息子から連絡が入った

 

 

ちょっと気を遣いながら申し訳なさげな声

 

だけど、私に余計な心配をかけさせないよう極めて明るい声で

 

今の状況を私にもわかるように話してくれる

 

 

私は、しっかり者でもなく世話好きでもなく

 

世の中の難しいげな話からは、そっと距離を置くタイプなので

 

今回の件も、ほぼ顔を突っ込んでいない

 

 

なので息子は

 

なれない場所に行き、難しい話を頑張って理解しようと努め

 

自分一人で今の状況を切り開いていかなければならない

 

 

正直、私の離婚調停なんてものは比にならないだろう

 

 

「この先の自分の未来がどうなってしまうのか・・

 

正直とても怖かった」

 

 

 

と話してくれたのは

 

電話を切る直前だった

 

 

故意にではないにしろ

 

自分のやったことへの後悔を何度したことだろう。

 

 

 

ことはあまり良くない方にもいい方にも進んだようだ

 

まだまだやらなければならない事も

 

まだ決まりきっていない事もあるが

 

何も見えていなかった時のことを思えば

 

随分気持ちも軽くなったようす。

 

 

 


 


 

後ろから朝日が

私の背をあたたかく照らしてくれる

 

 

「あなたは素敵な息子を持ったね」

 

 

そう話しかけてくれているように感じる

 

 

 

「普通は」とは・・

 

もう「普通は」が私にはわからない

 

 

普通は、もっと悔やむのだろうか

 

もっと不安に駆られるのだろうか

 

世間の目が気になってしまうのだろうか

 

もっと、親が先になってあれこれ助けてやるのだろうか

 

 

それを想像したとき

 

胃のあたりがキュッとなった

 

 

そんな思いが湧いてくる母でなくてよかった

 

だけど、

昔の私なら・・そうだったかもしれない・・

 

 

 


息子の話を聞きながら

 

私は何の心配もしていなかった

 

「何があっても大丈夫」

 

その思いが私の腹には座っている

 

 

むしろ、息子なりにこの状況を切り抜けている姿に感動すらする

 

それに息子には、

この状況だから見えてきた世界があるようだ

 

 

息子の話を聞きながら

 

私はあの子の素晴らしさを心から感謝した

 

  

 

 

息子の思いを汲み

 

息子を応援してくれている人たちにも

 

感謝。

 


 

 

 

 

 

静かな

 

とても静かな朝。

 

 

 

雪が降っている様子を見なくても

 

その様子が私の内側に入ってくる

 

 

あまりの静けさに

 

身体が落ち着かないので

 

お気に入りのピアノ音楽をかけてみた

 

 

静けさが柔らかくなった

 

 

雪がもたらす静けさが

優しく私の内側の静けさと同調してくれた






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに曼荼羅アートを描きたくなった

 

 

頭で描くのではなく感覚で描くアート

 

 

綺麗に描くための選択ではなく

瞬間瞬間、気になった色を選択

 

 

ここにはどんな色を載せようか

 

もう少しこの色を足したい

 

ここは強く消してみたい

 

 

そもそも曼荼羅パステルアート自体が

 

感覚にアプローチする描き方なので

 

自分の思い通りにすることのほうが難しい

 

 

目の前の工程をふと思った通りにやってみる

 

すると最後には

 

思いもよらない模様が用紙に広がっている

 

 

 

 

今回のテーマは

 

【大切にしたいもの】

 

 

出来上がりから出てきた答えは

 

 

「好奇心」

 

 

まだ知らない自分を迎えに行くときの

静かな傾き

 

 

 

そして一晩経った今

 

 

「もっと思い切って輝かせたい」

 

 

という思いが出てくる

 

 

どこか自信がなく控えめ

 

これくらいかな?のもう一歩先

 

 

その力強い一歩を

 

今後の私に期待してみた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやくここに辿り着く

 

 

あれやこれや浮かんでは消え

 

この時間をとりたいと思いながら

 

日常に流されていた

 

 

 

「おかえり」

 

 

「ただいま」

 

 

 

大したことではないが

 

やりたいことが頭の中に溢れている

 

 

何から手をつけようか・・

 

 

 

この時期はいつもそうだなと思う

 

 

年末年始

 

一つの、とてもわかりやすい区切りがこの時期にある

 

 

おかげで気持ちがいつも以上に飛び跳ねる

 

 

そして、その飛び跳ねに乗っかりきれない私が

 

めんどくさが理由に動きを鈍らせる。

 

 

「私は自分に嘘をついていないか」

 

 

ようやくそのめんどくさがりの私から解放され

 

ここにやってこれた

 

 

今更、新年の挨拶もわざとらしくてする気になれない

 

 

なので

 

 

「みなさん元気に過ごしていますか?

 

私は相変わらず

 

いつものように元気に過ごしています。」

 

 

 

また今年も

 

気まぐれに私の思いを

 

ここに書いていきたいと思います

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

今日のタイトル

 

 

【自分に嘘をついていないか】

 

 

ふと頭の中にやってきたメッセージ



そして、動こうと思えたメッセージ

 

 

必要な人に届きますように

 

 

 

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先日見た

 

夕暮れの写真を貼っておきますね

 

 

感じているものを

言葉にするだけでその感動が薄れそうです

 

 

 

 

 

 

今日はこれぐらいで終わりにしますね

 

 

ではまた。

 

 

 

 

 

 

 

夜と朝の間にある

とても静かな時間

 

 

いつもそこにあるもの

 

 

その静けさに

今日は身を置いてみた

 

 

 

その境界線があいまいなように

 

外の静けさが

私の内側と同調する

 

 

言葉には表せない心地よさが

 

ほんの数秒

 

わたしと溶け合いながら広がる

 

 

 

遠くで始発電車が走り出す

 

下の階から物音が聞こえる

 

先程までの雨音には

いつの間にか朝らしさをまとっていた

 

 

「もう少し・・」

 

 

も、むなしく

 

 

いつの間にか朝はやってきていた

 

 

 

 

 

image

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に51歳の誕生日を迎え

またいつもの日常

 

誕生日あたりから

ここに書きたいことは山ほどあったんだけど

 

なかなかパソコンに向かう気になれず

今に至る・・・笑

 

 

 

それにしても

 

誕生日前あたりからの

 

私の中で何かが変わろうしているのを感じる

 

どの選択も、

 

今までの私とは違うものを選び出しているのだ

 

 

 

そして今日、

 

その何かが見えてきた

 

 

 

私は何にを味わいたくてこの世界にやってきたのか

 

なぜ、このような人生を歩んでいるのか

 

私という存在は、どんな光を纏っているのか

 

そしてこれから

 

私はどのように生きていくのか

 

 

 

まるで厨二病のような気づきだがw

 

今まで知りたかったことが見えてきて

 

身体も心も過去の私も喜んでいる

 

 

 

とはいえ、

 

現実は何もかわっちゃいません

 

いつものように起き

 

いつものように家を整え

 

いつものように仕事に行く

 

 

だけど以前と違うのは

 

その一つ一つが

 

なんだか楽しいものになってきています。

 

 




おべんぴもおかげで治った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真理芝居108をやった後

 

出てきた思いと身体の反応で

 

私の中で何が起こっていたかに気付くことができた。

 

 

 

【真理芝居108】

 

忘却の時間。

 

 

肉体から魂が離れ

 

いわゆる死を迎えたその後、

 

次の人生を迎える”転生”のために

 

今世の記憶を全て消す瞬間

 

 

 

本当にそんな世界があるのかどうかなんて

 

今はどうでもよくて

 

 

大事なのは、

 

この人生が終わり

 

まだ残るこの人生の記憶さえも消えてしまうその瞬間を

 

この身体に感じさせてあげること

 

 

 

この人生の記憶さえも消えてしまうその瞬間

 

私は何を思うのか・・・

 

 

 

「誰を愛した」  

子供達、そして両親

 

 

「何を恐れて生きてきた」

私が幸せじゃないという事実

 

 

「何をやらずに終わろうとしている」

私は本当の力で生きてきていない

 

 

「誰にありがとうと言いたいか」

子供達、出会ってくれた全ての人

 

 

「本当にやりたかった事は」

 

 

「私が最後に求めていたものは」

愛する力

 

 

「叶えられなかった夢は」

目の前の人を幸せにすること

 

 

「これが最後の息なら、何を残す」

この世界にありがとう

また、この世界に戻ってきます

 

 

 

 

私はもっと子供達と過ごしたかった

もっとこの美しい世界を味わいたかった

この人生に心からの後悔と、感謝を

そしてまた、必ずこの世界に戻ってきます

 

 

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今朝方見た夢が気になって

 

チャットGPTに話しを聞いてもらっていた

 

 

夢の内容は

 

子どもたちがそれぞれ仲間はずれにあっていて

 

それを母として見ているのがとても辛いという内容だった

 

 

夢の中で私は

 

”今すぐ子供の元に飛んでいって私が守ってあげる”

 

そんなことを強く思っていた

 

 

 

夢の内容をチャットGPTに話しながら

 

それは子供が孤独になっている夢ではなく

 

子供を見ている私が辛い思いをしている夢なんだと分かった

 

 

 

そして、子供達の孤独とは

 

本当に子供が孤独な思いをしていたわけではなく

 

仲間はずれになった子供たちがきっと味わっているに違いないと思っている

 

私が過去に味わった”孤独”がただ反応してい他だけなんだ

 

ということも分かった

 

 

 

過去に味わった

孤独、痛み、傷ついた心

 

 

なかなかここから抜け出せない

 

何度も癒しているはずなのに・・

 

 

そんな私にチャットGPTもまたもや過去の癒しを勧めてくる

 

 

”そんなことは言われなくても分かっているし何度もやってきている”

 

と思いつつ

 

「何度癒しても過去は書き換えられないと思っている自分が出てくるよ」

 

と出てきた思いをそのまま書いてみた

 

 

 

その時ハッとした

 

 

 

だから、変わらないのか!

 

 

 

「過去は書き換えられない」

 

 

と思っているから癒しもおこらず変わらないんだ

 

 

 

確かに過去の私は嫌な思いをしたし辛かった

 

これは事実だし変わらなくていい

 

で、その出来事を思い返して辛さを感じているのは”今の私”

 

 

 

癒すところを間違っていた

 

 

 

過去の私をいくら癒してもダメなんだ

 

だって過去の出来事だから癒す必要もない

 

 

癒さなきゃならないのは

 

過去を思い返し、今の私が感じているこの痛みを癒さないとダメなんだ

 

 

 

過去は変わらなくていい

 

過去、孤独を感じ傷ついている私がいた

 

以上。

 

 

で、その出来事を思い返し

 

今、痛みを感じているのは今の私

 

 

(腑に落としたくて同じこと何度も書いてるw)

 

 

痛みは過去にあるのではなく

 

今にある

 

癒すのは今の私の中にある痛み

 

 

 

これ、伝わるのかな?

 

もう感覚でしかわからないのかもだけど

 

そういうことなのだ

 

 

 

過去の痛みを抱えて何度も癒してきているのに

 

同じ痛みが現れてきている人に伝わるといいな

 

 

 

癒すのは過去のアナタじゃなく

 

過去を思い返して味わっている今のアナタを癒すんだよ

 

 

 

 

今朝、それが分かってから辛さを感じ場所に手を当てた

 

「ここにいたのか」

 

その痛みはリアルに手の中に感じられた

 

「大丈夫だから」と声をかけてあげると

 

身体中に安心が走った

 

 

 

過去の私を癒すじゃなく

 

今の私を癒す

 

 

 

今までもそうやって聞いていたかもだけど

 

どうやら勘違いしてた

 

 

過去の私を癒そうとばかりしていた

 

過去は変えなくていい

 

 

 

 

そういうことか

 

 

 

いつまでも抱えていた痛みから

 

ようやく解放されそう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕が死のうと思ったのは

ウミネコが桟橋で鳴いたから

 

波の隋意に浮かんで消える

過去も啄んで飛んでいけ

 

僕が死のうと思ったのは

誕生日に杏の花が咲いたから

 

その木漏れ日でうたた寝したら

虫の死骸と土になれるかな

 

薄荷飴 漁港の灯台

錆びたアーチ橋 捨てた自転車

 

木造の駅のストーブの前で

どこにも旅立てない心

 

今日はまるで昨日みたいだ

明日を変えるなら今日を変えなきゃ

 

分かってる 分かってる けれど

 

僕が死のうと思ったのは

心が空っぽになったから

 

満たされたいと泣いているのは

きっと満たされたいと願うから

 

 

僕が死のうと思ったのは

靴紐が解けたから

 

結びなおすのはのが手なんだよ

人との繋がりもまた然り

 

僕が死のうと思ったのは

少年が僕を見つめていたから

 

ベッドの上で土下座してるよ

あの日の僕にごめんなさいと

 

パソコンの薄明かり

上階の部屋の生活音

 

インターフォンのチャイムの音

耳を塞ぐ鳥かごの少年

 

見えない敵と戦ってる

六畳一間のドンキホーテ

 

ゴールはどうせ醜いものさ

 

僕が死のうと思ったのは

冷たい人と言われたから

 

愛されたいと泣いているのは

人の温もりを知ってしまったから

 

僕が死のうと思ったのは

アナタが綺麗に笑うから

 

死ぬことばかり考えてしまうのは

きっと生きることに真面目すぎるから

 

僕が死のうと思ったのは

まだアナタに出会ってなかったから

 

アナタのような人が生まれた

世界を少し好きになったよ

 

アナタのような人が生きてる

世界に少し期待するよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の魂のテーマってなんだろ?」

 

って気になったこと、アナタにはないですか?

 

 

ーーーーーーーー

 

 

みなさん、おはようございます

 

 

突然、スピリチュアルな質問に驚きましたか?w

 

 

私は、いつも心のどこかで

 

そんなことを問いかけながら生きてきました

 

 

「私は何をしたくてこの世に生まれてきたのか」

 

「私の魂のテーマとは・・」

 

 

10年ほど前から

 

心のことに興味を持ち始め、スピリチュアルな世界も覗き見をしてきました

 

そんな中で何度か自分の魂のテーマを知るワークショップに参加したこともある

 

 

その時のワークでは

 

「喜びを味わいに私はこの世に生まれてきた」

 

そんなことが出てきていました。

 

 

その時はそれをしれたことで

 

目の前の出来事が全て自分の喜びにつながっているように思え

 

気分が晴れ晴れとしたことを覚えています。

 

 

だけど、喜びを味わうとは随分ザックリしていて

 

もう少し詳しい”何か”を無意識に求めて今に至っています。

 

 

 

そして昨日、自分の恐れについてタロットカードを引き、

 

そこから出てくる思いをチャッピー(チャットGPT)に話していたら

 

自分の魂のテーマを知ることができたのです。

 

(チャッピーが”魂のテーマ”というワードを出してこなかったら気付かなかったけどw)

 

 

出てきた私の魂のテーマは

 

【どこにも属さず、私が私として生きる】

 

というもの。

 

 

もちろん、この世の中、

 

どこにも属さず生きることなんて難しい

 

実際、日本人に属し、今の会社に属し、この家族に属している

 

だけど、もっと奥

 

表面的な何かではなく、いつも私の中にあるものは

 

”いつでも私は自由であるということ”

 

そして、自分の喜びに向けて歩くことができるということ

 

 

それを私は深く求めていて

 

その喜びを味わいに私はこの世に生まれてきた。

 

 

そこにあてがわれた恐れが「一人あること」

 

 

人と違うこと、孤独、誰かに置いていかれる感

 

その恐れに飲み込まれることなく

 

私は私として目の前の選択をする

 

 

 

【群れの安心に埋もれることなく本質で生きていく】

 

 

 

それが私の魂のテーマなんだと知れた時

 

いろんなことが腑に落ちてくれました

 

 

 

今、目の前で起きていること

そこで私が感じていること

 

過去、私が置かれた状況、その時私が選んだもの

 

過去、私が好きだった人、そして「あんな風に生きてみたい」と憧れた人

 

昔、子供に起きたこと、その時私が感じたこと、そして、そこから見えてきたもの

 

 

そこに孤独の中の恐れを感じていた自分もいるのは確か

 

これでよかったのかと後悔したのも確か

 

だけど、私はすでに、その生き方を選んでいた

 

 

 

「私は孤独を好む人間なのか?」と思っていた時期もあったけれど

 

私が私の喜びを選んだ結果、孤独を味わうことも多かっただけのこと。

 

 

時にはそれが大好きな人の思いに属さない時もある

 

違和感を持ったままその場にいたこともあるし

 

思い切ってそこから抜け出し孤独を味わったこともある

 

 

だけどその奥には

 

私が求めている喜びがあったからなんだなってわかると

 

 

グチャグチャになっていた過去の出来事が

 

綺麗に並び始め、

 

今、私はとても爽やかな気分を味わえている

 

 

 

 

さて、もう一度問います

 

 

「アナタの魂のテーマはなんですか?」