「私、赤羽警察で犯罪の係りをしています○本と申します。」
「現在キャッシュカードの詐欺事件が多発しております。
通帳、キャッシュカードは絶対に渡さないようにお願いします」
警察って一軒一軒の個人の家に電話かけて
こんな注意をしてくれるの
本当に警察の人だったのかしら
今日は久しぶりの自分の為に使えるお休みの日でした。
昨年8月からひきずっている膝の治療の為
柴又にある整体院匡正堂に
やっとやっと行ってこられました。
そこは地元でも有名な由緒ある整体院で、
次から次と訪れる人の途切れることもなく、治療室の中は
「治してもらいたい」という患者さんと
「治さんでどうする」みたいな施術家たちの想いが
ヴァ~~ンと渦巻いているような真剣勝負の場で、
初めての時は圧倒されて姿勢を正したくらいです。
で、今日は施術の後、マイミクでもあるTORA先生が
以前から約束して下さっていた テーピングをして下さいました。
帰りまでにテーピングをした足としてないほうの違いがわかるようにと
敢えて右足
だけにテーピングしながら、やり方を教えてくださって
帰りに早速薬局でキネシオテープを購入し、
本屋でDVDつきのテーピングの本も購入しました。
直ぐに残ったほうの足に自分でテーピングしてみたけれど
今のこの感じ、もしかしたらすごく良いかも
・・・
経過を観察してみます。
また、興味と楽しみが増えました。
柴又という街も良いですね。
今日は雨が降っていたけれど、時間調整であちこち歩いて
5本指の靴下でとても種類がいっぱいあるお店があったので
主人と自分と友達用にと買っちゃいました。
それから綿100%の真っ赤な腹巻。
赤は元気のでる色です。
私自身が気功のお陰で元気でいられるという実感もあり、
「具合が悪い」「体調が良くない」「痛い!」なんていっている人がいると
すぐに「気功をやればよいのに・・・」と思ってしまいます。
そんな話をしたら、クラスの仲間も同じらしく
「続けたら絶対元気になれると思うのだけれど、
やたらに誘うとなんだか宗教の勧誘みたいって思ってしまって」
と言っていました
私たちは「宗教」なんていわれると危険なイメージのものもあり、
引いてしまうし、気功と宗教を関連づけられることに
とても過剰反応してしまったりするのですが
それを聞かれた私たちの気功の先生はさらりと
「あるものを信じれば、それはなんでも
信仰と言えてしまうから、宗教みたいなものでしょ。」と
おっしゃいました。
特に医療に関しては、信じなければ治らないという事が言え
「○○すればきっと治る」という気持が大切であるというのです。
砂糖水であっても「これを飲めば治る
」と信じて飲み
効果があればそれがその人にとって「最高の薬」であり、
それが「奇跡の砂糖水」ってなことになって
「○○を信じればすべて良くなる」と傾倒して崇める。
そのように考えると何でも「○○教」となってしまうと言う訳です。
また私も含めて、犬や猫をこよなく愛し「この子達が生きがい」
「この子![]()
達が居るから幸せで元気でいられる」なんて人たちは
さしずめ「ワンニャン![]()
教」ですね![]()
「気功」もまだまだ一般には正しく知られてはおらず、
「宗教と違うの?」とか目に見えないことから「ちょっと怪しげ」
と見る人もいて、私が気功を始めて数ヶ月で8キロ痩せた時は
「変なものに取り付かれないようにした方がいいわヨ」
なんて言う見当違いの忠告をした人もいたものです![]()
気功は東洋医学の陰陽五行論に基づき
自分の中にある「生命力」とか「自然治癒力」を信じて
錬功によって、それらを引き出し「命のエネルギー」を高めていくものです。
そして本当の健康とは身体だけでなく心も伴うという観点から
精神や心の中や魂をも磨きを高めていくのです。
だから私にとって、単なる習い事であるだけでなく
生き方そのものであり、一生の関わりがあると思っています。
死ぬまで心身病むことなく自分を磨きつづけ、
この世での自分のお役目を果たしていければ良いです。
「80歳過ぎてもはつらつ元気で目が輝いている」
そんな方達の事を
師が「健康エリート」という言葉で表現されていましたが
この言葉すごく気に入ってしまいました。
気功にかかわらず何でも自分の為になる「○○教」を信じた生き方で
最期まで「健康エリート」でいられたら最高なのではないかと思います。