梅雨前線とビアガーデン
梅雨も後半、連日雲から垂れ込める水気の微粒子が大気中を満たし、町並みも街路樹もその輪郭をあいまいにして霞んだ風景の中にたたずんでいる。
そんなわが町の商店街の中に先日、ビアガーデンが開店した。とはいってもシャッター街になりかけた商店街の乾物屋の4階建てのビル屋上のそれはそれは小さなビアガーデンで、客寄せの助けにでもなればと、半ばやけっぱち、なかば商店会の店主たちの趣味で無理やり気味に開店したのである。
仕入れはすべて街中の商店会からだし、やってくる顔ぶれも近所の連中ばかりだ。とても儲けや商店街への新規顧客開拓にはつながらないと思われてはいるが、なにせビヤガーデンという季節限定商売だけに、秋口までやったら後はさっさと撤収すればよいだけのことだし、来年開店しないからといって誰も何も言いはしまい。ちょっと手の込んだ商店街イベントだと思えばいいのである。
ところがこのビアガーデン、意外なことにビールも料理も本格的にうまいと云うことが判明し、限られた仲間内でだが、ちょっとした話題になっている。もともとの動機の半分は商店主たちの趣味や道楽なわけだから、酒も食材もそれぞれの店とっておきの逸品が提供されることが多いし、厨房を任されているのも乾物屋のオヤジではあるが、元は料亭で板前をしていたところ兄の長男が家を出たため乾物屋に戻って店主となったという経歴であるから、すべてにおいて並みのビアガーデンとは一線を画すのである。
今日は南アフリカ特産のディープシークラブ(深海蟹)を肴に、市販定価なら一本2800円するという高級地ビールで盛り上がって帰ってきたところである。ディープシークラブは知る人ぞ知るグルメ御用達の逸品で、日本では常時食べられる店は二件しかないというものであるし、高級地ビールも酒飲みの間では幻のビールといわれる希少品だ。もちろん私を含めた客の面々も大満足だし、このハイレベルは日を追うごとにエスカレートしていく傾向にあって、ビアガーデンは小さいながら連日の盛況である。
一見にわかビアガーデン大成功であるのだが、問題はある。ひとつは趣味性と高級性があまりにエスカレートした結果、乾物屋のビアガーデンはまるで会員制秘密クラブの様相を呈して、新規の客には限りなく敷居が高くなってしまっていることである。
また、商店街と近くの住民の良くも悪くも気心が知れた仲間内がコア客となっているために、いつも話題は、商店街の活性化策から始まって、昔みんな同時に憧れたマドンナの話題を経由し、小中学校時代の喧嘩自慢に至って誰が強かったかとかを巡り口論となり、結局は子供じみた酔っ払いのつかみ合いのとっくみあいに及んで、テーブルをひっくり返したあたりで、やってきたおかみさんに怒鳴られて閉店となる、というようなのが定例スケジュールとなっているのである。
この前は乾物屋のオヤジと八百屋のオヤジが酒瓶と包丁を持ち出していがみ合ったのを、私が乾物屋を羽交い絞めにして仲裁に入ったところ、乾物屋のおかみさんに亭主もろともバケツの雑巾水をぶっ掛けられた。
昨日は魚屋が近所の年寄りに、子供のときにわけもわからず怒られたことをなじって口論となり、大男の魚屋がやせた年寄りを屋上のフェンスの上から投げ落としそうになったのを呉服屋と花屋が何とか止めたはいいが、逆さにされた年寄りの失禁の始末までやってそれそれ被害を被った。
それでも、そんなことがあってもまた、翌日には乾物屋ビアガーデンは何事もなかったように開店しまた同じ面々が集まっては、屋上に無邪気な哄笑が響いている。喧嘩もみんな本当に仲がいいからというのか、酒でたまたま暴走したあふれる稚気の現われなのだ。
これでは秘密会員クラブでなくてもよその者は入っては来れまい。当初目的に掲げた商店街の活性化には役立っているとは言いがたいが、どこか沈滞気味だった「商店街の人たちの活性化」には一役買っているようではある。
これでいいのかって?
まあ梅雨空のような気分を吹き払って、心を解き放ってくれる場というものは誰の人生にも必要なものなのだ。これに異を唱える者はいないことだろう。。。