女性と大学
と女性の進出が目立ちます。高校での上位卒業者の比率をみても、女子生徒が男子生徒を凌駕しています。実
力重視の州立大学では、軒並みにこの比率が55:45から60:40と女性がより多数派となっています。この高校
までの成績の性による差が何処から生まれるかには、色いろな事が言われています。今の学校の教育の制度、
スタイルがより女性の能力にむいていると言うような事もいわれています。
さて、大学一般の受験者の比較をみても、やはり多数派は女性です。上で述べたように州立は公金を使っての教
育ですから、実力、能力があれば、性別に関りなく入学させなければなりません。しかし、私立では、このような制
限がないために人為的に50:50の性別のバランスがとられるように、入学者の決めています。たとえば、
Pomona Collegeでは受験者の比率は60:40ですが、入学者は50:50です。これを見れば、男女の合格率
のちがいは、明白だと思います。
こうなると、実際には、私立の場合には、男性であることが、有利に働くと言う面があります。逆に言えば、女性の
場合には、より厳しい競争に打ち勝たなければ合格が出来ないといえます。女性のほうが、いまでは、教育のな
かでの成功率がたかく、これは、高校の時点まででななく、大学のなかでもそのようです。PomonaのCum
Laude以上の称号とともに2007年度に卒業した学生のリストをみても、一目瞭然としています。
1970年ぐらいまでは、子供が女性であれば、優秀でなにもUCでなくてもCSC(その時点ではCalifornia State
College)で十分と考える親たちも多かったようですが、今は、いけるなら何処の大学にでもやると親は考えるよう
です。
私としてはこのような、女性の社会進出については、大賛成です。つい35年前には独身女性が車の保険を購入する
ことも出来なかったことにくらべたら、大躍進と言えると思います。
ボランティア 3題
機会が固まってやってきました。今日はそのお話です。
最初は、有る年輩の永住者の方で、日本に旅行中に転んで足を骨折、入院2ヶ月という予想外のバケーション
をすごした人がいました。アメリカの健康保険はそのまま、外国での医療についても利くものがおおく、一時、
本人が立替て帰国してから、保険会社に請求をするという制度になっています。しかし、この請求には、日本の
病院からの、受領書の明細を英訳して添付しなければなりません。このお手伝いをしました。請求したらほとん
ど折り返しに支払いがあったそうで、感謝されました。お礼に、晩御飯でもと誘われています。
その2は、1週間まえになりますが、夕刻にある知人から電話があり、今忙しいですかと、問われたので、どうし
たのですかと問い返したら、じつはその日の午後に引ったくりにあって、ハンドバッグをもっていかれ、小切手、
免許証、クレジットカード、ソーシャルセキュリティカード全部やられた、子供に連絡をとったがつかまらないと
言う話でした。スーパーで買い物をして、カートを車まで押してきて、トランクをあけ、肩にかけていたハンドバッ
クをはずしてカートの自分よりのところに置いた瞬間に、持って行かれたという話で、若い男を追いかけようと思
ったが、待っていた車で逃げられてしまったと言う事件でした。弱いものに狙いをつけるハイエナのような犯罪
者がカモをねらっているの用心が肝要ですが、起きてしまった時の処理もけっこうっ時間がかかります。私が
その方の家に着いたときにはちょうど息子さんも捕まり到着という状態で、彼は、小切手の支払い差し止め、ク
レジットカードの無効申請などひとつひとつ処理していました。 この日は私の出番はないので帰宅、次の日に
免許の再交付と、ソーシャルセキュリティカードの再交付の申請にお付き合いしました。この方は上の方の妹
さんで姉妹そろっての災難です。
その3は、私には、家族のようにしている、あるラテン系の家族がいます。メキシコからの移民で9歳の女の子
がいます。この子がこんど、小学校から奨学金をもらい、夏休みの間に40時間の個人教授をうけることにな
りました。こちらに、住んでいる方はご存知かもしれませんが、Sylvan Learnning Centerというところです。
この子は両親がスペイン語を話すために、3年生までESLのクラスにいて、去年から普通のクラスに移ったの
ですが、やはり、英語の読み、書きに難があるというので、そこを改善するようにとこの奨学金をもらいました。
お母さんが教育に熱心な人なのですが、アメリカの教育の経験がないので、ときどき私が手助けをしています。
今回も、このLearnning Centerに一緒に言って、責任者とお話をしてきました。この子は昨日能力測定のテ
ストをうけ来週の月曜日にその結果と今後の教育方針についての打ち合わせのあと、週に3回、6時間の個人
教授の授業に取り掛かることになるようです。この奨学金はこの小学校の前校長の財布からでているそうです。
ちなみに、ここの授業料は20時間の講義でほぼ$600といいます。
なぜ大学か
皆が行く事を前提にして話を進めているのではないかと想像されている方がいるとしたら、それは間違いです。
私は大学がすべての人に合っているとは思ってはいません。高校卒業後の2年間の人生の振り分け的な訓練
までは、すべての若者が参加する事には賛成です。それぞれの人々にそれぞれの才能があり、好みがあり、
熱意を持って取り組めるものがあるなら、それぞれに人々には違った道があって当然です。アメリカ的な成功
のバロメーターとして、いくら稼いだのかというものがありますが、たとえば、腕の良い車のメカニックの年収は
$100000といわれていて、その収入では大卒と遜色がありません。また、ギルド的な職能組合に所属する
大工、電気工なども高給取りの仲間と言えます。彼らの場合には退職後の年金制度もしっかりしています。
いま、大学で人気のある専攻は、生物学系、工学系、商学系の3つではないかと思いますが、これは、将来の
職業、収入、生活の安定と言うものを見据えた選択だと思います。これらの分野に高校の優等生が殺到して
います。UCのなかでもImpacted Majorとよばれる入学競争の熾烈な専攻がこの分野です。これらの専攻
は実学的で、高等職業訓練ともいえ即就職に結びつく専攻とも言えます。
さて、このような人気専攻からはずれた学部の場合には、必ずしもエスかレター式の将来があるというわけで
はありません。いろいろな試行錯誤の末に、社会のあるポストに収まると言う事になるのではないかと思い
ます。しかし、私に言わせれば、このような専攻こそが大学の醍醐味ではないかと言う事になります。もともと
高等教育は坊さんの教育から、東西にかかわらず始まったのではないかと思います。教養というのは、それ
享受できる時間的にゆとりの有る階層の独占物でした。それが、大衆化されたのは、ごく最近のことのような
気がします。
ちょっと、話がはずれますが、カトリックというキリスト教があります。ローマ法王の傘下にあるあれです。この
宗教で感心するのは、批判的な思考の持続性ということです。たとえば、ご存知のマーチン ルーターという
プロテスタントの教義をひらいた、元カトリックの坊さんを数百年たって、複権したり、400年間日本で開教を
してきて、そのすえに取りやめにしたり、ガリレオも20世紀になっての複権、いつも過去の決定に"アレは正し
かったのか”という批判的な精神をもちつつ現在を見つめると言う態度があるように見えます。400年遅れの
免罪というのは、滑稽ではあるけど、やはりすごいなあと思いますね。そうして、西欧の大学の始まりはこの
教会を抜きにして語ることは出来ません。これは、日本の思考的な風土とはちがうのではないでしょうか。
私にとってのなぜに対する答えは、どうしても、この教養主義に落ち着くような感じがします。人間や物事の
理解というものをどれだけ、深めていけるのかという命題に近づく道の一つが、大学だと思っています。19世
紀的とも言える意見で、笑止千万と仰る方もいらっしゃるでしょうか、これが、私の本心です。
逆にいうと、大学からここの部分の研究をとってしまったら、何が残るのかと言う事でもあります。もちろん、
この大学のなかでは、広い意味での技能や技術も学ぶのですが、その中心に"真実"とは何かと言う疑問が
なければいけないのではないのかとも感じています。
60歳にちかいオトコが、こんな事をいうのは成長がないのか、人生の経験が他の同年の人たちから乖離して
いるせいなのか分かりませんが、初心にかえって、いつも、なぜと問い返す事が必要と思っています。
日本の英会話学習について
働いたりと言う事がありました。いまでは、英語を話せる人たちの絶対数が増えていますから、こんな風潮はなく
なったかと言うと、そうでもないような印象を受けます。
以前、英会話学校というのは、あれはファッションではないかとの意見をのべて、Kenshiroさんにお叱りをうけ
たこともありました。しかし、それでも私が納得できないのは、この島国の異常ともいえる英会話にたいする興味
で、国内の英会話学校に満足せずに語学留学というものまであると言う事には驚かせられます。この裏には、
英語を話せると言う事が、自分のアイデンテティを造る上で大きな肯定的な要素であると言う認識が各人の中
にあるのではないかと想像します。そうでなければ、大枚をはたいて、外国まで行ってこの習得に努力するのか
が理解できません。
では、この英会話学校が過去40-50年に遂げた成果というものは、どんなことなのでしょうか。おそらく数百万
人の受講生がすくなくてもいたでしょうが、これだけの人々が英語での不自由なく話しができるようになったの
でしょうか?私の日本訪問の経験ではそんな成果があったようには思えません。壮大なる浪費と言う印象です。
ファッションといったのは、若者が、これちょっと格好いいんじゃないといって、衣類を買うということと、英語を話せ
るは格好いいから英会話学校に行くということが同列のものではないかと感じたからです。しかし、なかには
そうでない、目的意識の高い人たちもいるのでしょうが、歴史的には大多数は挫折、脱落と言う結果になってい
るのではないかと結果論的には思わざるを得ません。
外国語を学ぶと言う事は、その外国語を使って何をしたいのかという目的ななければ意味がないように、私には
思えます。手段として、道具としての外国語を使って、何をしたいのかという個としての目的意識が大事のような
気がします。人によっては、切手を集めるように外国語の習得をするひともいるでしょうが、こういう人は例外だ
と思います。また、その目的が、進学というこのなら、英会話だけというのは、まことに中途半端な学習形態とな
ります。英語を学ぶことと、英会話を学ぶ事の違いの理解が必要です。
私は、良くは分かりませんが、英語を使っての新聞レベルの理解、討論駕できる段階に到達するのは、日本
国内で十分に学習ができるのではないかと思います。なにも、Berkeleyにまで、夏にやってきてまですること
ではないように思います。Emersionという、英語環境のなかに24時間つかると言う環境でないとしたら、授業
以外は日本語の環境なら、あまり効果が期待できないのではないでしょうか?また、大学進学などそれ以上
の能力の習得をもとめるなら、こちらのコミュニティカレッジのESLのクラスからはじめ、普通の英語クラスに
進むというほうが、順路としては整合性があるように思います。
掲題から少し外れますが、先日、息子とSKYPEで話をした時に、ちょうど彼のお守り役の学生がいて、少し話
をしました。英語学専攻の学生です。アクセントはありますが、” I will try very hard to keep your
son happy.” と、とっさに電話で言える程度の能力がありました。日本の学生の場合にはどうなんでしょう。
私にとって、無用の長物にみえる、英会話学校の氾濫というのが島国に住む日本人の意識の投射だと思う
のは、やはりこの私だけなのでしょうか。
アメリカの公立高校ランキング
いつも大学や大学院のお話をしているので、今回は高校のお話です。Newsweeekでは2003年から、アメリカの
公立高校の全国のランキングを掲載しています。1200番程度までのランキングです。
このサイトへのリンクは
http://www.msnbc.msn.com/id/12532678/site/newsweek/
また、このランキングに対する批判の記事が私のご近所のSan Joseの地元紙" San Jose Mercury”に
のっていましたので、この記事も紹介いたします。
この記事へのリンクは
http://www.mercurynews.com/opinion/ci_5984085
高校のランキングのたかい、校内競争の激しい環境がいいのか、鶏頭となるも牛後となるなかれの方針がいいのか、
難しいバランスの中での、高校の選択と言うケースが実際には多いような感じがしています。私が住んでいる市に、
5つの高校があります。この中の一つは上述のランキングの150番以内にあります。我が家では、この高校の通学
区に引越しをする事はしませんでした。高校卒業時の結果をみれば、NO 3の息子の卒業校のほうが、学習面だけ
ではなく、総合的な高校生活体験としはて、より息子に得るものがあったと、いまでは確信しています。引越しをして
行った息子の友だちをみても、その高校に行った事による恩恵というのが、もう一つはっきりしないと言う印象があり
ます。やはり、公立高校のランキングというのは、その高校での教育の内容、質ではなく、生徒の家庭環境、生徒の
能力というものに依存すると言う理解が大事ではないかと思います。優秀な生徒の多い高校では、テストの成績の
平均点が良いのは当たり前です。ただ、優秀な生徒は、安全で普通の環境であれは、どの高校にいても、良い成績
をとります。
無事到着
発ち、14時間の飛行の後に、2時間待ちの乗り継ぎ、そこから3時間半で目的地につくという長旅でした。、乗り物酔
いのある息子はどうしたかと、気がかりであったのですが、どうにか無事に着いたようです。空港に向かう途中の車の
中から友だちのお父さんに電話をして、この国の言葉での挨拶を教えてもらうと言う、必要に迫られなければ最後の
最後までことの準備をしないという姿勢の替わりのなさには、改善の余地ありというのが親の感想でした。
さて、かの地では、空港までのむかえがあり、バックパックを背負った外国人の若者がとまる宿の多い地区にある、
彼の教授の個人的な友人が経営する小さなホテルに落ち着いたそうです。出かける時には、貴重品はこのデスク
で預かってくれるそうで、安心なようです。また、この教授の手配で、息子の調査をふくめて日常的な面倒をみてく
れるこの地での大学生の手伝いもついてくれたそすです。この大学生は英語学専攻だそうで、息子との付き合いで
得るものが、お互いにあると言う事のようです。
また、息子の高校時代の友達が家族と一緒にこの町に、今年たまたま里帰りをするそうで、再会が計画されている
ようです。一週間ほどまえに、近郊のPomonaの学生の仲良しが5.6人集まったのですが、その時の息子とおなじ
Grantでおなじ国で夏をすごした学生や、おなじGrantだけど違う国の学生もいて息子は色いろ情報を集めてきてい
ました。夏に帰郷しても、その近隣の学生が集まって遊ぶというのは、これはやはり学内での人間的な結びつきの
強さの現れなのでしょうか。先週までは、UC Berkeleyだけが、休みに入っていたので、会える友達にすくなか
ったと言う面もあるかもしれません。
到着後、息子も路上の屋台などで、色いろ試食をしているようです。寮の食堂のかわりに、これから8週間、屋台が
彼の食堂になります。あと、2.3日したらインターネットの接続できる部屋に移る事が出来るそうで、そうなれば、
SKYPEで顔を見ながら話が出来ます。私が東京で学生のころ、実家との長距離電話は一分300円の時代でし
た。それを思えば、まさに隔世の感があります。
SAT I による学生層の分析
大学の学生の学力をはかる、ひとつの指標としてSATのテストの点数があります。これだけでは、知能的な
潜在能力しか測ることができないと言われています。繰り返しになりますが、このSAT i,SAT II、受講科
目内容、GPA, 学年順位、そして、私立では、先生の推薦状の中での評価といったもので、学力は総合的
に判断されます。
さて、枕詞はこのくらいにして、数字によって、大学のランキングを作るとどうなるのかというこことは、古今
東西共通の興味であるらしく、いぜんExodusさんもつくられていましたが、College Confidentialにおいて
も、このリストをつくった人たちがいます。このリストは、大学入学者の下から26%目の学生達のSATの点
数とその点数を取った学生の占めたSAT受験生総体の中での位置というものから、割り出されています。
このリストのなかで、Percentileと言う表記がありますが、99 Percentileということは、上位1%と同じ意
味です。
この中でPomonaがかなり上位にランクされています。私の印象では、同点のPrincetonに合格するには、
Pomonaの入学生の示した、知的潜在能力だけではなく、その上に、勉強に対する不断の努力と熱心さが
要求されるのではないかと感じています。Pomonaは、息子の友だちの輪をみても、頭はいいのでしょうが、
比較的にノンビリした子が多いような気がします。その点、HYPSに入学した学生をみると、勉強に対する
Intensityと言うものに差があるように感じました。これが、学生の気質の違い、ひいてはそれが大学の雰囲
気の違いの原因のひとつなのではないでしょうか?
UniversityとLACそしてUniviersity?LAC混合のリストがあります。
さて、説明はこのくらいにして、このサイトへのリンクは
http://talk.collegeconfidential.com/showthread.php?t=350328
上の注意事項をご理解のうえでの、解釈は読者各自にお任せいたします。
頭脳流入の道
こちらの分野をえらばずに、もっと対費用効果のよい、ビジネスに流れてしまうと言うのが一点、そしてまた、高校ま
での教育で、大学のこの系列の教育を進めていくに足る程度の学問的な準備が出来ていない生徒が多いというの
が一点の理由となっているようです。
カリフォルニアの将来をみても、州として将来の経済の土台となる産業として、Stem Cell ResearchとClean
Energyの2本立てで具体的に政策として考えられており、ここに、州の将来が掛けられていると言っても過言で
はありません。Stem Cell Researchは州の住民投票でこの先10年間に$3 Billion(邦貨3600億円)を
公金から投資する事になっています。これは、州民の一人一人が借金を背負ってでもいいからやってみようという
この国ならでの心意気でしょう。また、民間主導のClean Energyもシリコンバレーの投資家や技術者を中心の
体制が組まれて、UCもリサーチの柱になり、前進し始めています。これは、産学協同路線でしょうか。いままでの
High Techに加えて、このような新産業を新たに起こすためには、また相当数の技術者や研究者が必要です。
いぜん、コメントの中で述べましたが、私は、この高度に教育された人々は、この国の国民である必要はなく、Phd
を全世界からリクルートすれば、この不足の充足は出来るのではないか思っています。お金のあるところに人
が集まるのは、道理です。しかし、このような政策は、帝国主義的であり、その人材の国の発展を阻害すると言う
意見は正当な意見であるとも思います。しかし、ここでは、自己利益中心に話を進めます。移民と言う制度のある
人買いの利がこの国にはあります。この問題について、最近Tom FreemanというNew York Timesのコラム
ニストが外国人のアメリカ大学院卒のPhdには分野に関らず移民権を保障せよと主張している記事に行き当たり
ました。同じような事を考えている人がいるもんだと思ったわけですが、これは名案だと思います。
シリコンバレーの経験から言っても、外国人の技術者として最初は勤め始め、後起業した人たちも少なくありませ
ん。起業すれば、雇用も増えその地域に対する経済効果もこのましいものがあります。さらに、このような人たちの
2世たちをみれば、かえるの子はかえるで100%大学進学しかも、優等生と言うのが典型です。息子の友だちの
多くが彼ら2世で高卒の時のトップ5%をみると、その9割が彼ら2世たちでした。 いま振り返って、改めて考えて
みると、移民の子たちが在来国民の子弟をを凌駕するのは、ちょっとした、下克上的な現象ではないかと思いま
す。
Bill GatesもMA/MS以上の学位をもつ、就業者のビザの間口の開放を訴えています。Bushは9.11以来の
ビザ緊縮政策を少し緩和しているようですが、まだまだ需要に追いつかないと言います。Immigrationというと
力仕事や収穫労働、と言うイメージを持ってしまいがちですが、それに対置するものとして、頭脳流入もあります。
大学院入学の基礎情報と近況をすこし
現在の息子の大学卒業後の希望が大学院への進学なので、機会があるたびにその助けになるような情報をさが
しています。最近のCollege Confidentialの中に、Graduate School Admission 101と言う題の記事が
ありました。読んでみたら簡潔で要点を抑えているので、これは、と思いご紹介します。この中でで、話されてい
る大学院には、医学、歯学、法学、経営学の専門学校を含みません。アカデミックな物だけに付いてです。この
なかでは、GREのふれられていませんが、これは、今後のリサーチの課題ということですね。
この人の意見として、大学時代の心構えにも触れていますが、大学時代はとにかく、先の心配はせずに、いろ
んなことをやってみるのが良いという意見で、私もそれに賛成したいと思います。
教授の人の子だから、毎日4-5年間、顔を突き合わせてもいいような性格の学生を、GPAが小差であれば、
選ぶと言うのも、肯けます。
さて、このアドレスは
http://talk.collegeconfidential.com/shouwthread.php?t=348756
もしも、興味がおありなら、ご覧ください。
さて、すこし、近況をご報告しますと、息子はビザもおり、航空券も購入して、トラベラーズチェックもつくり、
マラリアのワクチンを飲み、破傷風の注射もしてコンピューターにSKYPEとビデオカメラも装着し用意も整
ってきています。彼の教授がすでに、かの国にすでに行っていて、住むところを探しをしてくれています。
彼が到着する日には、空港まで迎えに来てくれることになっているとか。この国ではまだドルの価値があるので、
王侯貴族とはいかなくても、エアコンの有る家庭に下宿ができそうです。
水がわるいので、REIで浄水ポンプを買い、これはウイルスも漉してしまえるというので、すこし安心しています。
この教授に世話になるのは、最初だけで、あとは8週間のアジア一人ぼっちの研究旅行です。その結果は如何に。
可愛い子には旅をさせよとは言いますが、ワイフはやはり心配をしています。
簡単に死ぬわけにも行かない
MemorialDayとしては、私が記憶している中で今日が一番寒い日であったと思います。風が冷たかった。
ワイフの両親も一緒で、彼ら用の墓石がもう用意されていて、名前何年何月何日生まれまでの刻印が墓石には
されていて、あとはその日が来るのを、墓石が待つ状態になっています。これは見て息子が、私たちはどうするの
かという質問をしたので、どっかの海にでも、ばら撒いてくれればそれで結構といったら、それは、ちょっと困ると
言う話で、彼としては、地上に物理的な場所があったほうがいいとのことで、考えさせられました。
たしか、土葬か火葬かは,郡の規則できまっていて、私のいるところでは、現在火葬となっているので、6インチ
立方の真鍮の箱めして、納骨堂のガラスケースの中に納まるというのが、普通のようです。息子に言われた事も
あり、ある納骨堂で金額表があったので見たところ、$4000-$5000となっていました。このケースには、4人
も入れば、いっぱいのようです。やはり、この辺の準備もしておかなければならないかと、今考え始めました。葬式
がいま平均で$8000の経費がいるとか言われているので、この用意もいりますね。今日いってきた、Colmaとい
うSan Franciscoから南に二つ目の町は墓場町で死者の人口が生存者の人口より大きいと言う町です。自分の
死にまつわる儀礼の準備など、今まで考えてみた事もないのですが、生き残る息子の希望が私のものと違うのな
ら、一考の必要があると思ったしだいです。