも天候運が悪いんです。
2年連続北欧に行ってオーロラ見れないレベルですもん。
仕方ないとわかっていてもショックです。
 
このままでは福岡にたどり着くのは何時になるのやら。
というところで、両親の気遣いによりわたしだけ門司から電車で行くことにしました。
小倉で新幹線に乗り換えて博多までたった16分!
新幹線はやすぎです。
 
予定より1時間半おくれの到着になりましたが、友達が待っていてくれたので無事会うことができました。
ひさしぶりの福岡、ひさしぶりにひとりで歩く街。
ひさしぶりの自分だけのための時間。
ひさしぶりの友達、ひさしぶりの大爆笑。
ひさしぶりのカフェ。
 
当たり前だったことがこんなにうれしく感じるなんてね。
 
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最初は前の職場の仲良しグループのみんなに会いました。
近況報告からバカな話まで、いつ会っても楽しくて仕方ないみなさんです。
辞めてたくさんの時間が流れたのにずっと仲良くしてくれてありがとう。
 
お昼ごはんはなおちゃんと。
ラーメンを食べようと思ったのですが、さすが日曜ですね、ラーメン街道は大行列でどこにも行けませんでした。
ならばと向かった華味鳥ではランチが終わっていたので、くうてんで海鮮丼を食べました。
 
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音楽の話や女の子らしい話や、痛々しい話まで駆け足で語りました。
お互いいろんなことがあるたびにいろんな話をしてきたけれど、本質は変わらないなぁと思います。
どんなことあっても、どんな言葉を交わしても共感しあえるってね。
大きな意味でこれが音楽性に共感できるということかもしれません。
音楽性の違いは人生観の違い、ならばね。
距離とか環境とかはささいなことに思えるんだよ。
 
最後はまた別の元同僚に会いました。
月1帰福していた頃もいつも会うたびに永遠のモラトリアムを感じていたけれど。
これだけ状況が変わってしまったらどんな風になるんだろうと思っていましたが、意外と変わらないままでした。
ホントに楽しくてせつなかったあの頃はもう二度と戻ってはこなくてもね。
こうしてまた会えるね、きっとまた。
 
雪による遅刻のせいで全部でたった5時間でしたが、ホントに濃くて楽しくて充実した時間でした。
これまで数か月どこにも行けなかったことも別になんてことないやって思えるくらいみんな変わらないままで幸せな時間でした。
何かと引き換えに何かを選んでいくのが人生だと。
それはきっとそうなんだろうけれど、わたしもずいぶん長く生きてきたぶん、もう失わなくてもいいものだって手に入れたのかもしれません。
 
わたしが遊んでいるあいだ、両親とかなたは渋滞をなんとか通り抜け、大野城のお母さんの友達の家で待っていてくれました。
わたしも小さい頃からよく知っているおじさんおばさんなので、夜はわたしもそこでお世話になりました。
わたしの友達に会いたいというワガママをみんながフォローしてくれたのでかなえることができました。
ホントにありがとうございました!
 
翌日はそこまで月子さんが車で迎えにきてくれ、福岡空港に向かいました。
わたしとお母さんとかなたで東京に帰ります。
お母さんは1週間だけまたお手伝いにきてくれることになりました。
 
空港ではmemeちゃんとなみねぇさんも待っていてくれたのでみんなでランチしました。
 
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赤ちゃん連れでランチなんて最初は考えられなかったけれど、みんないてくれたので安心して楽しい時間を過ごせました。
みんなに抱っこしてもらったよ!
ずっと世の中から取り残されたような気持ちになっていたけど、前とは違ってもまた少しずついろんなことができるようになりますね。
前よりもっとうれしい気持ちで、前よりもっと感謝して。
 
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帰りの飛行機でもかなたは泣いたり寝たり泣いたりして、移動はかなり大変でしたが、無事東京に帰り着くことができました。
 
ふるさとはあたたかくて、福岡は楽しくて、わたし今なんで東京にいるんだろうと思ってしまったりもしましたが、今わたしが暮らす場所に戻ってきてやっぱりほっとする気持ちにもなりました。
実家はとても楽だけれど、ずっとずっとそれに甘えて生きていくことはできないからね。
今、この場所で、わたしが作り上げていくべきものがあるのだから。
 
たくさん療養して、いろんなひとの優しさに触れ、またたくさんの新しい感情に出会い、2週間前東京を飛び立ったときとはずいぶん違う気持ちで戻ってくることができました。
たぶん、きっと大丈夫。
もっともっと頑張れるはず。
そしてまた辛くなったときには、逃げる場所があるということがわたしに強さをくれる気がします。
それこそが生きてきて手に入れたもの、どれだけ変わっていってもなくならないわたしの永遠なのかもしれないね。
 
2週間のあいだ、わたしに会ってくれたみなさんありがとうございました。
 
またすぐに会いにいくよ。
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わたしを作ったもの。


今日はたくさんのお客さんが来ました。

午前中はお母さんのお友達で近所に住んでいるおばちゃんがきてくれました。
小さい頃そのおばちゃんのとこの子供たちとよく遊んでいました。
会うのは何年ぶりだろうというぐらいでしたが、変わらず話しやすくて優しくて、ふるさとの「友達のおばちゃん」でした。
おばちゃん、って呼びながらタメ口でなんでも話してしまうようなね、そんな家族ぐるみの付き合いが当たり前だったね、いつもこの街では。

午後からは8年前わたしが防府で働いていた頃に知り合って、福岡時代にもずっと仲良くしてくれていたひとが遊びに来てくれました。
1年半ぶりくらいに会ったのですが、その間にお互い人生を大きくゆるがすような出来事があったからか、変わらないなと思うこともあったし、ずいぶん変わったと感じることもたくさんありました。
いつものわたしだったらそれをせつなく感じるばかりなのですが、なんだか今日はそれに眩しさを感じました。
傷ついて失って大人になることはとても素晴らしいことです。
歳をとることに胸を張れなくなる空気を感じたりもするけど、そんなことはないだろう。
悲しみにすり減らされてそれでも生きていくことはとても尊いことだろう。

それに照らされて思い出話はほとんどしなかったけれど、あとから思い出を次々思い出しました。
どれだけたくさんの美しいものをもらったか。
ずっと忘れない色とりどりの景色だよ。

そして夜は突然のお客さん。
中学高校の同級生がいきなり家を訪ねて来てくれました。
実に十数年ぶり、娘ちゃんももう中学生になっていてびっくりでした。
でも会った瞬間昔の感覚が一気に蘇ってきて言葉が溢れてきました。
高校の頃、よく遊んでたことを思い出しました。
今のわたしからは想像もつかないけど、当時はジャニーズが好きでいつも一緒に明星やポテトを読んでたんです。
ろくでもない恋バナもいつもしていました。
ほとんど思い出すこともなかったのに、しっかり覚えていました。
無邪気でとにかく楽しかった高校時代だったね。

ずっと連絡してなかったのに、ブログで帰省を知って訪ねて来てくれたんです。
お祝いのプレゼントももらってホントにうれしかったです。


朝からたくさんのひとがきてくれて、自分にはこんなにもステキなひとたちがいたんだと胸が震えました。

振り返らず、前だけ見て走ってきました。
大事な人たちも大事な場所も後に残して振り払ってきたわたしなのに。
こうして途切れたと思っていた糸を手繰り寄せてくれました。
それにどう感謝していいかわからないくらいです。
こんなにたくさんの愛をもらって生きてきたことを忘れてしまうなんてわたしは大バカです。

ありがとう。
そんなわたしと繋がっていてくれてホントにありがとう。

東京では日が浅くて、音楽で繋がった人ばかりだったから音楽ができなくなってからは何もかもなくなったような気がしていました。
SNSで楽しそうなライブやイベントの投稿を見るたびに寂しかったんです。
でもわたしの生きてきた人生はそれだけじゃなかったね。
音楽をするわたしもわたし、でもヒロヤユウコを作ったものはそれだけじゃなかったよ。

すべては意味のあることだと言い聞かせてきたけれど、いまならわたしのところにかなたが来てくれた意味も、今このタイミングで具合が悪くなった意味もはっきりとわかります。

東京の暮らしのなかでどこかわたしの心は歪んでいたんだ。
真冬の海に寝っ転がって星を待っていたような、そんな心は失われていたんだ。
誰かがいてくれることに心からありがとうを感じることができず、自分がすべてひとりでやっているような傲慢さのなかに生きていたんだ。
わたしが誇らしく思っていたヒロヤユウコらしさをなくしかけていたんだね。

それをこの日々はわたしに教えてくれました。
ひとりじゃなにもできなくなって。
家族が助けてくれて。
昔からの友達たちが優しさをくれて。

新しい家族ができて、めまぐるしく日々が過ぎていってどんな風にこれから生きていきたいか考えられないでいたけど、いまは思います。

愛のある場所を作りたいよ。
わたしらしく、わたしの夢がつまった場所を。

そしてこれまで出会ったたくさんのひとたちにも、愛と感謝を忘れずにいられますように。
美しいものを美しいと言えるひとであれますように。


この気持ちを取り戻せてよかったよ。
ホントにありがとう。
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ポカポカする。


実家でのんびりさせてもらっています。
こんなに実家のありがたみを感じるのは初めてです。
今まででも何度も逃げ帰っていたけど、ホントに今回ほど助けられたことはありません。

帯状疱疹は治る方向に向かっているようで、今度は壮絶な痒みに襲われています。
血が出るほど搔きむしりたいですが耐えています。
ひとりだったら到底やっていけなかったと思うので、ホントにただただありがたいです。

ありがたすぎて、これまでの自分の考えを覆されそうなくらいです。
ちいさな田舎の街で一生を終えるなんて考えられなかったんだ。
そうして飛び出したのに。
否定したはずの暮らしがどれだけ素晴らしいものだったかを痛感させられます。
子供の頃当たり前だった、いつでも誰かがいて賑やかな家。
それがどんなにうれしいものだったのか。

節分でしたね。

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週末はよっちゃんとみゆみちゃんが帰ってきたよ。

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じいちゃん、ばあちゃん、おじさん、おばさん、いとこたちとその息子にもあったよ。

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天満宮にもいきました。

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大好きな中華料理やさんのお持ち帰りを食べました。

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家にみんながいるから寂しくない、なんてね。
もう何十年も感じたことのない感覚でした。
わいわいうるさい家をはっきりとうれしいと思ったのは初めてかもしれないね。

あんなに毎日ひとりでピリピリしてたけど、みんないるとかなたが泣いても焦らなくていられました。
ホントにありがとう。

やっと生まれ故郷防府をホントに好きになれたよ。
いいとこだったよ。
どこにでもあるつまらない田舎の街だけど。
どこにもないわたしだけの大切な故郷だよ。