先日、ブランシャールとクルーグマンがMMTに近づいてきたことを伝えたが、スティグリッツは彼らよりもさらにMMTに近づいている。

ブランシャールはIMFのチーフエコノミスト、クルーグマンとスティグリッツはノーベル賞受賞者だ。

【参考】
▼ ブランシャールとクルーグマンがまたMMTに近づく(インフレ対策)
2023-01-02 
https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12782307919.html

上記リンクで解説したように、ブランシャールとクルーグマンは、金融政策無効論/財政政策万能論に近づいている。

一方でスティグリッツは、21年末から、他のノーベル経済学賞受賞者16人と連名で「バイデンの巨額予算は逆にインフレを低減させる」として、財政政策有効論を唱えていた。

▼ ノーベル経済学者17名「バイデンの巨額予算は逆にインフレを低減させる」
2021-12-11
https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12715017153.html

「え?お金を刷って経済に投じたらインフレになるんじゃないの?」と考える多くの人々には、ぜひ以下のスティグリッツの論理に触れてもらいたい。

スティグリッツは「金融政策無効論/財政政策有効論」を声高に提唱し続けている。

以下のツイートは23年(2月と3月)に入ってからのスティグリッツの認識を伝えるものだ。
さらにMMTに近づいているように見える。

 

 


どこがMMTに近いのか、わからない人もいるかもしれない。
ぜひ下記の「MMTerのインフレ抑制方法」と、今回お伝えするスティグリッツのものとを比べてみてほしい。

▼ 利上げしない! MMT派のインフレ抑制方法
2022-02-12
https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12726392531.html

完全一致と言ってもいいことがわかる。

上記ツイにある今年2月のプロジェクト・シンジケートのエッセイでは、「財政政策万能論」はもちろん軸にしながら、主流学派の「自然利子率」の考えや「均衡財政モデル」を否定している。

同じく22年12月のプロジェクト・シンジケートの記事では「金利上昇によるすべての痛みに利益なし」としながら、「賃金を引き上げて労働条件を改善」することがインフレ対策に繋がるとした。
また、「FRBが利上げにより中銀当座預金(準備預金残高)に高額の利子(年間1300億ドル)を付して民間銀行に支払い、仲の良い盗賊のようにふるまっている」とも批判している。

これらの提案や主張は、すべてMMT派と共通する。

MMT派も、「財政政策万能論」を唱え、自然利子率や均衡財政モデルを否定し、「賃金を引き上げて労働条件を改善」することを処方箋として提示し、政府と国債購買者の共謀関係を批判している。


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短いエッセイでは物足りないので、スティグリッツの少し長い論文も確認しよう。

まず、現在のインフレがどういう原因で起こっているのか確認してほしい。

一体、世界では何が起こっているのか。
実際のインフレ要因が需要主導型なのか、コスト主導型なのかもはっきりさせたいところだ。

スティグリッツは昨年秋の時点で、「相対寄与を正確に解析することは困難だが」と前置きしながら、米国のインフレ要因を次のように考えていた。

 

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現在のインフレ水準は、ほとんどの消費者がここ数十年で経験したことのない高さである。
この経験はほとんどの先進国と共有されており、パンデミックによる供給ボトルネックやロシアのウクライナ侵攻などのグローバルな要因が主な要因であることを示唆している。

その他の関連要因としては、a) パンデミック時の労働力人口の減少と移民の減少によって引き起こされた労働市場の広範な逼迫、b) ペントアップ需要によって生じた需要の過剰、c) 市場力を持つ企業にマージンを増やす機会やインセンティブを与えるその他の進展、などが考えられる。
〔*筆者注:ペントアップ需要:景気後退期に購買行動を一時的に控えていた消費者の需要が、景気回復期に一気に回復すること。「繰越需要」〕
  - 「パンデミック後の世界に向けたマクロ経済の安定化」 pp.7-8
・・・・・・・


インフレの要因について、サンフランシスコ連銀のアダム・シャピロは「インフレ要因の約40%が供給主導、40%が需要主導、残りの20%はあいまいであると推定できる」としている。

 


簡単なインフレの要因分析は上記の通りとなる。
次に、スティグリッツのインフレ対策に関する要旨も確認したい。

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2022年8月29日のブルッキングス研究所のワーキングペーパー
▼「パンデミック後の世界に向けたマクロ経済の安定化」- 財政と金融政策の組み合わせを見直し、マクロ経済の外部性を修正する
ジョセフ・スティグリッツとアントン・コリネック(The Brookings Institution)
https://www.brookings.edu/research/macroeconomic-stabilization-for-a-post-pandemic-world/

概要:
本論文は、金融政策に安定化の主な責任を負わせるという、従来のマクロ経済安定化の正統的モデルは時代遅れであり、緊急に置き換える必要があることを論じている。
2008/09年の大金融危機以降、中央銀行の主要な手段である短期金利は、ゼロ下限によって制約を受けることが多くなっている。
さらに、最近の出来事から、サプライチェーンの混乱、労働市場の不足、エネルギー価格のショックなど、インフレの特定の要因をターゲットにするには、金融政策があまりにも鈍感であることが浮き彫りになった。
しかし、これらは財政政策によってターゲットにすることができる
したがって、マクロ経済の安定化において、財政政策はより重要な役割を果たすべく、金融政策を補完する必要がある。
さらに、財政政策は、例えば、リスクを軽減し、予防的貯蓄の必要性を軽減し、資本市場の不完全性を軽減することによって、経済の非効率性を生み出し、経済の潜在力を十分に発揮できないようにするマクロ経済的外部性を説明することもできる。
これらはすべて、経済の供給側と需要側の双方に、的を絞った、福祉を高める形でのプラスの影響を与えることができる。
・・・・・・・


金融政策(利上げ)は、的を絞った効果をもたらさない雑な処方箋であり、財政政策こそが有効だということだ。

他に冒頭部では、「過去数十年の間、マクロ経済政策は、新自由主義の信条に大きく影響された20世紀後半のマクロ経済安定化政策の正統的モデルに過度に傾倒してきた(p.3)」、「主流派はリカードの等価定理を御用してきた」とし、「我々は、公共政策(財政政策)がより大きなマクロ経済の安定と、より大きな経済効率と福祉を促進するために重要であると考える(p.2)」と結論付けた。

また、現在のマクロ経済政策が金融政策に過度に依存しており、「金利がかなり反応の鈍い手段である」こと、「金融政策が投資を歪め、抑制する」こと(p.2)を指摘した。
さらには「GDPや雇用などの総計に焦点を当てた伝統的なマクロ経済モデルのナイーブで単純な使用は、見当違い、あるいは危険でさえある(p.2)」とした。


このワーキングペーパーからまとめ部分も抄訳したい。

 

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第一に、金融政策の最も有効な手段である短期金利は、かなり鈍感である。
経済の総需要に大まかに影響を与える一つの手段ではあるが、経済のどの部門が過熱しているか、刺激を必要としているかということを細かく調整することはできない

金融政策は、経済のすべての人に等しく影響を与える「中立的」な手段であるどころか、住宅や不動産など金利に敏感なセクターには、他のセクターよりもはるかに強く影響を与える。
例えば、需要全体が弱く、経済が刺激を必要としているときに、拡張的な金融政策が2000年代初頭の住宅バブルのようなバブルを膨らませることがあるなど、時として深刻な歪みを生じさせるのだ。

こうした効果は、私たちが大学院生に教えている教科書的なニューケインジアンの基本モデルのように、経済のセクター構造を十分に考慮しない単純モデルでは表現されず、分析することすらできない。

しかし、それにもかかわらず、それらは現実に存在するのである。
非伝統的な手段であった量的緩和も、…需要不足を適切に解消することはできなかった
(p.4)

第二に、…金融政策は、経済の需要側だけでなく、供給側にも影響を与える。
特に、金融政策が引き締め的であれば、将来の生産能力への投資が減少し、将来のインフレ圧力を悪化させる可能性がある。

現状で最も重要なことは、供給制約がある場合、金融政策が引き締めされると、制約を緩和するための投資のインセンティブが低下し、経済におけるインフレ圧力が増幅される可能性があることである。

今後、気候変動に対処し、経済をより環境に優しいものに変えていくためには、大規模な投資が必要となるが、金利が高すぎると、そのような投資は不利になる。
つまり、政策立案者は、財政・金融政策ミックスを決定する際に、投資と消費の比較効果に留意する必要があるのだ。
(p.4)

…第三に、主流派のコンセンサスの視点は、金融政策がどのように機能するかについての誤った見解の上に成り立っている。

最も単純なニューケインジアンの教科書的モデルによれば、金融政策は主に代替効果によって機能する。すなわち、金利が低い時に、貯蓄すると収入が減るので、今日消費したり投資したりすることがより望ましいとされるものだ。
教科書モデルは代表的エージェントに焦点を当てているため、所得効果は理論上存在しない。
実際には、金利の時間的代替効果が資源配分に果たす役割は、教科書の単純なモデルが示唆するよりもはるかに小さい。
〔*筆者注:所得効果:消費者の実質所得の変化によって引き起こされる商品の需要の変化〕

金融政策の実務家に長い間知られているように、金融政策の実質的な効果のほとんどは、他の伝達経路を通じて発生する。
金融政策は、例えば銀行融資チャネルやバランスシート・チャネルを通じて、市場流動性を促進したり、信用の配給や利用の程度に影響を与えたりすることで、金融条件や資産価格に影響を与えるのだ。

一部のセクターや一部の企業は、他のセクターよりも銀行融資への依存度が高く、信用収縮の影響を受けやすいため、金融政策の変化の影響をより強く受ける。
また、金融市場が不完全で信用制約がある場合に問題となる、資産価格の変動や経済主体間の富の再分配によって、金融政策に関連した大きな所得効果も生じる。

世代間再分配を含むこの再分配は、標準モデルの中心である代替効果を逆転させ、大きなマクロ経済的結果をもたらすだけでなく、富の格差にも重要な影響を及ぼす
〔*筆者注:代替効果とは、商品やサービスの価格変動による影響を意味し、消費者は高価格の商品を低価格の商品に交換することになる〕
(pp.4-5)

第四に、金融政策は、単純な教科書的モデルで示唆されるのとは逆の方向で、価格設定に直接的な影響を及ぼす。

経済の多くの分野で、金利はコストに直接影響を及ぼし、それが価格に転嫁される。これは特に住宅部門に関連しており、家賃と所有者相当の家賃はCPIバスケットの3分の1近くを占めている
賃料が資本コストを反映している限り、金利上昇は実際に賃料を上昇させる

この理論的観測はデータによって確認されており、賃料の上昇が今日のインフレの重要な要因となっている現在、特に重要な意味を持つ。
金利の上昇はまた、低金利で固定した住宅ローン保有者の売却を抑制するなど、様々な形で住宅供給を減少させ、賃料の上昇につながる可能性がある。
(中期的には、金利の上昇により住宅供給が減少し、賃料に上昇圧力がかかり、住宅所有者のキャピタルゲインの増加が暗示され、特に中・高所得者にとってはロックイン効果を助長する可能性がある)
〔*筆者注:ロックイン効果:消費者があるメーカーの商品を購入した場合に、商品を買い換える場合にも引き続いて同じメーカーの商品を購入するようになり顧客との関係が維持される効果〕
(p.5)

第五に、標準的なニュー・ケインジアン・モデルは、不完全競争経済において企業がどのように価格決定を行うかを非常に初歩的な形でしか捉えていない
一般に、企業は、マークアップや価格の設定方法を決定する際に、時間的な状態変数を含む様々な変数を考慮するが、固定マークアップをもたらすDixit-Stiglitz選好に基づく単純なニュー・ケインジアン・モデルでは、これは仮定によって除外されている。
例えば、PhelpsとWinterは、企業が今日の値上げによる潜在的な利益を、顧客を失うリスクや将来見送られる利益の価値とトレードオフしなければならない経済を説明し、価格決定に時間的考慮を導入した。

金利の上昇や金融条件の引き締めは、今日の価格を引き上げる方向にバランスを崩し、インフレ率を上昇させる
これは、パンデミック後の経済と新たな冷戦に関連する不確実性を考えると、特に今がそうかもしれない…。
(p.5)

第六に、金融政策は相対的な要素価格と要素収益〔*筆者注:報酬の構造〕を歪める。 
例えば、低金利は、労働コストに直接影響を与えることなく、資本コストを引き下げる
過去数十年間、このことが自動化へのインセンティブを高め、富の不平等を拡大させたと考えられる。
このような効果は、経済内に複数の種類のエージェントが存在する場合に発生する。代表的エージェントを用いた教科書的なモデルでは説明できないのである。
(p.5)
・・・・・・・


以上のスティグリッツの論理は、ほとんどがMMT派とも共通する。

的を絞った財政政策がインフレ対策になること、利上げが逆にインフレを助長する可能性すらあること、また、金融緩和が格差拡大に繋がること、そして、CPIの大きな構成要素である住宅・不動産分野において金融政策が大きく影響することや、利上げが資本家による消費者への価格(コスト)転嫁によりインフレ圧力となることなどだ。

スティグリッツは当たり前のように主流派の「代表的エージェント説」も否定しているが、もちろんこの論理も同様にMMT派には否定される。


資本家による消費者への価格転嫁、つまり便乗値上げは「Greedflation」とも呼ばれ、米欧のニュース記事でも頻出しかなり一般化している。
Greedflationは、「Greed + Inflation」から成る造語であり、企業の強欲による値上げとでも訳せばよいだろうか。

米国の元財務長官だったライシュは、WSJやフィナンシャル・タイムス、ビジネス・インサイダーがやっと理解したとしながら、「Greedflation」を以下のように説明する。

 


ライシュによれば、寡占企業が共謀し、価格高騰を牽引しているということだ。
日本でもエネルギー企業を中心に、価格高騰と政府補助金から受ける暴利をむさぼりながら、消費者に還元しない姿勢が目に余る。


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筆者はスティグリッツの最新の論文を翻訳している。
書籍「グリーン・ニューディールを勝ち取れ」はグリーン・ニューディール運動の創始者たちの論考・エッセイを集めたオムニバス形式になっているが、大変読み応えがあるのでお勧めしたい。

「気候変動は第三次世界大戦なのだ」とは、この書籍中でのスティグリッツの主張だ。
スティグリッツは、インフレ対策ともなる供給能力/総需要を同時に高めるグリーン・ニューディールを激押ししている。

 


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スティグリッツが語らなかったものをMMT派が主張している場合もあるので確認してみよう。

MMT派のウォーレン・モズラーやランダル・レイ、ステファニー・ケルトンは、利上げにより、政府の利払い支出が増加すれば国債・債権購入者の保有資産価格が上昇するが、それは民間部門の所得を増加させることを意味し、景気を刺激する向きで作用することで、逆にインフレ圧力となると主張している。

この件について、日本のMMT派の代表格リッキー氏は以下ツイのように説明する。
リッキー氏は駒澤大学准教授の井上智洋氏の著作「MMT 現代貨幣理論とは何か」にもアドバイスをしている。

 


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冒頭に掲示したFTのインフレ要因を記した記事では、ホワイトハウスのエコノミストであるクラウディア・サームがスティグリッツの主張をそのままなぞるような主張を見せている。

 


サームが述べるように、実際にバイデン政権はバイ・アメリカン計画やインフラ投資法を、「インフレ抑制のため」にも利用した。
これはもちろん経済を「供給>需要」の構造にするためだ。

バイデンのバイ・アメリカン計画や他の財政支出政策の詳細については下記記事を参照されたい。

・・・・・・・
▼メイドイン・ジャパンを政府が買え! ~れいわ新選組の「インフレ対策」こそが正しい③
2022-06-22 
https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12749628590.html

▼米国1036兆、日本101兆 財政支出額(コロナ禍以降) 
2023-05-02
https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12801166308.html
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アメリカの政策立案者は最新の経済理論をよく理解しており、すぐに実行に移す極めて優秀な人材が集っている。
(それに比べて我が国の御用学者や財務当局がいかに無能であるかは語るまでもない)


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スティグリッツはもともと主流派のなかでも財政拡張派ではあるが、インフレ対策に関してはほぼMMT派と一致している。

2019年1月にオカシオ・コルテスがMMTに言及して以降、主流経済学者や主流メディアは過剰に反応し、盛大にバカにしてきた。

しかし、あれから4年経った今では、多くの主流派もMMTの正しさを認めるに至っている。
正しいものは正しいと認めるしかないのだ。

 

 

 

 


以上、本日はここまで。

また次回。

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