壁
きっとダメだった。
私は最後まで信じる事ができなかった。
自分も、他人も。
自分には何度も言い聞かせた。
今の自分でいい。
自分を信じて自分のできることをやればいい。
何度も何度も言い聞かせたし
わかったつもりになっていたけど、
私は壁をより濃厚に認識するに至っただけだ。
ダンサーも信じる事ができなかった。
一緒に踊れていなかった。
独りよがり、最低。
これはとても悲しい事だ。
どうして私はいつもこうなんだろう。
私にはやはり振り付けは向いていないのかもしれない。
というか皆で踊るということがそもそも向いてないのか。
向いていないと言ってしまうのも
逃げなんだろうけど。
きっと究極的自己満の世界だった。
身勝手で、傲慢で、痛々しい。
ごめんなさい。
私は心に触れるパフォーマンスを
お客さんに届けたかったけれど、
それはただの自己満足で終わってしまった。
結局自己も満足していない訳だから
救い様が無いのだけれど。
それでも皆は輝いていた。
頑張ってる姿に私は感動したし、
勇気をもらえた。
でもそれは私じゃなかった。
私には伝えられなかった。
伝えるものがなかった。
守りがあまりにも固くて
私は内にあるものを感じる事すらできなくなったし
それを昇華させるなんて到底無理だったのかもしれない。
私は表現者として舞台に立てなかった。
これはとても悲しい事だ。
私はただの仮面をかぶった他人だった。
自分自身で在る事はできなかった。
失格だ。
今日日本は震災から1年の話題で持ち切りだったらしいけど
私は私の事しか考えられなかったし、
私がいかに人に認められるかしか考えていなかった。
邪念が隙間という隙間から入り込んできて
私の感覚を鈍らせ、思考を滞らせる。
私はダンスですら表現出来ないのかと
悲しい気持ちになる。
私はいつまでも偽善的で、表面的で、
防衛壁の内側でしか動かない。
私は最後まで信じる事ができなかった。
自分も、他人も。
自分には何度も言い聞かせた。
今の自分でいい。
自分を信じて自分のできることをやればいい。
何度も何度も言い聞かせたし
わかったつもりになっていたけど、
私は壁をより濃厚に認識するに至っただけだ。
ダンサーも信じる事ができなかった。
一緒に踊れていなかった。
独りよがり、最低。
これはとても悲しい事だ。
どうして私はいつもこうなんだろう。
私にはやはり振り付けは向いていないのかもしれない。
というか皆で踊るということがそもそも向いてないのか。
向いていないと言ってしまうのも
逃げなんだろうけど。
きっと究極的自己満の世界だった。
身勝手で、傲慢で、痛々しい。
ごめんなさい。
私は心に触れるパフォーマンスを
お客さんに届けたかったけれど、
それはただの自己満足で終わってしまった。
結局自己も満足していない訳だから
救い様が無いのだけれど。
それでも皆は輝いていた。
頑張ってる姿に私は感動したし、
勇気をもらえた。
でもそれは私じゃなかった。
私には伝えられなかった。
伝えるものがなかった。
守りがあまりにも固くて
私は内にあるものを感じる事すらできなくなったし
それを昇華させるなんて到底無理だったのかもしれない。
私は表現者として舞台に立てなかった。
これはとても悲しい事だ。
私はただの仮面をかぶった他人だった。
自分自身で在る事はできなかった。
失格だ。
今日日本は震災から1年の話題で持ち切りだったらしいけど
私は私の事しか考えられなかったし、
私がいかに人に認められるかしか考えていなかった。
邪念が隙間という隙間から入り込んできて
私の感覚を鈍らせ、思考を滞らせる。
私はダンスですら表現出来ないのかと
悲しい気持ちになる。
私はいつまでも偽善的で、表面的で、
防衛壁の内側でしか動かない。
舞台にのる事
今日は公演の本番初日だった。
起きた瞬間から嫌な感じがして
その後もずっと不安定で
忘れ物はするし、時間早く勘違いするし、
電車で目の前の人の顔が生理的に受け付けられない顔で
攻撃したくなる衝動を抑えるので必死だった。
小屋についたら人と話したりして
少しは落ち着けた。
でも割と終止ふわふわしてて
感情がよくわからないくらい振り回された。
今日の公演が終わってからは
また嫌な気持ちが優勢になってきて
私なんか実際いなくてもいいし、いない方がいいのかもしれない。
私のせいで公演がだめになってるかもしれない。
私のダンスとか気持ち悪くてみていられないかもしれない。
私の自己満の塊を見せるなんてお客さんに申し訳ない。
そんな考えばかりが頭の中を巡る。
皆は楽しそうだけど
私は本当に楽しいんだろうか。
楽しいふりをしてるだけなんじゃないか。
皆は仲良さそうだけど
私は本当に仲が良いんだろうか。
仲の良いふりをしてるだけなんじゃないか。
楽しくもなくて
仲良くもないなら
私は一体何のためにこんなことをしてるんだろう。
信じられない。
他人も、自分も。
どうせ自分のやる事なんて
大した事がないという
確信だけが揺るがない。
どうせ他人は自分の事なんか
評価しないという
確信だけは揺るがない。
そんな確信はただの逃げだ。
自己防衛だ。
言い訳だ。
弱さだ。
怖い。
人は本当に怖い。
皆私が滑稽である事
気持ち悪い事
なにもできてない事
私に直接言えずに苦笑いしているのかと思うだけで
耐えられない。
私は一体どれだけの言葉を
発しようとして飲み込んだんだろう。
どれだけのメールを
書いては消したんだろう。
どれだけの感情を
感じる前に無かった事にしたんだろう。
私は一体舞台の上で何がしたいんだろう。
人に見られる事ばかり気にして
一体何が楽しいんだろう。
私はこのまま終わって良いのだろうか。
こんなに不安と恐怖に軸を失ったまま
舞台に立ち続けていいのだろうか。
起きた瞬間から嫌な感じがして
その後もずっと不安定で
忘れ物はするし、時間早く勘違いするし、
電車で目の前の人の顔が生理的に受け付けられない顔で
攻撃したくなる衝動を抑えるので必死だった。
小屋についたら人と話したりして
少しは落ち着けた。
でも割と終止ふわふわしてて
感情がよくわからないくらい振り回された。
今日の公演が終わってからは
また嫌な気持ちが優勢になってきて
私なんか実際いなくてもいいし、いない方がいいのかもしれない。
私のせいで公演がだめになってるかもしれない。
私のダンスとか気持ち悪くてみていられないかもしれない。
私の自己満の塊を見せるなんてお客さんに申し訳ない。
そんな考えばかりが頭の中を巡る。
皆は楽しそうだけど
私は本当に楽しいんだろうか。
楽しいふりをしてるだけなんじゃないか。
皆は仲良さそうだけど
私は本当に仲が良いんだろうか。
仲の良いふりをしてるだけなんじゃないか。
楽しくもなくて
仲良くもないなら
私は一体何のためにこんなことをしてるんだろう。
信じられない。
他人も、自分も。
どうせ自分のやる事なんて
大した事がないという
確信だけが揺るがない。
どうせ他人は自分の事なんか
評価しないという
確信だけは揺るがない。
そんな確信はただの逃げだ。
自己防衛だ。
言い訳だ。
弱さだ。
怖い。
人は本当に怖い。
皆私が滑稽である事
気持ち悪い事
なにもできてない事
私に直接言えずに苦笑いしているのかと思うだけで
耐えられない。
私は一体どれだけの言葉を
発しようとして飲み込んだんだろう。
どれだけのメールを
書いては消したんだろう。
どれだけの感情を
感じる前に無かった事にしたんだろう。
私は一体舞台の上で何がしたいんだろう。
人に見られる事ばかり気にして
一体何が楽しいんだろう。
私はこのまま終わって良いのだろうか。
こんなに不安と恐怖に軸を失ったまま
舞台に立ち続けていいのだろうか。
変わるもの変わらないもの
涙が出た。
私がいかに必死で自分を守っているかに
気づいてしまったから。
いかに必死に人に嫌われないように
人を傷つけてしまわないように
必死に取り繕っているかに
気づいてしまったから。
悲しいというか
虚しいというか
可哀想というか
わからないけど
私はやっぱり根本的には変わってなんかいないって
気づいてしまった。
私の全エネルギーは
そういう取り繕いに注がれていく。
そして私は何にも集中出来なくて
自分でも何がしたいのかわからなくなる。
自分の悪い所に気づく度に
私の自己監視は強化されていって
その悪い所がまた出てこないように、
その結果として人に嫌われないように、
入念に自分自身を監視する。
それを私は結果として「人に迷惑をかけなくなった」
として成長の証だと思い込む。
実際に成長しているのかもしれないけど、
結局私はより強化された監視の中で
その監視の目を気にしながら
注意深くその場その場を繕っているに過ぎないんだ。
心の底から変わったのではなくて、
表出部分だけが修正されているだけなんだ。
昔に比べたらきっと大きく成長してる。
同じ様な事で悩んで、
同じ様な瞬間的反応をしているけど、
その反応を自分でなるべく客観的に分析する事は
上手になってきているとは思う。
なにが自分にとって大変なのかをわかっていれば、
なぜ自分がそう思うのか、そう行動するのかを伝えられる。
そうすれば相手にも対応のしようがある。
その点においてはきっと前より成長してる。
でもその反応自体は一生変わらないのかもしれない。
結局私はどうなって生きたいのかわからない。
迷惑をかけない生き方なのか
人に好かれる生き方なのか
表現者としての生き方なのか。
現状をまるっきり変える生き方なのか、
今を受けてその方向性で伸びていく生き方なのか。
まだ私には見えない。
私がいかに必死で自分を守っているかに
気づいてしまったから。
いかに必死に人に嫌われないように
人を傷つけてしまわないように
必死に取り繕っているかに
気づいてしまったから。
悲しいというか
虚しいというか
可哀想というか
わからないけど
私はやっぱり根本的には変わってなんかいないって
気づいてしまった。
私の全エネルギーは
そういう取り繕いに注がれていく。
そして私は何にも集中出来なくて
自分でも何がしたいのかわからなくなる。
自分の悪い所に気づく度に
私の自己監視は強化されていって
その悪い所がまた出てこないように、
その結果として人に嫌われないように、
入念に自分自身を監視する。
それを私は結果として「人に迷惑をかけなくなった」
として成長の証だと思い込む。
実際に成長しているのかもしれないけど、
結局私はより強化された監視の中で
その監視の目を気にしながら
注意深くその場その場を繕っているに過ぎないんだ。
心の底から変わったのではなくて、
表出部分だけが修正されているだけなんだ。
昔に比べたらきっと大きく成長してる。
同じ様な事で悩んで、
同じ様な瞬間的反応をしているけど、
その反応を自分でなるべく客観的に分析する事は
上手になってきているとは思う。
なにが自分にとって大変なのかをわかっていれば、
なぜ自分がそう思うのか、そう行動するのかを伝えられる。
そうすれば相手にも対応のしようがある。
その点においてはきっと前より成長してる。
でもその反応自体は一生変わらないのかもしれない。
結局私はどうなって生きたいのかわからない。
迷惑をかけない生き方なのか
人に好かれる生き方なのか
表現者としての生き方なのか。
現状をまるっきり変える生き方なのか、
今を受けてその方向性で伸びていく生き方なのか。
まだ私には見えない。
いかに自分が
公演の本番が近いということで
半年以上行ってなかった美容院に行った。
鏡を見るのが辛い。
今日もまた私はこの気持ち悪い面を下げて
街を平気で歩いていたのかと思うと
寒気がする。
なんで私はこんな顔で生まれてきてしまったんだろう。
堪え難いし許せない。
全てが間違っている。
そうあるべきではないのに
残念ながら私の顔はそのようになっている。
なにか手違いが起きてしまった。
気持ち悪い。無理。ほんと無理。
なんで皆平気でいられるんだろう。
現実を受け容れられる大人な心の持ち主なんだろうか。
それともただ誤摩化してるのか。
整形したいとは思わない。
むしろそんなことをしたら
私は偽りの自分の顔に一生罪悪感を感じながら
生きていくはめになるだけだ。
でもこんな顔で生きるのも生殺しだ。
もし自分と私を知る全ての人の
記憶を全て抹消して、
整形をしたという事実すら知らずに済むのであれば
きっと私はとうに整形してるだろう。
鏡をみると現実に驚かされる。
ダンスでも同じだ。
動画を見ると私はもう理想と現実のギャップに
言葉もでなくなって逃げ出したくなる。
ただ気持ち悪い動きをしている人間にしか見えなくなる。
それを平気で人様の目にさらしていた自分が
心底許せなくなる。
なに自信あり気に着飾っちゃってんの。
なに人前で堂々と踊っちゃってんの。
身の程を知れ。
現実を見ろ。
NHKで震災のドキュメンタリーとかやってて
更に気分が落ち込んだ。
なぜかはわからないけど嫌な気分だ。
人に対して発する言葉も
全部トゲトゲしてしまって
私はそれを検閲に何度も何度もかけて
私の腹黒さが相手に伝わってしまわないか
熱心にチェックする。
自分のことしか考えていない。
自己中とはまさに私のことだ。
私が生き残れれば
私が嫌われなければ
私が守られていれば
他人の事なんてどうでもいい。
これまでにも
幾度となく同じテーマについて書いてきた。
いかに自分が気持ち悪いか
いかに自分が腹黒いか
いかに自分が自己中か。
いい加減にしなよ。
いい加減に学べよ。
いい加減飽きたよ。
こういうエントリーをすることによって
余計に自分の気持ち悪さが際立って
残念極まりない。
まだそんなこと言ってるんだー
そういうことネット上で書いちゃうんだー
誰かに構って欲しくて書いちゃうんでしょー
だって仮にも人目に触れる場所に書いてるんだからー
自意識過剰なかまってちゃん。
被害妄想と自己防衛に忙しいのね。
ほんとに気持ち悪いよ。
ちゃんと自覚して。
半年以上行ってなかった美容院に行った。
鏡を見るのが辛い。
今日もまた私はこの気持ち悪い面を下げて
街を平気で歩いていたのかと思うと
寒気がする。
なんで私はこんな顔で生まれてきてしまったんだろう。
堪え難いし許せない。
全てが間違っている。
そうあるべきではないのに
残念ながら私の顔はそのようになっている。
なにか手違いが起きてしまった。
気持ち悪い。無理。ほんと無理。
なんで皆平気でいられるんだろう。
現実を受け容れられる大人な心の持ち主なんだろうか。
それともただ誤摩化してるのか。
整形したいとは思わない。
むしろそんなことをしたら
私は偽りの自分の顔に一生罪悪感を感じながら
生きていくはめになるだけだ。
でもこんな顔で生きるのも生殺しだ。
もし自分と私を知る全ての人の
記憶を全て抹消して、
整形をしたという事実すら知らずに済むのであれば
きっと私はとうに整形してるだろう。
鏡をみると現実に驚かされる。
ダンスでも同じだ。
動画を見ると私はもう理想と現実のギャップに
言葉もでなくなって逃げ出したくなる。
ただ気持ち悪い動きをしている人間にしか見えなくなる。
それを平気で人様の目にさらしていた自分が
心底許せなくなる。
なに自信あり気に着飾っちゃってんの。
なに人前で堂々と踊っちゃってんの。
身の程を知れ。
現実を見ろ。
NHKで震災のドキュメンタリーとかやってて
更に気分が落ち込んだ。
なぜかはわからないけど嫌な気分だ。
人に対して発する言葉も
全部トゲトゲしてしまって
私はそれを検閲に何度も何度もかけて
私の腹黒さが相手に伝わってしまわないか
熱心にチェックする。
自分のことしか考えていない。
自己中とはまさに私のことだ。
私が生き残れれば
私が嫌われなければ
私が守られていれば
他人の事なんてどうでもいい。
これまでにも
幾度となく同じテーマについて書いてきた。
いかに自分が気持ち悪いか
いかに自分が腹黒いか
いかに自分が自己中か。
いい加減にしなよ。
いい加減に学べよ。
いい加減飽きたよ。
こういうエントリーをすることによって
余計に自分の気持ち悪さが際立って
残念極まりない。
まだそんなこと言ってるんだー
そういうことネット上で書いちゃうんだー
誰かに構って欲しくて書いちゃうんでしょー
だって仮にも人目に触れる場所に書いてるんだからー
自意識過剰なかまってちゃん。
被害妄想と自己防衛に忙しいのね。
ほんとに気持ち悪いよ。
ちゃんと自覚して。
成る在る
私は別に何かになりたい訳じゃない。
ダンサーになりたいとか
教師になりたいとか
人を助けられる人になりたいとか
愛される人になりたいとか。
そういうのはどうしても違う。
どれになったとしても
それはやはり私の破片でしかなくて
私じゃない。
私は何にもなりたくなんてない。
私はただひたすら私自身で在りたい。
私は自分にしか興味がないみたいだ。
芸能人とか、アーティストとか、
周囲の人々とか、
ダンスのスキルとか、教員採用試験とか
そういう私をとりまいているものですら
興味がわかない。
どれも必死に興味を湧かせる努力をしなければ
注意して見ることができない。
自分に直接関係あるもの。
自分が本当に尊敬出来るもの。
それはとても限られていて
なかなか興味の範囲が広がらない。
本当にダンスが好きなら
好きなジャンルのダンサーを良く知ってたり
色んなレッスン受けてみたり
色んなダンス動画とか漁ったり
自主練とか頑張ったり
するのかもしれないけど、
私はそういうものに全く興味がわかなくて
結局私は何事にも本気になれないのかと失望する。
別にそういう風にしていればダンス好き認定されるとかじゃないけど
取り組む姿勢の問題として、
私には必死さとか、湧き出るようなモチベーションがない。
私は世界の99.9%を受け流して生きている。
残りの0.1%に嫌になるほど執着をしながら。
でもその0.1%ですら私は極めることができない。
なんだって途中で投げ出してしまうんだ。
言い訳をして、安全圏にとどまろうとする。
現代人の典型的な性質なのだろうか。
そして私には何も残らない。
ただ漠然とした劣等感と罪悪感と不安感だけが蔓延して。
私は私が何をしたいのかわからない。
私は私で在りたいのに、
私が私で在るということが、
一体どういうことなのかわからない。
なぜ執着するのか、
なぜ興味がわかないのか、
なぜ投げ出してしまうのか、
私はどこに向かいたいのか。
思春期が終わらない。
12歳の頃から
私の考えていることは
それほど変わっていないように思える。
それが私であるのかもしれないけれど、
それを私が望んでいるのか、
それを私が私として認めることができるのか、
それに私の主体性はあるのか、
私にはやはりわからない。
ダンサーになりたいとか
教師になりたいとか
人を助けられる人になりたいとか
愛される人になりたいとか。
そういうのはどうしても違う。
どれになったとしても
それはやはり私の破片でしかなくて
私じゃない。
私は何にもなりたくなんてない。
私はただひたすら私自身で在りたい。
私は自分にしか興味がないみたいだ。
芸能人とか、アーティストとか、
周囲の人々とか、
ダンスのスキルとか、教員採用試験とか
そういう私をとりまいているものですら
興味がわかない。
どれも必死に興味を湧かせる努力をしなければ
注意して見ることができない。
自分に直接関係あるもの。
自分が本当に尊敬出来るもの。
それはとても限られていて
なかなか興味の範囲が広がらない。
本当にダンスが好きなら
好きなジャンルのダンサーを良く知ってたり
色んなレッスン受けてみたり
色んなダンス動画とか漁ったり
自主練とか頑張ったり
するのかもしれないけど、
私はそういうものに全く興味がわかなくて
結局私は何事にも本気になれないのかと失望する。
別にそういう風にしていればダンス好き認定されるとかじゃないけど
取り組む姿勢の問題として、
私には必死さとか、湧き出るようなモチベーションがない。
私は世界の99.9%を受け流して生きている。
残りの0.1%に嫌になるほど執着をしながら。
でもその0.1%ですら私は極めることができない。
なんだって途中で投げ出してしまうんだ。
言い訳をして、安全圏にとどまろうとする。
現代人の典型的な性質なのだろうか。
そして私には何も残らない。
ただ漠然とした劣等感と罪悪感と不安感だけが蔓延して。
私は私が何をしたいのかわからない。
私は私で在りたいのに、
私が私で在るということが、
一体どういうことなのかわからない。
なぜ執着するのか、
なぜ興味がわかないのか、
なぜ投げ出してしまうのか、
私はどこに向かいたいのか。
思春期が終わらない。
12歳の頃から
私の考えていることは
それほど変わっていないように思える。
それが私であるのかもしれないけれど、
それを私が望んでいるのか、
それを私が私として認めることができるのか、
それに私の主体性はあるのか、
私にはやはりわからない。