酷暑に立ち向かうには人間はあまりにもひ弱すぎ、日陰で息を潜めてやり過ごすには夏はあまりにまだ長い。
せめて一雨くれば涼しくなるのに、たまに立つ雲もまた当てにならないし、ところによっては雨の予報の「ところ」とははたいてい自分のいることろではない。
そこで時々、天地自然の炎熱に対するごくごく小さな抵抗、小さな工夫というにもあまりにわずかな、午後の打ち水をやってみようとする。昔からやってきたことでもあるし、見た目も涼しげだ。どこかでは市をあげて打ち水をしたところ、ほんのわずかながらも気温を下げる実証ができたとか。それは先人の知恵、人為の夕立、つかの間の涼。