こんにちは。大学で4年も数学を学んでしまった、講師の山本です。

 
私の名前を覚えてもらうために、もっと世界に2桁ほどしかいないようなレアな苗字だったら…と思います。知り合いにいるのですが、大宝院(約10人しか存在しない)とか。もうこれ両親、祖父母、兄弟で全員なんじゃないかと思いますけど。あぁ、最初にニックネームで名乗れば良かったのですかね…。
 
そんな話をしたいわけではなくて。
 
 

 「えっ?!『 1 = 0.999999 ... 』?」

 
みなさんきっとこの理解し難い等式に興味を惹かれてしまいこのブログを開いたのではないでしょうか。
もしかしたら
「その式は嘘だ!こんな講師が働いている塾なんて潰れてしまえ!」
そんな風にありがた迷惑なことに思ってくださった方がいらっしゃるかもしれません。
 
どうどう。
 
大丈夫です、きっとこのブログを読んだ後、そんなあなたの価値観、考え方は一新されると思いますのでどうぞワクワクしながら読み進めてください…。

 

 

とりあえず証明

手っ取り早く理解するために、とりあえず証明を見てみましょうか。
 
 
<0.999999…=1であることの証明>
 
[証明]
 

   

 

とすると、定義より、

 

   

 

[証明終わり]

 

 

等比級数の和として計算してもOKです。

 

 

まあうん確かに式にすればそうですが…。式が正しいからと正論で無言の圧をかけられている気分です。

もしかしたら賢くかつ数学に精通している方でしたらこれで納得されるかもしれません。

ただし、このブログを開いていただいたということは、少なくとも「 1 = 0.999999 ... 」という式に疑問を持っているのではないかと思われます。

かくいう私も疑問を持ちまくりでした。

 

ここからは、私が感じた疑問と共に、あなたも思索の旅へ足を踏み入れていきませんか?

「あ、確かにそう言えるかも…」や「いやそれはこうなんじゃないか」といった私の考えとの同異にも注目してみると面白いかもしれません!

 

極限をとったとて、 " 限りなく近づく " だけであり、 " 等しい " とは言えないのでは?

最初、私は以下のように考えました。
確かに極限という概念を使えば、「 1 = 0.999999 … 」という等式が成り立つことに納得せざるを得ません。
しかしながら、
 

 

 

という式は、「 」つまり0.999999 … という無限小数が1に「限りなく近づく」だけであり、言葉で「 1 と 0.999999 … は等しい」ということはできないのではないのでしょうか。 

以上より、極限を導入することにより「 1 = 0.999999 … 」と書けてしまう一方で、極限の「意味」を考えると「 1 と 0.999999 … 」は等しいとはいえません。(*1) 

しかしながら「=」というのはそれで結ばれた「左辺と右辺の値が “ 等しい ” 」ということを表すため、「 1 = 0.99999 … 」は左辺と右辺が等しい、つまり「 1 と 0.999999 … は等しい」と極限を使うことにより言えてしまうのです。

ここで、(*1)との矛盾が生じてしまいます。

ここでの混乱の原因は、「限りなく近づく」という言葉によって誤解が生まれていたことです。

 

極限の正確な意味

 

 

 

の意味は

 

を大きくするとが1に限りなく近づく

 

ではなく、より正確には

 

「どんなに小さな  をとっても、ある  が存在して  ならば  が成立する」


です。

 

例えば0.0001という非常に小さい数字をとってきても N = 4 とすれば n > N より n には 5 以上の数が入ります。

つまりは a_n には 0.99999 以上に 1 に近い値が入ることになります。

ゆえに、 a_n と 1 の差は最初に与えた 0.0001 という値よりも小さくなるよね、といったことを言っています。


0.999 … とは何か

また、 0.999 … は「近づいていく過程」ではなく
 
 
 
という極限そのものとして定義されます。
つまり 0.999 ... は既に到達した値であり、「近づいている途中」ではありません。
   

 

「近づく過程」と「極限値」は別物です。 0.999 ... は極限値として定義された瞬間に 1 と等しいのです。

 

でも 1 と0.999999 ... ではそもそも一の位が違うじゃん

再び私はこんな疑問を持ちました。

> 0.999 ... は極限値として定義された瞬間に 1 と等しいのです。

それは極限の意味的にはそうですね。

しかし実際に 1 = 0.999999 ...とは言えないではありませんか?

なぜならそもそも一の位が違うのですから。

これに関する議論を進めるにあたり、「値」と「表記」という観点が重要になってきます。


「一の位が違う」という直感について

確かに見た目は

  •  1 = 1.000 ...
  •  0.999 ...

と異なって見えます。


しかし数学的には

2つの実数が等しくないならば、その間に必ず別の実数が存在します。

 

 

では 0.999... と 1 の間に存在する実数はありますか?

 

 

となる c は存在しません。


したがって

2つの実数の間に何も存在しません。

「一の位が違う」のは表記の違いであり、値の違いではありません。

例えば 1 / 3 = 0.333 ... も見た目は全く違いますが等しいですよね。それと同じことです。

同じ実数が異なる小数表記を持つことがあるのですね。

 

0.99999 ... と 1 は連続なのか?

再び以下のような疑問を持ってしまいました。それと同時に、ある程度今回の等式に納得もしました。

0.999999 ... は「1には絶対くっつかない、一緒にならない」ということがやはり事実のように思えてしまいます。

しかしながら 1 と 0.999999 ... の間には数が存在しないんですよね。

つまり 0.999999 ... と 1 は連続なのですか。 

そう考えると、「連続」と言われている時点で「隣」ということなので 1 と等しくないではないかと思ってしまいます。

 

しかし前のセクションで示した、数学における「実数が等しくないことの必要条件」より、0.999999 ... と 1 は「連続」つまりは「間に値が入らない」ということがえいるので、その必要条件を 1 と 0.999999 ... が満たさないことには納得です。

つまり、 1 = 0.999999 ... と示すことができることにも納得しました。 

…連続って何でしょう?


「連続」という言葉について

0.999 ... と 1 の間に数が存在しないのは、「隣」だからではありません。そもそも、実数には「隣」という概念が存在しないためです。

 

整数であれば 1 の隣は 2 ですが、実数では任意の2点の間に必ず別の実数が存在します。ただし 0.999 ... と 1 は同じ点なので間に何もないのです。

 

数学旅の帰路にて

なるほど、数学上の定義では 1 = 0.999999 ... と表されてしまうんですね、感覚的には違っていたとしても。

はい、理解ができてしまいました、その等式を。感覚的には微妙ですが…。

 

そして、数学的に「=」というのは右辺と左辺が等しいという意味ですから、「 1 と 0.999999 ... が等しい」ということも導かれますね。これは事実です。導かれてしまうんです。

 

今まで、先程までは、現実世界の、日常生活での感覚で議論してしまいましたが、これらの議論のフィールドは「数学」です。定義に忠実に、数学というフィールドに乗ることが大事なんですね。

「郷に入っては郷に従え」ということわざがあるように、高校生では三角比が導入されるが中学生ではその定義・概念が無いものとされるように…。

 

また、数学に限らず

  • 物理学では日常の直感に反する量子力学
  • 相対性理論では時間が伸び縮みする

など日常の感覚と異なる世界はたくさんあります。

その世界のルール(定義・公理)に従って議論することが、その分野を理解する第一歩なのでしょう。

「クラウドに保存する」という言葉を聞くと、多くの人は空の雲のように、ふわっとした場所へデータが消えていくイメージを持つかもしれません。しかし実際のクラウドは、とても“物理的”な存在です。

たとえば、スマートフォンで撮った写真をクラウドへ保存するとします。その瞬間、写真データは電波として送られ、海底ケーブルや通信基地局を通り、世界中のどこかにある巨大なデータセンターへ運ばれます。そこには何万台ものコンピュータが並び、24時間休まず動き続けています。つまり「クラウド」とは、実際には大量の機械と電気によって支えられているのです。

しかも現在、そのクラウドに保存されるデータ量は急激に増えています。SNSの動画、オンライン授業、AIとの会話、自動運転車の記録など、私たちは毎日膨大な情報を生み出しています。AIが発展している今、データ使用量はますます増え、2030年には世界中のデータ総量が1,000,000,000,000,000,000,000,000バイト、5年後に現在の5倍以上にもなると予測されています。インターネットが普及してから約30年たった今までに蓄積されたデータ量を、たったの5年で5倍以上まで増えると考えると、凄まじい増加速度ですよね。

ここで面白いのは、インターネットが「情報の世界」に見えて、実は非常に“重い”という点です。

動画を1本見るだけでも、世界のどこかでサーバーが動き、電気が流れ、熱が発生しています。特にAIは膨大な計算を必要とするため、巨大なデータセンターでは小さな町ほどの電力を消費することもあります。そして、その熱を冷やすためにさらに大量のエネルギーが必要になります。

そのため、最近では寒冷地にデータセンターを建設する例も増えています。北欧では外の冷たい空気を利用してサーバーを冷却していますし、海水を利用する施設もあります。さらに、「海の中にデータセンターを沈める」という実験まで行われました。まるでSFの世界のようですが、目的は非常に現実的で、「熱を効率よく逃がすため」です。

私たちは普段、データを「軽いもの」と考えがちです。しかし実際には、データが増えるほど、コンピュータ、電力、熱、建物など、多くの“物理的な問題”が大きくなっていきます。データ総量が爆発し、情報社会に物理的な障壁が出てくる今後に備えて、科学者が試行錯誤しているわけです。

クラウドとは、空に浮かぶ雲ではありません。世界中に存在する巨大なコンピュータの集まりであり、その裏では膨大なエネルギーと科学技術が働いているのです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
ご相談・お問い合わせもお気軽にどうぞ。

清澄白河の個別指導塾「キャリアパス」| 江東区
https://www.careerpath.tokyo/
 

こんばんは~、学習塾キャリアパスの石崎です。

 

世の中に何かに「成功するための法則」がいろいろありますが、その中で「1万時間の法則」というものがあります。

 

これは「ある分野で一流のスペシャリストになるためには、合計で約1万時間の練習や学習が必要である」ということを『天才! 成功する人の法則』という著書の中で紹介され、世界的に有名になった法則です(詳しく知りたい方はググってみてください)。

 

私がこれを知ったきっかけは、昔、勤めていた会社の社長が朝礼で紹介したことがきっかけです。

 

ポイントがいくつかあって、

 

①1万時間の意味は長期間に継続的に行っているということ

例えば1日10時間なら1年間で3650時間、3年間で1万時間に達します。1日3時間ならば9年くらいです。

 

②ただやるだけではだめ

弱点補強を集中的に行ったり、PDCAを回して改善をしたり、少しずつ高い目標を掲げていく、等です。

 

また、対人関係等別の要素が絡んだり、個人の才能によって着地点が異なる等も言われたりしています。

 

ただ、勉強においてはこの法則はある程度当てはまるかと思います。

 

学習の質はどうなのか?、勉強の仕方は?と量より質が大事という声もありますが、②のPDCAの中で得るものです。そもそも学習の質は人によって異なります。自分はどんな才能があるのか、どんな勉強方法が向いているのか、はまずは勉強をしてみてその結果どうだったか、という実験をしてみないとわからないのではないでしょうか。

 

中学受験も高校受験も大学受験も1種の自分探しです。自分が何が得意で、何が苦手なのか。そして課題が目の前にあらわれたときにどのように乗り越えるか。これらは一生懸命取り組まないと得られないものです。

 

なんとなく周りが進学するから、行けるところに行ければいい、というのは、とってももったいないことです。「1万時間」は物理的に無理でも、一生懸命勉強することで見えてくることが多いです。

 

何かのプロになりたいと思ったとき、「1万時間」という言葉を頭の片隅に、継続的に、時間をかけて、目の前の勉強に頑張ってみましょう!定期試験でも、資格試験でも、受験でもいいです。

 

以上