もう使わなくなった電子レンジがある、ということで

課長が給湯室に寄付してくれることになった日。

 

それを軽々と(ではないかもしれないけれど)肩に乗せて

運んできた姿を見て、驚いてしまいました。

 

なにって、男性の力に。

課長はおじさんだし、まあそこらへんの青年に比べたら

さすがに力も衰えてきてるはず(知らんけど)

 

それでもあんなに軽々と見えるくらいに

25キロのオーブンレンジを運べるんだ?

 

あのね。結婚していた頃レンジを買って

それが配送で家の玄関に届いて、箱を空けて

中身を、たった90センチくらいの高さのチェストに持ち上げるのに

 

当時、小学生の上の子と持ち上げるのに奮闘したのです。

 

配偶者が請け負わなかった理由は覚えていません。

そもそも、わたしがわたし以外の誰かがやるという発想に

ならなかったのだろうと思います。うん、過去を踏まえて、きっとそう。

だから、だれが悪いとかではなくて。

 

あんなに力がちがうんだ、男性と女性は。

 

え、そんなに力あったの?

えー、知らないんだけどーーーーーーという衝撃。

 

え、じゃあ思いモノ運ぶの

男性にもう少し気軽に手伝ってもらってもいいんですか?

 

 

 

社会復帰して5年とちょっと(だと思う)

 

離婚届を出した翌月のあの夏、クソみたいなクソ田舎の

行政で社会復帰してから、いっこにこさんこと職替えして

というか場所替えもして今日まで、無職期間なくずっと

働いている自分はえらいと心の中で自画自賛しつつ

 

ひとと関わりながら、知らなかった世界を見ています。

 

好きになった課長のことは、もう好きではありません。

すると途端にフランクに話せるようになる不思議

+結婚時代にほとんど男性と接触が無かったことから

単に取り戻したというか慣れたというか。

 

話逸れましたが彼は同性が好きな方なんだろうなたぶん

という感じでまるっと受け入れたその後、会話をしたら

気が合うという感じは全くしない方でした。うん。残念。

 

さらにそういった話ならば、職場のおじいさま(孫がいるのでね)@独身の方に

興味を持たれていることを感じますが、面倒です。

若い同僚が「湧く」のが何より面倒です。

 

わたしは世代が違うというだけではない

違う人種というものに改めて戸惑っています。

 

それは育ってきた環境と、その後の生きざま

何を見て何に触れて何を考えて何をして何をしなかったのか

価値観と興味とその他のあれこれあれこれ

否定ではなくだけど肯定でもなく

 

単純に素直に驚きと眩しさと困惑

巻き込まれてはいけない(自分が、ね)という注意信号

 

悪い人ではないのだけれど、同じ次元では生きていない

それを如実に感じるなんだこれなんだこれーーーー

てかこんなひとおるん?

 

息切れします。自分を失う。自分的良くない方に。

そして思うのです、わたし完全に本調子やん、て。

 

自分のあかんやつがきちんと分かって、そこしんどいなって

睡眠とれなくなったり朝から溜息でたり

それが職場が原因だなんて!立派に生活してるやん、て

 

必要以上に老いを感じ受け入れています。

 

もはや何の話?なんですがww

土足で踏み込んでぐるんぐるんにされて辟易してる

そんな毎日を元気に生きているっていう、

 

 

 

 

 

びっくりです、3日くらいまえから

え、5周年じゃね?って、ときどき思いついていました。

そして今日も、あ、5周年!って気付いたのですよ。

 

でね、わたし最近OASIS聴けるようになったんです。

あのころ何年も流れてる<聴かされてるって状態だったので

音楽だけでなく歌詞までも聞こえレベルで知ってしまっていたもの

たぶんほぼ全曲、何年もずっと、ライブにも行ったなそういえば

 

だからあちらの車に乗ることをやめてからは

まったく聴く気もなく、聴こえるものも避けていた

そんなOASIS、何気に流れてきたdon't look back in anger 

しみじみ懐かしく感じて。

その瞬間、克服したなー終わったなーって思いました。

 

振り返ると(離婚ブログなので敢えて振り返ります)

離婚する?となったとき、痩せていくとかそういったものと同じくらい

わかりやすく音楽がきこえなくなりました。

耳には届いているのだけれど、ただの音になったというか。

 

それまでは自分の中にある音感とか、子どもたちのやる音楽を

一緒に楽しんでものすごーく関わっていたというのに

子どもたちの弾くピアノも、聴こえなくなってしまったんですよ。

音楽で心がぴくりともしないという。

 

で、数年して、たぶんここでも触れていたタイミングで聞こえだして

今です。

今年のディズニーオンクラシック何年かぶりにチケットとりました。

ギター始めました。

下の子とイオンの楽器屋さんで、アップライトピアノ(店員さんの許可を得て)

弾かせてもらって、カワイはこの曲だよねヤマハの音はこの曲かななんて

楽しませてもらって、次の楽譜はこれじゃない?とか話して

 

からの、OASIS。

なんやんオアシスなつかしー

あのころ楽しかったな、大阪湾岸走ったなーって笑顔がでた。

 

天才ギャラガー兄弟の歌詞を、改めてきちんと見たりして

あー天才なんだなーと曲巡りしたりして

たぶん、聞き直しすることであのころの景色とか出来事を

痛みなくただ懐かしく、もう思い出せるのだと思います。

 

5年かかったのだなという感想。

わたしの離婚はわたしにとって大きなつまずきで傷で

今だから分かるし認めるけど、あれ鬱だよね、あの仕事できなすぎなわたし

忌々しかっただろうね周囲(にしてもヤバいひとたちだったな)

 

そしてね、5年の月日を経て

すっかりすっかりすっかり、誰かに期待するとか何かに熱くなるとか

信頼するとか共有したいとか

まったくもってなくなってしまった、復活しない

これがたぶん代償?後遺症?失ってしまったモノ。

 

とりとめのない文章で、とりあえず5年たって

けっこう元気に生きてるよというブログです。

 

 

離婚理由や元配偶者への愚痴なんかを

そこいらで気軽に話すことはしたくないと思っています。

うーん、親しくなったとしても

職場のひとにはこの先もしないかもしれません。

 

離婚してるってことは事実なのでさらりと話しているし

だれかの夫婦話がタブーってことも全くないし

結婚時代の話もフツーに笑い話としてするけれども

 

離婚話をネタ化するみたいに、相手についても

ディスったりしたくないと思っています。

 

なので、まあ、職場で世間話的に離婚した経緯など

話すことはないわけなのですが。

 

離婚経験のある女性のひとりははっきりと相手の不貞と話し

ある男性のひとりははっきり言わないまでもその口調から

そのひとの不倫だと推測できるし

 

ただそれもわたしと話していたというのではなく

休憩の輪の中でそれなりのボリュームで話していたことで

分かってしまったことなのですが

 

うーん、そこでうちもうちも!ってノリで話さないわたしが

なんか守りすぎなのかもしれませんね、離婚は克服してるのにね、

 

 

でね。そんな前提があったからなのかな

元気な新人女子がある日、筋肉番付の男性と年上女性の離婚報道に

『不倫ですよ不倫、不倫以外でわざわざ離婚はしないでしょう?』

 

 

って、言い切ったのを聞いて

少し考えています、それからずっと心に引っかかって。

 

わたしがいる輪の中で言ったってことはわたしの離婚理由も

どうせ不倫でしょってことで、いや正解だけれども

わたしの目の前で言ったというそのことについても

 

なんだかざわざわして、ずいぶん時間が過ぎた今も

ふと思い出して、その心は?と考えてしまいます。

 

そうか、新しい誰かがいなければ

敢えて離婚を選ぶなんてことはしないのかもしれない

それは健全な考え方で大多数で

ぐうの音も出ないね。

 

ですよね?とか軽く問われたら

関係上わたしはどう答えただろう。答えるだろう。

そんなことも考えてしまっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

職場のバイトくん、婚活に勤しんでいる30代目前男子。

もっぱら手段はアプリのようで、そういう時代なんだな

と理解しつつ、どこか不思議な気持ちで見てしまうのは

 

考え方とか価値観とか、もしかしたら見ているものとか

 

いろいろもろもろが、たぶん、同じ20代のうちの上の子とか

10代だけれども個の意志を持ったうちの下の子とかと

合致しないから、なのでしょう。

 

それはどちらがいいとか悪いとかいうことではなくて

そんなふうに捉えるんだ、と初めて知る感覚?

 

こちらにきて社会人に戻って触れる多様な事柄の多さに

改めて世界は広かったのだと気付くのですよ。ただの日常会話で。

 

でね、わたしはアプリ登録していないし

そもそも出会いとかだれかと深く関わるとかもう興味なくて

だけれど、そう至っているわたしの軌跡なぞ若者に話すつもりはなくて

だから、踏み込んでくるなとやんわり全力で拒否っていることに

 

気付かないのか気付かない振りなのか

カンナさんいけますよ!とか最後ちょっとマウント気味なことに

 

20代ってだけで50代シングルを上から評価するんじゃねえのよ

とか思っちゃったわけです。

 

あらわたしめっちゃ健康に生きてますね。

でも、期待とか希望とか熱量は平たいです。

ただ日々を穏やかに過ごしたい。

この穏かさのまま、ぷつっと切れてしまえれば。

 

 

 

 

 

 

 

わたしと元夫が出会うきっかけになった友人?から

コロナ以前ぶりに着信があって、気付いてはいたけれど

電話に出ることはできませんでした。

 

そのあとLINEで着た要件については

すでにあの町を出ているわたしには応じられないもので

応じられない理由に離婚を伝えるのか迷った挙句

伝える方を選びました。

 

電話で離婚の話をすることを想像したら

動悸がしたので、LINEで。

 

高校生の頃の元夫を知っているひと。

わたしたちが出会った瞬間にいたひと。

結婚や出産を祝ってくれたひと。

 

なんででしょうね、もう過去になった離婚なのに

彼女の目に映っていた若かった自分たちを想ったら

少しツライ気持ちになり、苦しくなってしまったけれど

 

さらっと伝えたそれに過剰に踏み込むことなく

わたしの知っている彼女のままで応対してくれたことに

感謝したいような気持ちにもなりました。

 

20年近く暮らしたあの町にも

建てた家にも

関わったひとにも

なんの未練もないのはまったく変わらなくて

なんの後悔もなくて、やり残しもなくて

 

ふたりの子どもを得ることができたあの町での

20年とは別の人生?なんかもとくに想像する気もなくて

 

想うのは、若かったよねということ

ずいぶん時間が経って、

ずいぶん歳をとったなということ

 

今をシアワセと感じていることはシアワセなこと

 

なのに若かった自分はもういないことに

黄昏る、というね、変な日でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんか悲しくなったよね、と

下の子どもが見せてくれた画像。

 

父親が、その姉の娘、息子を撮った画像。

今は〇〇で働いています、という言葉と共に

送られてきたのだ、と。

 

は?知らんがな。

(思いきり顔が歪む)

 

もう成人した元義理の姪っ子と

いくつか覚えていないけど十代後半の元義理の甥っ子

片手ほどしか会ったことのないふたり。

 

(ふたりには何の罪もないけれど)

そんな人間の近況?え近況て。

昔のことも知らんのになんで近況?

 

笑顔も浮かべていないし、不自然な姉弟の距離から

撮られて嬉しくないモノだったのでは?と推測

 

〇〇に居るとか〇〇の仕事してるとか

どーでもいーっちゅうねん。

 

なんなんこれ。

なんのため。

なぜに?

 

冒頭のセリフ、姪や甥と父親が過ごしたという事実に

下の子が打ちのめされて悲しくなったと想像したあなた。

 

ちがいます。

 

これをへらへらと送ってきた父親のうっすい人間性に

哀しくなるほど呆れたのだそうです。

 

合掌するから成仏しろ。

離婚後、弁護士に相談したとき

もう先を見てるのに、なんでこだわるん?

というようなことを問われ

 

恨み?と疑問形で答えたけれど

恨んでるのとは違うな、とずっと思っていました。

 

地位とか名誉とかプライドとか

そういうカッコいいものとも違う、とずっと思っていました。

 

 

 

このたび3年越しで、ピースが嵌った感覚です。

 

 

 

 

 

 

 

離婚はおすすめしないよ、と言いました。

 

わたしはたぶん、やっぱり、結婚という言葉や形に

シアワセをイメージしていて

家族や家庭が、結婚の中にあって

それらがひとを形成するひとつの要素になることを

疑わないからです。

 

だけどじゃあ、子どもたちが大きくなって

己を以て生きるようになり、暮らしの形が変わったら。

 

夫婦ふたりになったとき

信頼や期待が皆無で、嫌悪や不安しか持てなかったら。

 

 

学生時代からの友人の、のっぴきならないあれこれ

軸が自分に戻る今、身体が動くうち、能力が枯渇しないうち。

 

飛ぶのもアリなのではないでしょうか、と

考えるようになってきたのは

 

今のわたしが不幸ではなく、

穏かな気持ちで生きているからかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

4月から新しい職場に移り、一通りのことを覚えて

新しい課題に向け勉強を始める時間も持てるようになってきました。

 

そんな独身3年目は有意義と言っていいかもしれない。

下の子どもは、わたしとは完全に別人格で

信じられないずぼらさんだけれど、それはそれで

 

こうして毎日一緒にご飯を食べておしゃべりして

時にはお出かけして、疲弊したとしても

 

それなりの日々を過ごせているのではないかと思います。

うん。

離婚してよかったのだと思わざるを得ません。

 

 

やっぱり、あの町の出身でないわたしにとって

あの町の閉鎖感は異様だったと感じます。

 

元夫と出会って、過ごした独身時代。

大阪にいた彼は、容姿も言動も土地に馴染んで

価値観については掴みどころなく、語らないひとだったけれど

スマートに適応していた。ように見えたし、実際そうだったのでしょう。

 

ということは。

地元に戻れば元通り、秒でしっくりするのも当然というか

だって、これという軸も意思もないわけで。

 

だいたいの人間がそんなもんだとして

 

わたしが、わたし自身を見誤って

ドのつく田舎を見くびっていたのでしょう。

 

 

田舎町でのことは、子どもに絡んだことだけ

思い出すような感じです。

自分自身が田舎町に居たこと?いたっけ?というくらい

何もない、ひとり、ただ子どもを育て子どもの生活を支え(金銭以外)

子どものためだけにあった、ということで

 

結婚していたことは、夢だったのかもしれない

という独身3年目です。