北加発:アメリカ合州国、教育、人々、その他、なんでも -22ページ目

CSUでは、さらに40000名の入学枠の削減へ

州からの500億円相当の原資の削減がみこまれているために、2010-2011年度には、CSU全体で7%に相当する40000名の新入入学枠の削減があると、発表されました。さらに、編入については、冬、春の時期については75%の削減となるそうです。不景気のために大学への入学希望者が総体として増えているために、2009年度の応募者は前年に比べて32%上昇、また、編入応募は127%、倍以上の増加となっているそうです。

この定員の削減、応募者の増加がもたらすものは、学力の審査でのアシきり点の上昇で、過去には成績の平均がC+程度であったも、大目にみて入学されていることもあったわけですが、これからは、本来の指標である平均の成績がB以上(GPA 3.0以上)でなければ、入学がかなわないことになるとのことです。

州外生、あるいは留学生については、今までどおりの学生総体の6-7%程度という割合は変わらないそうですが、住民の学生に要求する学力が高くなると、彼らにもとめる学力もそれにつれて上がるのかもしれませんね。従来ではGPAで0.4くらい住民よりたかいものが必要だったようです。

CSUは23のキャンパスがあるために、1キャンパス当たりの削減は1500-2000名くらいのものとなるのでしょうが、合否のボーダーラインの成績の応募者には厳しいものとなるように、思います。

これまで、教師、看護士、会計士などを毎年世の中に送り出してきた、CSUの定員削減は、州の長期的な発展を妨げるものと、危惧する声も高まってきてています。UCとは違い、住民が恒常的に接する機会がおおい専門職の養成期間ですから、将来、さまざまな齟齬が生じることになると、私も感じています。

卒業生の進路

Princeton Reviewからの情報です。卒業直後の進路については、AmherstとWilliamsは公表していないので、私学の西の雄のStanfordとPomona, Swarthmoreの情報をおつたえするとともに、親にとって、見逃せない卒業率についは、AmherstとWilliamsのものについてもお知らせします。


大卒直後の進路            Pomona       Swarthmore        Stanford  
                             
卒業後、勉強、研究をつづける     33%           21%            34%    
Fellowship,Internshipなど

ビジネス スクール                                           1%

文理系の大学院              12%           17%             

ロースクール                11%            2%             6%

メディカルスクール             11%            2%            14%

計                        67%           42%            55%




卒業率        Pomona,   Swarthmore   Amherst,   Williams     Stanford

4年間で         90%       87%        84%      91%        79%

5年間で          4%        3%         8%       3%        12%

6年間で                                1%                  2%

計             94%       90%        93%      94%        93%


となっています。


この表をみれば、どちらが優れているということではなく、難関、、名門といわれるLACのなかでも学生の志向性に微妙に違いがあることを感じられるように思います。息子の場合には、Pomonaの33%の範疇となりますね。Pomonaでは卒業後すぐにj求職するのは、この比率からいえば100名程度となりますから、例年、求人が300名くらいあるので、選り好みをしなければ、職にはありつけそうですね。

大学院応募へ

あっという間に一年たって、今度は本番の大学院応募となりました。推薦状は、専攻の学科の先生3人に、また、大学のコミュニティ サポート プログラムのディレクターからの推薦状もとりつけて、推薦状については申し分がないようですが、ついでに、現在、滞在している国のアメリカ大使にもお願いをしようか、などという案もあり、この案は息子も気にいっている様子です。息子の参加しているFellowship 参加者むけの大使主催のサンクスギビングのパーティがあるそうですから、そのときにアメリカ政府出先機関でもボランティアをしている息子は大使に紹介されているので、そのことを思い出してもらえないかどうか試してみるそうです。もちろん、これは、ダメもとですね。

GREは以前おつたえしたように、すでに済ませていて、得点は、第一希望の大学院の合格者の平均程度だったようです。エッセイについては、大学在学中のっ成果、経験にくわえて、今回のFellowshipのこと、また上でのべたボランティアなども追加して書き改めているようです。内容的には、ほかの応募者と伍して競争できるものだと、私は思います。

応募そのものは、オンラインでできるために、私たちが渡したクレジットカードで応募料を支払いすればよいので簡単です。一校、60-80ドル程度の料金だそうですが、おそらく10校くらいの応募となると思います。ワイフはクレジットカードのポイントが稼げると、喜んでいて、今年中にポイントがほしいから、1月末の締め切りの応募も12月末までに終わらせてほしいというような要望を息子にしています。

この大学院は、こちらで言われるProfessional Schoolで専門職につくための学校です。ある大学院では、詰め込みの1年で修士、ほかの大学では通常の2年の修士課程です。私たちは、我慢して1年で終わるほうが良いのではないかと、思っていますが、こちらのほうが難関でこれは合格できなければ、選択の余地もないので、結果を待つということですね。1年間の修士は、すべて私立で、2年間のものは私立と州立があります。息子が使える大学院の学費は6万ドルですから、この予算で借金はなしでなんとか終わらせてほしいと思っています。

ひとつ、息子が有利なことは、第一志望の大学院の同じ専攻に、Pomonaから今年入学した友達がいるので、内部情報がメールひとつで、簡単に入手できることです。また、彼女が来年卒業した後の就職の状況なども是非教えて欲しいことですね。

大学の合否の発表と同じころ、大学院の発表もあるそうです。春には、落ち着かない日々があるかもしれません。

あの湖の鱒釣り再開

ボストンに行く前に2度ほど、あの湖でためしに鱒釣りをしてみました。結果は2匹と、水面の温度が下がってきてはいるものの、あと一息と言う感じでした。ボストンから帰ってみると、華氏の気温で10度は下がっていて、最低気温が40度代になってきていたので、もういいだろうとためし釣りをしたところ、平均2匹くらいの釣果でした。

あの湖の浅瀬には小魚がむれていて、早朝には、獲物を求める魚におわれて飛び跳ねている姿も見えます。このような時は、スプーンやスピナーなどが効力があるので、これらの疑似餌をなげては、虹鱒を釣っています。そうですね、時間的には日の出の6時半から8時くらいまでが、ルアーの効き目が大きいですね。その時間帯のあとは餌釣りに切り替えて釣りをしていますが、最近の当たり餌は、白か黄色のPower eggs、Rainbow Power Bait,ミミズ(これはMiniとよばれる小さいもののほうが良い)といったものです。

餌の色、個数、ほかの餌との組み合わせといったものの魚の好みは良く変わるので、その日の当たり餌をまず確定するのが大事ですね。最近は仲間もふえているので、朝一番は、みんなが違う餌をつけてみて、どの餌にあたりが多いかをみきわめてから、その日の当たり餌2,3種をを統一して使うという無駄のない方法を取っています。この方法だと、5人の釣り人がいれば、10種の餌を同時に試すことができますから、効率的です。個人、個人がその個性を現したい釣りというスポーツでは、このような協力体制というのは、あるいは珍しいことなのかもしれません。

そういえば、最近あの湖から1時間ほどのところにある湖にも遠征してきました。この湖も同じ「公園区」に所属しているために、駐車パス、釣りパスもあの湖のもので通用します。行った先の湖は山の中にあるダム湖で、規模もおおきく、虹鱒、Black Bass,以外にもスズキも釣れます。着いたときには、ひどい霧で10メートルも視界がなかったのですが、その後晴れて美しい景色をみせてくれました。釣りのほうは、行った4人ともに2匹ずつでしたが、型がよく、一人当たり2キロくらいの魚を持って帰りました。ここもルアーの効き目がなかったので、餌釣りをしました

仲良しの釣り人の一人が今日から、アリゾナで研修なので不在のために、こちらにいる間にできるだけ釣りをしたいというわけで、仕事の前など暇を見てはというか、暇をつくっては、ほかの仲間とともに彼と釣りをしてきました。G LoomisとSt Croixの竿、ShimanoのSustain(日本のTwin Power)がお気に入りの彼は、私が新しい竿を使っているのを見ると、<それ持ってる>と言う人ですが、陸軍の軍曹です。釣りという趣味がなかったら、この人とも友人になる機会はなかったでしょうね。

Bay Areaでは昨日は台風並みの風と豪雨で、トラックの横転、洪水などの問題があり、今日もそれほどひどくはないのですが、降り続いています。この3年間は降雨量がすくなく、貯水池の水のどんどん減るばかりだったので、この雨と、シエラ山脈での降雪は天恵です。今回の嵐のために停電が数十万世帯とか報道されていますが、この程度の被害は、雨の与える恩恵にくらべれば、比べ物にはならないように思います。



ボストン観光

先日、5泊6日の私たち二人のボストン旅行の持ち出しの総経費がどのくらいだったのか、ワイフが算出してみました。1100ドルだったそうです。

飛行機代は航空会社のマイレージとクレジットカードのポイントから、シェラトンのホテル代はこれもクレジットカードのポイントプラス一泊60ドルとか、食事は時々贅沢、普通は普段食ということで、地下鉄の一週間のパスや、観光用の割引パッケージカードを買ったりというようなわけで、たったの1100ドルだったわけです。

西海岸からボストンまでは8-9時間かかりますから、初日は移動日で、次の日は、水陸両用車でのボストン観光をしてみました。これはアメリカ陸軍が第2次世界大戦のときに製造したもので、陸上の町の観光で走ったその足で、そのままチャールズリバーに乗り込んでいきます。まあ、これは話の種ですね。このツアーの出発点が科学博物館だったので、ツアーが終わってから、この博物館をみました。その後はHarbor Tourで湾内周遊船にのっての観光をし、桟橋の近くの水族館も見物。

2日目は、Freedom Trail Walking Tourに参加しました。独立時代の衣装をつけたガイドつきで歴史のある名所を歩道の表示にそって見ていきました。これは、午前の部の前半と午後の部の後半があり、両方とも参加しまた。アメリカの最古に近い街ですから、1700年代の舗装などもあり、そのほかのたくさんの歴史盛りだくさんのツアーでした。この日は制服を着た日本からの修学旅行風の団体も何組か見かけました。このツアーはお勧めです。

3日目は、University of Massachusetts,Bostonの構内にあるJFK Museumにいき、そのあとで、Gardener's House(4階建てのお屋敷そのものが美術館)にいき、そのあとでMuseum of Fine Artにいきまいた。実物をみてちょっと教養が増えたかもしれません。

4日目は Bunker Hill(独立戦争の古戦場)の記念塔に登り、その後は乗り降り自由の周遊バスにのって、チャールズ川の対岸のケンブリッジにいき、MITをかすったり、してきました。

ホテルは、Sheraton, Prudential Centerというところで、下は池袋のサンシャインシィティのようですが、そこよりも高級な商店街があり、なにかと便利でした。22階の部屋で見晴らしは抜群、まえにお伝えしたように正面にはMITがみえていました。この中にあるLegal Sea Foodにはお世話になりました。




アイルランド共和国軍とアメリカ独立革命

ボストンへの旅で見物した観光名所」やおいしい食べ物などの紹介はあとにするとして、この街に数日滞在してその街のたたずまいの中で感じたことを述べてみたいと思います。

ご存知のように、Boston Tea Partyがアメリカ独立運動のさきがけとなり、1776年の独立につながっていったことはアメリカの歴史の初歩知識ですね。しかし、この街にきてみて、その当時のことを良く聴いてみると、どうもラムをのんで気が大きくなった、荒くれ男たちが後先をあまり考えずに、「やってしまった」ことの結果が独立につながっていったというのが真相のようで、ボストンの虐殺もどうも仕組まれたものだというのが、現在の歴史解釈のようですから、まさに、宗主国の大英帝国にとっては、暴徒が徘徊する街がボストンだったのだと思います。

また、" Sons of Liberty"という<テロリストの組織>もあり、総督の家に押し入って、焼き討ちにしてしまったりしていて、独立運動家とテロリストは、立場の違いで呼び方がちがうのみと言う思いもしてきました。これは反戦運動家が暴力学生とよばれていたのとまったく同じで笑ってしまいました。しかし、理があったのが、独立運動の側で、住民の大勢をしめ、独立に成功しました。毛沢東流にいえば、造反有理。

私が心の深層で、アメリカに惹かれるのはおそらく、この国では、人々の中に、この抵抗、独立運動の歴史が心理的にいまでも受け継いでいるためではないかと思っています。

その例として、ずいぶん昔のことでうすが、アイルランドのテロリスト組織とよばれていたIRAに武器をアメリカから
密輸していた、アイルランド系のアメリカ人が逮捕、起訴されたことがありましたが、イギリス軍の制圧下、抵抗運動をすすめるIRAをアメリカ独立軍になぞらえての弁論のあと、陪審員たちは、の弁論をいれて無罪の判決をくだしたことがあります。

イラク、アフガニスタンとアメリカの兵士が駐留していますが、外国人の占領軍にたいして民族的な叫びとして、抵抗する人々は、Freedom Fighterなのか、テロリストなのかよく考える必要があるように、私は思います。

人種差別

あまり人気のない地下鉄の駅の中から地上にでるのに、エスカレーターガ故障していて、階段か、エレベーターかという選択しかありません。こんな時には、あなたはどちらを選びますか。そう、やはりエレベーターですか。そこで、エレベーターにいくと黒人の若者が二人先に乗っています。ほかには、あなたたちだけしかいません。あなたは、このエレベーターに乗りますか?それともエレベーターがまた下りてくるまで待つか、あるいは、階段にもどりますか?

むずかしい選択です、と思われる方もおおいと思います。これは今回の旅行中に実際にあった経験で、私たちの答えはエレベーターに乗るで、一緒に乗りました。べつにどうという事はなかったですね。降りるときにはドアを押さえてくれましたよ。ところが、私たちのうしろからもう一組の白人のカップルがやってきて、乗っている私たちを見て、逆戻りしてきました。

私は人種の問題というのは大変難しいことなのですが、大きな部分は無知、交際の経験の欠如を解決することによって成果が得られると思っています。当たり前のことですが、ほかの人種とおなじように黒人のなかにも悪人、善人がいます。その見分けができる判断能力が、また、危険に対する皮膚感覚がアメリカで住むためには必要のようにおもっています。もちろん、この国は住み分け社会ですから、ある階層の人々との接触を極限まで減らそうと思えばそれも可能です。

さて、今日の質問です。

1、この逆戻りをしたカップル、彼らは人種差別主義者とみなされるのでしょうか?





アイビーはIVYではない?

ボストンに6日ほど遊んできました。ここでの観光の経験はまたお話しするとして、参加したあるツアーで大学の雑学的な知識が増えました。そのひとつは、例のアイビーリーグの名称の由来です。

植民地時代からあったボストンとその近郊の大学でスポーツの対抗リーグを組むことになり、そのリーグに参じたのがHarvard, Yale, Princeton、Dartmouthの4校だったそうです。数字の4はローマ数字に直すと IVとなり、新聞がこれらの試合の報道をするときにIV Leagueと(4校対抗リーグ)と表記したために、加盟校がI(アイ)V(ヴィ、ビー)と呼ばれることになったそうです。したがって、ツタのIvyとは由来が別物というお話でした。

初期のIVからご存知のように、4校ふえて8校となったIV Leagueですが、その呼称はかわらずに現在にいたっているわけですね。名前がVIIIとなると呼ぶのにヴィ3アイとなったりして、大学という感じがしなくなるかもしれませんね。

さて、ボストンとその近郊には、2年制と4年制をあわせ70の大学があるそうです。聞きしに勝るl高等教育地帯ですね。地下鉄に乗ってもパックパックを背負ったり、教科書をかかえた学生の数が多かったです。若者が多い街ですね。私たちが滞在した周りをみても、ホテルの部屋の窓の正面の川向こうにMITが見えていて、その西がHarvard,そうしてホテルのほとんど隣にBerkely College of Musicもあり、Northeasternも2駅先で、その西にはBoston Universityがありました。

まえに、お話したかもしれませんが、37年前にこの街を訪れたことがあります。日本のベトナム反戦運動の手伝いをしていた、交換留学生のアメリカ人の友達二人が帰国後にHarvardの学生になったので、2月の寒いときに訪ねたことがありました。そのときの薄れていく記憶をたどりながらの今回の訪問でしたが、地下鉄の電車の色は覚えていました。Harvard行きは赤い電車でしたね。



UC,USC, CCCの一日授業放棄

授業の削減と値上げの連続がつづいている、カリフォルニアの公立大学では,今日9月24日に学生と教授陣が授業放棄、講義放棄をするそうです。このような学生の造反では高名なUC Berkeleyがやはり先鋒で、この大学では朝の暗いうちから、プラカードをもったデモがおこなわれ、数千人の学生がこの一日放棄に参加すると予想されています。

授業料が2年前にくらべて、2010年度は44%の値上げになるような提案があり、値上げされた上に教育の中身が空洞化するというのは納得できないと学生たちと教授たちが一体となって反対を表明しているわけです。カリフォルニアの高等教育は、コミカレ、CSU, UCともに、授業料の値上げがあり、授業数が削減されて、学生の定員も削減されています。

経済が低迷するなか、税収を上げるためには税率を変える必要があるわけですが、これは、州議会の議決法で2/3の議員票が必要であり、一党がその表決に耐えるだけの議席がなければ、税制の改革ができません。したがって、事実上この議決方のために、この大学予算問題も解決の方法がありません。景気の回復は拙速であるというのが一般的な予想ですから、カリフォルニアの公立大学の財源の課題も、相当長期にわたることになると感じます。

頂き物

最近、到来ものラッシュと言っても良い日がありました。ワイフのいとこから、彼が素潜りで取ってきた、長さが20センチくらいのアワビ、知人から、ハマチを、また、釣りの相棒から、彼がオレゴンに行って釣ってきたキングサーモンををいただきました。

アワビは冷凍のものが2個すでに冷凍庫にはいっているので、まだ生きているアワビは殻をはずして、3等分して、1個はハマチと交換して、もう一個は友人におすそ分け、残ったものは、ハマチとともに刺身にして食べました。ハマチは知人の友人が船からの釣りで釣ってきたもののようで、日本の養殖物とはちがい、脂肪はすくないのですが、それなりに美味でした。オレゴンからの鮭は、28ポンドのものだったそうですが、私がいただいたのは、その1/4で、釣り上げ次第クーラーで冷蔵していて、ロッジに着き次第、おろしてバキュームパックし、冷蔵して車で運んできたものでしたので、今まで食べた鮭にくらべて一番新鮮のものでした。これは、半分はバーベキューグリルで焼いて、もう半分は、薄切りの削ぎ切りにして、これも超薄切りのたまねぎをくわえて、裏庭のレモン汁とオリーブオイルに漬けて、塩、故障と少量の砂糖で味を調えて、いただきました。これもおいしかったです。

カリフォルニアに長い間住んでいると、このような頂き物が結構あります。桃、りんご、なし、柿、、トマト、きゅうり、なすび、スイカ、アボカド、オレンジ、などなど裏庭野菜、果樹をいただくことがよくあります。海のものも、マグロ、Rock Fish、タラの類をいただくことも珍しくないですね。この魚の類については、私自身がつりをしているために、その方面の友達から回ってくることが多いのは事実です。

まだか、まだかとあの湖の様子を毎週モニターしていますが、来月のいつかあの湖の虹鱒が餌に飛びつくことになったら、私が今度は、獲物の虹鱒を配達して回ります。