お姫様になりたい
近頃は厳しい世相を反映してか、お姫様になりたいなどという女性が増えているのだとか。キャリア女(サラリーウーマン)でもなく、主婦でもなく、お姫様?
私の知っているお姫様って、下に書いたようなところなんだけれど、
なりたいのはどのお姫様なのだろう。
【白雪】
継母の苛烈な虐待に遭ってへんぴな森の中に追われ、素性不明の
七人の山師の集団の家に転がり込んで居候となるものの、
継母の容赦ない追求により毒りんごで止めを刺される。
その後、ふらりと現れた遊び人風の「自称王子」の口吸いで蘇生するのだが、
さんざん世話になった山師集団には礼も言わずに、恩知らずにも自称王子様と
何処へか去ってしまう。その後の消息は不明。
【シンデレラ】
世界的有名な玉の輿の例。卑女扱いの民間人として辛苦をなめたが、
たまたま顔を出した王室舞踏会で王子の目に留まり、思わせぶりに靴を落として逃げると云う、じらし戦略が結果的に王子の執着を誘って、まんまとお手つきとなることに成功する。
靴フェチだったという王子の異常性向や、果たしてシンディーが腰元になったのか正室になったのか、ただのお手つきだったのかなど、詳細は不明。
【眠り姫】
あるとき呪いによって城や周囲の森ごと百年のもの眠りに入る。何が気に食わないのか異常に繁茂した茨や、竜や黒の魔女などの魍魎によって森は外からの進入を拒んでいたが、百年後にようやく王子が訪問に成功する。
二人は百歳以上の年の差カップルであったが、寝ている間は王女の老化は進まなかったらしく、その日のうちに王子と結ばれたらしい。その後急速に百年分の老化が進展したとされるが程度については不明。
【トゥーランドット】
中国(一説にはトルクメニスタンとも)の首切り姫。世界各地からやってくるそうそうたる求婚者(みな王子ばかり)に、無理難題を吹っ掛けて解けなかったと言っては首をはね、その数は九十九に達する。ところが百人目にやってきたカリフ(実は崩壊した隣国の落ちぶれ元王子)に問題を解かれてしまい、汚いあの手この手を弄して求婚をのがれようと試みるも、結局はカリフ元王子を婿として受け入れることになってしまう。
しかし跡取り息子を姫に殺された各国への賠償で国家財政は破綻しており、二人ともクーデターで追放されたようだがその後の行跡は不明。
【かぐや姫】
典型的な謎かけ姫。求婚者に難題を吹っ掛けては、結婚を拒否し貢物だけ巻き上げるという、やらずぼったくりの鑑である。
それでも本人には意中の相手もいたとようであるが、かぐや姫を擁する芸能ぼったくりプロダクションを運営することで生活をしていた、じいさんばあさんを初めとする一族がこれを許さず、結局かぐや姫は月へ(!)と逃げ出しいなくなってしまう。これは地球外生物(宇宙人)と駆け落ちしたのだとも言われるが詳細は不明。
さて、姫様になりたいって、いったいどれになりたいのか、どうなりたいのか
誰か解説してはくれまいか。
夢見るステテコとお姫様
細身でカラフルなチェック模様が人気だが、ダメージジーンズ風や、
アロハ柄など、売り場には実に多種多様なステテコがこれでもかと並んでいる。
ズボンの下に汗取りとして着る用途が主なのは変わらないが、
ダサいオヤジなイメージはまったくなく、
このままで部屋着としてはもちろん、近所の散歩くらいなら
全然問題なさそうに見える。
自分が男だったらぜひはきたいのに、と羨望のまなざしを向けるご婦人もいるが、
実際に彼女とペアで家でくろぐルームウェアとしての購入も
もはや珍しくないらしい。
似たようなケースとしては、すでに男物のモモヒキがレギンスとかいって、
女性物のおしゃれに転用され定着してしまっているから、
今度はステテコの出番なのだろうか。(すると次はサルマタかな)
それにしてもステテコとはどこから来た言葉なのか。ステテコはいつからあるのか。
そんなことをいぶかしがる人も現れているらしい。
今の若い人はたぶん明治以降日本人がフンドシや腰巻を脱いで
サルマタをはくようになってからのことだろうと勝手に思っているようだが、
実はステテコがステテコとして一般的になったのはもっと新しい。
起源は「ローマの休日」などで今もって人気の高い
往年の名女優オードリー・ヘップバーンのファッションにある。
ヘップバーンの主演映画である「いとしのサブリナ」はきっと名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。この映画は日本国内でもヒットし、ヘップバーンは彼女のスタイルと
ファッション界を巻き込んだブームとなった。
そのとき流行したのが七分丈のズボン「サブリナパンツ」である。
大流行は女性に限ってのことだけでなく、こっそりはいてみたいと思う男が続出し
そこであるアパレルメーカーがズボンの下にはきやすい薄手で売り出したところ、
意外なことに通風性と汗取りに好適な下着としてスーツ姿の男どものハートを
がっちりとつかんでしまったと言うわけなのである。
問題は名称だが、「サブリナパンツ」はすでに女性用のズボンとして流通していたから、ストレートにサブリナパンツと口にするのははばかられた。
そこで着用した男たちはあいまいに、
「おれアレはいてんだ。ほら、あれだよ、まあその、サブリナっていったとこさ」、
と言ったところからだんだんなまって
サブリナッテイッタトコ
↓
サブテッテトコ
↓
サテッテコ
↓
ステテコ !
...と言う風に次第に略され変化したのである。
ステテコの元祖はあのオードリー・ヘップバーンだと思えば、ステテコがとても
おしゃれなファッションとして甦ってきたのもいわば必然だったといえるだろう。
さて、この夏は涼しい実用性とおしゃれを兼ね備えたステテコで
皆さんも颯爽と決めてみてはいかがだろう。
参議院選?巷説 煩悩いまだ止み難し
今年は新党ラッシュで騒がしいと思っていたら
あっという間に首相も変わって参院選になだれ込むことになってしまった。
鳩おろし以来かマスコミが、錦の御旗のごとく振りかざしては毎日発表する
支持率アンケート調査結果にうんざりしている向きも多いことだろう。
日毎のアンケート結果がいったいどれほどの意味があるのか疑問だが、
マスコミにはこんなもので大騒ぎしてみせるしか、人の目耳をひきつける手段がないと
いうことなのだろう。マスコミ無能と無用の表明である。
それはともかくある新党の党名に関して問題が起きているらしい。
党名に使用したフレーズがすでに商標登録済み商品と酷似しているというのである。
問題の商品は「起ちあがれニッポン」といって、愛用者は百万人を超えている。
一部では知る人ぞ知る有名商品であり、新党の命名者も長年の愛用者であるとか。
商品の特性や顧客層が高年齢者に偏ることもあり、マスコミを通じた広告はまれだし
ネットへの掲示も行っていない。
もっぱら口コミと訪問販売によるのだが、以前一度家にやってきた販売員が、
携帯する小型モニターで商品の紹介ビデオを見せてくれたことがある。
寝たきりの老人が一口この商品を口にするや、たちまち元気になって若い五人の美女を相手に立ち回りを演じるというものであるから、マスコミには載せられないのは仕方ないだろう。
かの党の発起人というか名付け親というか賛同者が
「新党が年寄りばかりだといってバカにする声もあるが、今の30代、40代、50代に
どれほどまじめに考える力があるんだっ」
というようなことを言っていたが、なるほど、
そりゃ若いもんにはあまり需要はないことだろう「起ちあがれニッポン」なんて。。。
それにしても参議院選挙、国政選挙にして有名人の人気投票を強いるような各党の戦略に、有権者はシラけていることを意思表明するのに有効な手段はなんだろう。
雨模様
冥冥とした雲の下、まとわりつくような細かい雨がずっと降り続いている。
私は雨の日も嫌いではないが、この雨は陰性に傾き、今日は散歩の気分ではない。
こんな日は、大きな窓のある喫茶店で通りを眺めて過ごしてみることがある。
私は一杯のカップと共にただ、水滴のついた窓から、雨煙に沈む街路に目をやり、
傘に隠れるように行きかう人々を眺め、にじみ出す想念が、雨水と共に
何処へか流れ去るのにまかせて時を過ごすのである。
雨は不定形なベールとして世の中を過ぎて行く人や出来事から私を柔らかに引き離し、いつの間にか外を眺めながらも視線は自分の内側へと向いていく。
これは歩かない散歩であり、私は外を歩くのではなく私の内側を巡ることになる。
普段の私たちは、世の中の事物や仕事に条件付けられてわが身の立ち居地と振る舞いが規定されることが多い。社会的条件が自分の存在の確認手段となっている。
しかし雨によって社会から隔てられた「私」は、私だけの私として、社会的条件の
くび木から解き放たれることになる。
仕事も、義務に駆られる予定も付き合いもなく、ただ無為に雨中の風景にたたずむとき、誰しもふと忘れていた素のままの自分に出会うことだろう。
旅や散歩はどこかに出かけることだけではない。
雨の日はゆっくりと自分と向き合って、自分という内奥へ出かけてみるといい。
忙しさに逃げ込んで自己を省みない、多忙と言う名の怠惰は去り、
どこか不安で、頼りなさげな、ただ本来の大切な自分と出会うことだろう。
雨降りに 閑と向き合う浮生かな
思い込んだら試練の道を行くが男の勘違いなのか~機能性下着を身にまとったこの先、明日はどっちだ
これは先日のゴムバンド(パワーバランス、6月12日の記事)よりは、もうすこしオカルトでない実感する効果を期待して購入したものである。 (私の買ったのは写真とは異なる半袖の白)
この下着は二枚の伸縮性の異なる布を縫い合わせてあり、
着るだけで内筋を鍛え運動能力の向上やら、筋肉バランスを整えて肩こりの軽減に効果があるということらしい。
慢性的な肩こりと付き合う私としては、これを購入して毎日着ているというわけである。
いわばごく弱い筋トレのようなものだから、効果が出るとしたらまだしばらくかかることだろうが、常時背中を中心とした全体の締め付け具合から、なんとなく背筋を伸ばす意識付けが出来ているような気もする。
意識付けのきっかけにでもなればそれはそれで効果の一部ということもできるだろう。
もちろん早い話が、これはソフトな締め付け下着なわけなので、きつめのほうが効果が実感できるとは言うものの、窮屈な服の苦手な人には向かない可能性もある。
さらに問題はサイズや体型のバリエーションがあまりないことで、胸囲を基準とするサイズの仕様によれば、胸や肩に無駄に肉の豊富な私は「大でぶサイズ」を着用しなくてはならなくなるのだけれど、決してでぶではない私は胴回りや全体的な締め付けバランスを懸念して、とりあえず普通のLサイズを着ている。
締め付け下着だからきついのもこんなものだろうと思って着ているが、ひょっとしたら
無闇に厳しい下着を着ているのかもしれない。
今は3着だけ持っているが、この上無駄になるのを覚悟でサイズの違うのを購入してみるほど下着としては安くないのも難点である。
また、私はメッシュタイプの放熱効果に優れたモノを着ているが、この点は優秀で、着るだけで涼しいと言わんばかりの他社の類似の夏用下着と比べても効果は筆頭格と思われる。別に着ただけで涼しくなるわけではないが、放熱性は気に入ったポイントでもある。
ともあれ締め付け下着で筋トレって、つまるところソフトな大リーグ養成ギブスのようなものだろうか。
ただ、そこで恐れているのは、着用によって内筋が鍛えられずに肩こりのほうが鍛えられてしまって、手の付けられない輝く肩こりの星になってしまうことなのだけれど。
おまえら、愚痴ってばかりで迷惑かけて、どうせ死ねないから生きているだけならもう少しまじめにやれ
「なんて非道い本のタイトルだろう、
売れればどうでもいいのか、と思って手に取りましたが、
読めばはっとする各説話、
俗っぽい設定ながらも一々わが身に刺さる事例と会話の数々に、
目から鱗、もやも晴れ、痛みも忘れて、膿もとれました。
やはりこれを読んだ寝たきりのおじいさんは
起き上がって一人で歩けるようになりました。
生きづらい世の中ですが、生きづらいのは
私たちがわが身の不運を愚痴る前に、
自分の持っているもの、運や、周りとの関係のありがたさを
素直に受け止めることが出来なくなっているからかもしれません。」
・・・
そんな感想を持った人がいるかどうかは知らないが、それはさておいて、、、
物語では一人暮らしの若い女アサミが殺され、その女の「知り合い」だったケンヤが彼女の生前の「関係者」を訪ね歩く。 ケンヤはほとんど社会からの落ちこぼれで、このケンヤと事件の関係者たちの会話がストーリーを引っ張っていくのだが、この過程では死んだ被害者のことよりもよりも、その関係者たちの「生きづらさ」ばかりが露骨にあぶり出されていく。
誰にも相手にされない中間管理職、派遣切りにあった女、チンピラヤクザ、男運の悪さを呪う女。 関係者たちの苦衷はやや誇張されたもののどこにでもありそうな現代の生きづらさだが、誰しも抱える生きることの苦のカリカチュアとして、自分の境遇の断片を思い重ねる読者も少なくないことだろう。
軽く卑俗な文章の作りながら、プー太郎のケンヤの会話には、古代ギリシャ哲学のストア派の信条を連想させるようなドキリとするせりふが出てくる。
「厭なら辞めりゃいいじゃん。辞めたくねーなら変えりゃいいじゃん、変わらねーなら妥協しろよ。妥協したくねーなら、戦えよ。何もしたくねーなら引き籠もっていたっていいじゃん」
現代の不幸せの見本市のような展開と、愚痴と愚痴をなじるような会話の応酬には、露悪的な共感をなぞるような、同病相憐れむのに近い読後感を抱くかもしれない。その意味で、人の不遇と殺人とを巡る重苦しいストーリながら、不快感よりもむしろ、著者による今を生きる人への督励を感じる。
本書は携帯やiPAD向けの電子書籍化された本としての話題が先行したが、
本当に死にたい人以外には、まあお勧めである。
オカルトが足りない
これまで何度も何度も繰り返し予言されては延期を繰り返してきた私たちの未来のことですが、お待たせしました、ついに地球が滅びます。それは「もうすぐ」です。
もちろんお約束どおり、選ばれた一部の人間は滅亡直前に外宇宙から飛来する宇宙船に乗船することが出来て、安全な理想世界へと移り住むことが出来ます。
乗船資格者は特殊なホログラムのついたブレスレットをしていることで識別されます。はい、ひとつ3800円(外税)です。
と言う説明はしていなかったような気がするがよく覚えていない。
だってすでに私はA君ら一行とたらふくかっくらい、陶酔境で
忘我の境地にあったのだから。
まあスポーツ用品店の立ち並ぶ通りで、体育会系美人のお姉さんが
何か販売説明してくれていたところに出くわしたところ、
勢いに任せてご購入に至ったと云うわけらしい。
そもそも、生活必需品以外の買い物など、すべて衝動買いによるものだ。
衝動買い商品の典型は「本」であるが。
ところでこれはいったい何に効くのだろう、酔いがさめてネットで見てみたが
よく分からない。ビデオではこれを持たせて腹筋体操をしたりしているが
それが何だというのか?
(説明も面倒なので興味のある人は各自ネットで検索してください)
値段もハンパだ。安っぽいゴムのアクセサリーとしてみれば、3800円は高すぎるし
物凄い効能をうたう健康器具なら、効果がありそうに思えない安値である。
だいたい、化粧品でも健康食品でも、人類初めての効果をうたうくらいなら、
値段見ただけでびっくりして、そりゃあもう毛穴は締まるわ、顔も引きつってしわも伸びるわ、糞詰まりの腹だってちびって下りだすくらいでなければならないだろう。
健康器具だっておなじことだろうともうが、どうなのだろう。
私の効果?
さあ、もう酔いもさめてしまったしねえ。
でもま、徹底した実務家の合理主義者の薄情大魔王のわたしにしても、
常にリアリズムだけでは日常はつまらない。
で、それがオカルトグッズとなんの関係があるかって?
う~ん、これはまあ酒の勢いのシャレで買うくらいが相当のモノではあるが、
こんなゴムバンドでもしばらくは昼飯時や宴会の席での話題を振りまいてくれる
ぐらいの効果はあるのだ。(注:それ以外の効果を期待して買うのは慎重に)
そうした意味でお化けだってオカルトだって、なにがしか生活にいろどりと
潤いをもたらしてくれることだってある、かな。
6月の暮れ空
6月半ば、一年で一番日の長い時期。
遅くなった暮れ時の時間帯につられて、
ついつい遠回りして歩いて帰ったりしてしまうことがある。
このときの光と空はざらついて、まるで手触りがわかるほど黄昏の粒が
あたりを満たす。
夕時の空気を満たす暮れ色の光は、何かを主張する力強さもなければ
明確な影もつくらず、なんとなく空と地の間に漂うようにして
ゆるゆると宵闇までの時間帯に滞留しているものだ。
こうして私たちはいつまでも曖昧な明るさの中を歩くことになるのだが、
どうしたわけか、曖昧な空気のなかでは私たちの心もまた一時、
社会的な立場や勤めから離れた曖昧な自分に向かうことがある。
そんな心の状態で、良いも悪いもなく、いつかの自分を
ただ懐かしく遠くから眺めみていることがある。
いつか見た夕日、忘れてきた宿題、果たせなかった約束、、、
暮れかけた空の下、あれやこれや湧いては流れ去る感慨をたどれば、
いつか思いは、社会に出てたどり来た道に至っている。
思えばいつも回り道や無駄足を重ねながら、
いつのまにか遠くへきてしまったものだ。。。
長き日を 遠回りして重ね見る
世経る我が身の 辿り来た道
散歩して眺める暮れ時の景色には、
去っていったはずの時もまた曖昧に漂いだすらしい。
香水の付け方とダンディズムのこき方
(練り香水)ロクシタンのグリーンティー(左)と、LUSHのオリーブ収穫祭
最近知ったのだが、世間では練り香水とかソリッドパフュームと言うものがあって、
静かに愛用者が増えているらしい。値段も手ごろで、わりに長く穏やかに香るので
経済的である上、香水付けすぎのいやみな臭いになることもないとのウワサを聞き、関心を持った私もさっそく購入してみた。(写真)
こうした目新しいものにすぐ飛びつくのは日常のストレスゆえの愚行なのかもしれない。まさにストレスは人間を愚かにして経済には貢献するが結局愚か者ばかりの世の中はいつまでたってもよくならない。
それはともかくさて、当の練り香水であるが、確かに香りは穏やかで、少量でもすぐ香りが飛んでしまうこともないようだから、きっとこれからの夏にも良いことだろう。
容器も小さく、香りのペーストをじかに塗るだけなので、携帯も便利でディスペンサーも不要だから塗りなおしも楽だ。
・・・と言うようなことを昼飯時に話していたら、会社のA君が
大変興味ありげに聞いてきた。
「それって汗臭いのも気にならなくなるのか?」
A君は家族に体臭(加齢臭だろう)を指摘されたらしく、
ついついこんなものも気になるようだ。
そこで私は教えてやった。
「おうっ、汗臭いの、ホコリ臭いの、はてはオヤジ臭いのまで、何でもござれだ。なによりオーデコロンとオヤジ臭が混ざったあの奇妙な臭いを生成することもないぞ。」
「ほうほう、それはいいな! で、練り香水はどこに塗ればいいんだ?」
「気になるところならどこでもいいのさ。手首、耳の裏、わきの下。
何より忘れてはならんのは尻の穴の周りだな。」
「尻の穴?」
「そうとも、尻の穴の周りは哺乳動物共通の分泌腺だからな。」
「ははあ、そういやジャコウジカやスカンクも、そこから分泌物を出しているとか聞いたことがあるな」
「そうともさ、人間だって同じことなのさ。人間程度ならオヤジの体臭を押さえるどころかすかしっ屁すらジャコウの香りに変えてしまうくらい効果はてきめんだ。」
「いいね、いいね!、おれもさっそく買ってくるよ」
・・・こうして、A君もまた練り香水の使用者となったのだが、
近頃会社のA君のいる部屋には時々、謎の怪臭がこもるようになったとのうわさが
漂ってくるようになったのだった。
もちろん、練り香水に罪は、あろうはずがない。。。
(当然わたしにも、ない)
6月礼賛
しかしながら、四季どころか五季あるといわれる日本において、もっとも日本らしい一年の季節のハイライトは6月の気候である。
つまりは、生き生きとした緑におおわれる6月が日本の豊かな自然生態と命を育んでいる。梅雨は日本の風土を支える原風景である。
雨の日には艶めいたみどりと花に注目してみようと思う。きっと至るところで日本の豊かな命の原点に出会えることだろう。








