私自身が気功のお陰で元気でいられるという実感もあり、
「具合が悪い」「体調が良くない」「痛い!」なんていっている人がいると
すぐに「気功をやればよいのに・・・」と思ってしまいます。
そんな話をしたら、クラスの仲間も同じらしく
「続けたら絶対元気になれると思うのだけれど、
やたらに誘うとなんだか宗教の勧誘みたいって思ってしまって」
と言っていました
私たちは「宗教」なんていわれると危険なイメージのものもあり、
引いてしまうし、気功と宗教を関連づけられることに
とても過剰反応してしまったりするのですが
それを聞かれた私たちの気功の先生はさらりと
「あるものを信じれば、それはなんでも
信仰と言えてしまうから、宗教みたいなものでしょ。」と
おっしゃいました。
特に医療に関しては、信じなければ治らないという事が言え
「○○すればきっと治る」という気持が大切であるというのです。
砂糖水であっても「これを飲めば治る
」と信じて飲み
効果があればそれがその人にとって「最高の薬」であり、
それが「奇跡の砂糖水」ってなことになって
「○○を信じればすべて良くなる」と傾倒して崇める。
そのように考えると何でも「○○教」となってしまうと言う訳です。
また私も含めて、犬や猫をこよなく愛し「この子達が生きがい」
「この子![]()
達が居るから幸せで元気でいられる」なんて人たちは
さしずめ「ワンニャン![]()
教」ですね![]()
「気功」もまだまだ一般には正しく知られてはおらず、
「宗教と違うの?」とか目に見えないことから「ちょっと怪しげ」
と見る人もいて、私が気功を始めて数ヶ月で8キロ痩せた時は
「変なものに取り付かれないようにした方がいいわヨ」
なんて言う見当違いの忠告をした人もいたものです![]()
気功は東洋医学の陰陽五行論に基づき
自分の中にある「生命力」とか「自然治癒力」を信じて
錬功によって、それらを引き出し「命のエネルギー」を高めていくものです。
そして本当の健康とは身体だけでなく心も伴うという観点から
精神や心の中や魂をも磨きを高めていくのです。
だから私にとって、単なる習い事であるだけでなく
生き方そのものであり、一生の関わりがあると思っています。
死ぬまで心身病むことなく自分を磨きつづけ、
この世での自分のお役目を果たしていければ良いです。
「80歳過ぎてもはつらつ元気で目が輝いている」
そんな方達の事を
師が「健康エリート」という言葉で表現されていましたが
この言葉すごく気に入ってしまいました。
気功にかかわらず何でも自分の為になる「○○教」を信じた生き方で
最期まで「健康エリート」でいられたら最高なのではないかと思います。