緑の星
都心のオフィスビルから眺める炎暑の街は緑の星のSFのように現実感がないが、都心の大気を漉し通って差し込む夏の陽は、常に汚塵の色を帯びる。
オフィスの眼下にも立派な木立が広がっていて、そんな陽に照らされた木の葉はどこが黄ばんで緑の匂いを発することもなく、まるで息を潜めて厳しい環境に耐えているように見える。 猛暑に、よどんだ空気に、コンクリートと向き合うことに。。。
都内は意外に緑が多く快適なのではという感想を持つ人もいるが、当の緑たちにしてみれば、根本近くまでアスファルトに固められ、コンクリートの構造物に囲われ、排ガスや廃熱のよどむ地の底で汲々として何とか生きているというのに、人間はいい気なものだ。
籠の鳥が自由な空に憧れることがあるとしたら、、人の都合でコンクリートのすき間に植え付けられた樹木もまた、公害の広い大地を思うことがあるかもしれない。もちろん、人もまた多くはごく限られた環境で働いては何とか露命をつないでいくものではあるのだけれど。
もし町中の樹に共感と感謝をもって眺めることがあれば、また街の景色も違って見えてくることだろう。
夏のカケラ集め
夏も本番、梅雨も明けてすがすがしい青空に照りつける太陽、沸き立つ入道雲。
海・山・夏祭りとイベントに賑わいを見せる日本各地の風景には活気が宿る。
と同時に、日本の夏のピークは存外に短いもので、
今よ盛りの賑やかさのなかにも、どこか一抹の寂しさも見え隠れするものだ。
この週末の私は列車に乗って遠方への旅となったが、私には大きな祭りや立派なホテル・寺院や歴史建築物などの人工構造物を巡るよりも、なんでもない町外れの散歩などばかりが印象に残った。
短い夏の盛りを担っているのは人間のイベントばかりではない。
圧倒的な夏を構成しているのは、誰も気にもとめない小さな命の集積である。
草や木や広がり虫が這い回った上に夏の空気がわき起こり、
夏の光景が目に飛び込んでくる。
線路の端で揺れる名も知らない夏草、道路に飛び出した蔓の端、遠くの木立から聞こえる蝉の声。水やりに疲れた誰かの鉢の花。
これらすべてがやがてすぐにいなくなってしまう、私にはいとしい夏のかけらである。
竜の飛ばない空
昔、住宅地と商店街が混在した町内には、風来さんと呼ばれる定住所・定職ともにもたない人を見かけることがあった。
ずっと長いこと町内に出入りしている人もいれば、通り過ぎていくだけの人もいて、延べにすればそれなりに人数になったろうが、一度に町内にいるのは一人か二人だけだった。
中でも長いこと町にいた者でもっとも印象に残っているのは、オシラスさまと呼ばれたある年寄りの風来さんだ。
風来のオシラスさまはやせて大きな体躯に伸び放題の蓬髪を後ろに流し、毛布のような厚手の柄布をマントのように体に巻きつけていつも音もなくまるで風のように街中を歩いていた。
垢じみた布はいつも同じだったし、足はよごれて黒いのか、日に焼けて黒いのか判別もつかないほどだったが、夏も冬もいつも裸足だった。オシラスさまはなんとなく年寄りだと思われてはいたが、年齢も、性別すらも実は確かなことは何も知らなかった。
ただ、大人たちはオシラスさまを見ると遠くからでも何となく笑みを浮かべ、会えば必ず脇に下がって道を譲った。それに、時折オシラスさまが誰かの家の前に立つことがあって、そんなときはみんな托鉢僧にでも布施を与えるように、必ず何かを渡していた。
米一合、野菜を一掴み、小銭を少々、と云うように各家で与えるのは様々だったが、誰一人いやな顔をする者はなく、まるで今日はよく来てくれました、いいことがありました、というようにオシラスさまに会った後は皆きまって穏やかな顔になるのだった。
大人たちがそんなわけだから、子供らもオシラスさまには一種畏敬の念のようなものを持って遠巻きに眺めているだけだったのだが、あるとき町を歩くオシラスさまの後をつけていったことがある。オシラスさまは無言であちこちを歩いていて川原へとやってきた。川を前にしても、オシラスさまは長いことただ座っていたのだが、子供らもこれを真似、横に並んでずっと川を眺めていた。
川では水が踊り、魚が跳ね、虫が通り過ぎ、眼前の光景は空と風にしたがって様々に表情を変えて見せた。日が傾いてもう家に帰らなければならなくなったとき、子供らは物すごい冒険と物語を終えたように満ち足りて、晴れ晴れとして穏やかな気分になっているのをとても不思議に思った。
大人の話の断片に、オシラスさまは昔人と世の中のためにいろいろ働いていたらしいとか、無実の罪で牢屋に入っていたとか聞いたような気もするが、確かなことは何も知らないし、子供にはどうでもいいことだった。
ところがある日、大人たちがあわてふためきオシラスさまを探していた。セイフのホウシンだとかキンダイカだとか、町並みのジョウカだとかいう言葉が飛び交って子供にはちんぶんかんぷんだったが、そのあわてぶりからオシラスさまに何か重大な危機が迫っていることだけはよくわかった。
町外れに軽トラが用意され、大人たちがじりじりしているとそこにいつのまにかふらりとオシラスさまが立っていた。大人たちが何事か手短に説明し、奴らが来る前に早く、とせきたてるようにオシラスさまを促すとオシラスさまはいつものように淡い笑みを浮かべた表情のまま、車に乗りこみ、車はどこかへと猛スピードで去っていった。
オシラスさまを見たのはそれが最後だ。
その後に役所の人間がやってきて、シュウヨウジョだとかヤクサツショブンとかコッカノタメとか声高に話していたが、オシラスさまとどう関係があるのかは当時はまったくわからなかった。
それから町は物凄いスピードできれいで近代的なビル街へと変貌し、オシラスさまのような風来さんたちのいる場所はどこにもなくなってしまった。
やがて大人になった私たちは皆毎日忙しく駆け回っているが、それでも時折、オシラスさまのような穏やかな空気をもって川を眺めてわくわくしていたことをふと思い出すことがある。
もちろんどこにも風来さんはいないし、オシラスさまと眺めた穏やかな川ももうないのだけれど。
大雨に流されるもの
梅雨も終盤、あちこちでまた集中豪雨の被害が報告されている。
様々なところで水が上がり、緩んだ地盤が道や車を押し流し、
また河川が氾濫して思わぬ被害をもたらしている。
雨の国であり、山が迫って急な河川の多い日本では
なかなか避けがたいことではあるが、
被害にあわれた地域には一日も早い復旧と安全をお祈りしたい。
さて、河川の増水と云うと思い出す話があるのだが、これは友人のR君の話である。
R君の家は中流域の最上川に程近いところにあった。
最上川といえば有名な大河川であることは皆さん承知の通りである。
「五月雨を集めてはやし最上川」 という芭蕉の句(奥の細道)を知らぬ日本人はまずいない。
そのR君が小学生のときのこと。
数日来の集中豪雨がやんで晴れ上がった近くの最上川を見に行った。
増水した川は危険だが、これはまた面白いものでもある。
水位・水量ともいつもとはまったく違って、川は普段とは異なる表情を見せているし、
川べりには上流から実に様々な漂着物が流されてきているものだ。
案の定、その日も渦を巻いて流れる川のほとりには、材木やわら草の類はもちろん、
自動車のタイヤや畳、タンスや自転車、物置やテレビの残骸まで散らばるさまは
なかなかの見ものだった。
R君は飽きることなく晴天の下、雨後にどうどうと渦巻いて流れる最上川を眺めていたのだが、ふとまた上流から何か流れてくるものがあった。それは必死で泳いでいるようでもあり、明らかに何らかの大きな生き物で、良く見るといったいどこから流されてきたのかそれは大きな豚であるのだった。。
それを目視し興奮したR君はかたわらの兄に言った。
「にいちゃん、豚が泳いでるよ!」
すると兄もまた興奮してきっぱりと言った。
「いや、違う。アレは豚じゃない。アレは、、カバだ!」
そうかあ、あれがカバかあ。。。
動物図鑑でしか見たことのない珍しい生物を目の当たりにして、
幼い兄弟は食い入るようにずっと濁流の川を眺めていたのだった。
以来R君は、日本の最上川にはカバが生息しているのだとずっと信じて
最上川流域のカバのすむ世界を想像してはわくわくしていたんだそうだ。。。
*
・・・たわいもない子供の話だけれど実は私はこの話が大好きである。
たわいもない子供の勘違いと一笑に付すのは簡単だが、
なんとなくこの話に惹かれるのは、今は型にはまった知識と
決まりきった合理に縛られて生きる私たちにも、
かつては素朴な視点と新鮮な発想に出会う無垢な自由さを持ち合わせていた
時期があったことを思い出させてくれるからかもしれない。
出来ることなら誰かの決めた、社会の約束事や定義・常識・合理主義などをと云う制約を流し去って世の中を見る、天真爛漫な目を私たちはいくつになっても持っていたいものだ。
五月雨やカバも流すか最上川
トラだ、トラだ、お前はトラになるのだ
O氏は私の先輩筋に当たる人物で、大きな体躯と豪傑風の風貌にして酒豪である。
が、実の中身はいつもストレスと緊張癖に悩む小心者なのである。
図体の大きいのはともかく、うわべ豪傑風の振る舞いは自らの小心の裏返しなのだ。
そのO氏がその昔あるとき、
同僚で親友のS氏の結婚式の司会をすることになったのだが、
ただでさえ司会なんて面倒で緊張を強いられる重責である上、
同僚S氏は旧家の跡継ぎで、招待客は地元の政財界のお歴々を含め
総勢500名にもなるという結婚式の大役だった。
「司会? あ~、ありゃ仲人よりもハードだよな」
「オレの友達も司会やって10キロも体重減ったよ」
などという周囲の話を聞くにつれ、O氏の緊張は日に日に高まった。
一ヶ月前には緊張のあまり全身はこわばり、半月前には顔は引きつって別人と化し、
ついに一週間前にはあたりに緊張の電界が発生し、
近づいた人には電気ショックのような緊張波が伝播するようになった。
そして結婚式前日、O氏は仲間内で飲んでいた。
すでに三日前から飲み通しであったのだが、少しでも緊張を和らげようと
気遣った仲間がはからってくれていたものだったのだ。
明るく和やかに飲んで、O氏は十八番の昔のアニメの主題歌などを放吟して絶好調、
のはずだったのだが、O氏の緊張回路は限界に達し、ついにショートを始めた。
O氏はやおら立ち上がると、大きなタンブラーなみなみと注いだウイスキーを見て
「誰だこんなところにコーラなんか置いたのは。こんなコーラ、俺が飲んでやる!」
O氏はコップのウィスキーを飲み干すと、店を飛び出してどこかへ行ってしまった。
みんな追いかけ手分けして探したが見つからず、さてどうしたものかと
話しているところに、警察から店に電話が来た。
電信柱に抱きついてタイガーマスクを歌っている男がいるが、
そちらに知り合いがいるのではないか?という。
それはO氏に間違いない、これは大変と皆が千鳥足で駆けつけてみたのだが、
時すでに遅し、もう放置できないと判断した警察によってO氏はトラ箱へ
収容されてしまった後だった。
警察署に出向き、身柄の払い下げを願ったが、O氏は大いびきをかいて
熟睡状態であるので、明日朝にでもまた来てほしいとすげない返事だった。
こうして、翌朝、午後の結婚式の主役にして親友である新郎のS氏自ら出頭し、
なんとかO氏の身柄を引き取って、式にはどうにかこうにか間に合ったのだった。
当日、O氏はいつもより顔色がだいぶ青いようだったが、何とか司会の大役を務め、
無事に新郎新婦の門出を祝うことが出来た。
もちろん、式の後二次会では、緊張から解き放たれたO氏が大酒をあおって
再びトラと化したことは言うまでもない。
そればかりか、あれから名何年も経つ今もって
時折結婚式の司会のことに話が及ぶことがあると、また緊張がよみがえるのか
大酒をあおらずにはいられなくなって、トラ人間に変身してしまうO氏である。
人間は過度の緊張やストレスに見舞われると、PTSD(心的外傷)を背負い込むことになるのはよく知られた話だが、何年も経った今もってO氏が
過去のトラウマによってトラに変身するのを見ていると、
変身伝説の狼男やバンパイヤもまた、O氏のトラ人間と同じ、
実はただの小心者の暴走であったのかも知れぬと思えてしまうのである。。。
梅雨前線とビアガーデン
梅雨も後半、連日雲から垂れ込める水気の微粒子が大気中を満たし、町並みも街路樹もその輪郭をあいまいにして霞んだ風景の中にたたずんでいる。
そんなわが町の商店街の中に先日、ビアガーデンが開店した。とはいってもシャッター街になりかけた商店街の乾物屋の4階建てのビル屋上のそれはそれは小さなビアガーデンで、客寄せの助けにでもなればと、半ばやけっぱち、なかば商店会の店主たちの趣味で無理やり気味に開店したのである。
仕入れはすべて街中の商店会からだし、やってくる顔ぶれも近所の連中ばかりだ。とても儲けや商店街への新規顧客開拓にはつながらないと思われてはいるが、なにせビヤガーデンという季節限定商売だけに、秋口までやったら後はさっさと撤収すればよいだけのことだし、来年開店しないからといって誰も何も言いはしまい。ちょっと手の込んだ商店街イベントだと思えばいいのである。
ところがこのビアガーデン、意外なことにビールも料理も本格的にうまいと云うことが判明し、限られた仲間内でだが、ちょっとした話題になっている。もともとの動機の半分は商店主たちの趣味や道楽なわけだから、酒も食材もそれぞれの店とっておきの逸品が提供されることが多いし、厨房を任されているのも乾物屋のオヤジではあるが、元は料亭で板前をしていたところ兄の長男が家を出たため乾物屋に戻って店主となったという経歴であるから、すべてにおいて並みのビアガーデンとは一線を画すのである。
今日は南アフリカ特産のディープシークラブ(深海蟹)を肴に、市販定価なら一本2800円するという高級地ビールで盛り上がって帰ってきたところである。ディープシークラブは知る人ぞ知るグルメ御用達の逸品で、日本では常時食べられる店は二件しかないというものであるし、高級地ビールも酒飲みの間では幻のビールといわれる希少品だ。もちろん私を含めた客の面々も大満足だし、このハイレベルは日を追うごとにエスカレートしていく傾向にあって、ビアガーデンは小さいながら連日の盛況である。
一見にわかビアガーデン大成功であるのだが、問題はある。ひとつは趣味性と高級性があまりにエスカレートした結果、乾物屋のビアガーデンはまるで会員制秘密クラブの様相を呈して、新規の客には限りなく敷居が高くなってしまっていることである。
また、商店街と近くの住民の良くも悪くも気心が知れた仲間内がコア客となっているために、いつも話題は、商店街の活性化策から始まって、昔みんな同時に憧れたマドンナの話題を経由し、小中学校時代の喧嘩自慢に至って誰が強かったかとかを巡り口論となり、結局は子供じみた酔っ払いのつかみ合いのとっくみあいに及んで、テーブルをひっくり返したあたりで、やってきたおかみさんに怒鳴られて閉店となる、というようなのが定例スケジュールとなっているのである。
この前は乾物屋のオヤジと八百屋のオヤジが酒瓶と包丁を持ち出していがみ合ったのを、私が乾物屋を羽交い絞めにして仲裁に入ったところ、乾物屋のおかみさんに亭主もろともバケツの雑巾水をぶっ掛けられた。
昨日は魚屋が近所の年寄りに、子供のときにわけもわからず怒られたことをなじって口論となり、大男の魚屋がやせた年寄りを屋上のフェンスの上から投げ落としそうになったのを呉服屋と花屋が何とか止めたはいいが、逆さにされた年寄りの失禁の始末までやってそれそれ被害を被った。
それでも、そんなことがあってもまた、翌日には乾物屋ビアガーデンは何事もなかったように開店しまた同じ面々が集まっては、屋上に無邪気な哄笑が響いている。喧嘩もみんな本当に仲がいいからというのか、酒でたまたま暴走したあふれる稚気の現われなのだ。
これでは秘密会員クラブでなくてもよその者は入っては来れまい。当初目的に掲げた商店街の活性化には役立っているとは言いがたいが、どこか沈滞気味だった「商店街の人たちの活性化」には一役買っているようではある。
これでいいのかって?
まあ梅雨空のような気分を吹き払って、心を解き放ってくれる場というものは誰の人生にも必要なものなのだ。これに異を唱える者はいないことだろう。。。





