杉浦日向子さんを悼む
杉浦日向子さんが亡くなっていたと聞いて驚きました。
去年の暮れにガンを告知されて入退院を繰り返していたそうですが、
まだ46才と若かったため、進行も早かったのでしょうか。
私はちょうど文庫になった『大江戸美味草紙(むまそうし)』『一日江戸人』を
読み終えて、次作はなにかと思っていたところでしたので、よけい杉浦さんの
早すぎる死が惜しまれます。
杉浦さんは、のんびり暮らしたいと「隠居」して以来、町人文化を中心とした
江戸風俗に関する作品を中心に活動しておられたようですが、
どの作品も力の抜け具合と、江戸に関する知識の散りばめ方が絶妙で
読んで楽しく、適度に知識欲求を刺激しながらも、教科書臭くなく、
書き手と読み手の絶妙の間合いで成り立つ、いうなればどれもおもしろ本でした。
たとえばこれ『大江戸美味草紙(むまそうし)』
「どじょう」と「どぜう」ではドジョウの状態が違う。「どじょう」はドジョウ本人が、
存命中の呼称であり、「どぜう」は料理されて食い物になった状態のことである。
「そばがき」や「そばがゆ」主体から、現在のようなズルズルっとかき込む
「そば切り」という 食べ方を提供しした江戸前蕎麦は、主食というより手軽で
スタイリッシュな趣味食としてたちまち人気を博した。
どちらも私は知りませんでしたが
こんな、江戸の食文化についてのタイトル通りうまそうな話の本です。
決して蘊蓄本ではありませんし、仕事の宴席の知識ひけらかしのデータ収集に
使えるような類の本でもなく、もちろん現代のグルメの実用本でもありません。
当時の食とくらしを通じて江戸っ子の風情に一時浸った気分にさせる、
そんな単純に楽しい気分にさせるだけの本です。
杉浦さんの隠居前の作品の代表作もなにか上げておこうと思ったのですが、
『合葬』『ニッポニア・ニッポン』『百日紅』『百物語』『風流江戸雀』・・・
きらめく作品群に、とてもひとつになど絞れません。
ここは私の勝手な趣味で、ある種の BEST OB 日向子
まず『東のエデン』から
維新後間もない横浜での、元殿さん、画学生、政治書生、らしゃめんらの奇妙な
共同生活の青春群像を描いた「閑中忙あり」
さらに、元女郎屋の空き家で道場を営むやる気のない落ちこぼれ武士の
とんでもねえおもしろ話、『とんでもねえ野郎』
これなんか、設定とキャラクターはともかく、筋も落ちもあるのかないのかわからないけど
純粋におもしろいだけの本で、最期なんか、食い逃げして収拾がつかなくなった主人公が
「ばひーん!」と逃げてしまっておしまい!みたいな。
杉浦さんにも最期は「ばひーん」と逃げられてしまいましたが。
合掌
大越冬宣言!
またかと思われるだろうが、今度は本気のダイエット宣言である。
事の起こりは先日の成人病健診の結果通知。
・・このままでは「脂肪肝の恐れ」があります・・
なにこれっ、早い話が内蔵デブ?!。
(でも体脂肪率なんて手でやるやつは13.5%で
両手両足でやるのは12.9%なのに! なんていい加減な機械なんだ!)
原因 運動不足、飲酒、食べ過ぎ。
拙者には三つとも当てはまる。
他人よりよく飲み食いするのに太らないと思ったら、内に来てたか・・・。
A君を霜降り人間とか言って馬鹿にしてたけど、
拙者は「フォアグラ人間」だったのか。
脂肪肝の行き着く先は肝炎や肝硬変らしい。あわわ、これはまずい。
でも、特に酒呑みの8割から9割は脂肪肝の傾向にある?
それって、ほとんどみんな?そうか、みんな仲間だったか。
正しい食生活と適切な運動を心がければ1~3ヶ月で
解消するともあるし、ちょっと希望が湧いてきた。
そこで拙者、本日より大越冬隊に参加することをここに宣言する。(一人だけど)
それにしても飲みすぎと食べすぎは何とかするとして、適切な運動が難しい。
運動もどうせなら楽そうなのが良いので、あの、50センチくらいあるゴムの
ボール運動なんかはどうだろう。うちにはなぜかすでにひとつあるので、
もう一個買って拙者専用にしよう。
あのゴムボール、何ていう道具か知らないが、
2個目で、大越冬用だから、「南極2号」と名づけて励むことにしよう。
・・・ん?
如何にして私はテロと戦争の脅威から日本を守ったか
実はこの私に国際人材コンサルを名乗る男から、面会の申入れがありまして
え、何?、これって、ヘッドハンティングですか?
いやー、外資系はちょっとー、と言いながらも会ってきました。
男曰く「作今のテロリストについて何かお考えをお持ちですか?」
私「そうですね、M字開脚はコロンブスの卵だったと思います。」
男「・・・・エロテロリストのインリン のことじゃありません!」
「われわれはあなたのプロジェクト指揮遂行のウデに興味を持っております。」
ホッホー、何でしょうかなそれは。(ムフッ)
そこでさらに男が言うには、
「目的遂行のためには社内規律も都合よく解釈して、細かいつじつま合わせや
既存の命令系統に頓着せず、プロジェクト自体を効率よく推進するあなたの性格は
私どものある種のニーズに合致しております。」
これは誉めてるのか、けなしているのか?
私が腕に覚えの身勝手人間で社内評判の良くないのを知ってるのかい?
どうやら男の向うの会社は国際軍需関連産業で、日本での企画・活動員を
求めているとのこと。
男の話を要約すると、
冷戦亡き後、有力国家の軍需産業は大量の雇用不安を抱えているのだが、
現在は対テロ戦争に新たな活路を求めざるを得ない。
テロ発生を効率よくコントロールさせてあげれば、軍需産業は新たな利潤獲得機会を
得ることができて、我々の世界の経済振興に多大な貢献をすることができる。
もちろんテロとは相手側の行為を非難する呼称だから、軍需産業自身が
手を染めることはできないので、小規模な市中テロの企画遂行はアウトソーシング
されるのだ。 ロンドンの地下鉄テロも同じ手法によるものだ。
そこで、この日本での事業にも既存の法規に枠にとらわれず行動する人材を
求めている。
この私に違法行為の請負いをやれと?
男 「そもそも現代において、法律が国家権力の専権事項であり、
その国家が企業活動の影である以上、
テロは違法行為というよりも、逆に法とは何かを問い直すことで
その価値を高めるものなのではありますまいか。」
それはつまり、善良と思っている私たちの社会自身もまた同じく、
テロを内包した怪物であると?
男 「どんなに取り繕っても現代の企業中心社会は、かつての東インド会社の
子孫であることを 否定できないと思いますね。
戦争なくして貿易はなく、貿易のないところに戦争はない。
今の企業と国家の連合体と何が違いますか?」
それでは国家と企業とは一般市民の幸福のために存在するとことを完全に否定するわけか?
一般市民の意向など無視するというわけか。
男 「一般市民とは下層階級を品よく言い換えただけでしょう。意思を持って行動するのは
一部の上層権力だけであるのが、社会の安定と幸福の総和を最大化する手段と思いますね。」
私はその発言に怒りを覚える。テロには懲罰的な意図もあるはずだ。
だとしたら、その矛先は、産業資本と国家の癒着した権力にこそ向かうべきだ。
・・・・・・・・・・・・
こうして話は物別れに終わり、私は転職をあきらめて今日も飲んだくれて、日本の危機が
ちょっとだけ先延ばしされたのでありました。
captain-jackはやはり正義のヒーローだったのです。よかったですね。
そこで今回私に正しい判断をさせてくれた本の紹介
『テロル機械』 ローラン・ディスポ / 現代思潮新社 エートル叢書
『秘密と嘘と民主主義』 ノーム・チョムスキー / 成甲書房
『戦争請負会社』 P.W.シンガー / NHK出版
どれも面白いこと請負の、現代下層階級でなくて一般市民の必読書。
気もみ症の私の夏集め
商店街の夏祭り準備のため、駅の入り口にたくさんの風鈴が結わえ付けられていました。
見上げると、模様のついたガラスの半球体を透かして覗く夏空は、妙に澄んでいて、
手をのばすと届くところまで、成層圏が広がって降りてきたのだろうか思うほど、
人通りの絶えた真昼の商店街は静かで、空気はキラキラしていました。
以前小さな飛行機に乗せてもらって成層圏を飛行したときに
気密の保たれた室内から見る空が、エンジンの轟音の中にいるのに
驚くほど静かで澄んでいたことを私は思い出しておりました。
するとそこに突然の風が吹いて、風鈴が一斉にせわしなく鳴り出したのですが、
あまりに強く吹き抜ける風にで、千切れはしまいかと心配になるほどなのに
風はなかなかやまず、風鈴の大合唱はいつまでも続いておりました。
今このときとばかり、精一杯身を振るって鳴りつづける風鈴もまた
短い夏を惜しんでいるのでしょうか。
夏の本当にいい時期というのは短いものです。
夏のいいところは夏の鮮度の高いうちに楽しんで身を浸すべき、と
思っていたら、雲ってくるは、気温は上がらないは、
私はキンキンに冷えたビールを飲むつもりだったのにどうしてくれるんだヨー。
と言いながらも、予定は粛々と実行されて酔っぱらう私ではありましたが。
本日も飲み過ぎ、ビールの二日酔いは深いんだよねー。
これもまた夏の趣なり。
震度5弱に遭遇
拙者は出勤しておったのですが、建物がぶるぶる揺れるのを生で見たのは
初めてでありました。見上げる拙者もぐらぐら揺れて、船酔いに似た
気分の悪さを感じましたな。
でも身近なところでは本が一冊倒れた程度で被害ゼロ。
別に拍子抜けししたわけではありませんが
せっかくなので、親切にメールで安否確認問い合わせいただいた友らには、
詳しく状況を報告しました。
「近くの空き地に出来た地割れから正体不明の巨大生物が出現し東京湾方面に移動中!
自衛隊と米軍が出て付近の住民と情報の統制に当たっている。外部への報道はされない
ようですが現地は大変! 人々は古代生物ゴモラだと口々に叫んでおります!」
これでまた、私の信用度が低下か。
いまさらもうどうでもいいけど。
夏のてっぺん
梅雨明け後10日、7月の下旬頃は一年で最も天候が安定し、かつ暑い時期でもありますが
でもこの時期の暑さはにはキレがあって、夏の好きな私には歓迎です。
むしろ8月の初旬でも山になど行って、早くも色づいた草の実に
初秋の気配が漂っていたりすると、私など日本の季節のうつろいの早さに驚くとともに、
焦りにも似た感慨がわいてくるのを感じてしまいます。
去っていく季節が惜しまれるのは、どの季節でもあることですが、
特に夏においては、手のひらにすくったと水がたちまちこぼれて
なくなってしまうようなはかなさがあります。
きっとこれは、子供のころの夏休みの体験と無縁ではありません。
いしいひさいちの『バイト君』にうまい例えがありました。
夏休み初め = アラブの王様のような財産家の気分
夏休みの中ごろ = 預金通帳をにらめてやりくりする庶民の気分
夏休み最終日 = 全財産をなくしボロをまとって路上にたたずむ一文無し・・・
申し訳程度の夏休みしかなくなった大人になっても、
王侯貴族の気分で過ごした夏休みスタートから10日の記憶は
きっと体の芯まで染み込んでいるのでしょう。
暑さに不平を述べつつ暮らすのも一時のこと、日本の夏は短いのですから
どうせなら身の回りの些細なささいなことに、一時の涼や趣を感じて暮らしたいと思います。
そこで今日は夏を感じさせる句を思いつくまま列挙
まずこないだ、ahahaさんのところでページ先頭に私の好きな夏っぽい句を見つけたので再掲
「百日紅 涼しき木かげつくりけり」 / 高橋淡路女
盛夏、庭の植物もばて気味で、元気なのは百日紅と夾竹桃それに槿くらいでしょうか。
百日紅の木かげと言っても、実際は大きな花房のかげだったりするのですが、
赤い縮緬状の花びらが女性の夏服を連想させ、華やいだ気分をもたらしてくれます。
「動く葉も なくておそろし 夏木立」 / 蕪村
風もなく出歩く人もなく夏の日差しに固まったような木立が、
強い明暗コントラストを作っています。夏の草いきれを感じます。
「何処から つぶてとびけん 夏木立」
じりじりと照りつけられる動かない木立に、どこからとんできたのか
石つぶて。静を破る動。蕪村うまい!というか
こんな句が作れるのは遊び心のなせるワザなんでしょうか。
「ビール抜き 受け止めたりな 船の人」 / 相島虚吼
屋形船で栓抜きがない! 早めに気づいて投げてもらってようですが、
酒飲みはどんなことしてでも開けてしまいますけどね。
やっぱり夏はビールか。でも今年はスイカJinroにはまり気味。
(結局酒に行ってしまう私でありました)
健脚と健忘の危うい関係
自慢ではないが、私は健忘家である。
朝起きると自分がだれだったか思い出すのに一瞬の間があり、
昨日と今日のつながりを理解する作業は毎朝の勤行でもある。
毎朝のことだから慣れてはきているのだが、これは少々の苦痛を伴う。
単に思い出したくないだけなのかもしれないが。
さらにこれは自慢だが、私は健脚家である。
こう言うと、どうせこのブログのことだから、
健忘の上に健脚では、知らないうちに家から何十キロも離れたところを
徘徊するボケ老人という展開を想像してしまった人もいるかもしれないが
あいにく私は老人でもなければ徘徊もしない。
しかしなぜ、学生時代はともかく、就職以来普段運動など全くしない
私が健脚家でありえるのか。
これはたぶん健忘と無縁ではないようだ。
なぜなら、私も、頭の中に様々な思考の断片や記憶、情念が滞っていてたときは
全く動く気もせず、歩いても直ぐに足が止まり、たいした距離でもないのに
駅から家までタクシーを使うこともしばしばだった。
それが、あるとき健忘力を得て以来、
深夜でも一駅手前で電車を降りて歩いて帰るとか、
休日散歩でぶらぶら歩きでどこまでも出かけてしまうとか
同時に健脚も得たのである。
人の頭は年をとるごとに様々な、それもほとんどはクズ同然の情報が堆積し、
脳神経の負荷となることおびただしいわけである。
人間の知的活動のみならず、身体活動をも統治するのは脳神経であるから、
情報が無軌道に頭に滞ると、新たな発想が生まれ難いとか、
正常な活動の妨げになるとか、いろいろと不都合が生じてしまう。
そこでヘドロのような情報を浚渫する自衛的手段として
健忘力は人に自ずから備わった能力なのではありますまいか。
健忘が故の正常な活動の表れとしての健脚。
さらに余計なものを排出した後には、新たに入力可能エリアが生じる。
健忘が故に外から様々取り込めるのである。
取り込むと言えば、私は大食の人でもあった。
これぞ、健忘が故の健啖!
「飯~、飯まだか~」
「今食べたばかりでしょ!」
・・・・・・・結局 「健」やかなることはボケから逃れられないのかもしれない。
マクドナルドは電気あんまの夢を見るか
梅雨も明けて夏の日降り注ぐ昼下がり、私は外出の途中で休憩に立ち寄ったマクドの
店内で100円シェイク片手にうつらうつら舟を漕いでいた。
気がつくといつの間にか店内は、葬式へ出かける途中の大量の喪服集団に占拠されていて、
店のキャパシティの問題と黒服の威圧感のため、他の客は近づきがたい状況になっていた。
それにしてもマクドと喪服というのは妙に似合う取り合わせで、
写真を撮って「故人はマクドのメニューが大好きでした」なんてキャプションを入れたら
世界中の反マクド訴訟のPRに使えそうかも、という白昼夢をみてしまった。
粗雑なファーストフード産業による社会問題がどうこう言う以前に、
拙者はそもそもファーストフードはあまり好きでないので
幸いなことにマクドナルドの厄介になることは少ないのだが、
去年、毎日マクドナルドのメニューを食って
人体に如何なる影響がでるかをドキュメントした映画、
「スーパー・ファットサイズ・ミー」の続きみたいなブラックコメディー風の光景に
思わず感心して見入ってしまった。
ただ、そんなマクドでも100円マックの清涼飲料は唯一私の評価するところで、
夏の暑いさなかに自販機ジュースより安い値段で、冷房の効いた店内で
ゆっくり座って一服できるというのはありがたい。
(他には決して何も注文しないのだけれど)
ついでだから、マッサージチェアでも置いてくれれば完璧なんだが。
100円でマッサージして昼寝までさせてくれたら、そんなマクドも
ちょっとは見直すのだけれど。
明るい納税は国民の義務
増税の方針が確定的に語られてますが、
庶民のとりやすいところから、(官が)盗るという図式がより鮮明になって、
サラリーマン世帯は月額○万円の負担増とかいうと、
心中穏やかならざるものがあります。
そもそも、税金を盗りやすいところからとるという姿勢が、
賤吏が浅知恵を使って善民から金を巻き上げると言う図式に見えて、
不快さを感じさせますね。
それにしても税金が公益のために集められているというより
誰かの利権の一部に感じられてしまう今の社会は異様です。
税金の一面は富の社会的再配分の手段でもありますが、
たばこ税がニコチンの害から国民を守るという側面があるように、
税の一面は有害物を隔離することにより人々を保護する役割もあるはずです。
こうした面をもっと推進できないのでしょうか。
・・・と思っていたら、やはりさすが日本のお役所は優秀です、
ちゃんとこうした課税計画があるようです。
なになに、
「社会資源をより生産性の高い部分に積極的にシフトするため、社会の非効率部分に
課税を行い、人的・物的資源の経済的誘導を図る。」(経済効率化推進税案)
いやー、志高く、立派ですねえ。
で、その例として
老人税 老人は生産寄与率が低いからその分税金を払うべきである。
浮浪税 フロー者は社会生産に寄与率が低いので、その分税金を払うべきである
NEET税 同上
地方居住税 より良い経済活動には首都圏のような経済圏を形成することが
通信・輸送効率からも資源の効率利用の面からも望ましい。
田舎に住むような非効率な人間は税金を払うべきである。
非消費税 年俸の一定割合を、消費あるいはハイリスク金融商品に回さなかった分は
社会にとっての無駄金なので課税する
・・・・
あのー、それでは、非効率という点ではお役所ほど非効率なものはないわけですから
「公務員なんだ税」というのも設けるのがいいですね。どうでしょう、小泉さん、
ひとつご検討願えませんか?
三連休最終日、梅雨明け宣言成る
今日は関東甲信越地方も梅雨明け宣言発表。
いまどき「梅雨明け宣言」だなんて、官製季節宣言には賛否あるものの、
おおむね定着しきって受け入れられているのは、
日本はやはり一斉行動を行動の基底とする、農耕民族であることの証なのでありましょう。
そして拙者も、晴れれば農耕民族の血がうずきだすのか、外で活動したくなるのでありますな。
今日もよせばいいのに、炎天行軍を行っておりましたら、やはりというか
しっかりというか、光化学スモッグ注意報のアナウンスが流れておりました。
あんまり最近はインパクトないけれど、嫌われ者の光化学スモッグだって、
しっかり夏の季語になって定着していると思うと
時代をともに生きるものとしてなんとなく親しみがわく・・・わけはない!
こうして楽しいサイクリングを断念し、ほうほうの態で家に逃げ帰り、
仕方なく普段あまり見ないテレビをみると、
アスベスト被害の拡大のニュースやら、フジテレビ・NEWS・菊間アナの酒乱事件、
なんじゃこりゃというほど、大事なニュースは見事に核心をはずし、
どうでもいいニュースにはたっぷり時間をかける、
テレビはやっぱり白痴の箱。
そこでたまっていた未読本を片付けようかと思ってはじめに手にしたのが
沖縄・きれいなイラスト、なんとなく夏モードと思って、吉本ばななの「なんくるない」。
---これは驚きました。
一言で言えば「女の腐ったの」という言葉がまだこの本には生きている!
場面場面の光景や心情の描写には光るものがあるけれど、話全体の基調となる
のはあんまり見たくもないし関心もない女の腐った部分というのか、
支持する人はこれが等身大の自然な状態とかいうのかもしれないけど
そんなことは百も承知の上で、なんとも、入ってはいけない女の楽屋を
覗いてしまったみたいな気分になりましたな、これは。
流行作家の作品のあんまり意外さに、思わず女友達にメールしたら
「よせ、あんたには絶対似合わないから、読むべきでない」とのご宣託。
・・・遅いんだよ。
女性に関しては私の周りは皆、嫁さんはじめ、見事に竹を割ったような、
というか得意技は「真っ向唐竹割」みたいな女ばかりなので、
あんまり世間一般の標準の評価の参考にはならないですな。
でも(内で苦労してるのは知ってるけど)、こんな明るい唐竹割り女ばかり
周りにいると、私が屁理屈こねて男の腐ったのをやっていても
甘やかされて許されるみたいなのは、良いことなのか、堕落なのか。。。
こうして、今日は散歩も読書も不作だったけれど、
昨日楽天イーグルスは負けたけれど、それまで四連勝していたので
そのお祝いと梅雨明けのダブル祝いという良くわからない理屈で、
酒には恵まれる私でありました。
書いてることもめちゃくちゃだ、もう三連休も終わりだからいいでありましょう、
ああ、時間だ、
ジュワっ!