五十路は人生半ばなり -35ページ目

五十路は人生半ばなり

2014年7月に好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(アレルギー性肉芽腫性血管炎、チャーグ・ストラウス症候群)という難病を発症。
退院後4カ月でプレドニンの処方も0mgになり、現在はほぼ健康人と同じ生活。あたふたと再起のための仕事の準備を進めている。

白血球の数値が異常に高く脱水状態にもなっていたことから緊急入院となり、着の身着のままで病室のベッドをあてがわれた私に、妻は文句ひとつ言うでもなく入院に必要な身の回りのものなどをテキパキと揃えてくれた。一見無表情で愛想の無い妻だが、こういうときはヒシヒシと気持ちが感じられて嬉しい。しかし、この病院で過ごすことになるこれからの一週間は決して楽なものではなかった。

ひとつには診療科が私の希望していた一般内科ではなく、消化器内科であったこと。自分が受け持つ診療科目以外のことに、思いの外疎い医師というのがいるのだなと実感することになった。もう一つは病院の方針なのだろう、原因が解るまで治療は行わないと宣告されたことだ。原因が特定される前に推測で治療を行って、もしそれが駄目だった時には次善の策が失われてしまう・・という理屈は解らないでもない。しかし痛さ・苦しさにさらされている患者にとって、原因の特定が一向にはかどらなければこれは地獄でしかない。実際のところ、この病院での一週間の入院生活中は食事を抜いて点滴で栄養補給と脱水症状の改善が行われただけで、治療行為は一切行われなかった。

毎日のように複数の検査が行われ、翌日になると担当医が「白血球が下がらない」「検査結果は異常なし」を言い渡しに来る。「こいつ無能じゃないか」と私に疑念を抱かせるに充分な状態だ。こちらは毎日のように症状が悪化して腹部の痛みは体を真っすぐに延ばせないほど強くなっているし、筋力の衰えも見過せないようになってきた。入院当初は自力で歩いていたものが、点滴台に掴まらないと歩けないようになり、すぐに車イスでなければ移動できないほどになった。足だけでなく腰や腹筋、背筋なども急速に衰え始めていたからだ。医師にそのことは何度も伝え、自分としては筋力の低下が非常に気になるのだと言っても「わかりました」と言うだけで、相変わらず胃腸の検査ばかりをやっている。最後の検査として大腸内視鏡が行われることになり、医師はこれで何か見付かると確信していたようだ。しかし結果はいつもと同じ「異常なし」だった。

消化器科の主任医師だと思うが、その担当医が言うには「来週からもっと精密な消化器検査を行います」・・ちょっと待てよと、私でなくとも考えるだろう。これだけ検査をして原因が特定できなければ、消化器以外に原因が存在すると・・つまり消化器にはこの病気の原因がないと考えるのが普通ではないか。それをさらに消化器の検査を続けて、しかも治療は行わない・・それは嫌だし納得できない。幸いにして親身に相談に乗ってくれる看護士さんがいたので、私が考えていることを彼女に話し、できればもう少し視野が広い医師に診察して欲しいという希望を伝えた。その看護士が仲間の看護士さんたちにも相談して医師に希望を伝えてくれたお陰で、私はその病院の一般内科の責任者の診察を受けることができることになった。もちろん消化器科の担当医の心中は穏やかでなかったろうが、こちらは体がかかっているのだ。

一般内科の検査では血液検査と問診・触診という簡単な検査のみですぐに「消化器科の病気じゃないな」という判断が告げられた。「もしかすると珍しい病気かも知れません」とも言われた。しかし「私たちは寄生虫が原因ではないかと考えています」その検査を来週から行いたいと言う。その結果が解るまで治療は行わないと・・やはり病院の方針ということなのだろう。その医師は決して無能な感じでも嫌な感じでもなかったが、これまで一週間もの間なんの治療も行われず検査ばかりの毎日で、また来週から検査のやり直しかと考えると、これはかなり辛いものがあった。しばし考えた末に私は、また最初から検査をするならその前に、今までの検査の結果を他の病院でも診てもらって、可能なら転院したいということを申し出た。その申し出は思っていたよりあっさりと受け入れられ、おかげで私は隣町にある国立病院の検査を受けられることになった。

他の医師に診察してもらいたいということも、他の病院で診てもらいたいということも、ある意味わがままだろうと思う。しかしその決断をしなければ・・もし我慢して言いなりになっていたらと思うと怖い。必要な時に必要な行動が自然にできる程度には人生経験が役立っていたなあと、つくづく思った。
ちょっと重大な疾病にかかってみると、医療機関の良し悪しが顕著になる。私が最初に受診したのは近場の個人医院で、胃腸内科を看板に掲げているところだった。本当はこれもまた近場の総合病院を受診しようとしたのだが、待てど暮せど一向に順番が回ってこず・・普段なら気楽に待っただろうと思えるものの、重苦しい腹部の痛みを我慢しながらのことだったので短気を起こして診察をキャンセルしてしまったのだ。それで手近なと言っては失礼だが・・いや失礼ということはないか(後のことを考えれば)個人医院を受診することになった。その時の症状はとにかく腹部が痛く、食事がまともに摂れない、加えて脚の筋力が急速に低下し始めていて歩行も徐々に困難になりつつあるというものだった。前駆的症状としてはお酒を飲んだり果物を食べたりすると、胸から肩、腕にかけて非常に気持ちが悪い痛みのようなコリのような症状が出るというものがあった。医師にこれらのことを説明すると「胃カメラを撮りましょう」と、実にあっさりと答えてくれた。そうか、何か胃に原因があっての症状だということなのかと納得してしまった私は、まだ医師というものを信じている世間知らずな人間だった。

取り敢えず処方してもらった胃の痛みを抑える薬というのが全く効かず、それでも胃カメラで原因が判明することだけを期待して後日また胃腸内科の診療所を訪れた。胃カメラ自体は少々我慢すれば良い程度のものだったが、思うようなものが見付からないためか、やたら時間を掛けてグリグリやられたため少し気分が悪くなった。結果としては「なにもありません」と・・こちらが何も言わず承諾もしていないのに、先に訪れてキャンセルした総合病院の耳鼻科宛の紹介状を渡された。喉に出っ張りがあるので、それのせいかも知れない。」「胃腸内科の領域じゃないので耳鼻科で診てもらうように」とのことだった。しかしこれはどう考えたって耳鼻科の病気じゃないということくらいは、素人の私にも解った。

それでも何もできない医師に相談したところで始まらないから、総合病院を受診する気持ちを固めて、その足で総合病院の受付を訪れた。もちろん耳鼻科の紹介状などは出さない。受付で一般内科の受診を希望すると状態を聞かれ「腹部に痛みがあること」と「足の筋力が急速に落ちてきていること」を伝えた。すると受付の女性いわく「お腹が痛いなら消化器内科ですね」・・いや、足の筋肉が落ちてきているのも非常に気になるのですが・・「でも今の症状はお腹が痛いんですよね?」と埒が明かない。そりゃお腹は痛いけれど足の筋力が落ちていることも事実なのだ。どうして足の方は無視してしまうのだろうかと。かなり何度も説明をして粘ったが、どうにも覆す気がなさそうな相手に、こちらが折れて消化器内科の受診を承諾してしまった。あとで医師の言葉から知ったことだが、普通は病気は1つなので異なる症状をいくつも訴えられると混乱するのだそうだ。受付の女性はそれを事務的に1つに絞ろうとしたわけで、私にとってはそれが少しばかりマイナスに働くことになった。

採血と検尿を済ませて消化器内科の診察室に入ると、いきなり年配の医師から叱責調の言葉が飛んだ。「いつからこうだったの!」実のところ腹部に痛みを感じるようになってから2ヶ月ほどは経っていた。「白血球がこんな異常な数値なんて通常は有り得ない」「死んじゃうよ」とまで言われ、即時入院が言い渡された。「通院じゃ・・」と言いかける私に「駄目だね!」ときっぱり。まあこの医師の厳しい態度が私に入院を決意させたのだから、その部分に関しては良かったのだろうと思う。しかし本来かかるべき診療科と違ったことで、それから不安で少々辛い1週間の入院生活を送ることになる。毎日手を変え品を替えて色々な検査が行われるものの、翌日の往診の時間になると担当医が渋い顔で「検査の結果は異常なし」「白血球の値が下がらない」と言い渡しに来る。だからどうしろと言うのだ・・白血球の値が下がるような治療など一切していないじゃないかと不満は高まるものの、そのときは医師に楯突いても得なことはないと、ひたすら我慢していた。
ムーンフェイスなど、プレドニン投与による副作用は良く知られている。外来の通院治療を受けるようになって担当医の先生は会うたびに「ちょっと顔が丸くなりましたかね」などと言うが、一般に言われるムーンフェイスとは程遠く、私は「太っただけだと思いますよ」と答えている。なにしろ普段58kgだった体重が、2週間で15kgも落ちて43kgになっていたのだ。身長170cmで43kgは、骨と皮。入院中の私は極端にガリガリだったのだ。それが今は56kgまでに戻っている。入院中しか見ていなかった担当医からすれば「丸くなった」と思われるのも無理はないだろう。

入院中は減り続ける体重が不安の種だった。プレドニンが功を奏して体調は改善してきたものの体重は増えるどころか、毎日減り続けた。ひとつには病院の食事がリハビリなどで消耗するエネルギーをまかない切れていないという原因が考えられ、医師や看護士さんに事あるごとに食事量を増やしてもらえないか打診を続けていた。それでようやく増やしてもらえたと思ったら「ごはん5gの増量」って・・病院食の壁の厚さを思い知らされた形だ。ご飯が増量されたことを知った看護士さんから「良かったですね」と笑顔で言われると、どうにもまあ「良かったのかな」と微妙な気持ちではあった。

看護士さんといえば、今回の入院では看護師という職業を大いに見直すことになった。妻が看護師だということもあって、その反発があるのだろう「看護師なんて医師の手伝いをしているだけ」のような偉そうな悪口雑言を口にしたこともあるが・・ごめんなさい。看護士さんって本当に人間の大事な部分を司る、大切な職業だということを実感しました。と素直に言えるほど、見直した。医師の指示によって医療の介助をするという部分はもちろんあるのだが、それは最低限のことで患者の心のケアに実に重きを置いて仕事をしているのだということが、長い入院生活をすることで初めて感じ取れたのだ。ある種、神々しいような思いにも捕らわれて、白衣の天使とは良く言ったものだなあと一人感心したりもした。

その白衣の天使たちと私たち入院患者が何を話しているかというと、これがまた型にはまったようにウンコ、おしっこのことばかりなのだ。私が入院していた病室は4人部屋だったが、全員が決まったように看護士さんとウンコ、おしっこで話し込んでいる。同じ病室の患者が全員プレドニンなどのステロイドの投与を受けていることが理由のひとつで、患者にとってステロイドの副作用である便秘やむくみは深刻な問題なのだ。特にむくみが出始めた患者は尿が出なくなるので、毎日の尿の出や量は看護士さんにとっても重要な関心事のようだ。「便は出てますか?」うら若く美しき看護婦さんから問われて「おかげさまで快調です」などと答えて微笑み合う図は、病室内でなければ滑稽にも見えるだろう。

私は幸いにも病室内で最も大量にプレドニン投与を受けていたにも関わらず、副作用には悩まされなかった。他の患者さん達はほとんどが副作用で苦しんでいたようで、何日にもわたって尿が出なかった患者さんには特別な治療が施されたりしていた。副作用で辛い思いをしていた患者さんの大部分(全員を詳しく知っているわけではないので)は糖尿病の傾向があり、副作用が出なかった私は糖尿病の傾向がなかったことも、何かしら関係しているのかも知れない。4人部屋の同室者など、たかが3人と思われるかもしれないが、長期入院の私以外の患者さん達は入れ替わりが激しいので、のべ10数人は患者さん達と同室で過ごしてきたことになる。さほど侮れたデータでもないだろう。