立場
おばあちゃん家で遊びに来ているちびっ子たちと戯れています。
数年前までは家中駆け回ったりして遊んでいたのが
今年はDSやらお絵かきやらに変わっていて
子供たちの成長を感じながら、自分の体力が温存できることに感謝・・・笑
昔は自分が大人たちに遊んでもらったり
お小遣いもらったり、お菓子買ってもらってた立場だったのに
今や自分が大人側にいるのが信じられない。
いやー子供ってほんと頭おかしい。笑
きっと私も意味不明なこととか連発してたんだろうなー
周りの大人がいかに大変だったかを今になって思い知ります。
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あと前回の日記を書いた後しばらく考えていたけれど
「自分が合わせようとしてみるのもいいじゃん」
って話だったけど
それはそれで自分が今やっていることに自信が無いという事実から
目をそらそうとしているだけなのかなーとかも考えた。
自分の綺麗目ジャズが受け入れてもらえないから
その悔しさとか、寂しさとかを無視して
妥協してるだけなのかなーとか。
自分を守るためには
やっぱり自分から進んで環境に合わせたほうが傷つかないし
結果的に適応は促進される。
まぁ自信が無いくらいなら
多少妥協してみるのもいいのかもしれないけどね。
今の自分にそんな強い信念が無いなら
迷いに迷って自分の道を探すしかないし・・・。
なんとなく、前回の日記は自分に多少無理にでも
言い聞かせてる感がした気がしたのでメモしておこう。
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明日の夜には家に戻るから子供たちとも明日が最後!
体力がもちますよーに!
期待と個性
今夜は移動で忙しくなりそうだから早めに書いてしまおう~
とりあえず暑すぎてどうにかしそうだーーーー
ジャズダンスって一言にいっても色んなタイプがある。
限りなくジャズヒップホップに近いストリートよりのものから
モダンやバレエよりの綺麗目ジャズ等
私は元々バレエ出身ということもあって
綺麗目のジャズのほうが得意ではある。
でもバレエに飽きていた私はストリートダンスを始めてからは
綺麗目なジャズは避ける傾向にあって
ジャズヒップホップやガールズヒップホップを中心に
ストリートよりのダンスを踊っていた。
あとはコンテンポラリーとか、型にはまらないジャンル。
さすがにヒップホップとかブレイクは体系的にも似合わないため断念・・・笑
でもいかにもなジャズは最初の数年間は一度も踊らなかった。
最近になってストリートも大分味わって
綺麗目ジャズにも手を出し始めた。
やっぱり体にもしっくりくるし、慣れてるだけあって踊り易い。
あー私はやはりこっち系の人間なのかなーと思い始めていたけれど
また最近よくわからなくなってきた。
私は結局「楽」なほうに「向いてる」と思いたいだけなのかなーとか。
今自分が出来ることが向いてると思えばそれ以上大して努力しなくてもすむし。
結局自分の限界を自分で定めて
ここまで出来たんだからOKでしょって自分を甘やかしてる。
ちょっと挑戦して出来なかったら「向いてなかったから仕方ない」で済ませる。
別にいつもいつも挑戦していなきゃいけないなんて思わない。
人は年がら年中走り続けるわけにも行かないし
そんなずっと体力や精神力がもつわけもない。
休むのも、安心できる場所をもつことも大切。
そういう時間や空間があるからこそ前に進める。
でも人間ってどこかで「ここまで」っていう線を引いてしまう。
その方が安全だし、楽だし、体力も温存できる。
でもそればかりだとせっかく温存された体力も使い道が限られてくる。
きっと色んな可能性秘めているのに自分で諦めちゃう。
もしかしたら私もブレイクで頭でぐるぐる回っちゃう日がくるかも。
それはさすがに望んでいないけれど。笑
だから綺麗目ジャズが私に向いてるって思うのはちょっと保留。
確かに好きではあるんだとは思う。
長く続けてるし、やっぱり動きや体の使い方がしっくりくる。
でも最近ずっとそれを「向いてる」とか「自分のすべきこと」と思ってきたけど
それを人に教えるときは押し付けないようにしなきゃなって思う。
私はこのジャンルが好きだけど、皆はそうじゃないかも。
私には帰ってこれる安全地帯が綺麗目ジャズなだけ。
それがあるだけで私はもっと飛び出していける気がする。
じゃあもう少し皆が踊りたくなるような、とっつき易い
もう少しストリートよりのジャズに自分が挑戦してもいいかもしれない。
人の期待に応えることと
自分の個性を守ること。
相反しているようで意外とそうでもない。
全てはガチガチに決まってるわけじゃない。
環境のなかで人の期待に触れながらも貫けるもの
それが本当の自分の個性かなーとか思ったりもした。
わかんないけど。
でも難しいんだけどね!!
私なんだかんだでやっぱりストリートの基礎大してないし!!汗
とりあえず自分のテイストとストリートの中間くらいのところから手をつけようか。
えむふろのprismのイントロが好きすぎるー。
からこれで振り作ってみようかな。
とりあえずストリートっぽいことできそうな曲から探し中・・・!
教える事
んー今日は自分の担当した基礎練(ジャズ)。
やっぱりなーなんか向いてないのだろか。
こんな弱気で教師目指してるとか・・・汗
ダンスを教えるのが向いてないのか、教えること自体が向いてないのか。
単に経験不足だからまた改良に改良を重ねればいいのかもしれないけど。
来週もう一度担当するのに
一体何をどこから改善したらいいのかなぁ。
前回の反省点から、もっと教え方を学ぼうと思って
スクールとかで数人の違った先生のジャズを受けて
色々と分析して自分なりに統合したつもりだったけれど
まだまだ準備不足だったかなぁ。
わからないいいいい。
そもそも教える云々の前に、リーダーシップがないのか。
よく自分は教えるより、パフォームする方が向いてるんじゃないかとも思う。
ただこの考えは自分が「今出来ないもの」からの逃げだとも思っているのだけど。
きっと本当に教えることに情熱があって
そのために努力したらどんどん上達するんだろう。
未来の「出来るもの」にしていけるんだろう。
明日からおばあちゃん家に3日間行くのでゆっくり悩もうか・・・。
ふあー。
蓋
人間って自分に都合の悪い感情だったりとか
表現すべきでないと判断された感情だったりとか
今は向き合っている場合じゃない感情ってものには
無意識のうちに蓋をして
何か代わりの感情で塗りつぶしたり
真っ白に塗りつぶしてしまったりする。
それは生きるうえで必要な術で
そういうことが出来なかったら人は生きていくのが難しい。
嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あああああああああああああああああ
表現したい表現したい表現したい
伝えたい伝えたい伝えたい
蓋が錆びて開かなくなってしまう前に
伝えられたらいい。
メンテナンスも忘れずにね。
ときどき蓋を開けて覗いてみたり。
ちょっとだけ噛み締めてみたり。
忘れてないよーって伝えたり。
そうしてるとまた蓋をするのがとても辛くなるのだけれどね。
よし、基礎練の振り考えよう。
晩婚化とか少子化とか対人関係とか
昨晩は久しぶりにサークルの同期の友達と再会して夜通し語った。
なんか安心するなー。
集まって早々皆で無言でNHKのニュースひたすら見てたり
どうでもいいバラエティーにどうでもいいつっこみをしたり。
○○しなきゃいけないとかそういう縛りがない。
数名が徐々に脱落していったけれど
結局5時くらいまで語り明かしました笑
近況報告から、おなじみの恋愛の話、そしてついには結婚の話。
もう結婚の話がリアリティーを帯び始める年齢なんだなぁと実感。
一人は婚約していて、来年結婚式を挙げるらしい。
世の中は晩婚化が進んでいるというのに
身近には早々に結婚っていう人生の大きな決断を下した人もいるのかー
と思うとなんだか不思議な気持になる。
結婚ってやっぱり恋愛だけじゃなくて色々な覚悟が必要になる。
人はやっぱり「寂しい」といったような感情を抜きにしたら
一人で生きていたほうが楽。
自分のやり方にも干渉されなくてすむし
他人に自分を合わせなければいけない状況も少なくて済む。
自分で稼いだお金は自分だけのために使えるし
パートナーや子供もいなければ責任も自分の身だけに関して負えばいい。
楽しいかどうかは別として、「楽」ではある。
現代は女性も広く社会に進出していて
男性並みに、もしくは男性以上にバリバリ働いているのがあたりまえ。
経済的にも厳しい社会背景で結婚できない人も増えてる。
結婚しても、子供がいなかったり
子供が出来ても、すぐに職場復帰しなければいけなかったり
子供を納得のいく環境下で育てられる人はかなり減ってきてる。
なんかなー。
あまりにも社会がストレスフルすぎて
私生活での対人関係に労力を使えなくなってきたのかな。
結果として面倒な人間関係を切り捨てて
安心できる自分だけの空間を欲する。
適度に寂しさを紛らわせる恋人がいるのはいいけど
結婚や子供となるとちょっと負担やリスクが大きすぎる・・・
なんて人が増えてきても全く不思議じゃない。
私も一時期はひきこもり状態だったし
友達といっても少ないうえに表面的だったし
人間関係ほど面倒なものはなかった。
誰も傷つけずに、誰にも傷つけられずに生きれたらどれだけいいだろう。
本気でそう思ったし、
そんな中でも少しでも仲の良い人とのコミュニケーションで
些細な幸せが感じられれば十分だと思っていた。
でもやっぱり私は一人で生きていくのは嫌だな。
面倒だし、痛いし、傷つけて傷つくし、難しいし、なかなか上手く行かないけど
それでもやっぱり人と一緒に生きたいと願う。
そしてそう願える私はとても恵まれているんだろうなと同時に思う。
そういうリスクを負ってでも一緒にいたいと思える人達に出会えたこと。
きっとそう簡単なことじゃない。
今も出会えずに少し前までの私のように考えている人も山ほどいるんだろう。
どっちが幸せかなんて比べることは出来ないし
誰にも決めることは出来ないけれど
私は人と一緒にいることに幸せを見出せた事はラッキーだったかもって思う。
だってどうしても私は一人では生きていけないから。