複数の症状が医師を混乱させる | 五十路は人生半ばなり

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2014年7月に好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(アレルギー性肉芽腫性血管炎、チャーグ・ストラウス症候群)という難病を発症。
退院後4カ月でプレドニンの処方も0mgになり、現在はほぼ健康人と同じ生活。あたふたと再起のための仕事の準備を進めている。

ちょっと重大な疾病にかかってみると、医療機関の良し悪しが顕著になる。私が最初に受診したのは近場の個人医院で、胃腸内科を看板に掲げているところだった。本当はこれもまた近場の総合病院を受診しようとしたのだが、待てど暮せど一向に順番が回ってこず・・普段なら気楽に待っただろうと思えるものの、重苦しい腹部の痛みを我慢しながらのことだったので短気を起こして診察をキャンセルしてしまったのだ。それで手近なと言っては失礼だが・・いや失礼ということはないか(後のことを考えれば)個人医院を受診することになった。その時の症状はとにかく腹部が痛く、食事がまともに摂れない、加えて脚の筋力が急速に低下し始めていて歩行も徐々に困難になりつつあるというものだった。前駆的症状としてはお酒を飲んだり果物を食べたりすると、胸から肩、腕にかけて非常に気持ちが悪い痛みのようなコリのような症状が出るというものがあった。医師にこれらのことを説明すると「胃カメラを撮りましょう」と、実にあっさりと答えてくれた。そうか、何か胃に原因があっての症状だということなのかと納得してしまった私は、まだ医師というものを信じている世間知らずな人間だった。

取り敢えず処方してもらった胃の痛みを抑える薬というのが全く効かず、それでも胃カメラで原因が判明することだけを期待して後日また胃腸内科の診療所を訪れた。胃カメラ自体は少々我慢すれば良い程度のものだったが、思うようなものが見付からないためか、やたら時間を掛けてグリグリやられたため少し気分が悪くなった。結果としては「なにもありません」と・・こちらが何も言わず承諾もしていないのに、先に訪れてキャンセルした総合病院の耳鼻科宛の紹介状を渡された。喉に出っ張りがあるので、それのせいかも知れない。」「胃腸内科の領域じゃないので耳鼻科で診てもらうように」とのことだった。しかしこれはどう考えたって耳鼻科の病気じゃないということくらいは、素人の私にも解った。

それでも何もできない医師に相談したところで始まらないから、総合病院を受診する気持ちを固めて、その足で総合病院の受付を訪れた。もちろん耳鼻科の紹介状などは出さない。受付で一般内科の受診を希望すると状態を聞かれ「腹部に痛みがあること」と「足の筋力が急速に落ちてきていること」を伝えた。すると受付の女性いわく「お腹が痛いなら消化器内科ですね」・・いや、足の筋肉が落ちてきているのも非常に気になるのですが・・「でも今の症状はお腹が痛いんですよね?」と埒が明かない。そりゃお腹は痛いけれど足の筋力が落ちていることも事実なのだ。どうして足の方は無視してしまうのだろうかと。かなり何度も説明をして粘ったが、どうにも覆す気がなさそうな相手に、こちらが折れて消化器内科の受診を承諾してしまった。あとで医師の言葉から知ったことだが、普通は病気は1つなので異なる症状をいくつも訴えられると混乱するのだそうだ。受付の女性はそれを事務的に1つに絞ろうとしたわけで、私にとってはそれが少しばかりマイナスに働くことになった。

採血と検尿を済ませて消化器内科の診察室に入ると、いきなり年配の医師から叱責調の言葉が飛んだ。「いつからこうだったの!」実のところ腹部に痛みを感じるようになってから2ヶ月ほどは経っていた。「白血球がこんな異常な数値なんて通常は有り得ない」「死んじゃうよ」とまで言われ、即時入院が言い渡された。「通院じゃ・・」と言いかける私に「駄目だね!」ときっぱり。まあこの医師の厳しい態度が私に入院を決意させたのだから、その部分に関しては良かったのだろうと思う。しかし本来かかるべき診療科と違ったことで、それから不安で少々辛い1週間の入院生活を送ることになる。毎日手を変え品を替えて色々な検査が行われるものの、翌日の往診の時間になると担当医が渋い顔で「検査の結果は異常なし」「白血球の値が下がらない」と言い渡しに来る。だからどうしろと言うのだ・・白血球の値が下がるような治療など一切していないじゃないかと不満は高まるものの、そのときは医師に楯突いても得なことはないと、ひたすら我慢していた。