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鎌倉佐助ぶらり散歩⑥

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       長ーくつづく竹の塀




走る人  この塀はなんという塀

でしょうか。

胴縁(横の桟)がない建仁寺垣

とでも言ったらいいのか。






 いまとなっては、こういう塀が

なつかしい佐助谷です。

 この近くに井上ひさしさんや

米原万里さんがかつて住んで

おられました。





 この塀のちょっとさきにある

喫茶店によく行きます。

 チキンカレーとスパゲッティが

ありますから、お昼をここで

すませることもあります。





 女主人はご主人の仕事の

関係でスエーデンのストックホルム

に住んでいたことがあるとか。





 スエーデンが好きなわが娘を

一度連れていったこともあります。





 スエーデンにはいまから40年

前に行ったことがあります。

 スエーデン人の安全にたいする

考え方は徹底していて、

たとえば、部屋の中のコンセント

は壁に露出してなくて、3cmほど

の穴の奥にあります。

なぜか。






 ハイハイするころの赤ちゃんは

なんでも舐めます。露出した

コンセントだとなめて感電する

危険がありますが、穴の奥の

コンセントだと赤ちゃんの舌

が届かないので、感電する心配は

まったくないというわけです。






 そこまでやるか?

というくらいスエーデン人の安全

対策は徹底してます。




 



 まだあります。






 道路工事のときマンホール

のふたを開けて作業しますよね。

日本だとマンホールのまわりに

工事中の黄色と黒のガード・フェンス

とか赤い円錐状のコーンを

置きますが、スエーデンでは、

マンホールの穴から半身を乗り出し

た作業員の人形を置きます。





 穴から人が出ようとしている姿

を見て、ぎょっとします。

 よそ見した人がマンホールに

近づいたらかならず人形にぶつかり

ます。

 どうやっても穴に落ちようがない、

というわけです。






 スエーデン人が原子力発電所を

作るとしたら、「想定外」はありえません。

とことん危険を予想するでしょう。

そういうお国柄です。





 スエーデンには有名な鉄の鉱山が

あって、良質の鋼鉄(ハガネ)を

生産しています。

 料理用のナイフとハサミは世界一

です。

 なぜか日本ではスエーデン製

のナイフとハサミは売られていません。

 ドイツ製のゾリンゲンばかりです。

 日本の一流デパートがなぜ輸入

しないのでしょうか?

 勉強不足なのか、怠慢なのか、

さっぱりわかりません。

 

 





 ドイツの方には悪いですが、

スエーデン製のナイフもハサミも

使い勝手は抜群で、到底ドイツ

製はかないません。

刃がたたないとはこのことです。






 そんな馬鹿話ばかり話し合って

午後の時間を楽しくすごします。

鎌倉佐助ぶらり散歩⑤

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      ひろくなった佐助谷道





走る人  広々とした感じに変わって

しまった佐助谷の道は、

少々味気ない道です。




味気ないといえば、駐車場に

掲げられた看板にも

その味気なさを裏付ける

文句が書かれています。





いわく駐車場内にゴミ類空き缶

などを捨てることは固くお断りします」





 捨てる人が増えた、

ということでしょう。

鎌倉佐助ぶらり散歩④

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  佐助稲荷と銭洗弁天への分かれ道






走る人  分かれ道にやってきました。

  この角の家の庭に大きな

  三椏(ミツマタ)の木があって、

季節になると見事な黄色い花を

咲かせます。






 分かれ道には道標があります。

 石の道標は二つあり、

ひとつは佐助稲荷への道、

もうひとつは銭洗い弁天への道を

示しています。






 佐助稲荷への道をはいります。

 この道沿いには塀のある古い

家が並んでいたのですが、

代が代わって土地を売ったの

でしょうか、新しい住宅がつぎ

つぎに建てられています。

 塀がなくなり、庭の樹木も切り

払われ、あたりは広々とした

空間に変わりました。

鎌倉佐助ぶらり散歩③

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       陶器屋さんの店先




走る人  トンネルを抜けて少し行くと

陶器を売る店があります。







 緑の木立のなかにかくれた

ような静かなたたずまいが好き

で、よく立ち寄ります。





 「もやい」という店です。

 ここは店に入る前に

外になにげなく置いてある

陶器の甕数種類に

目を奪われます。






 越前焼でしょうか。

 みごとなかけ流しです。

 以前にも緑の釉薬の

越前を見ました。





 この店では、過去に、

焼き物をいくつか買い求めた

ことがありますので

勝手知ったる店の中

です。




 小石原焼や小鹿田焼の

見事な飛び鉋の皿を買った想い出

があります。





 秋に小鹿田を訪れたいと

何度思ったことか。

いまだに実現できません。

日田から小鹿田へぬけるか、

秋月から小鹿田へ行くか、

はるかに思いをはせること

ができる店です。

鎌倉佐助ぶらり散歩②

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       トンネルを出ると佐助







走る人  佐助谷も新緑が目にしみる

季節になりましたね。





 トンネルをくぐるあたりまでは

銭洗い弁天へ行くのか

佐助稲荷へ行くのか

まだわかりません。





 銭洗いへ行く人の方が

圧倒的に多いと思います。





 でも私は佐助稲荷への道を

目指します。


鎌倉佐助ぶらり散歩①

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         佐助谷トンネル



走る人  佐助を訪れるのは

ひさしぶりです。






 いつもは、北鎌倉から源氏山を

越えて佐助谷に下りるか、






 銭洗い弁天の帰りに、佐助へ

下りるか、






 どちらかですが。

 どうも山登りが億劫になって

省略してしまうようになりました。






 

大磯ぶらり散歩⑩

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       鴫立亭の店内の人形




走る人  鴫立亭ではコーヒーも

中で飲むことができます。





 ショコラのロール・ケーキを

注文しました。





 店内を見渡しますと、

壁にユンハンスそっくりの

時計がかかっています。

 でも振り子のガラスに

英語でレギュレーター

と書いてあるので、

日本製の模造品だな、と

にらみました。





 暖炉の上に、ジュモー風

のお人形が鎮座してます。

でもジュモーではなさそうです。

店の人に聞こうかなとも思い

ましたがやめておきました。





 ショコラは甘すぎずなかなか

よくできていました。

コーヒーもおいしかったです。

珈琲カップのお皿がきれいな

紫色だったので多分香蘭社だ

ろうと裏をひっくり返してみたら

みごと、ピンポーンでした。

大磯ぶらり散歩⑨

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        鴫立亭の全景




走る人  西行さんが奥州藤原氏を

訪ねた目的は、平氏によって

焼かれた東大寺再建の資金

集めのため、つまり「砂金の勧進」

だったといわれます。






 なにしろ平泉の中尊寺金色堂

がありますからね。





 砂金をもらって帰る途中の安全を

確保してもらうため頼朝に頼んだ

というのが鎌倉に寄り道した理由

でした。





 大磯の最後はフランス菓子の

老舗「鴫立亭」によっておいしい

ケーキを食べて〆ることにいたし

ましょう。







 

大磯ぶらり散歩⑧

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         大磯のポスト





走る人  西行さんがなぜ鎌倉を

目指したか、鎌倉で頼朝に

会ったのか。





『吾妻鏡』という本に

「文治元年八月、鶴岡八幡鳥居下で

頼朝と会う」

と書いてあります。





頼朝は、そのとき西行さんに

弓馬の道についていろいろ話を

聞きたいと言ったらしいのです。





 西行さんはもともと武士でした。

 佐藤義清という名前でした。

 京都で天皇の御所を守る北面の

武士でした。武術の達人だったの

でしょう。それだけでなく、かれは

一流の歌人でもあったのです。

 歌詠みであったからこそ、

待賢門院璋子との間に恋が生まれ、

そしてその恋が無残にも引き裂かれる

悲劇のもとになるのです。





 頼朝が聞きたかったのは

弓馬の道だけではなかったかも

知れませんね。




 とにかく、西行さんは、なにも

語らなかったそうです。




 頼朝は西行に銀製の猫を与えました。

多分お土産のもりでしょう。

西行は別れたあと。

門前のこどもたちにその銀の猫をポイ

与えて去ったそうです。





かっこいい。



大磯ぶらり散歩⑦

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        鴫立沢の初夏




走る人  国道に沿って西へ歩いて

行きますと、鴫立沢に出ます。






 西行法師の「鴫立つ沢の

秋の夕暮れ」の歌で有名な

鴫立沢はここだというのです。





「え?ここが?」と思うような

場所です。





国道から一歩入って石段を

2,3段下がるともう西行法師

の空気が流れています。





音をたてて勢いよくながれる

沢の水のせいでしょうか

あたりはひんやりとした風が

吹いているような感じが

します。





せまい石の橋を渡るとそこは

「鴫立庵」です。

入場料が必要だとわかると

西行法師の影がすーっと

消えて行きます。





 ところで、西行さんはなぜ

鎌倉へ行ったのでしょうか?