息子の近況
息子の今回のFellowship/Scholarshipは、その国の英語教育にたずさわるというものです。先週の末にその国に赴任する全員がLAXで集合して夜中の便で出発しました。現在はある大学で集中語学講座をうけていて、これが6週間あります。この講座開始前にはPlacement Testがあり、入国以前に指定されていたレベルの語学知識があるかどうかの審査があり、これに合格しなければ、送還となるのだそうですが、これは無事パスしたようです。
この講座はスパルタ式で、朝の5時に入国して9時に大学着、その午後(日曜日)から開講というわけで、旧日本海軍の月月火水木金金と地で行くようなシステムで、その間は週末、休日もありません。語学は1日4時間ば、後の時間はその国の文化、習慣の講義というわけで、朝から夜までの予定がいっぱいです。一応は、アメリカの国内の大卒者のなかで学力がありかつリーダーシップの潜在性があるとみとめられた若者たちですから、この程度しごいても大丈夫と教育する側の判断があるのかの知れません。
息子の話によると、Claremont Colleges(Pomona,CMC,Pizter,Scripps,HMC)からこのプログラムに7名の参加者があり、Pomonaからはもう一人が参加しているそうです。ただ、全員を見回したときに、大卒であればPh.D以外は応募できるので、年上、20歳代半ばの参加者が多いと言っていました。
大きな問題は、例のH1N1のインフルエンザのために、このプログラムの参加者全員が現在検疫拘束中で、この24時間、寮内に缶詰にされているそうです。国内では最近は話題にもならないこのFluですが、この国ではまだ恐怖感があるようですね。はやいところ開放されるといいのですが、、、
行くまでは、ちょっと心配顔もみせていた息子ですが、飛び込んでみたらたいしたことはないというのが実感のようで
新しいチャレンジにこころを弾ませている様子です。この期間中、寮の生活費、講義料は無論、無料ですが、そのほかに週30ドルの小遣いが支給されることになっています。
この講座はスパルタ式で、朝の5時に入国して9時に大学着、その午後(日曜日)から開講というわけで、旧日本海軍の月月火水木金金と地で行くようなシステムで、その間は週末、休日もありません。語学は1日4時間ば、後の時間はその国の文化、習慣の講義というわけで、朝から夜までの予定がいっぱいです。一応は、アメリカの国内の大卒者のなかで学力がありかつリーダーシップの潜在性があるとみとめられた若者たちですから、この程度しごいても大丈夫と教育する側の判断があるのかの知れません。
息子の話によると、Claremont Colleges(Pomona,CMC,Pizter,Scripps,HMC)からこのプログラムに7名の参加者があり、Pomonaからはもう一人が参加しているそうです。ただ、全員を見回したときに、大卒であればPh.D以外は応募できるので、年上、20歳代半ばの参加者が多いと言っていました。
大きな問題は、例のH1N1のインフルエンザのために、このプログラムの参加者全員が現在検疫拘束中で、この24時間、寮内に缶詰にされているそうです。国内では最近は話題にもならないこのFluですが、この国ではまだ恐怖感があるようですね。はやいところ開放されるといいのですが、、、
行くまでは、ちょっと心配顔もみせていた息子ですが、飛び込んでみたらたいしたことはないというのが実感のようで
新しいチャレンジにこころを弾ませている様子です。この期間中、寮の生活費、講義料は無論、無料ですが、そのほかに週30ドルの小遣いが支給されることになっています。
あじ、さばつり
日系人の釣り仲間から先週電話があり、Santa Cruzの釣り桟橋に鯵 鯖の群れがやってきていると知らせてくれました。しかし、先週は息子が在宅していて、旅立ちの準備の追い込みといった状態でしたので、誘われた日には行くことができませんでした。その日に行った、仲間の話では一人当たりバケツいっぱい50匹くらいの釣果があったそうです。
今週になってから、週日に半日時間があけられたので、相棒をさそってSanta Cruzまで「あじ、さば釣り」にでかけました。Santa Cruzは、サンノゼの南30分ほどに位置して、UC Santa Cruzもあり、Board Walkという大きな遊園地もある開明的な観光地です。釣り桟橋は、遊園地の前の砂浜の端にあり、その規模は車が100台くらいとまれる駐車場も桟橋上にある大きなものです。
釣り桟橋でのつりのことを、Pier Fishingと呼びますが、ここでは州の釣りの許可証も必要ではないので、誰でも釣竿2本をつかって釣りを楽しむことができます。安い娯楽に人が集まるのは人情ですから、結構いつも繁盛しているわけですが、とくに、回遊魚がその桟橋にきたときには、肩がくっつくくらいに釣り人がならんで、釣りをしています投げた錘が隣と人の糸をとびこえる、糸がからまるといったことも多く、その処理も必ずしも円満というわけではないので、軟派な釣り人には、精神的なリラックスの場とはいえません。
さて、サンノゼでは快晴、暑い日の予感のする気候でしたが、一山こえたSanta Cruzは霧のなかでした。現地到着が朝7時半、あの湖の釣り友達も二人もう来ていて、数匹つりあげていました。竿はSteelheadようの8-9フィートくらいの長さで、錘が1-2オンス程度までつかえる竿です。これにサビキという道糸に短いハリスを5-6本つけてその先に小さな半透明のうすいプラスチックをつけた針のついた仕掛け(これは日本の大発明)をつけて、なげては引き、投げてはしゃくりながら引くという動作をくりかえします。
魚があたると、すぐわかるので、急いでひきあげます。急いでというのは、頭のいいアザラシが釣り桟橋のしたで、釣り人が引っ掛けた魚を横取りしようと狙っているからです。アザラシだけではなく、ペリカンもいて、この日は両方ともに私の友人たちの釣り針にかかりました。釣り針ごと魚を飲み込んでしまうので、いかんともしがたく、糸を即刻ナイフで切ってしまいます。場慣れしたペリカンなどは、引っかかってもあわてずに、またかという顔をして、チラッと顔を上げて上を見ただけでした。
半日の釣果は、さば3匹、あじ3匹、このほかにShinner Perch5匹(これは持ち帰りません)で、たいしたことはありませんでしたが、久しぶりに潮風にあたり、心のリフレッシュにはなったように思います。平日の午前中でもあったために、込みあってもいず、快適なつりでした。
あじ、さばはワイフの大好物ですので、早速その日の夕食の食卓にあがりました。
今は、なんとか、来週も行きたいものだと画策しています。
今週になってから、週日に半日時間があけられたので、相棒をさそってSanta Cruzまで「あじ、さば釣り」にでかけました。Santa Cruzは、サンノゼの南30分ほどに位置して、UC Santa Cruzもあり、Board Walkという大きな遊園地もある開明的な観光地です。釣り桟橋は、遊園地の前の砂浜の端にあり、その規模は車が100台くらいとまれる駐車場も桟橋上にある大きなものです。
釣り桟橋でのつりのことを、Pier Fishingと呼びますが、ここでは州の釣りの許可証も必要ではないので、誰でも釣竿2本をつかって釣りを楽しむことができます。安い娯楽に人が集まるのは人情ですから、結構いつも繁盛しているわけですが、とくに、回遊魚がその桟橋にきたときには、肩がくっつくくらいに釣り人がならんで、釣りをしています投げた錘が隣と人の糸をとびこえる、糸がからまるといったことも多く、その処理も必ずしも円満というわけではないので、軟派な釣り人には、精神的なリラックスの場とはいえません。
さて、サンノゼでは快晴、暑い日の予感のする気候でしたが、一山こえたSanta Cruzは霧のなかでした。現地到着が朝7時半、あの湖の釣り友達も二人もう来ていて、数匹つりあげていました。竿はSteelheadようの8-9フィートくらいの長さで、錘が1-2オンス程度までつかえる竿です。これにサビキという道糸に短いハリスを5-6本つけてその先に小さな半透明のうすいプラスチックをつけた針のついた仕掛け(これは日本の大発明)をつけて、なげては引き、投げてはしゃくりながら引くという動作をくりかえします。
魚があたると、すぐわかるので、急いでひきあげます。急いでというのは、頭のいいアザラシが釣り桟橋のしたで、釣り人が引っ掛けた魚を横取りしようと狙っているからです。アザラシだけではなく、ペリカンもいて、この日は両方ともに私の友人たちの釣り針にかかりました。釣り針ごと魚を飲み込んでしまうので、いかんともしがたく、糸を即刻ナイフで切ってしまいます。場慣れしたペリカンなどは、引っかかってもあわてずに、またかという顔をして、チラッと顔を上げて上を見ただけでした。
半日の釣果は、さば3匹、あじ3匹、このほかにShinner Perch5匹(これは持ち帰りません)で、たいしたことはありませんでしたが、久しぶりに潮風にあたり、心のリフレッシュにはなったように思います。平日の午前中でもあったために、込みあってもいず、快適なつりでした。
あじ、さばはワイフの大好物ですので、早速その日の夕食の食卓にあがりました。
今は、なんとか、来週も行きたいものだと画策しています。
なまずを釣る
あの湖では夏になると、なまずも放流しています。大きさとしては1-3Lbsくらいのものが多いようです。隔週ごとに500Lbsくらいの放流ですが、鱒の放流とかさなることがあり、同じえさで両方が釣れることもあります。
2週間ほど前にPower Baitの黄色をつかって釣りをしていたら、虹鱒となまずの両方を釣り上げました。私は、なまず釣りというのはなじみがないせいか、あまり好みではないので、なまず釣りの仕度(20Lbs、の糸、#4くらいの大きな針、頑丈な竿とリール)はしていないので、たまに、なまずの大将がかかると、もうお手上げで糸を切るか、きられるかします。針にかかったあとで、魚の動きが鱒とちがい、頭を左右にふる動作がなまずの特徴ですから糸をまきはじめるとすぐわかります。
蓼食う虫も、のたとえのように人にも好き好きがあり、なまず釣りが大好きな人たちもいて、中国系のひとなどは、よだれをこぼさんばかりです。私がつりあげたなまずも、隣で釣りをしていた中国系の人に進呈しましたが、それはうれしそうな顔をしていました。
英語ではご存知のように、Cat Fishがなまずですね。顔つきやひげからの連想でしょうか?Catはもちろん猫ですが、
大型土木機械にもCatとよばれるメーカーのものがありますが、このCatはキャタピラー=ムカデの一部ですから、まったく英語は油断ができません。
2週間ほど前にPower Baitの黄色をつかって釣りをしていたら、虹鱒となまずの両方を釣り上げました。私は、なまず釣りというのはなじみがないせいか、あまり好みではないので、なまず釣りの仕度(20Lbs、の糸、#4くらいの大きな針、頑丈な竿とリール)はしていないので、たまに、なまずの大将がかかると、もうお手上げで糸を切るか、きられるかします。針にかかったあとで、魚の動きが鱒とちがい、頭を左右にふる動作がなまずの特徴ですから糸をまきはじめるとすぐわかります。
蓼食う虫も、のたとえのように人にも好き好きがあり、なまず釣りが大好きな人たちもいて、中国系のひとなどは、よだれをこぼさんばかりです。私がつりあげたなまずも、隣で釣りをしていた中国系の人に進呈しましたが、それはうれしそうな顔をしていました。
英語ではご存知のように、Cat Fishがなまずですね。顔つきやひげからの連想でしょうか?Catはもちろん猫ですが、
大型土木機械にもCatとよばれるメーカーのものがありますが、このCatはキャタピラー=ムカデの一部ですから、まったく英語は油断ができません。
年俸 55,000ドル
UC BerkeleyのEconomics専攻の今年の卒業生の初任給の平均が55,000ドルだそうです。これは、息子の仲良しの一人でUCBのEcon卒業生からの話が情報源です。彼自身の初任給は48,000ドルだそうですが、たいして気にもしていないようで、とにかく就職できたことがうれしいといった様子でした。
私がPomonaのEconの卒業生に関して聞いたことがあるのは去年度の卒業生の場合で、年俸60000ドル、10000ドルの契約ボーナスつきが平均という話でした。しかし、I Bankの劣勢の今日このようは年俸の提示が現在もあるのかどうか、不明です。
文系の場合には、Econとは大違いで、初任給が30000ドル代のところも多いかと思います。BAプラスCertificateが必要な小中高の先生も初任給が30000ドルちょっとくらいですが、今年は求人がありませんね。
これは、未確認なのですが、Medical Schoolに応募は、入学の2年次前の春からの応募になるという話を聞きました。ということは、大学のJuniorのおわりに応募をして、医学校の側で、大まかな審査をして振るいにかけてそれに残った候補者がSeniorの秋にまた応募するという形のようです。ということは、MCATはいつ受けることになるのでしょうね?
就職組みとは別に、5年生組みも息子の友達にはたくさんいます。とくに、主副専攻、2重専攻を州立の大学でもくろんでいる学生は、授業がなかなか順番にとれずに苦労しているようです。繰り返しですが、彼らを見るときに、例のUC Berkeley のK君の2重学位の4年間の卒業は快挙といえると思います。
卒業は、大偉業
私がPomonaのEconの卒業生に関して聞いたことがあるのは去年度の卒業生の場合で、年俸60000ドル、10000ドルの契約ボーナスつきが平均という話でした。しかし、I Bankの劣勢の今日このようは年俸の提示が現在もあるのかどうか、不明です。
文系の場合には、Econとは大違いで、初任給が30000ドル代のところも多いかと思います。BAプラスCertificateが必要な小中高の先生も初任給が30000ドルちょっとくらいですが、今年は求人がありませんね。
これは、未確認なのですが、Medical Schoolに応募は、入学の2年次前の春からの応募になるという話を聞きました。ということは、大学のJuniorのおわりに応募をして、医学校の側で、大まかな審査をして振るいにかけてそれに残った候補者がSeniorの秋にまた応募するという形のようです。ということは、MCATはいつ受けることになるのでしょうね?
就職組みとは別に、5年生組みも息子の友達にはたくさんいます。とくに、主副専攻、2重専攻を州立の大学でもくろんでいる学生は、授業がなかなか順番にとれずに苦労しているようです。繰り返しですが、彼らを見るときに、例のUC Berkeley のK君の2重学位の4年間の卒業は快挙といえると思います。
卒業は、大偉業
日本では
今年の日本参りは、短期の2週間で実家には10日ほど滞在しました。海のものがおいしい町なので、ちょっと食べすぎ通風がじわじわとでてくるのが予感できました。両親は、87歳と86歳ですが、それなりに元気で家庭菜園、運転などまだまだ大丈夫のようですが、私が運転したほうが、楽にはなってきているようです。私からは、死期がきたら、パタッと苦しまずに逝けるように修行をしてほしいと、両親に伝えておいています。
10年ほど前までは、息子が大学を卒業するまでなんとか生きていたいというような希望でしたが、この目標が達成できた昨今は、今度は孫の顔などと言い出すのかもしれませんね。
息子には、卒業のお祝いにとスーツを新調してくれて、助かりました。でも店に行くと、ほかに客が居ない様子をみて、やはり不況の影があるとおもったことは、あながち間違いではなかったように思います。
実家からの帰りに東京で池袋のサンシャインシティ プリンスに2泊しましたが、2人で一泊16000円、朝食つきでしたから、いままでとくらべて、安上がりでした。東京では、旧友たちに会った、たのしい再会のときをすごしました。仲良しの一人は上智の先生ですが、息子に文科省の招待奨学生の応募して、上智で勉強してみてはというようなことを薦めていました。
そういえば、私たちが日本についたのが、例のインフルエンザの機内検疫の最後の日で、成田に着陸したあとで、検疫官が機内に乗り込んできて、体温検知カメラをつかって検温をして、健康証明書というものをもらい、その黄色い紙をぶらさげて、降機後、入管、税関に進みました、すでにこの時点から2,3日前に、アメリカのインフルエンザが弱性であり、生命の危険がないとわかっていたわけですから、日本の対応は遅れ気味、大げさ、勇み足という印象を私はうけました。
今回は、釣りに必要なものを結構買いこんできました。実家の町の釣り道具やや、渋谷の上州やをたずねて、リールや針、ハリスなどを重点的に買い求めました。これに浮きをいれた4点は、日本製のもの、あるいは日本の店にあるものが、アメリカのものよりも優れているように思います。
10年ほど前までは、息子が大学を卒業するまでなんとか生きていたいというような希望でしたが、この目標が達成できた昨今は、今度は孫の顔などと言い出すのかもしれませんね。
息子には、卒業のお祝いにとスーツを新調してくれて、助かりました。でも店に行くと、ほかに客が居ない様子をみて、やはり不況の影があるとおもったことは、あながち間違いではなかったように思います。
実家からの帰りに東京で池袋のサンシャインシティ プリンスに2泊しましたが、2人で一泊16000円、朝食つきでしたから、いままでとくらべて、安上がりでした。東京では、旧友たちに会った、たのしい再会のときをすごしました。仲良しの一人は上智の先生ですが、息子に文科省の招待奨学生の応募して、上智で勉強してみてはというようなことを薦めていました。
そういえば、私たちが日本についたのが、例のインフルエンザの機内検疫の最後の日で、成田に着陸したあとで、検疫官が機内に乗り込んできて、体温検知カメラをつかって検温をして、健康証明書というものをもらい、その黄色い紙をぶらさげて、降機後、入管、税関に進みました、すでにこの時点から2,3日前に、アメリカのインフルエンザが弱性であり、生命の危険がないとわかっていたわけですから、日本の対応は遅れ気味、大げさ、勇み足という印象を私はうけました。
今回は、釣りに必要なものを結構買いこんできました。実家の町の釣り道具やや、渋谷の上州やをたずねて、リールや針、ハリスなどを重点的に買い求めました。これに浮きをいれた4点は、日本製のもの、あるいは日本の店にあるものが、アメリカのものよりも優れているように思います。
忘れ物
更新をさぼっていたために、記事が出来事においつくまでにすこし時間がかかりそうです。ご辛抱を、、
さて、出立式に出席して帰宅してみたら、息子が忘れたものがるというので、なにか尋ねたら、「卒業証書」とのこと、私は、怒ることもわすれて、はっはっはと笑ってしまいました。このくらい間も抜けると一芸ではないかと、むしろ感心したくらいです。本当に、、、、
そこで、どこに置き忘れたか思い出してみようということになって、彼が思いついたのが、メールルーム、私書箱がずらっとならんでいるところで、小包を管理してくれる係りの机もあります。さっそく、そのデスクの電話をいれてみたら、思ったとおりで、そのデスクであずかってくれているとのこと。そこで、まだ大学にのこっている近所の友達に電話をかけて、持ち帰りを頼もうとおもったら、彼女も、そのメールルームにたまたまいたので、その場で、彼女にデスクから証書を受け渡してもらって、彼女が帰ってくるときに持ち帰ってもらうように手配しました。ラッキーとはこのようなことをいうのでしょうか?
以前、まるたさんと、NYマムさんが大人の目からみて、お子さんたちの間が抜けた様子をお伝えしてくれていましたが、わが息子もこの面で相当ランキングが高いのではないかと感じています。
さて、出立式に出席して帰宅してみたら、息子が忘れたものがるというので、なにか尋ねたら、「卒業証書」とのこと、私は、怒ることもわすれて、はっはっはと笑ってしまいました。このくらい間も抜けると一芸ではないかと、むしろ感心したくらいです。本当に、、、、
そこで、どこに置き忘れたか思い出してみようということになって、彼が思いついたのが、メールルーム、私書箱がずらっとならんでいるところで、小包を管理してくれる係りの机もあります。さっそく、そのデスクの電話をいれてみたら、思ったとおりで、そのデスクであずかってくれているとのこと。そこで、まだ大学にのこっている近所の友達に電話をかけて、持ち帰りを頼もうとおもったら、彼女も、そのメールルームにたまたまいたので、その場で、彼女にデスクから証書を受け渡してもらって、彼女が帰ってくるときに持ち帰ってもらうように手配しました。ラッキーとはこのようなことをいうのでしょうか?
以前、まるたさんと、NYマムさんが大人の目からみて、お子さんたちの間が抜けた様子をお伝えしてくれていましたが、わが息子もこの面で相当ランキングが高いのではないかと感じています。
留学生に対するNeed Based Financial Aid のおさらい
日本の留学についてのサイトをみていたら、Need Basedの財政援助が制度の大学に留学すれば、大学の総経費の10%くらいを負担すれば、あとは大学が面倒をみてくれるという意見を読みました。これは、Harvardに限って言えば、10万ドル以上の所得があってもそのとおりなのですが、それ以外のところでは適応されないのだと思います。
Harvar, Yals, Princeton,Dartmout, Amherst,Williams, Middlebury MIT
の8校だけがいままでのところ留学生にも市民とおなじレベルの100% Need Met Financial Aidを給付する大学ですが、これらの難関大学に日本から入学するのは、至難の業です。しかも、これらの中にも詳細をみれば、違いがあるように思います。、
ほかにもNeed Basedの援助金を交付する大学はありますが、その場合にはほかの応募者とは別枠の審査となり、競争率も難易度も一般の応募者よりはグンと高くなってしまいます。また、給付内容についても、 別枠の審査の結果合格したら、少人数に限って100% Need Based Aidを出すところもあれば、90%---40%などと、その援助内容に違いがあります。また、入学時のときに設定されたAidが4年間、定額であることもあり、その場合には、年次が進むにつれて、学費が上昇していけば、家庭の負担額が増えていきます。
したがって、Need Basedというキーワードにふりまわされて、その言葉を標榜している大学ならどこでもいいのかというと、それは短絡的な結論だといえるように思います。
Financail Aidの中身をみてみれば、Scholarship/Grantというのが大部分で、これらは給付金ですが、MeritのいらないScholarshipは存在しませんから、それなりの実力がなければ、Scholarshipなり、Financial Aidなりを受給することができません。Need BasedのFinancial AidもMerit Scholarshipの一種で、その受給条件がその大学への合格だともいえるように思います。
これもお話しましたが、裕福な家庭からの受験生は、むしろこのような100% Need Based Financial Aidの制度のある大学を敬遠して、むしろMerit Aidの多い大学をねらうという傾向もあります。また、その道をとらない場合でも州立の名門のHonor Programに入学して廉価で大学教育をうけることをねらうことも多いようです。このHonor Programは、そのProgramがひとつのCollegeを形成しているようなもので、特別な寮があったり、授業の履修優先権があったり、またこのプログラムむけに特別な授業があったりします。このプログラムに3年次から参加できるのかどうか、不明ですがコミカレ経由でこれに参加している留学生はいるのでしょうか?UCLAにはこの制度があります。
ついでといっては何ですが、息子のFAにあった学生ローンの返済は例のFellowshipの規定にそって返済開始日の延期を申し込みました。ふつうは卒業してから6-9ヶ月以内にローンの返済をすることになるのですが、海外からかえってきて大学院にいけば返済開始日は2012年からとなると思います。月々の返済額は90ドル、本人は、小額だから大丈夫だと言っています。この間の金利はアメリカ政府が補完してくれます。このようなところは、不況でもアメリカかと、、
Harvar, Yals, Princeton,Dartmout, Amherst,Williams, Middlebury MIT
の8校だけがいままでのところ留学生にも市民とおなじレベルの100% Need Met Financial Aidを給付する大学ですが、これらの難関大学に日本から入学するのは、至難の業です。しかも、これらの中にも詳細をみれば、違いがあるように思います。、
ほかにもNeed Basedの援助金を交付する大学はありますが、その場合にはほかの応募者とは別枠の審査となり、競争率も難易度も一般の応募者よりはグンと高くなってしまいます。また、給付内容についても、 別枠の審査の結果合格したら、少人数に限って100% Need Based Aidを出すところもあれば、90%---40%などと、その援助内容に違いがあります。また、入学時のときに設定されたAidが4年間、定額であることもあり、その場合には、年次が進むにつれて、学費が上昇していけば、家庭の負担額が増えていきます。
したがって、Need Basedというキーワードにふりまわされて、その言葉を標榜している大学ならどこでもいいのかというと、それは短絡的な結論だといえるように思います。
Financail Aidの中身をみてみれば、Scholarship/Grantというのが大部分で、これらは給付金ですが、MeritのいらないScholarshipは存在しませんから、それなりの実力がなければ、Scholarshipなり、Financial Aidなりを受給することができません。Need BasedのFinancial AidもMerit Scholarshipの一種で、その受給条件がその大学への合格だともいえるように思います。
これもお話しましたが、裕福な家庭からの受験生は、むしろこのような100% Need Based Financial Aidの制度のある大学を敬遠して、むしろMerit Aidの多い大学をねらうという傾向もあります。また、その道をとらない場合でも州立の名門のHonor Programに入学して廉価で大学教育をうけることをねらうことも多いようです。このHonor Programは、そのProgramがひとつのCollegeを形成しているようなもので、特別な寮があったり、授業の履修優先権があったり、またこのプログラムむけに特別な授業があったりします。このプログラムに3年次から参加できるのかどうか、不明ですがコミカレ経由でこれに参加している留学生はいるのでしょうか?UCLAにはこの制度があります。
ついでといっては何ですが、息子のFAにあった学生ローンの返済は例のFellowshipの規定にそって返済開始日の延期を申し込みました。ふつうは卒業してから6-9ヶ月以内にローンの返済をすることになるのですが、海外からかえってきて大学院にいけば返済開始日は2012年からとなると思います。月々の返済額は90ドル、本人は、小額だから大丈夫だと言っています。この間の金利はアメリカ政府が補完してくれます。このようなところは、不況でもアメリカかと、、
出立式 その2
今年の卒業式では、380名が卒業していますが、100名余が称号つきの卒業生でした。最優秀、優秀、秀とでもいわれる順位に入っているためにはGPA3.85が必要だったそうです。息子の'家族"7人のうちの4人はこれらの該当者でした。しかし、この選にもれた家族の一人もMecical Schoolに合格していますから、この大学は相当の頭脳力があるといえるかと思います。息子のGPAは3.75程度、けっして悪いGPAとはいえないものの、優等生がひしめいているこの大学では、普通の学生でした。
私のワイフは、州立大学から、この称号つきの卒業をしていますが、たしか、このアシきりのGPAは、そのころ3.5だったように記憶しています。この称号も大学によって、その価値が違うのかもしれませんね。
さて、話はかわりますが、息子の家族の一人のJ君はFulbrightの補欠だったので、シカゴの仕事探しをしようかと計画していましたが、辞退者がでたようで、日本で1年間の研究生活を送ることになりました。研究の対象は日本の少年野球、高校野球だそうで、面白いところに目をつけたものです。
今年は、就職が厳しいためか、Pomonaからの22名のFubright合格者のうち、6名が辞退しているそうです。このようなことは、今まではなかったそうですから、やはり就職への不安が卒業生に、海外での経験より、目の前の仕事を選択させているのはないかと思います。もったいない、と思うのは私だけでしょうか。
また、高校で同窓のK君は、UC Berkeleyを、Political ScienceとIndustirial EngineeringのBA.BSの2重学位で卒業しました。UCを2重学位で4年間で卒業するのは至難の快挙です。彼は、Peace Corpに参加して、西アフリカに赴任して、高校の科学の先生をするべく、New Yorkでの訓練課程にむけて出発しました。彼は息子の高校のサッカーの仲間でもあり、大の仲良しなのですが、在学中にはガーナにも留学していて、やはり、類は友を呼ぶとでもいいますか、、、、
息子は、ガールフレンドがやってきて、今ヨセミテ公園で数日のキャンプ生活を楽しんでいます。雪が降るとかでたくさん暖かいものを車積み込んでいきました。凍えそうなら、帰って来いといっておきましたが、いまだ救援の依頼はありません。
私のワイフは、州立大学から、この称号つきの卒業をしていますが、たしか、このアシきりのGPAは、そのころ3.5だったように記憶しています。この称号も大学によって、その価値が違うのかもしれませんね。
さて、話はかわりますが、息子の家族の一人のJ君はFulbrightの補欠だったので、シカゴの仕事探しをしようかと計画していましたが、辞退者がでたようで、日本で1年間の研究生活を送ることになりました。研究の対象は日本の少年野球、高校野球だそうで、面白いところに目をつけたものです。
今年は、就職が厳しいためか、Pomonaからの22名のFubright合格者のうち、6名が辞退しているそうです。このようなことは、今まではなかったそうですから、やはり就職への不安が卒業生に、海外での経験より、目の前の仕事を選択させているのはないかと思います。もったいない、と思うのは私だけでしょうか。
また、高校で同窓のK君は、UC Berkeleyを、Political ScienceとIndustirial EngineeringのBA.BSの2重学位で卒業しました。UCを2重学位で4年間で卒業するのは至難の快挙です。彼は、Peace Corpに参加して、西アフリカに赴任して、高校の科学の先生をするべく、New Yorkでの訓練課程にむけて出発しました。彼は息子の高校のサッカーの仲間でもあり、大の仲良しなのですが、在学中にはガーナにも留学していて、やはり、類は友を呼ぶとでもいいますか、、、、
息子は、ガールフレンドがやってきて、今ヨセミテ公園で数日のキャンプ生活を楽しんでいます。雪が降るとかでたくさん暖かいものを車積み込んでいきました。凍えそうなら、帰って来いといっておきましたが、いまだ救援の依頼はありません。
出立式ーCommencement
GraduationとAcommencementの間にある違いというのも面白いものだと感じます。かたや、やっと終わったという到達感ことでしょうし、後者はこれからいよいよだぞという心構えがかんじられます。
PomonaではCommencementですので「出立式」ですね。この儀式の前の日には、それぞれの学部でレセプションがあり、息子の関係した、社会学、と心理学の学部のオードブルをつまみながらの会話に参加しました。息子が授業をとった教授たちにあって彼の学問的、人間的な成長のエピソードを聞いたりするのは、結構楽しいものでした。このレセプションは昼におこなわれましたが、夕方には、お知らせしたようにAsian American Pacific Islandersのディナーがあり、父兄も含めて100名以上が参加してこれまでにない盛会だったというはなしでした。ここでは大学のなかでもAsian Communitiyの活動報告などのほか、それぞれの学生が一言参加者につげるという舞台もあり、親にとってもうれしいひと時でした。アイデンティティというのは、心理的な自己規定ですから、外見はまったく白人の学生が、アジア系に対する抑圧は許さないといったこといったりするのを聞いて、そのとおりと思う反面、ちょっと違和感をおぼえるのは、私が日本人という日本人絶対多数社会で育ったよそ者だからかもしれません。
ここでも、息子が働いていた、Volunteer Centerのボスと会ったり、学術面でのアドバイザーと会ったりしました。だいたいは、褒め言葉でちりばめられた会話だったのですが、親の欲目を引いてみても、まあ、彼は良くやったほうだと思います。
卒業していく仲間は、一人が1年間はGap Yearというお休み、もう一人はシカゴで求職、ハワイ大学医学校、Duke
のMuseum Curator Courseなどとなっています。
息子は特に優れた学生でもないので、称号をもらえるほどの成績をとりませんでしたが、教授たちとの会話を総合して思うに、実社会にでて十分にやっていける、下地は大学でできているので、あとはそれぞれの道を選んで進めということのようです。Pomonaでは卒論がありで、4年次は多くの精力をこのためにかたむけるのですが、その卒論のレベルはほかの大学で修士論文としても立派に通用するレベルのものが求められるということを複数の教授たちから聞きました。
さて、当日のCommencementは、朝の10時からでQuadと呼ばれる広い芝生のうえに数千のいすが並べられ、樹木の間にはコンサートの時にみられるような柱がたてられて柱と柱の間には綱が縦横にはられて、その綱から16インチくらいの長さのちがう布がびっしりと下げられています。これは炎天下の遮光のためで、風は通すが影をつくるという、今年からの発明のようでした。去年は日陰の部分がすくなかったので、100度ちかい灼熱のために参加者は難儀をしたことから、この工夫が生まれたそうです。
式ではスピーチがいくつかあり、要旨としては、Pomonaの教育の成果はひとのため、社会のために使えということでこれは、共通のテーマでありました。証書の授与があり、そのあとは、芝の広場の半分をつかって、学長のレセプションがあり、軽食、飲み物が供されました。しかし、私たちは、できるだけ早めに帰途につきたかったために、近くの商店街のなかにある、Taco Factoryに行き昼食をとりました。この日は近くのレストランは式のあとの昼食の予約でいっぱいで、飛び込みではなかなか席がとれないそうです。
昼食後は、彼の寮にもどり荷造りしてあったものからトラックに積み始めて、荷積み完了が4時半、それから帰途につき、In and Outのハンバーガーを食べつつ、ひた走りにはしり11時前に帰宅しました。あとはシャワーと就寝、朝までぐっすりでしたね。
さて、そろそろ日本行きの荷造りにかかります。
では、日本から帰りしだいまたぶろぐを再会します。
PomonaではCommencementですので「出立式」ですね。この儀式の前の日には、それぞれの学部でレセプションがあり、息子の関係した、社会学、と心理学の学部のオードブルをつまみながらの会話に参加しました。息子が授業をとった教授たちにあって彼の学問的、人間的な成長のエピソードを聞いたりするのは、結構楽しいものでした。このレセプションは昼におこなわれましたが、夕方には、お知らせしたようにAsian American Pacific Islandersのディナーがあり、父兄も含めて100名以上が参加してこれまでにない盛会だったというはなしでした。ここでは大学のなかでもAsian Communitiyの活動報告などのほか、それぞれの学生が一言参加者につげるという舞台もあり、親にとってもうれしいひと時でした。アイデンティティというのは、心理的な自己規定ですから、外見はまったく白人の学生が、アジア系に対する抑圧は許さないといったこといったりするのを聞いて、そのとおりと思う反面、ちょっと違和感をおぼえるのは、私が日本人という日本人絶対多数社会で育ったよそ者だからかもしれません。
ここでも、息子が働いていた、Volunteer Centerのボスと会ったり、学術面でのアドバイザーと会ったりしました。だいたいは、褒め言葉でちりばめられた会話だったのですが、親の欲目を引いてみても、まあ、彼は良くやったほうだと思います。
卒業していく仲間は、一人が1年間はGap Yearというお休み、もう一人はシカゴで求職、ハワイ大学医学校、Duke
のMuseum Curator Courseなどとなっています。
息子は特に優れた学生でもないので、称号をもらえるほどの成績をとりませんでしたが、教授たちとの会話を総合して思うに、実社会にでて十分にやっていける、下地は大学でできているので、あとはそれぞれの道を選んで進めということのようです。Pomonaでは卒論がありで、4年次は多くの精力をこのためにかたむけるのですが、その卒論のレベルはほかの大学で修士論文としても立派に通用するレベルのものが求められるということを複数の教授たちから聞きました。
さて、当日のCommencementは、朝の10時からでQuadと呼ばれる広い芝生のうえに数千のいすが並べられ、樹木の間にはコンサートの時にみられるような柱がたてられて柱と柱の間には綱が縦横にはられて、その綱から16インチくらいの長さのちがう布がびっしりと下げられています。これは炎天下の遮光のためで、風は通すが影をつくるという、今年からの発明のようでした。去年は日陰の部分がすくなかったので、100度ちかい灼熱のために参加者は難儀をしたことから、この工夫が生まれたそうです。
式ではスピーチがいくつかあり、要旨としては、Pomonaの教育の成果はひとのため、社会のために使えということでこれは、共通のテーマでありました。証書の授与があり、そのあとは、芝の広場の半分をつかって、学長のレセプションがあり、軽食、飲み物が供されました。しかし、私たちは、できるだけ早めに帰途につきたかったために、近くの商店街のなかにある、Taco Factoryに行き昼食をとりました。この日は近くのレストランは式のあとの昼食の予約でいっぱいで、飛び込みではなかなか席がとれないそうです。
昼食後は、彼の寮にもどり荷造りしてあったものからトラックに積み始めて、荷積み完了が4時半、それから帰途につき、In and Outのハンバーガーを食べつつ、ひた走りにはしり11時前に帰宅しました。あとはシャワーと就寝、朝までぐっすりでしたね。
さて、そろそろ日本行きの荷造りにかかります。
では、日本から帰りしだいまたぶろぐを再会します。
7250ドル
最近息子か学生ローンの件で、電話がありました。卒業するに当たって、毎年あった借金を合計してその額に対しての手形Promisary Note)に署名ということでした。そこで、3年間(4年目には学生ローンは廃止となった)の合計をだしてみたら、しめて、8250ドルが請求書の明細の合計だったのですが、大学から息子に通知された数字は7250ドル、私たちは、安くなるのは歓迎ですから、良かったと息子に署名してもらいました。
まあ、間違いであれば、大学から訂正の通知があるとはおもいますが、本人が卒業していないのであれば、どうなるのでしょうね。1000ドルはどこにいったのでしょうね。
5万ドルの借金をかかえて卒業する学生もめずらしくない昨今、7250ドルはどうとでもなるような金額なので安心です。もし、彼がUC Berkeleyに行っていたとして4年分を比較してみると。
支出項目 UC Berkely Pomona
4年間の支払い経費 100,000 95、000
学生ローン 12,000 7,250
計 112,000 102,250
と、こんな感じだと思います。
さらに潜在的な受益をみれば、UC Berkeleyでは州が補填するのは授業料の66%ですから
18、700ドル x 4年間 = 74,800ドル
Pomona ではFinancial Aidの奨学交付金のみの合計が 96000ドルと、年間に援助なしで大学に支払う経費と大学が学生にかける年間の実費の差額が4年間で12万ドルくらいだったでしょうから、
その計は 216,000ドルとなります。
ちょっとこじ付け気味かもしれませんが、これに、おそらくUCBではなくPomonaに行ったからこそ受給できた Fellwoship Grants(夏休みと来年の分)を加算すると33,000ドルがさらに加算されます。
したがって、総受益は 249,000ドルという高額に達したことになりました。
まあ、間違いであれば、大学から訂正の通知があるとはおもいますが、本人が卒業していないのであれば、どうなるのでしょうね。1000ドルはどこにいったのでしょうね。
5万ドルの借金をかかえて卒業する学生もめずらしくない昨今、7250ドルはどうとでもなるような金額なので安心です。もし、彼がUC Berkeleyに行っていたとして4年分を比較してみると。
支出項目 UC Berkely Pomona
4年間の支払い経費 100,000 95、000
学生ローン 12,000 7,250
計 112,000 102,250
と、こんな感じだと思います。
さらに潜在的な受益をみれば、UC Berkeleyでは州が補填するのは授業料の66%ですから
18、700ドル x 4年間 = 74,800ドル
Pomona ではFinancial Aidの奨学交付金のみの合計が 96000ドルと、年間に援助なしで大学に支払う経費と大学が学生にかける年間の実費の差額が4年間で12万ドルくらいだったでしょうから、
その計は 216,000ドルとなります。
ちょっとこじ付け気味かもしれませんが、これに、おそらくUCBではなくPomonaに行ったからこそ受給できた Fellwoship Grants(夏休みと来年の分)を加算すると33,000ドルがさらに加算されます。
したがって、総受益は 249,000ドルという高額に達したことになりました。