コミカレで学士(BA,BS)がとれる?
専門職の職業訓練的な専攻をした場合に、Community College(CC)だけに通学して4年後にBA, BSの学位のとれる州があるそうです。下に列記する州がそれにあたります。
Washington, Nevada, Utah, New Mexico, Texas, Oklahoma, North Dakota, Minnesota,
Arkansas, Louisiana, Indiana, West Virginia, Georgia, Florida, Vermont, Hawaii、
New York
これら17州では看護学、教職といったものが学士となれる主な専攻だそうですが、これは心に留めておいたほうが良いかもしれません。
カリフォルニアでも、近日中に同様な制度が可能かどうか州議会で調査がはじまるそうです。この理由は、今期の応募者の数万人が、入学資格があるにもかかわれず、UCやCSUから入学を拒否された経緯があります。San Diego State University では、入学優先順位の高い管轄の地区からの有資格の応募者全員の入学をさせることもできず、このような、変則的な制度がその可能性を探られることになったようです。
ちょっと興味のあるデータを聞いたのですが、CC生で将来4年制の大学に編入を希望する学生たちのうち、4名に1名だけが、CC入学後6年以内に実際に編入を果たしているそうです。ほとんどが働きながらの学生でしょうから、なにかと難しいのでしょうが、この数字をみると、私が想像していたよりも、かなり下回っていますね。日本からの留学生についてのデータも見てみたいですね。
Washington, Nevada, Utah, New Mexico, Texas, Oklahoma, North Dakota, Minnesota,
Arkansas, Louisiana, Indiana, West Virginia, Georgia, Florida, Vermont, Hawaii、
New York
これら17州では看護学、教職といったものが学士となれる主な専攻だそうですが、これは心に留めておいたほうが良いかもしれません。
カリフォルニアでも、近日中に同様な制度が可能かどうか州議会で調査がはじまるそうです。この理由は、今期の応募者の数万人が、入学資格があるにもかかわれず、UCやCSUから入学を拒否された経緯があります。San Diego State University では、入学優先順位の高い管轄の地区からの有資格の応募者全員の入学をさせることもできず、このような、変則的な制度がその可能性を探られることになったようです。
ちょっと興味のあるデータを聞いたのですが、CC生で将来4年制の大学に編入を希望する学生たちのうち、4名に1名だけが、CC入学後6年以内に実際に編入を果たしているそうです。ほとんどが働きながらの学生でしょうから、なにかと難しいのでしょうが、この数字をみると、私が想像していたよりも、かなり下回っていますね。日本からの留学生についてのデータも見てみたいですね。
大学院志望校リスト
Educational School(教育大学院)をめざしている息子は、分野のなかで細分化された専門職についての志望校を絞り込んで、8校を考えているそうです。以下は、最終リストではないのですが、ご参考になるかと、、、、、
1.UCLA
2.Harvard
3 U Penn
4.USC
5.Vanderbilt
6.U of Michigan
7.U of Washington
8.Penn State
1と2、3が取り違えているのではないかとお考えの方もいるかと思いますが、これは彼の個人的な事情(恋人の近くにいたい。)もあるような気がしています。すべてMasterの課程ですが、1,2,3は1年間の課程で、6は18ヶ月の課程、ほかは2年間のプログラムとなっています。また、以前にもお知らせしていますが、大学院のために用意している学費に限りがあるために、4と5については合格できたとしても、実際に借金覚悟の入学するかどうか、かなり難しい決断になるように思います。
親父が心の中で行ってほしい大学は2か3ですが、これも心の中に留めています。私の予想ですが、UCLA卒では地元の大学群が私学の雄のStanfordもふくめてすべて予算節減の減員をしているために、求人の枠が極端にすくなく、職探しに苦労するような気がします。東のほうは大学数も多いために、おそらくカリフォルニアに比べれば、就職の可能性が高いという印象をもっています。
まあ、厳しい状況のなかの一筋の光は、彼が専門としたい分野は、近年大学の拡充したいと考えている部署なので、部署の新たな設置、拡張、充実にともなう求人がいまでもあるということですね。
去年、応募をせずにGREの点数だけ送っていたHarvardは、このGREの点数がすでに受理記録されているので今年の応募のさいに改めて送付する必要がないとの知らせがあったそうです。
1.UCLA
2.Harvard
3 U Penn
4.USC
5.Vanderbilt
6.U of Michigan
7.U of Washington
8.Penn State
1と2、3が取り違えているのではないかとお考えの方もいるかと思いますが、これは彼の個人的な事情(恋人の近くにいたい。)もあるような気がしています。すべてMasterの課程ですが、1,2,3は1年間の課程で、6は18ヶ月の課程、ほかは2年間のプログラムとなっています。また、以前にもお知らせしていますが、大学院のために用意している学費に限りがあるために、4と5については合格できたとしても、実際に借金覚悟の入学するかどうか、かなり難しい決断になるように思います。
親父が心の中で行ってほしい大学は2か3ですが、これも心の中に留めています。私の予想ですが、UCLA卒では地元の大学群が私学の雄のStanfordもふくめてすべて予算節減の減員をしているために、求人の枠が極端にすくなく、職探しに苦労するような気がします。東のほうは大学数も多いために、おそらくカリフォルニアに比べれば、就職の可能性が高いという印象をもっています。
まあ、厳しい状況のなかの一筋の光は、彼が専門としたい分野は、近年大学の拡充したいと考えている部署なので、部署の新たな設置、拡張、充実にともなう求人がいまでもあるということですね。
去年、応募をせずにGREの点数だけ送っていたHarvardは、このGREの点数がすでに受理記録されているので今年の応募のさいに改めて送付する必要がないとの知らせがあったそうです。
大学院からのリクルート
息子と一緒にかの国に滞在しているPomonaの同窓生も、来年の大学院入学にむけて、いろいろな大学院に応募し始めています。そのうちの一人はBiologyとAsian StudyのDouble Majorで卒業した学生でお父さんが日本人だそうです。彼女はPh.Dの課程を志望していて、UC Berkeleyに応募したところ、この院から、飛行機代は院もちで、Berkeleyまで面接にきてほしいとの返事があったそうです。海外の滞在国までの往復の飛行機代を支給してくれるというのは、よほど嘱望されている印でしょうね。彼女には多方面で才能があり、学問以外の語学面でも4ヶ国語に堪能で、それらの4カ国語以外にあたる現在の滞在国の言葉も息子は、彼女にはかなわないと言っています。
博士課程の大学院のほうでも、優秀な学生を集めるために、それなりに努力をしているということは、この件ではじめて知りました。これとは違い、Professional Schoolのほうは、リクルートはあまり無いようですね。
博士課程の大学院のほうでも、優秀な学生を集めるために、それなりに努力をしているということは、この件ではじめて知りました。これとは違い、Professional Schoolのほうは、リクルートはあまり無いようですね。
Gap Year
英気を養うためにすごす1年をGap Yearといいますが、息子のPomona College同窓の「家族」7人のうち3人はこのGap Yearとして卒業後を過ごしています。残りの4人は、息子と、ほかのFellowshiをうけた兄弟のひとり、もう一人はMedical Schoolに進学したひとりとArt HistoryのPh。Dをめざす一人の姉妹たちです。Fellowshipをうけている息子も、兄弟も就職とは違い1年と言う期限つきですから、その後のことをこの「学年」のうちに準備しなければいけません。
したがって、Medical SchoolとPh.D Courseに在学中の2人を除いては、ほかの全員がProfessional School、あるいはGraduate Schoolに進学すべく、現在準備中です。なかみはMedical School1名、Law School1名、Educational School1名 Graduate Schoo(Master, Ph.D)2名となっています。
こう見てみると、「家族」のなかで大卒後就職をした学生はゼロで、100%の{家族」が大学院レベルに進学することになります。Pomona Collegeの統計からみると、卒豪後5年以内に85%の学生がGraduate Schoolあるいは、Professional Schoolに進学するとされていますが、最近の傾向としては、卒業後そのまま院に入学、あるいは一年の後に院に進学する学生が増えてきているようです。
姉妹の一人でMedical Schoolに応募するMさんは、クリスマスのころ息子が滞在する国に遊びに来るそうです。彼女は、息子がメルボルンにいたときにも遊びに来ていました。裕福な家庭のお嬢さんなので、気軽にどこでも行っているようです。クリスマスには、息子がいる国に滞在しているPomonaの同窓生が首都あつまって一緒に遊ぶというような計画だそうで、Mさんを入れて8名が同席するとか。400名にも満たない、同窓生のうちの8名が外国の同じ国であつまるようなことは、珍しいことかもしれません。この集まりのように、若いころしかできないこともあるので、みんな機会があればできるだけ活用してほしいですね。
したがって、Medical SchoolとPh.D Courseに在学中の2人を除いては、ほかの全員がProfessional School、あるいはGraduate Schoolに進学すべく、現在準備中です。なかみはMedical School1名、Law School1名、Educational School1名 Graduate Schoo(Master, Ph.D)2名となっています。
こう見てみると、「家族」のなかで大卒後就職をした学生はゼロで、100%の{家族」が大学院レベルに進学することになります。Pomona Collegeの統計からみると、卒豪後5年以内に85%の学生がGraduate Schoolあるいは、Professional Schoolに進学するとされていますが、最近の傾向としては、卒業後そのまま院に入学、あるいは一年の後に院に進学する学生が増えてきているようです。
姉妹の一人でMedical Schoolに応募するMさんは、クリスマスのころ息子が滞在する国に遊びに来るそうです。彼女は、息子がメルボルンにいたときにも遊びに来ていました。裕福な家庭のお嬢さんなので、気軽にどこでも行っているようです。クリスマスには、息子がいる国に滞在しているPomonaの同窓生が首都あつまって一緒に遊ぶというような計画だそうで、Mさんを入れて8名が同席するとか。400名にも満たない、同窓生のうちの8名が外国の同じ国であつまるようなことは、珍しいことかもしれません。この集まりのように、若いころしかできないこともあるので、みんな機会があればできるだけ活用してほしいですね。
私の親子関係
最近の記事にたいして、名無しさんと名乗るかたからコメントを頂戴しました。その内容の要約としては、息子はもう独立した大人であるのにかかわらず、ここまで彼について言及されることは本人にとっていやなことだし、かわいそうではないかと言うご意見でした。
私の感覚が普通ではないのかもしれませんが、ここまで、のここはどの点を指摘されているのか、それがはっきりわかりません。それは、彼の今回の大学院応募にたいしての齟齬の件であるのか、その応募自体を記事にすることなのか、どうなのでしょう。
私の今までの記事を書く動機は、個人的な経験でもその中には普遍的な要素もあるでしょうから、その面では、ほかの方のお役に立てるかもしれない、と言う単純なものです。したがって、私を介しての息子の大学院応募の情報が、この読者のどなたかの役にたてば、それでよいと私は思っています。その過程のなかには、ちいさなドラマがあったりするわけですね。
さて以上のことを言ったうえで、私たち夫婦と息子の関係は幸運にも、親子でありながらも、BEST FRIEND(最大の味方)でもあるという関係です。この関係をつくってきた過程は出産前のラマーズの授業を受けて、私が授産室で彼をとりあげた時点からはじまり、不断に築いてきて22年後の今でものこの関係をつづけるための努力は継続中です。子供が親の批判を含めて、何をいっても親は話を最後まで聞く、そして、それがいつでも可能であることを子供が心の底から知っている、また、何を言ってもその内容によって、人格を批判されることは決して無いという約束がある、と言う親子関係は、現実のなかでは多分、少ないほうだと思います。この親は権威主義に陥らず、討論、説得、自らが見本になることよって子供の行動規範をつくってきたわけですから、相当なチャレンジでした。 一度、息子が”How come?"と言うので "Because, I told you so."と言ってみたら、息子がハッハッハと笑ってしまっていました。このような関係を土台にして、ブログを書いていますから、名無しさんの危惧が該当するかどうか、これはほかの読者の皆さんにも判断していただけたらよいと思います。
私が日本で育った家庭環境を思えば、自分がこのような親父になるとは想像もつきませんでしたが、子育ての
基本方針は、どのような大人になって欲しいのかというビジョンをもとに、ワイフとの対話でつくられ、実践する中で修正、洗練されて現在に至っています。子離れというならば、彼が大学に入学してからは、お金は出すが口は出さない、元気でやれというのが私たちの方針です。大学に入学してから彼は、自分の意思でいろいろなことをして成功してみたり、失敗してみたり、彼、一人の取捨選択の積み重ねの上に彼の今の姿があります。しかし、子供のことを思う親の気持ちがなくなったり、子供のことに興味をもたなくなることが、子離れというのは間違いではないかと、私は感じています。息子には彼の人生があり、私には、私の人生があると言うことを理解した上で、お互いのことを思うことはたぶん「愛」の発露(齢60の親父がこれを言うには勇気がいる)だと私は思います。
また、話は変わりますが、親としては、人の役に立つ、衣食住と税金を自前でまかなう「独立した大人」になってもらうために、これからも訊かれれば、アドバイスをしていかなかればいけないと思っています。現在の彼は、私の定義では、「独立した大人」ではありません。その理由は単純に独立して生活していくための収入がないからです。「成人」という生物的な年齢と、「独立した大人」とは社会的に別のものだと、私は理解しています。極真から手の大山師匠が言った、自前で飯が喰えて半人前、そのうえ人の面倒を見ることができて一人前という格言は、至言だと、私は感じています。
「ここまで」については、このブログで述べられている彼に関する情報は、彼自身が他人に公開している程度のものですし、匿名性のこともあり、実害はないと私は感じています。繰り返しになりますが、私の希望としては、万が一、彼の気持ちがチクッと傷つくことがあったとしても、その情報の読者の方々への効用がその数十倍あるのではないか、ということですね。
名無しさん、この記事がお答えの代わりになっていれば良いと感じていますが、いかがでしょう?
私の感覚が普通ではないのかもしれませんが、ここまで、のここはどの点を指摘されているのか、それがはっきりわかりません。それは、彼の今回の大学院応募にたいしての齟齬の件であるのか、その応募自体を記事にすることなのか、どうなのでしょう。
私の今までの記事を書く動機は、個人的な経験でもその中には普遍的な要素もあるでしょうから、その面では、ほかの方のお役に立てるかもしれない、と言う単純なものです。したがって、私を介しての息子の大学院応募の情報が、この読者のどなたかの役にたてば、それでよいと私は思っています。その過程のなかには、ちいさなドラマがあったりするわけですね。
さて以上のことを言ったうえで、私たち夫婦と息子の関係は幸運にも、親子でありながらも、BEST FRIEND(最大の味方)でもあるという関係です。この関係をつくってきた過程は出産前のラマーズの授業を受けて、私が授産室で彼をとりあげた時点からはじまり、不断に築いてきて22年後の今でものこの関係をつづけるための努力は継続中です。子供が親の批判を含めて、何をいっても親は話を最後まで聞く、そして、それがいつでも可能であることを子供が心の底から知っている、また、何を言ってもその内容によって、人格を批判されることは決して無いという約束がある、と言う親子関係は、現実のなかでは多分、少ないほうだと思います。この親は権威主義に陥らず、討論、説得、自らが見本になることよって子供の行動規範をつくってきたわけですから、相当なチャレンジでした。 一度、息子が”How come?"と言うので "Because, I told you so."と言ってみたら、息子がハッハッハと笑ってしまっていました。このような関係を土台にして、ブログを書いていますから、名無しさんの危惧が該当するかどうか、これはほかの読者の皆さんにも判断していただけたらよいと思います。
私が日本で育った家庭環境を思えば、自分がこのような親父になるとは想像もつきませんでしたが、子育ての
基本方針は、どのような大人になって欲しいのかというビジョンをもとに、ワイフとの対話でつくられ、実践する中で修正、洗練されて現在に至っています。子離れというならば、彼が大学に入学してからは、お金は出すが口は出さない、元気でやれというのが私たちの方針です。大学に入学してから彼は、自分の意思でいろいろなことをして成功してみたり、失敗してみたり、彼、一人の取捨選択の積み重ねの上に彼の今の姿があります。しかし、子供のことを思う親の気持ちがなくなったり、子供のことに興味をもたなくなることが、子離れというのは間違いではないかと、私は感じています。息子には彼の人生があり、私には、私の人生があると言うことを理解した上で、お互いのことを思うことはたぶん「愛」の発露(齢60の親父がこれを言うには勇気がいる)だと私は思います。
また、話は変わりますが、親としては、人の役に立つ、衣食住と税金を自前でまかなう「独立した大人」になってもらうために、これからも訊かれれば、アドバイスをしていかなかればいけないと思っています。現在の彼は、私の定義では、「独立した大人」ではありません。その理由は単純に独立して生活していくための収入がないからです。「成人」という生物的な年齢と、「独立した大人」とは社会的に別のものだと、私は理解しています。極真から手の大山師匠が言った、自前で飯が喰えて半人前、そのうえ人の面倒を見ることができて一人前という格言は、至言だと、私は感じています。
「ここまで」については、このブログで述べられている彼に関する情報は、彼自身が他人に公開している程度のものですし、匿名性のこともあり、実害はないと私は感じています。繰り返しになりますが、私の希望としては、万が一、彼の気持ちがチクッと傷つくことがあったとしても、その情報の読者の方々への効用がその数十倍あるのではないか、ということですね。
名無しさん、この記事がお答えの代わりになっていれば良いと感じていますが、いかがでしょう?
たなぼた企業年金
今年の秋の誕生日前に日本の企業年金連合会というところから、60歳になったら年金を支給しますとの通知がありました。これは私が20代のときに4年ほど仕事をした会社から支払われた掛け金に対してのもので、少ない額だったのですが、この掛け金の総額とほぼ同額の年金が毎年支給されることになるそうです。この予期してもいなかった知らせをうけて、年金受給に必要な、銀行のRouting Numberなどを、誕生日のあとで通知したら、追って知らせがあり、半端な月割りながら、今年分としてワイフと二人でおいしいディナーがいただけるくらいの金額の振込みがありました。すっかり忘れていて、期待もしていなかった不労所得ですので、なにか得をしたような気持ちになっています。
これからも小額ですが、毎年1回振り込みがあり、私が一年の釣りの経費をまかなうに十分な年金が振り込まれるようです。でもこれにも合州国の税金がかかるので、1040では申請の必要がありますね。
アメリカで働いていると、Social Securityが66歳から支給されますが、この最高額は現在月に2200ドル程度です。日本ですと、どのような金額なのでしょう。国民年金、企業年金、公務員の恩給といったもののなかでの違いはやはり大きいのでしょうか?
年金の話をすれば、最近ある釣り友達と話しをしていたら、ある学校区から退職したかれは、恩給の率が年俸の100%だそうで、40年勤続を達成しての受給だそうです。それまでは40年の勤続者がいなかったために、彼がこの学校区開闢以来はじめての受給者だったといいます。彼はこの恩給の上にSocial Securityの上乗せがありますから、働いていたときよりも、現在の不労所得の収入のほうがが高くなっているわけですね。アメリカの退職模様もさまざまです。
これからも小額ですが、毎年1回振り込みがあり、私が一年の釣りの経費をまかなうに十分な年金が振り込まれるようです。でもこれにも合州国の税金がかかるので、1040では申請の必要がありますね。
アメリカで働いていると、Social Securityが66歳から支給されますが、この最高額は現在月に2200ドル程度です。日本ですと、どのような金額なのでしょう。国民年金、企業年金、公務員の恩給といったもののなかでの違いはやはり大きいのでしょうか?
年金の話をすれば、最近ある釣り友達と話しをしていたら、ある学校区から退職したかれは、恩給の率が年俸の100%だそうで、40年勤続を達成しての受給だそうです。それまでは40年の勤続者がいなかったために、彼がこの学校区開闢以来はじめての受給者だったといいます。彼はこの恩給の上にSocial Securityの上乗せがありますから、働いていたときよりも、現在の不労所得の収入のほうがが高くなっているわけですね。アメリカの退職模様もさまざまです。
UC出願、完了?
息子からの連絡によるとUCの大学院への出願が完了?したそうです。UCのこのキャンパスの息子の出願した専攻は、いまだに書類の提出が必要といった今となっては前時代的なものだったために、Pomonaに在学中の友達の助けも借りて、期限までになんとか書類を送付したそうです。しかし、息子らしい齟齬があり指導教官がサバティカルのために期日までに連絡がつかず、この教授から推薦状が間に合わないと言う事態となってしまったそうです。私もこのようなことがないように、息子に念を押していた件だけに、「お前はアホか。」と叱ってしまおうかをおもったのですが、「もう大人だから。」と我慢をしました。
結局は、推薦状2通でとりあえず応募をして、大学院の当事者と話をして、もう1通の推薦状はもうひとつの専攻の指導教官から後日送付するという条件で受付てもらったそうです。入学者が20-30名程度の枠のなかでの審査ですから、大学の応募とは違い大学院のほうは、多少融通が利くのかもしれませんね。
志望順位のたかい私立の応募の締め切りが1月の末ですから、現在はこの準備に追われているようですが、こちらはオンラインでの応募ですから、UCから流用できるものもたくさんあるために、大丈夫だと思います。
さて、息子は生まれて初めて家族以外の人々とともに、Thanksgivingをすごしたわけですが、招待されたアメリカ大使の公邸でのディナーは、正式のものらしく飲み物はワインか水だけ、ご馳走の中身はまったくアメリカ国内でのものと変わらいものでしたが、ひとつだけ気になったものに、チキン照り焼ききがあったそうです。2時間半ほどの食事のあと、100人ほどの参会者は皆満足して岐路についたようです。
結局は、推薦状2通でとりあえず応募をして、大学院の当事者と話をして、もう1通の推薦状はもうひとつの専攻の指導教官から後日送付するという条件で受付てもらったそうです。入学者が20-30名程度の枠のなかでの審査ですから、大学の応募とは違い大学院のほうは、多少融通が利くのかもしれませんね。
志望順位のたかい私立の応募の締め切りが1月の末ですから、現在はこの準備に追われているようですが、こちらはオンラインでの応募ですから、UCから流用できるものもたくさんあるために、大丈夫だと思います。
さて、息子は生まれて初めて家族以外の人々とともに、Thanksgivingをすごしたわけですが、招待されたアメリカ大使の公邸でのディナーは、正式のものらしく飲み物はワインか水だけ、ご馳走の中身はまったくアメリカ国内でのものと変わらいものでしたが、ひとつだけ気になったものに、チキン照り焼ききがあったそうです。2時間半ほどの食事のあと、100人ほどの参会者は皆満足して岐路についたようです。
釣り人、漁師、Fisherman-日本とアメリカの違い その2
ご無沙汰していました。最近はにじます釣り、来年の息子の滞在国と日本への旅行などの計画で、仕事以外でもばたばたしています。釣りは、”I am in a rut!”「轍に嵌って出られない。」という不調に悩まされていますが、なんとか、Skunked(坊主)はさけてはいます。
釣りのような、気楽な趣味のなかにも、日本とアメリカの文化の違いが投影されているというのが今回のテーマです。言語というのは、社会のなかでの価値観、重要度などが反映されていて、たとえば、アフリカのある言語では、一匹の羊と、2匹の羊では違う名詞となっているとかで、英語でも単数と複数で名詞がちがうものがあるのはご承知のとおりです。この英語文化の先人たちは、多分ねずみには悩まされていたことだと想像できますね。
英語のFishingあるいはFisheryというのは趣味の釣り、職業としての漁の両方を意味しています。したがって、そのどちらかを明確にするために、これらの名詞のまえに形容詞をつけてCommercial Fishermanといったりして、その性格をしめします。私のようなFishermanはRecreational Fishermanですね。このように、形容詞をつけて説明をつけくわえることが必要な事項は、その社会のなかで重要性があまりないと言うことのようですね。この例とは逆に日本ですと、猟師と釣り人では、その意味するところが明らかで、方やそれで生活をたてているひと、もう一方は遊びで魚を捕るひとということになりますね。したがって、漁業が日本では、社会のなかで重要度をもっている、人々の関心がこの面ではたかい、ということがいえるように思います。
釣り人を表現するほかのものとしては、Anglerというものがありますが、これは竿を糸の角度から出てきた叙事的な名詞のようですが、いまではちょっとマイナーな表現となっているようですね。また、俗語的にHookerという表現もありますが、これは夜の街に出没するお姫様たちも意味しますから、その使用に注意が必要です。バークレイマリナを基地にした、釣り船のなかには、”Happly Hooker"と言う船もあります。
来年度は、あの湖の釣り許可証画値上げされると言う話を聞きました。放流する虹鱒の値段が1ポンドあたり$2.76から$3.33に20%の値上げとなったために、その比率で許可証のほうも価格が移行するそうです。最近、この公園区全体の放流管理の責任者{Fisherry Manager)と話をする機会がありました。彼によると、放流される虹鱒の個体の重量の比率があり、それは、70%が1-1.5Lbs,30%が3Lbs以上だそうです。この比率から計算すると、1000Lbsの放流がある場合には、数が一番多い場合で800匹の放流となりますが、通常は5-8Lbsの魚も混じっていたり、1.5Lbs程度も魚も多いので実際には600匹くらいとなるかもしれません。
今朝は、やっと冬らしく、最低気温が37度(華氏)となるそうです。こらから数日、雨と寒気の日々のようです。
釣りのような、気楽な趣味のなかにも、日本とアメリカの文化の違いが投影されているというのが今回のテーマです。言語というのは、社会のなかでの価値観、重要度などが反映されていて、たとえば、アフリカのある言語では、一匹の羊と、2匹の羊では違う名詞となっているとかで、英語でも単数と複数で名詞がちがうものがあるのはご承知のとおりです。この英語文化の先人たちは、多分ねずみには悩まされていたことだと想像できますね。
英語のFishingあるいはFisheryというのは趣味の釣り、職業としての漁の両方を意味しています。したがって、そのどちらかを明確にするために、これらの名詞のまえに形容詞をつけてCommercial Fishermanといったりして、その性格をしめします。私のようなFishermanはRecreational Fishermanですね。このように、形容詞をつけて説明をつけくわえることが必要な事項は、その社会のなかで重要性があまりないと言うことのようですね。この例とは逆に日本ですと、猟師と釣り人では、その意味するところが明らかで、方やそれで生活をたてているひと、もう一方は遊びで魚を捕るひとということになりますね。したがって、漁業が日本では、社会のなかで重要度をもっている、人々の関心がこの面ではたかい、ということがいえるように思います。
釣り人を表現するほかのものとしては、Anglerというものがありますが、これは竿を糸の角度から出てきた叙事的な名詞のようですが、いまではちょっとマイナーな表現となっているようですね。また、俗語的にHookerという表現もありますが、これは夜の街に出没するお姫様たちも意味しますから、その使用に注意が必要です。バークレイマリナを基地にした、釣り船のなかには、”Happly Hooker"と言う船もあります。
来年度は、あの湖の釣り許可証画値上げされると言う話を聞きました。放流する虹鱒の値段が1ポンドあたり$2.76から$3.33に20%の値上げとなったために、その比率で許可証のほうも価格が移行するそうです。最近、この公園区全体の放流管理の責任者{Fisherry Manager)と話をする機会がありました。彼によると、放流される虹鱒の個体の重量の比率があり、それは、70%が1-1.5Lbs,30%が3Lbs以上だそうです。この比率から計算すると、1000Lbsの放流がある場合には、数が一番多い場合で800匹の放流となりますが、通常は5-8Lbsの魚も混じっていたり、1.5Lbs程度も魚も多いので実際には600匹くらいとなるかもしれません。
今朝は、やっと冬らしく、最低気温が37度(華氏)となるそうです。こらから数日、雨と寒気の日々のようです。
学生がNONと言えることの素晴らしさ
2日前に、UC BerkeleyとUC Santa Cruzで学生が校舎を占拠すると言う事件がありました。両方ともに、30%以上の授業料の値上げに反対することをアピールするための行動でした。
日本なら、「過激派校舎の占拠」といった見出しになるのかもしれませんが、こちらでは、「学生が市民的不服従の行動へー校舎を占拠」、といった見出しとなっていました。この違いは、学生にはこの市民的な不服従の権利があるということを当たり前のものと理解している社会と、そうでは無い社会の違いだと思います。この値上げの問題は、これまでもお話をしてきたように、UCが独自に解決できるような問題ではなく、州の税収が増えない限りはその解決はありません。しかし、学生にとっては、理由はどうであれ、身に降りかかる値上げについての不満、反対を表明する権利はあると私は思います。
大人の考え方から言えば、学長や、理事長に反対を表明しても、彼らに問題を解決する権限はないから無駄だと言うことになるかもしれませんが、それでも、あらたな値上げに反対、不満の意思表示をすることは、大事な始まりのように、私は思います。Pell Grantを支給されている学生が30%近くのUC Berkeleyでは、じっさいにこの値上げはこのような学生にとっては、生活にかかわる問題です。
どのような社会運動、政治運動もほんの一握りの人々から始まります。その芽を即つみとってしまうのか、様子をみながら、判断するのか、そこに社会の判断の基調があるようにも私は感じます。学生の反対、不満の行動を見た、州民があるいは、州議会を飛び越して、住民投票の課題にこの問題を掲げることも可能です。数年前までは、学生一人当たりの州政府からの教育援助が16000ドルあったところ、昨年は8000ドルに削減されたUCでは、必要経費の捻出のためには、経費の削減とならび、学生から徴収する授業料の値上げがどうしても必要となってしまいました。
しかし、その値上げを仕方が無いとするか、理由はどうであれ受け入れられない、受け入れるのはいやだと表明するか、学生それぞれが、それぞれの立場が考えていかなければならないことです。
この占拠のテレビのニュースを見ていて気がついたことがあります。この占拠組みのなかにはアジア系の学生がいませんでしたね。これは、どうしたわけでしょう?
日本なら、「過激派校舎の占拠」といった見出しになるのかもしれませんが、こちらでは、「学生が市民的不服従の行動へー校舎を占拠」、といった見出しとなっていました。この違いは、学生にはこの市民的な不服従の権利があるということを当たり前のものと理解している社会と、そうでは無い社会の違いだと思います。この値上げの問題は、これまでもお話をしてきたように、UCが独自に解決できるような問題ではなく、州の税収が増えない限りはその解決はありません。しかし、学生にとっては、理由はどうであれ、身に降りかかる値上げについての不満、反対を表明する権利はあると私は思います。
大人の考え方から言えば、学長や、理事長に反対を表明しても、彼らに問題を解決する権限はないから無駄だと言うことになるかもしれませんが、それでも、あらたな値上げに反対、不満の意思表示をすることは、大事な始まりのように、私は思います。Pell Grantを支給されている学生が30%近くのUC Berkeleyでは、じっさいにこの値上げはこのような学生にとっては、生活にかかわる問題です。
どのような社会運動、政治運動もほんの一握りの人々から始まります。その芽を即つみとってしまうのか、様子をみながら、判断するのか、そこに社会の判断の基調があるようにも私は感じます。学生の反対、不満の行動を見た、州民があるいは、州議会を飛び越して、住民投票の課題にこの問題を掲げることも可能です。数年前までは、学生一人当たりの州政府からの教育援助が16000ドルあったところ、昨年は8000ドルに削減されたUCでは、必要経費の捻出のためには、経費の削減とならび、学生から徴収する授業料の値上げがどうしても必要となってしまいました。
しかし、その値上げを仕方が無いとするか、理由はどうであれ受け入れられない、受け入れるのはいやだと表明するか、学生それぞれが、それぞれの立場が考えていかなければならないことです。
この占拠のテレビのニュースを見ていて気がついたことがあります。この占拠組みのなかにはアジア系の学生がいませんでしたね。これは、どうしたわけでしょう?
日本とアメリカ合州国のちがい
ご存知のように、私は学生のころから、その当時の言葉でいえばノンセクトラジカルで、急進的な民主主義というものの信奉者でした。最近は、日本の政府が沖縄の米軍基地の返還を求めることになったとかで、これは日本共産党の政策の横取りではないかといぶかっているところです。たしか、政権政党は民主党でしたよね。
私は、日本と合州国の大きな違いは、日本では「平和のために死ね」でアメリカでは「平和のために殺せ」という政治思想のちがいではないかと思っていました。日本の憲法第9条を考える際に、武装をせずに、国際紛争を平和的に解決する道は、侵略を受けた場合も非暴力の抵抗ですから、これは国民の犠牲がでることは当たり前です。いわば、その犠牲を覚悟した死屍累々の上で平和を勝ち取るという思想ですから、国民の愛国心と大決意が発揚されて、初めて実現できる思想です。ただ、日本では、現実とこの思想の乖離が大きく、歴史的な現実は、この崇高な思想から外れてアメリカの核の傘のもと再軍備の道を日本は取っていったわけですね。
しかし、私は、今でもこの9条の政治思想は、アメリカと対等に政治思想論争のできるレベルのものだと思っています。ついでに、日米安保条約については、冷戦時のアメリカの自国の利益が優先されて生まれたものですから、戦争状態になって、自衛隊がアメリカ軍の元で従軍していったとしても、指令権はアメリカ側にあり、日本をまもることと、国民を守ることが同一ではなくなってしまうきらいもあります。
国民を上げての非暴力の抵抗は、ナチ制圧下のヨーロッパの小国のいくつかでみられ、しぶとく、たゆまない抵抗は
犠牲はおおきかったものの、支配するものにとって悪夢だったようすね。
私は、日本の戦後教育を受けてきたのですが、平和憲法ということは教えられても、それが実際にどのように実現できるのか、国民の個人、個人に何を求めるのかという具体的な行動の指針というものは授けられなかったと思います。これも、あるいは日教組の限界だったかもしれませんね。
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私は、日本と合州国の大きな違いは、日本では「平和のために死ね」でアメリカでは「平和のために殺せ」という政治思想のちがいではないかと思っていました。日本の憲法第9条を考える際に、武装をせずに、国際紛争を平和的に解決する道は、侵略を受けた場合も非暴力の抵抗ですから、これは国民の犠牲がでることは当たり前です。いわば、その犠牲を覚悟した死屍累々の上で平和を勝ち取るという思想ですから、国民の愛国心と大決意が発揚されて、初めて実現できる思想です。ただ、日本では、現実とこの思想の乖離が大きく、歴史的な現実は、この崇高な思想から外れてアメリカの核の傘のもと再軍備の道を日本は取っていったわけですね。
しかし、私は、今でもこの9条の政治思想は、アメリカと対等に政治思想論争のできるレベルのものだと思っています。ついでに、日米安保条約については、冷戦時のアメリカの自国の利益が優先されて生まれたものですから、戦争状態になって、自衛隊がアメリカ軍の元で従軍していったとしても、指令権はアメリカ側にあり、日本をまもることと、国民を守ることが同一ではなくなってしまうきらいもあります。
国民を上げての非暴力の抵抗は、ナチ制圧下のヨーロッパの小国のいくつかでみられ、しぶとく、たゆまない抵抗は
犠牲はおおきかったものの、支配するものにとって悪夢だったようすね。
私は、日本の戦後教育を受けてきたのですが、平和憲法ということは教えられても、それが実際にどのように実現できるのか、国民の個人、個人に何を求めるのかという具体的な行動の指針というものは授けられなかったと思います。これも、あるいは日教組の限界だったかもしれませんね。
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