〜自分の運命に参加できることへの感謝〜 -8ページ目
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万物の霊長たる…

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この季節になるといつも感じること。
植物は春になると生命力に溢れて開花、あるいは芽吹き、散って枯れていきます。あまり感じることが出来ないけど冬の間も力強く生命活動を営んでいるんですよね。

誰に迷惑をかけるわけでもなく、
誰に助けを求めるわけでもなく、
グチや泣き言をいうこともなく、
あれこれと想像したり妄想したりして人を勘ぐることもなく、
怒りをぶつけることもなく、

…とキリがありませんが。

一方で、われわれ人間はどうなっているんでしょうね(^_^;)。
争いが絶えなかったり環境と経済や国益を計りにかけたり。

これもまた、進化向上の過程では必要なイベントなのでしょうか。
万物の霊長たる人間、何のために存在しているかをしっかり考えたいです。

ブログタイトルについて



『自分が参加させてもらえた運命に最高に感謝したい』

























これは、私が敬愛する指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン先生(1906~1989)が生前に語った言葉です。

中学生の時にクラシック音楽のとりこになって以来、当時世界の音楽監督と呼ばれたカラヤン先生の指揮ぶりと洗練されたベルリンフィルの音は、後にハードロックに傾倒してストラトを夢中に弾いている自分の中でさえいつも存在していていました。


そんな中、没後25年ということでこのDVD”MAESTRO MAESTRO !”とともにTVドキュメンタリーを観る機会を得て、その中で本人が語っている言葉の一節が冒頭のものです。


ずっとこの一節、特に”参加”という言葉が頭に残って離れず、人生や物の見方、人との関わり、人間の存在意義を真剣に考えるきっかけになったのです。


 運命への参加とは?

 参加があれば不参加もあるわけで、不参加とはどういうことになるのか?


以来、数十冊の本を読み漁り少しでも自分の中の答えを確立しようとしたのですが、点在するヒントが指し示すものはひとつ。(…と結論づける。。)


それは自分の中にあり、探究し続けることそのものが答えであること。


です。

うまく表現できないのですが、

いかにして日々の生活の中で気づく感性を磨くか、

ということにもなる様な気がします。



カラヤン先生は指揮者ですが、オーケストラのみならず自分の運命に対しても確固としたタクトを振り続けていたのだと思います。

私も自分の人生にしっかりとタクトを振り、そしてその結果生じた全ての運命に感謝することを決意しました。


長い探究の旅になりそうですがカラヤン先生の強力なサポートを(勝手に)受けて、まずは日々の出来事の中で感じたこと、浮かんだ疑問、そして出来る限り自分なりの気づきをこのブログに綴ろうと思います。


よろしければお付き合い下さいね!








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