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片瀬海岸ぶらり散歩

ポストたずねて三千里                                          

      白波が立つ片瀬東海岸








走る人梅雨の晴れ間に

 海を見ようと

 散歩にでかけました。







 きょうは

 小田急で行きました。






 小田急の終点片瀬江の島で

 下ります。

 駅舎を出てふりかえると

 つくづくヘンな建物だなと

 思います。






 竜宮城をイメージしたのでしょう。

 古いシナの建築様式です。

 しび「鴟尾」が異様に大きいのです。









 江の島を右に見ながら、海岸通りを

 歩いていきますと、

 信号があります。

 そこで

 待ちながら海の三角波を

 見ていました。






 龍口寺へ行く通りを

 選び、

 坂を下りていきました。

 左手に

 落書きがいっぱいある

 建物を見ました。





 







アメリカ版寅さん

ポストたずねて三千里








走る人赤毛のアフロヘアのそばかす

だらけの男の子がげらげら笑ってる。






笑われたのは寅さん。






といっても

アメリカ人の寅さん。





じゃーンと

主題歌が始まる。

「生まれも育ちも葛飾柴又です」







だがここはどうやらアメリカ

らしい。

テキサスだかオクラホマだか。






とにかく

とある田舎町のレストラン。






アメリカ人の寅さんは

ソフトをあみだにかぶって

茶色の背広を肩にひっかけて

ぼんやり窓外の景色を

ながめている。







ふと目線を店内にうつすと・・・


なんと

奥の方で若い美人の

ウエイトレスが

口をすぼめて

キスを送ってくるではないか!







寅さん千載一遇のチャンス

とばかり、口をすぼめて

キスを投げ返す。






もう天にものぼる心地。






ところがウエイトレスは

またしても口をすぼめて

キスを投げてくる。






<おかしい>

不審に思った寅さん

振り向いた。






そこにはイケメンの

若い男。

さかんにウエイトレスへ

キスやらウインクやら

送っていた。







寅さんがっかり。

そのときだった。







あのそばかすだらけの

赤いアフロの男の子が

ギャハハハと笑った

のだった。






一部始終を子どもは

見ていたのだった。






このようなストーリーで

展開する

コマーシャルを

見た。






最後はそばかすの少年と

並んで丘の上に立つ寅さんの姿

なのだが、

帽子といい、

茶色の上着といい、

ちょっと腰をひねった風情といい、

寅さんそっくりで

よくできたCМだとおもうのだが・・・








いったい何のCМだったのか

さっぱり

わからん。






五月闇④

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       咲き誇るタチアオイの花


走る人『夏は来ぬ』の歌詞には

 もう死語になったかもしれない

 美しい日本語がたくさん出てくる。








 一番の歌詞では、「忍び音(しのびね)」。

 ほととぎすが忍び音をもらしている、

 という場面である。







 二番では「裳裾(もすそ)ぬらして」。

 早乙女が裳裾をぬらして

 玉苗を植えている情景である。







 五番に「五月闇」がでてくる。

 五月闇のなかを蛍がとびかい、

 クイナが鳴いている。

 まわりに卯の花が咲きみだれる

 田んぼには

 もう一面に早苗が植えられている。

 そういう情景で歌詞は終わる。







 この歌を歌っていると、

 なんだか

 なつかしい気分に満たされる。







 それは美しい日本の田舎の風景が

 心の中に浮かんでくるからだろう。







 早乙女なんて

 今の日本では見ることが

 ほとんど出来ないと思うが

 この歌が歌われる限り

 イメージは残る。






 菅笠(すげがさ)をかぶり、

 手甲脚絆(てっこうきゃはん)姿で、

紺のかすりの着物のすそから

 赤い腰巻がちょっとのぞいている

 早乙女の情景は、

 







 昭和30年代までは 

 確実に残っていた。

 







 茨城県の関東早場米地帯には

 「鹿島乙女」とよばれる

 若い女性の集団がいて、

 田植えの季節には

 利根川流域の広い稲作地帯

 を移動して田植えの作業を

 おこなっていた。








 いわば移動する

 季節労働者

 である。

 







 利根川の流域は、

 大小の水路が縦横に

 めぐらされているので、

 移動手段は自動車ではなく、

 田舟(たぶね)という底の平たい舟で

 水路を移動するのが常だった。








 のんびりと

 田舟で水路を渡っていく

 早乙女たちの風景は

 季節の風物詩だった。








 いまや、鹿島は、

 臨海工業地帯となり、

 






 Jリーグ鹿島アントラーズの

 根拠地となった。

 








 鹿島乙女たちはどこへ行った

 のだろう?







 

  佐々木信綱作詞小山作之助作曲

  『夏は来ぬ』は

  いつまでも

  歌い継がれていってほしい

  と思う。

   


  

五月闇③

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走る人 きょうも彼はいた。






 




 地下通路の

  中ほどのところに。

  そこが彼の定位置だ。






  





  地下道の笛吹き男。






 






  ベレーをかぶり、

  からだをゆすりながら、

  フルートを吹く男。











  ついこのあいだまで 

  「夏も近づく八十八夜」

  だった。







  それが いつか

  「卯の花の匂う垣根に」

  にかわった。







   



   かと思うと

   きょうは

   「松原遠く 消ゆるところ」

   だ。







   


   フルートの調べは

   楽譜とは少々異なっている。







   





   ときどき

   8分音符が4分音符になる。







  



   間延びする。







   

   


   歌詞の一番が終わると、

   即興の間奏が入る。






   





   よく知っている曲なので

   こちらは

   つい口ずさんでしまうから

   そのまま

   2番の歌詞に入ろうとする瞬間、

   ひょろひょろーと

   予期せぬ間奏がはいると、

   おもわず

   つんのめってしまう。










   <おいおいおい>

   言いたくなる。






   





   地下道の笛吹き男よ!

   勝手に間奏を入れるなよ!






   




   通る人が みんな

   そう言ってる風に見える。

   







   

   そんなに年でもないが

   そんなに若くもない。

   






   



   小学唱歌が多い。

   聞いていてなつかしい。






   




   昔の日本人が

   だれでも知っているメロディーだ。

   腰のまがったおばあさんが

   口ずさんでいる。








   ほほえましい。








   そのおばあさんが

   つんのめってしまう。 

   







   

   あぶない

   笛吹き男。

   







   松原とおく 消ゆるところ

   ・・・・・・・・

五月闇②

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走る人 とつぜん風が吹いてきて

帽子が飛ばされそうになった。






 前を歩いていたおじさんも

帽子を手で押さえている。






 そのおじさんは

まるで『おじさん図鑑』から

抜け出てきたような

完ぺきな”おじさんルック”だ。





登山帽、ワイシャツにベスト、

肩から斜めに下げたかばん、

スニーカー。





登山帽のかわりに野球帽になる

こともある。

野球帽のばあい、

<ナイキ派>がいる。

なんでもナイキ

でないと気がすまない。






肩掛けカバンのかわりに

リュックというスタイルもある。





ベストの前は

ジャンパーかカバーオールだった。

暖かくなったので

半袖シャツに変わるのも近い。






スニーカーだけは共通。






『おじさん図鑑』はべストセラーだ

そうです。





なぜ、おじさんは

おなじようなスタイルを好むのか?





よくわからない。





『おじさん図鑑』の作者は

女性らしいが

よく観察しているなあ。






とにかく面白い。







五月闇

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走る人 昨日タチアオイが咲いているのを

見た。






 ホタルブクロも咲いた。






 雨のなかで

 たしかに季節がうごいている。





 

 梅雨時の木立の下は暗い。





 それを木下闇(このしたやみ)と

 呼ぶ。





 暗闇の中で猫の目が光る。





 木下闇を五月闇(さつきやみ)ともいう。





 青葉若葉が目にしみるのに

 その木の下は真っ暗である。





 暗闇の中で

 季節は

 いろいろなものを

 準備している。

 








六月~水無月~②

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走る人今日は日曜日。







 憂鬱である。ゆーうつ。






 行くところがない。






 気にいってたイタリア料理屋が

 先月いっぱいで

 閉店した。





 

 茅ヶ崎の店も去年

 閉店した。






 いい店ほど

 つづかない。






 手の抜き方を知らないから

 だろうか。

 いや違う。







 老舗でなん百年もつづいている

 のをみると、

 手を抜かなくても

 やれる方法があるのでは

 ないかと思う。






 それがなにかは

 わからない。






 ながく続けるということは

 えらいことだ。






 新藤兼人さんが100歳で

 なくなった。

 死ぬ直前まで映画を

 作り続けた人だった。






 ひとつの道を

 ぶれることなく

 まっしぐらに

 進む人生は

 それはそれでりっぱだ

 と思う。






 「行くに小道によらず」

 ということばがある。

 



 ちょこちょこ脇道にそれずに

 天下の大道をまっすぐ行け

 ということだが、






 

 われわれしろうとにとっては

 これが

 いがいにむずかしい。







 私事で恐縮だが、

 小道とか脇道というのが

 大好きである。






 本道からそれて

 脇道へ入り込むのが

 面白くてたまらない。

 





 そのうち、

 なにが本線だったか

 忘れてしまっている。


 <オレはいったいなにを

 やろうとしていたのか?>





 物事を順序正しく

 やるのが

 だいきらいである。






 人が右向きゃ

 かならず左へ行く。






 みんなが行く方向へは

 ぜったい行かない。






 みんなが買う本は

 ぜったい買わない。

 ベスト・セラーなんか

 くそくらえだ。






 本を読むときは

 あとがきから読む。

 





 あたまの1行を読んで

 面白くなければ ポイと

 捨てる。






 街を歩くときは

 かならず裏通り

 を歩く





 「抜けられません」と

 書かれた看板を見ると

 がぜん闘志がわく





 表通りだ

 まじめに歩いた人は

 おおむねほめられる。

 勲章をもらう。





 裏通りばかり歩く人は

 へんな目で見られ、

 おおむね軽蔑される。

 








 しかし、

 






 表通りだけが人生ではない。







 だいいち、

 表だけを歩いてて楽しいか?

 





 裏通りにこそ人生がある。

 実人生がある。







 おおいに

 脇道へはいることだ。

 おおいに道草をくうことだ。

 人生は無駄のなかに

 きらりとした真実がある。






 裏通りを歩いた人は

 表通りを歩いた人より

 おおむね長生きする。







 それは人生の真実と言う

 妙薬を 

 手に入れたから

 である。





 


 

 



 

 



 

六月~水無月~

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走る人はや六月である。






 五月で感銘をふかくしていたら

 あっという間に

 すぎ去ってしまった。





 五月といえば

 青嵐だ。





 そういえば

 あの石原軍団の石原は

 青嵐会に

 所属していた。





 青嵐とはもともと

 俳句の季語。





 青葉のころに吹くさわやかな風

 のこと。




 風かおる五月というではないか。

 薫風すなわち青嵐。





 青嵐は、

 ふつうの風と

 ちがって

 ちと強い。






 青嵐一蝶飛んで矢より迅し

 虚子の句。






 若かったころの

 石原たち青嵐会メンバーの

 心意気を感じる

 ような気もする。





 


 さて、いまは六月。

 

 和菓子の

 ”水無月”もこの季節に

 出る。





 


 池上の駅から

 歩いて5分。

 友川かずきの歌ではないが、





 堤方橋。

 バス停を右(蒲田駅方面)へ。

 右側に一軒の菓子屋がある。

 





 そこの”水無月”を

 お試しあれ。

  




 六月は田んぼのあぜ道の脇の

 溝を流れる水音が

 高い。





 水流がが早いからか、

 大きな音を立てる。





 五歳くらいの女の子が

 





 畠の脇の小川で

 瀬音に

 





 じっと耳を傾けているのを

 見た。





 小川の段差が小さな滝を

 つくって、

 瀬音が一段と高い。





 女の子は

 かたわらの草をむしって

 






 滝にむかって

 投げ入れた。






 女の子は

 草の行方を

 じっと

 ながめていた。




 

 

 六月の風にのりくる瀬音あり  万太郎

きょうは日曜日

ポストたずねて三千里


走る人きょうは日曜日。





 ”イタリアン・トマト”へ行った。





 最初にすわった席は、

 隣の席の、

 青い顔した学生が

 ゴホンゴホンとヘンな咳をするから

 即座に逃げ出した。






 無神経なやつの

 となりに

 わざわざ 居つづけて

 風邪でも うつされたら

 バカバカしいだろう。


 




 で、出口のすぐ横の席を占領した。






 占領と言ったが、

 二つの席をくっつけて独り占めした

 というほどの意味である。






 ざまあみろ。

 






 だが、ここはトイレに近い。






 ときどきトイレに行く人が

 通り抜ける。





 いましも東北出身の歌手

 そっくりの

 超肥満の女が

 通っていった。




 スカートをひるがえしたあおりで

 なまあったかい風圧が

 こちらへ送り込まれる。





 
不快である。

  





 ゴホンゴホンも困るが

 肥満の風圧もイヤだ。





 

 つぎに、二人の娘を連れた

 若い母親が通る。





 二人の娘は、

 上の小5ぐらいの方は

 すべる靴をはいている。

  





 すべる靴はきらいだ。




 

 下の小3ぐらいの子は

 こちらのテーブルの

 ケーキを

 物欲しげに

 じーっと

 見て、

 





 つぎに、

 俺様の顔を

 じーっと

 見た。







 不快である。



  



 幼いとはいえ

 しつけが悪い子は

 きらいだ。

 




 こっちも こわーい目で

 きつーく

 にらみ返してやった。





 

 <アホか> 

 

 


 



 不快な一日だった。 


 





 





腰越ぶらり散歩②

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         腰越~小動岬~



走る人小動(こゆるぎ)岬が江の島を隠して

います。






 小動岬は黒いシルエットになって

います。






 岬の突端をまわれば、

向こうに江の島がぽっかりと

浮かんでいるのが見えます。






 岬の手前を

江ノ電がゆっくりと

カーブしていきます。






 ここは絶景ポイントです。





 五月は気持ちの良い季節です。





 しかし悲しい季節でもあります。





 五月いっぱいで

 一軒のレストランが店を閉めます。





 なじみの店が無くなるのは

 つらいことです。





 なぜ閉店するのか?

 ひとつは家賃の高騰があります。

 むろんそれだけではない、

 いろいろな原因が重複して

 店を閉店へと追いやったのです。






 まじめな店だったのに。

 エビでだしをとったトマトソースの

 独特のうまさがわすれられない。

 ゴルゴンゾーラのニョッキが美味かった。






 きさくなシェフとの語らいが

 楽しかった。

 




 みんなから愛されていたのに。

 わりきれない思いでいっぱいです。






 若葉の燃え上がる

 五月は

 しみじみ悲しい。