プレドニンの処方がゼロになってから初めての外来診察。血液検査の結果は、好酸球が12%。プレドニンを2.5mg服用していた時の好酸球値が4%だったので、無根拠に単純に「5%くらいかな」と考えていたので、予想をかなり上回る数値だった。さて・・と医師の顔色をうかがうと、「普通の人が4%から5%くらいなので、12%というのは結構高めです。アレルギー体質ということだと思います」と意外にサラリと説明してくれた。好酸球値が上ったからといって病気が再燃したかというと、そういうことではないらしい。病気がピークだった時の白血球数は2万を超えていた。その2万に対しての好酸球の割合が50%だったわけだから、好酸球数はとんでもないことになる。今は白血球が増えていないので、12%といっても好酸球の数は「1,000に満たない」とのこと。特に何がしかの対処が必要ということではないようだ。ただし「また一気に増えたりすると怖いので、2ヶ月後にまた診せてください」ということで診察を終わった。なかなか解放してくれない病気であることは確かなようだ。
考えてみればこの好酸球性多発血管炎性肉芽腫症などという病気になるまで好酸球という言葉さえ知らなかったし、もちろん血液検査で調べたこともなかったから、自分が今までどういう状態で生活していたのかを知らない。ずっと好酸球10越えくらいの感じで生きてきたのかも知れないし、通常の数値だったのかも知れない。後からではどうにも調べようがないことだ。だから医師の方でも「プレドニンの処方がなくなったら好酸球が12%になった」「白血球数は増えていない」「特に気になる症状は発現していない」などのことから、簡単に言えば「この人の体質なのだろう」ということになったのではないだろうか。
むしろ医師が気にしていたのは血中コレステロールの数値だった。プレドニンの投与中はコレステロールが増えやすくなるらしいのだが、プレドニンの投与が無くなってもコレステロール値が下がっていない。これもまた私の体質と思われるということで、今すぐにということではないけれど、なるべく健康診断などは受けるようにしてくださいということだ。生活習慣病の予備軍だということだろう。食事制限をすることになると、自分だけ特別メニューにするようかな・・とか、いや妻も息子も一緒でも大丈夫かななど、診察中に献立が頭の中を駆け回る。
明日はまた眼科の検診だ。先月からプレドニンが無くなっているので副作用の心配がないから「眼科は受けなくて大丈夫ですか」と医師に聞いたところ、明日の検診は受けた方が良いということだ。それで問題なければ、プレドニンもなくなっているので検査も最後になるでしょうとのこと。キャンセルしようと考えていたのだが、こう言われたら行くしかない。別に検査は面倒ではないのだが、散瞳の点眼がなかなかに厄介だ。検査の時より、検査が終わってからの方が薬の効果が出てくるようで、目の前が真っ白になって見えなくなる。光が強過ぎて景色が白く飛んでしまったような状態だから、歩いたりバスに乗ったりが危ないことになる。横断歩道の信号を確認するのも困難だ。だからと言って病院でボーッと待っているわけにもいかないし・・・難しいところだ。たまにはタクシーで帰ろうかな。
昨年の医療費の合計が 387,113円。これには子供や妻が支払った医療費も含まれているが、妻は歯科治療が1回だけだし、子供の医療費は1回につき100円、200円という感じなので、ほとんどが私に掛かった医療費と考えて良いだろう。この内、補助金などで補填された金額が 105,140円。差し引き、医療費の個人負担金額は 281,973円ということになる。病気になると簡単に30万円からのお金が飛んでしまう。入院保障の付いた保険に入っておけば良かったなどと思っても、後の祭り。宝くじと同じだ。
好酸球性多発血管炎性肉芽腫症などという病気になって、最終的には国立病院の優秀な医師チームの的確な治療で症状の改善を得たが、今回お世話になった3つの病院からは大いに学ぶことがあった。
最初に私が行った病院は、近くの個人病院。内科と胃腸科を専門にしている。とにかくお腹が痛くて仕方なかったのだ。そこでは簡単な問診をした後で、胃カメラを撮ることになった。数日後にまた訪れて胃カメラを飲むも、胃には特に異常なし。こちらが頼みも了承もしていないのに、地元の総合病院への(なぜか耳鼻科の)紹介状を作って、受診するように言われた。要するに解らないのだ。ただ胃カメラ1回1万円なりが稼げれば良いのではないかと、勘ぐりたくもなるというものだ。
次に地元総合病院では、私の一般内科を受診したいという希望を押さえつけて消化器内科の受診を了承させられるという一幕があった。お腹が痛いなら消化器内科ということだが、足の筋肉が萎縮し始めているのが気になるという私の訴えが無視された形だ。正直かなり粘りはしたのだが埒が明かず、とにかく早く受診して楽になりたい一心で承諾してしまったのだ。もしもう少し粘って、頑として一般内科での受信を実現していたら違うことになっていたと思うが、素人ゆえにそこまで頑張れるだけの知識的な根拠も確信もないのだから仕方がない。
その総合病院では病気の原因を確定させてから治療を行うという方針だったため、消化器科の検査では原因が解らない私の病気では全く治療が行われず、1週間の間ただ栄養点滴と消化器の検査だけで日々が費やされてしまった。転院することになったのは、危険を感じた私自身の強い要望によるものだった。今でも「あのままだったら」と思うと、ぞっとすることがある。
国立病院では驚くほど短時間に手際よく、複数の医師や技術者がチームを組んで検査に当たり、入院当日にはもう治療方針が確定していた。病院によってこうも違うものかと、正直びっくりしたし感動さえした。最初に行った個人医院は金もうけしか眼中にない全くのヤブだし、次に行った総合病院の消化器科の主任医師も消化器以外の症状には全く目を向けようとしない半端な医師だった。
病気は命にかかわることがある。しかし医者が全てその自覚を持って、責任を持った医療を行ってくれるかといえば、そうとは言い切れないだろう。一部の医者にとって、患者は金づるでしかない。できるだけ多くの患者を抱え込めば、医師の懐は潤う。実際に治療を受けていて「もう来なくていいですよ」と医師から言われることは少なく、大概は自分から「もう良いだろう」と判断して行かなくなった。医者は儲かる職業だが、なぜ儲かるようになっているのか、その意味を考えて自覚を持って仕事に当たって欲しいものだと思う。
好酸球性多発血管炎性肉芽腫症などという病気になって、最終的には国立病院の優秀な医師チームの的確な治療で症状の改善を得たが、今回お世話になった3つの病院からは大いに学ぶことがあった。
最初に私が行った病院は、近くの個人病院。内科と胃腸科を専門にしている。とにかくお腹が痛くて仕方なかったのだ。そこでは簡単な問診をした後で、胃カメラを撮ることになった。数日後にまた訪れて胃カメラを飲むも、胃には特に異常なし。こちらが頼みも了承もしていないのに、地元の総合病院への(なぜか耳鼻科の)紹介状を作って、受診するように言われた。要するに解らないのだ。ただ胃カメラ1回1万円なりが稼げれば良いのではないかと、勘ぐりたくもなるというものだ。
次に地元総合病院では、私の一般内科を受診したいという希望を押さえつけて消化器内科の受診を了承させられるという一幕があった。お腹が痛いなら消化器内科ということだが、足の筋肉が萎縮し始めているのが気になるという私の訴えが無視された形だ。正直かなり粘りはしたのだが埒が明かず、とにかく早く受診して楽になりたい一心で承諾してしまったのだ。もしもう少し粘って、頑として一般内科での受信を実現していたら違うことになっていたと思うが、素人ゆえにそこまで頑張れるだけの知識的な根拠も確信もないのだから仕方がない。
その総合病院では病気の原因を確定させてから治療を行うという方針だったため、消化器科の検査では原因が解らない私の病気では全く治療が行われず、1週間の間ただ栄養点滴と消化器の検査だけで日々が費やされてしまった。転院することになったのは、危険を感じた私自身の強い要望によるものだった。今でも「あのままだったら」と思うと、ぞっとすることがある。
国立病院では驚くほど短時間に手際よく、複数の医師や技術者がチームを組んで検査に当たり、入院当日にはもう治療方針が確定していた。病院によってこうも違うものかと、正直びっくりしたし感動さえした。最初に行った個人医院は金もうけしか眼中にない全くのヤブだし、次に行った総合病院の消化器科の主任医師も消化器以外の症状には全く目を向けようとしない半端な医師だった。
病気は命にかかわることがある。しかし医者が全てその自覚を持って、責任を持った医療を行ってくれるかといえば、そうとは言い切れないだろう。一部の医者にとって、患者は金づるでしかない。できるだけ多くの患者を抱え込めば、医師の懐は潤う。実際に治療を受けていて「もう来なくていいですよ」と医師から言われることは少なく、大概は自分から「もう良いだろう」と判断して行かなくなった。医者は儲かる職業だが、なぜ儲かるようになっているのか、その意味を考えて自覚を持って仕事に当たって欲しいものだと思う。
カーテンというものが嫌いで家中の窓にはブラインドが掛かっているのだが、頼りなげに見えるブラインドでも防寒効果はそこそこあるようで、ブラインドのつまみを捻って外が見通せるようにすると寒気も一緒に室内に侵入してくる。カーテンが嫌いと言うと語弊があるが、つまりは管理が面倒なのだ。カーテンは埃や匂いを吸いやすいので定期的に洗濯しないと、部屋がみすぼらしい感じになる。掃除機をかけるたびにカーテンから埃が舞うのも、気分的に面白くない。その点ブラインドは掃除が楽だし(煙草を吸わない家庭なら)、価格も安いから買い替えるのも容易だ。開けるか閉めるかのゼロか1かの選択でなく、色々な使い方ができるのもブラインドの利点だと思う。こと、室内から外は見えるが外から室内は見えないという使い方においては、ブラインドに勝るものはないだろう(だからブラインドという名前なのだが)。
確定申告も終わり、後は税還付を待つばかり。昨年は私の入院もあって医療費に随分お金が掛かったように思っていたが、高額医療などで補填されたものも多かったので、還付金もそれほどの金額にはならなかった。高額医療費の補助では、こちらが勘違いしていて申請しなかったものまで先方で調べて補助金を交付してくれたので、とても助かった。好酸球性多発血管炎性肉芽腫症は昨年でも東京都では指定難病になっていたが、実際に医療券が交付されて本人負担が軽減されるのは病名が確定した後、東京都に申請書を送った日以降が対象だ。つまり入院して全ての検査が行われて、結果が出るまでの入院費用と検査に掛かった費用は対象にならない。実際はこれが最もお金が掛かるので、それ以降は大した負担ではなくなるのだ。
私の場合は最初に入院した病院の検査費、入院費の自己負担金が1週間で約10万円。転院した国立病院での最初の1週間が約10万円。次の1ヶ月間の入院費と検査料などが高額医療費の対象で約8万円という具合だった。全ての検査の結果が出たのが退院間近の頃になってしまったので(筋生検の結果が出るのに時間が掛かったらしい)、それから指定難病の補助金申請を急いで行ったが、それまでに掛かった約30万円は補助の対象にはならなかった。ただし初期に2つの病院で支払った10万円と10万円については同じ月に掛かっていたため、後に高額医療費補助の対象ということで約10万円が返還された。
現在では私は病状としては軽症に該当するので難病の補助金対象にはならなそうだが、東京都で申請が認可されていたために3年間は猶予期間として補助が適用される。つまり今また同じ病気が再燃して入院することになると、そのほとんどの費用が補填されることになるわけだが、いくら負担が軽いからといって入院はもうこりごりだ。神経や血管など内科系の病気の入院患者には年寄りが多い。長く入院していた私は入れ替わり立ち替わる何人もの入院患者を見てきたが、何というか・・・しつけの悪い年寄りが多い。ハッキリ言って年寄りであることを差引いたとしても、それ以前に人間としてちょっと問題があるんじゃないのかなと思ってしまうような人が多かった。反面教師という言葉があるが、ああいう年寄にはなりたくないなと・・・。
確定申告も終わり、後は税還付を待つばかり。昨年は私の入院もあって医療費に随分お金が掛かったように思っていたが、高額医療などで補填されたものも多かったので、還付金もそれほどの金額にはならなかった。高額医療費の補助では、こちらが勘違いしていて申請しなかったものまで先方で調べて補助金を交付してくれたので、とても助かった。好酸球性多発血管炎性肉芽腫症は昨年でも東京都では指定難病になっていたが、実際に医療券が交付されて本人負担が軽減されるのは病名が確定した後、東京都に申請書を送った日以降が対象だ。つまり入院して全ての検査が行われて、結果が出るまでの入院費用と検査に掛かった費用は対象にならない。実際はこれが最もお金が掛かるので、それ以降は大した負担ではなくなるのだ。
私の場合は最初に入院した病院の検査費、入院費の自己負担金が1週間で約10万円。転院した国立病院での最初の1週間が約10万円。次の1ヶ月間の入院費と検査料などが高額医療費の対象で約8万円という具合だった。全ての検査の結果が出たのが退院間近の頃になってしまったので(筋生検の結果が出るのに時間が掛かったらしい)、それから指定難病の補助金申請を急いで行ったが、それまでに掛かった約30万円は補助の対象にはならなかった。ただし初期に2つの病院で支払った10万円と10万円については同じ月に掛かっていたため、後に高額医療費補助の対象ということで約10万円が返還された。
現在では私は病状としては軽症に該当するので難病の補助金対象にはならなそうだが、東京都で申請が認可されていたために3年間は猶予期間として補助が適用される。つまり今また同じ病気が再燃して入院することになると、そのほとんどの費用が補填されることになるわけだが、いくら負担が軽いからといって入院はもうこりごりだ。神経や血管など内科系の病気の入院患者には年寄りが多い。長く入院していた私は入れ替わり立ち替わる何人もの入院患者を見てきたが、何というか・・・しつけの悪い年寄りが多い。ハッキリ言って年寄りであることを差引いたとしても、それ以前に人間としてちょっと問題があるんじゃないのかなと思ってしまうような人が多かった。反面教師という言葉があるが、ああいう年寄にはなりたくないなと・・・。