吉備津彦と温羅 | 知っとうや(真実を求めて?!)

知っとうや(真実を求めて?!)

⚡2900年続いた人類中心文明は、近い将来、五六七(弥勒)時代となり、本来あるべき姿に戻ります。それまでは産みの苦しみが続きますが、見事に成就して欲しいものです。⚡

桃太郎は、フィクションだと思われていますが、実在していたようです。

 

ただし、桃太郎は一人の人物を指すのではなく、熊襲を討伐するための役職の一つだったようで、古代から数世紀に渡って存在していたようです。

 

桃太郎の伝説が、全国の複数箇所に残っているのはこのためです。

<WIKI:桃太郎ゆかりの地>

 

その中でも、もっと有名なのは岡山(吉備)の桃太郎ですよね。桃太郎と言えばきびだんご、というような関係になっています。

 

吉備の桃太郎は、吉備津彦命のことです。6年前に次のような記事を書いていました。

<桃太郎と吉備津彦>

 

吉備津彦命は、第7代孝霊天皇(BC290~BC215)の皇子となっているで、実在したのは今から2200年以上前、紀元前3世紀後半の人物です。

 

おそらく、この吉備津彦が初代桃太郎だと考えられます。

 

その後、数世紀に渡って、桃太郎(吉備津彦)が世襲していたようです。

 

逆に、前掲の記事に登場する温羅(うら)は鬼とされていますが、実は温羅が5世紀前半に活躍した桃太郎である吉備津彦命だったのです。温羅は、初代桃太郎(吉備津彦)から600年以上後に出現した桃太郎だったのです。

 

温羅の正式名は、武振熊命(たけふるくまのみこと)です。

 

しかし、武振熊命は、実は朝鮮半島の百済の出身です。歴史書からは消されていますが、百済第13代近肖古王(~375年)の第二王子です。

<桃太郎伝説>

 

韓国時代劇ドラマに「近肖古王(クンチョワゴン)」がありますが、近肖古王の第二王子としてプ・ヨグスが登場します。このプ・ヨグスが成長して、後に倭国(日本)に渡り、桃太郎になったのです。

<近肖古王>

 

温羅(うら)とは、古代の百済では「ウォンラ」と発音するようで、王様のことを表す言葉だったようです。百済王子であるプ・ヨグスが、日本に招かれてやって来たので、当時の日本では敬意をこめて温羅と呼ばれていたものが、次第変化して「うら」になったようです。

 

当時の日本は倭国と呼ばれていましたが、倭国全体を揺るがした大乱及び地殻変動で疲弊していて、復興を目指して大和朝廷が建国されて間もない時期だったようです。

 

従って、朝鮮半島、特に百済の文化を輸入して、倭国の再統一を目指していた時期のようです。このことは、韓国時代劇ドラマ「近肖古王」の後半にも部分的描かれており、神功皇后の前身である女性「チング姫」も登場します。

 

大和朝廷が、わざわざ百済から温羅を呼び寄せたのは、当時の政敵である鬼(熊襲:実際に鬼のように人間離れしていたようだ)を駆逐するためだったようで、力があると評判のプ・ヨグス(温羅)に助けを求め招聘したのでしょう。

 

来日した温羅は、桃太郎(吉備津彦)に就任し、すぐさま鬼(熊襲)を平定したようです。その結果、大和朝廷は次第に安定したようです。

 

そして、温羅は、桃太郎のポストを後輩に譲り、自らは大和朝廷の中枢の職に就いたようです。それが武振熊命なのです。

 

しかしながら、熊襲はいつの時代もあきらめません。叩いても叩いても、再び姿かたちを変えて復活します。

 

次第に勢力を伸ばし、なんと温羅の後を継いだ桃太郎を懐柔し、ウォークインしてコントロールしてしまったのです。

 

そして、吉備国一帯を再度乗っ取り、拠点を設けたのです。その拠点が鬼城山にある鬼ノ城(キノジョウ)だったのです。

 

<鬼ノ城>

 

鬼の城②

 

鬼の城③

 

再び台頭して来た鬼を退治するために、温羅こと武振熊命が桃太郎(吉備津彦)として再登板し、鬼とウォークインされ鬼の手先になってしまった前職の桃太郎を討ちにいったのです。

 

その痕跡が残っているのが、同じ岡山市にある矢喰神社と倉敷市にある鯉喰神社です。

 

矢喰神社には、吉備津彦と温羅(実際には鬼)が戦った際、落ちた矢が巨岩に刺ささり、その巨岩を二つに割ったという伝承の巨石が残っています。

<矢喰神社>

 

矢喰神社①

 

矢喰神社②

 

 

また、鯉喰神社には、温羅(実際には鬼)を退治に行った吉備津彦が、鯉に変身して川に逃げ込んだ温羅を、自らは鵜に変身して食べてしまい退治した、という伝承が残されています。その地を祀っています。

<鯉喰神社>

 

鯉喰神社①

 

鯉喰神社②

 

このような神社を、当時の人々がフィクションをベースに建築するはずがありません。事実なのです。

 

ただし、熊襲は、都合の悪い歴史を隠すため改竄いていくのです。

 

今回の吉備津彦と温羅の物語では、吉備津彦=温羅=桃太郎VS鬼(熊襲)だったものを、吉備津彦=桃太郎VS鬼(温羅)に変え、百済からの救世主である温羅を鬼に仕立て上げているのです。

 

時間が経って行くほど、真実は忘れられ、後世の人々は熊襲が改竄した歴史を真実と思い、さらに時間が経つとフィクションとされるのです。これが、約2900年に始まった人間中心文明の慣れのはてなのです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。