UCLAへ質問状
合格した息子に同じ専攻の在校生からメールがあり、何か質問があれば訊いて、というので、息子が質問した内容が下記のものでした。カリフォルニア州の公立大学では、財政難のためにさまざまな削減が行われていますが、これが息子が志望する専攻にどのような影響があるかどうかといった質問内容でした。
I'll say first that I applied to six schools and UCLA has been my top
choice for quite some time. I'm excited, and grateful, to have been
offered admission. However, I'm pretty concerned about budget cuts.
What kind of squeezes are the Student Affairs program and Master's
students in general feeling? In other words, have cuts had any
significant effect on the quality of the program or the quality of
life for students in general?
Second, what would you say differentiates UCLA's program from
similar-length higher education administration programs at Harvard and
Penn? What are its particular strengths?
And finally--sorry if I'm being cliche but I have to ask--why did you
select UCLA, and what is the best part of the program for you?
在校生むけということで、すこし、学生同士の親しみを匂わせる文章になっているのがお分かりになると思います。
これについての、返答は、あまり要領の得ないもので大学院の学長がこのプログラムの積極的な後援者であることといった、専攻関係者の決意についての説明はあったものの、会計上の保障といった面についての説明はまったくありませんでした。この在校生は、4年間の在学後UCLAを卒業してそのまま、この大学院に進学したそうですが、返答の長い文面をみると、Pomonaのものに比べて、UCLAでの「書き方」の教育は、もう一歩という印象を持ちました。
さて、話が飛びますが、息子の話によれば、この専攻で修士になって就職し、8年後の年収のデータによると、中心の50%の範囲では、50000ドルから105000ドルの間だそうです。金持ちにはなれないが、快適な生活はできるということになるようですね。
I'll say first that I applied to six schools and UCLA has been my top
choice for quite some time. I'm excited, and grateful, to have been
offered admission. However, I'm pretty concerned about budget cuts.
What kind of squeezes are the Student Affairs program and Master's
students in general feeling? In other words, have cuts had any
significant effect on the quality of the program or the quality of
life for students in general?
Second, what would you say differentiates UCLA's program from
similar-length higher education administration programs at Harvard and
Penn? What are its particular strengths?
And finally--sorry if I'm being cliche but I have to ask--why did you
select UCLA, and what is the best part of the program for you?
在校生むけということで、すこし、学生同士の親しみを匂わせる文章になっているのがお分かりになると思います。
これについての、返答は、あまり要領の得ないもので大学院の学長がこのプログラムの積極的な後援者であることといった、専攻関係者の決意についての説明はあったものの、会計上の保障といった面についての説明はまったくありませんでした。この在校生は、4年間の在学後UCLAを卒業してそのまま、この大学院に進学したそうですが、返答の長い文面をみると、Pomonaのものに比べて、UCLAでの「書き方」の教育は、もう一歩という印象を持ちました。
さて、話が飛びますが、息子の話によれば、この専攻で修士になって就職し、8年後の年収のデータによると、中心の50%の範囲では、50000ドルから105000ドルの間だそうです。金持ちにはなれないが、快適な生活はできるということになるようですね。
大学院応募結果中間報告 その2
その後、合否の通知が2つの大学院からありました。ふたつともに合格で、それらは、
Universitu of Washington
University of Penssylvania
の2校です。 これで5校が決まり、合否が通知されていない残りは1校だけとなりました。それは
Harvard
です。
まるで、合格の成功率が予想できないなかで、6校に出願して、5校に合格したのことは、結構良い結果だと思います。この結果は、息子の努力だけによるものではなく、Pomona Collegeが息子に与えた教室の中にとどまらない教育と応募の際の大学の後押しの賜物だと感じています。
また、最後の続報がありしだい、ご報告します。
Universitu of Washington
University of Penssylvania
の2校です。 これで5校が決まり、合否が通知されていない残りは1校だけとなりました。それは
Harvard
です。
まるで、合格の成功率が予想できないなかで、6校に出願して、5校に合格したのことは、結構良い結果だと思います。この結果は、息子の努力だけによるものではなく、Pomona Collegeが息子に与えた教室の中にとどまらない教育と応募の際の大学の後押しの賜物だと感じています。
また、最後の続報がありしだい、ご報告します。
今回の旅行 その3
実は今回の旅行ではちょっとした事故がありました。それは、息子の滞在国から日本に全日空で行った際に私のスーツケースの取っ手が破損してしまったことです。出発が悪天候のためにかなり遅れたために、東京での乗り継ぎ機に間に合うかどうか、怪しい感じにもなっていたので、東京ではこの事故処理は置いておいて、とりあえず、乗りつきに間に合うように専念して、やっと搭乗することができました。
実家の近くの空港では、預けた荷物のなかから、私のものが出てこないと思っていたら、呼び出しがあり、カウンターに行くと、係員が書式をもって待っていました。係員に事情を説明してあとで、彼女が言うには事故が発生したのが、かの国と東京の間だったということもあり、東京に問い合わせて、連絡をするという話でした。実家について小休止をしていたら、早速、全日空から電話があり、事故処理は東京、羽田でします、賠償金して3000円、支払いたいがそれでよいか、と言う提案でしたので、これを受諾しました。
と言うわけで、羽田について、荷物をうけとり近くのカウンターにいって、お金のはいった封筒をうけとり、受領証にサインをして、一件、落着となりました。壊れた取っ手は、実感の道具を総動員して、応急処置をしてきました。
さて、東京では、前回、池袋のサンシャインシティ プリンスに投宿しました。ワイフが予約を入れようとしたときには、宿泊予定の日の宿泊費が公表されていなかったので、HOTEL.COMで予約をいれたのですが、狭い部屋でしたが、部屋にいるのは寝るときだけと言う旅行ですので、あまり気にはなりませんでした。このホテルは商店街とつながっているので、レストランや、食料品店もなかにあり、旅行者にとっては便利です。
東京でしたのは、私は釣り道具屋と本屋をたずねること、ワイフはウインドーショッピング、夜は友人と夕食を一緒といったことでした。釣り道具屋の上州屋には、池袋店、新宿店、渋谷店の全部に行き、サンスイは、池袋店にいきました、それぞれの店で、こりもせず買い物をして、まさに飴屋に行った子供でしたね。東急ハンズもホテルのすぐ近くでしたので、数回いきました。ワイフのほうは、日本人の仲良しと2人で、箱根に温泉ホテル一泊旅行をして楽しいときをすごしてきました。この間は私はお留守番。
新宿、歌舞伎町のおいしい海のものを食べさせる酒場に、友達夫婦に招待されおいしいものをたらふく食べて、
ウマ口の地酒を飲んだりして、これも楽しいときをすごしてきました。この友人は、これまで、20冊くらいの本を出版しているジャーナリストですが、テレビ倫理のお目付け役のような、諮問機関にも関係しているようです。アメリカの歴史の一区切りがついたようだね、と私が言うと、彼も同感だと言っていました。
ある日の午後に、新宿の中村屋の2階で、上智大学の先生をしている友人に、会いました。今年は彼はサバティカルだったのですが、この4月からは現役復帰です。白玉餡蜜を食べながらの話し合いでしたが、彼によれは、日本の大学も職業訓練的な教育から、リベラル アーツの教育に方向転換していく必要があるということでした。
上智の場合には、先生と学生の比率もひくくLACのような教育をする基礎条件はそろっていると言う話でした。
これは雑感ですが、今回の日本滞在で感じたことは、日本と言う国は、表層が変われば変わるほど、その本質に変化が見られない、ということです。外から見れば、人口、労働力の問題、教育問題、雇用問題、それぞれが難しい問題としてあるわけですが、そのなかのひとつといえど、1世代の時間をかけてもすこしでも前進しているようみえないのは、どういうわけなのでしょう。
生活に追われて、ということは理解できるような口実ですが、自分たちの社会が確実に衰退にむかっているという
認識は、その先の行動原理を促すものとして日本人の大人の中にあるのでしょうか?アメリカの未来も、決して明るいだけのものではないと思いますが、それを少しでも明るくするように、住民レベル、州民レベル、国民レベルでの努力が持続しているということは、最低いえるように私は感じています。
旅行をつづるつもりが、最後は不満の露呈となってしまいましたが、右であれ、左であれ我が祖国と言った、偉人がいましたが、私にとって明るくても暗くても日本はわが祖国です。
実家の近くの空港では、預けた荷物のなかから、私のものが出てこないと思っていたら、呼び出しがあり、カウンターに行くと、係員が書式をもって待っていました。係員に事情を説明してあとで、彼女が言うには事故が発生したのが、かの国と東京の間だったということもあり、東京に問い合わせて、連絡をするという話でした。実家について小休止をしていたら、早速、全日空から電話があり、事故処理は東京、羽田でします、賠償金して3000円、支払いたいがそれでよいか、と言う提案でしたので、これを受諾しました。
と言うわけで、羽田について、荷物をうけとり近くのカウンターにいって、お金のはいった封筒をうけとり、受領証にサインをして、一件、落着となりました。壊れた取っ手は、実感の道具を総動員して、応急処置をしてきました。
さて、東京では、前回、池袋のサンシャインシティ プリンスに投宿しました。ワイフが予約を入れようとしたときには、宿泊予定の日の宿泊費が公表されていなかったので、HOTEL.COMで予約をいれたのですが、狭い部屋でしたが、部屋にいるのは寝るときだけと言う旅行ですので、あまり気にはなりませんでした。このホテルは商店街とつながっているので、レストランや、食料品店もなかにあり、旅行者にとっては便利です。
東京でしたのは、私は釣り道具屋と本屋をたずねること、ワイフはウインドーショッピング、夜は友人と夕食を一緒といったことでした。釣り道具屋の上州屋には、池袋店、新宿店、渋谷店の全部に行き、サンスイは、池袋店にいきました、それぞれの店で、こりもせず買い物をして、まさに飴屋に行った子供でしたね。東急ハンズもホテルのすぐ近くでしたので、数回いきました。ワイフのほうは、日本人の仲良しと2人で、箱根に温泉ホテル一泊旅行をして楽しいときをすごしてきました。この間は私はお留守番。
新宿、歌舞伎町のおいしい海のものを食べさせる酒場に、友達夫婦に招待されおいしいものをたらふく食べて、
ウマ口の地酒を飲んだりして、これも楽しいときをすごしてきました。この友人は、これまで、20冊くらいの本を出版しているジャーナリストですが、テレビ倫理のお目付け役のような、諮問機関にも関係しているようです。アメリカの歴史の一区切りがついたようだね、と私が言うと、彼も同感だと言っていました。
ある日の午後に、新宿の中村屋の2階で、上智大学の先生をしている友人に、会いました。今年は彼はサバティカルだったのですが、この4月からは現役復帰です。白玉餡蜜を食べながらの話し合いでしたが、彼によれは、日本の大学も職業訓練的な教育から、リベラル アーツの教育に方向転換していく必要があるということでした。
上智の場合には、先生と学生の比率もひくくLACのような教育をする基礎条件はそろっていると言う話でした。
これは雑感ですが、今回の日本滞在で感じたことは、日本と言う国は、表層が変われば変わるほど、その本質に変化が見られない、ということです。外から見れば、人口、労働力の問題、教育問題、雇用問題、それぞれが難しい問題としてあるわけですが、そのなかのひとつといえど、1世代の時間をかけてもすこしでも前進しているようみえないのは、どういうわけなのでしょう。
生活に追われて、ということは理解できるような口実ですが、自分たちの社会が確実に衰退にむかっているという
認識は、その先の行動原理を促すものとして日本人の大人の中にあるのでしょうか?アメリカの未来も、決して明るいだけのものではないと思いますが、それを少しでも明るくするように、住民レベル、州民レベル、国民レベルでの努力が持続しているということは、最低いえるように私は感じています。
旅行をつづるつもりが、最後は不満の露呈となってしまいましたが、右であれ、左であれ我が祖国と言った、偉人がいましたが、私にとって明るくても暗くても日本はわが祖国です。
UCLA Graduate School of Education and ,,,,,,,,,
昨日(日曜日)の夕食時に電話があり、ワイフがでて、息子あてだったので相手が誰かたずねたら、UCLAの大学院からでした。「何か質問があれば、いつでも私に電話をください。」と言った内容のもので、ワイフが、息子はFellowshipのために海外に滞在していますから、メールの連絡先はどこでしょう、といったようなことを訪ねていました。ワイフが息子がアメリカに帰ってくる時期とUCLAの授業がはじまるまで、ほんの少ししか時間がないと言った話をして、住居はどうするのかといった相談をしていましたが、ついでといった感じで、ワイフが、「ところで、彼の専門の専攻の今年の入学枠は何人ですか。」と尋ねたら「20名です。」と言う答え、それについで、「今期の応募者数は何名くらいだったでしょう?」と尋ねたら「100名くらいでした。」と言う返事でした。残念ながら、合格者数は聞き漏らしたのですが、かなり小さなクラスだと言うことがわかり、ワイフは「これなら、結構いいんじゃない。」などと、自分が行くわけでもないのに気に入った様子です。
私立の大学では、優秀な学生をリクルートするために、電話攻勢があるという話はきいたことがありますが、息子の場合には、Pomonaのときには、合格後に在校生からメールがあり、質問事項があれば、いつでもメールしてといったメッセージくらいで、電話は今回が初めてです。UCLAの大学に合格したときには、お役所的な事務からは、こんな電話は想像もできなかったですから、おなじUCLAとはいえ、やはり大学院は、まったく違った性格の教育機関なのかもしれませんね。
私立の大学では、優秀な学生をリクルートするために、電話攻勢があるという話はきいたことがありますが、息子の場合には、Pomonaのときには、合格後に在校生からメールがあり、質問事項があれば、いつでもメールしてといったメッセージくらいで、電話は今回が初めてです。UCLAの大学に合格したときには、お役所的な事務からは、こんな電話は想像もできなかったですから、おなじUCLAとはいえ、やはり大学院は、まったく違った性格の教育機関なのかもしれませんね。
今回の旅行 その2
息子の国に8日間滞在したあと、息子とワイフと3人で日本に行き実家をたずね、ここに8日間、その後アメリカに帰る前に東京により4泊しまいた。
私が育った北の町は、すっかり雪景色で、ことしは特に雪が多かったそうです。カリフォルニア育ちのワイフが雪かきをしてみてすっかり気に入ったらしく、もっとしたいといっていましたが、この辺が、雪国で育って、雪かきが義務の一部の生活をしてきた人と、そうではない人の心の持ち方のちがいなのでしょうね。雪に対するロマンの持ち方が違うといってもいいかもしれません。
私の両親は、もう90歳に手が届きそうな年齢ですが、健在で父親はまだ運転をしています。ただ、この町も地方都市の例にもれず、私の世代も入れて、高校卒業後、大都市に移住する世代が多いので、比率的に年寄りの多い町となっているようです。私の同窓生たちは、皆、定年という人生の曲がり角にたっていて、これからの人生設計に腐心しているようでした。市役所の部長職についている親友とあって夕食を一緒にしましたが、彼は、嘱望されて外郭団体のある財団に「天下り」とか、夕食前に、彼の役所をたずねて来客用のソファーに腰掛けたら、コーヒーが運ばれてきて、「ああこういう世界もあったんだ。」と、ここ30年来このような世界からとおざかっていた、私の生活をいまさらながら、実感させられました。
この町で、私たちが一番、心待ちにしていたのはおいしい寿司をたべさせる、ある回転寿司にいくことで、4日間だけここに滞在した息子が2回、私たちは4回もここに行きました。息子の大好きな寿司は、あぶりサーモン、たくさん食べて満足していたようです。ワイフは、しめさば、こはだ、にしん、アジなどが好物、これらのねたも新鮮で、大満足だったようです。値段も5人で1万円をこえるくらいと廉価ですから、手ごろです。2日目くらいから、私は運転をしてあちこちに出かけていましたが、日本の街なかは、土地勘がないと目的地への行き方がむずかしいので、普通は父親にナビゲーターになってもらって、次を右にといった指示をだしてもらっていました。
この町には、懇意の釣具店があり、出発前に注文していた品物は、問屋に注文したものもふくめて全部そろえていてくれたので、助かりました。買ったものの主なものは、シマノのリール バイオマスターとアルテグラがひとつづつと、がまかつの鱒針が400本ほど、あとは、クレハのフロロの3Lbsの糸でした。
実家にいるとのんびりするせいか、ワイフもやっと時差を体が感じるようになったのか、昼ねなどをしていました。
息子は一足早く、東京にたち、筑波と京都で、Pomona Collegeからフルブライトの研究生として日本に滞在している2人の同窓生に会いに行きました。たまたま、京都の学生も東京に遊びに来る予定となっていたので、タイミングがよかったようです。彼は、筑波に2日滞在した後、彼の滞在国に戻り、やはりPomonaからやってきている
友達と、今度は北京観光に向かいました。
息子が立ってからの数日間は、私はワイフを買い物に連れて行ったり、博物館にいったりと、ゆったりとした時間をすごし、その後、東京に向かいました。
私が育った北の町は、すっかり雪景色で、ことしは特に雪が多かったそうです。カリフォルニア育ちのワイフが雪かきをしてみてすっかり気に入ったらしく、もっとしたいといっていましたが、この辺が、雪国で育って、雪かきが義務の一部の生活をしてきた人と、そうではない人の心の持ち方のちがいなのでしょうね。雪に対するロマンの持ち方が違うといってもいいかもしれません。
私の両親は、もう90歳に手が届きそうな年齢ですが、健在で父親はまだ運転をしています。ただ、この町も地方都市の例にもれず、私の世代も入れて、高校卒業後、大都市に移住する世代が多いので、比率的に年寄りの多い町となっているようです。私の同窓生たちは、皆、定年という人生の曲がり角にたっていて、これからの人生設計に腐心しているようでした。市役所の部長職についている親友とあって夕食を一緒にしましたが、彼は、嘱望されて外郭団体のある財団に「天下り」とか、夕食前に、彼の役所をたずねて来客用のソファーに腰掛けたら、コーヒーが運ばれてきて、「ああこういう世界もあったんだ。」と、ここ30年来このような世界からとおざかっていた、私の生活をいまさらながら、実感させられました。
この町で、私たちが一番、心待ちにしていたのはおいしい寿司をたべさせる、ある回転寿司にいくことで、4日間だけここに滞在した息子が2回、私たちは4回もここに行きました。息子の大好きな寿司は、あぶりサーモン、たくさん食べて満足していたようです。ワイフは、しめさば、こはだ、にしん、アジなどが好物、これらのねたも新鮮で、大満足だったようです。値段も5人で1万円をこえるくらいと廉価ですから、手ごろです。2日目くらいから、私は運転をしてあちこちに出かけていましたが、日本の街なかは、土地勘がないと目的地への行き方がむずかしいので、普通は父親にナビゲーターになってもらって、次を右にといった指示をだしてもらっていました。
この町には、懇意の釣具店があり、出発前に注文していた品物は、問屋に注文したものもふくめて全部そろえていてくれたので、助かりました。買ったものの主なものは、シマノのリール バイオマスターとアルテグラがひとつづつと、がまかつの鱒針が400本ほど、あとは、クレハのフロロの3Lbsの糸でした。
実家にいるとのんびりするせいか、ワイフもやっと時差を体が感じるようになったのか、昼ねなどをしていました。
息子は一足早く、東京にたち、筑波と京都で、Pomona Collegeからフルブライトの研究生として日本に滞在している2人の同窓生に会いに行きました。たまたま、京都の学生も東京に遊びに来る予定となっていたので、タイミングがよかったようです。彼は、筑波に2日滞在した後、彼の滞在国に戻り、やはりPomonaからやってきている
友達と、今度は北京観光に向かいました。
息子が立ってからの数日間は、私はワイフを買い物に連れて行ったり、博物館にいったりと、ゆったりとした時間をすごし、その後、東京に向かいました。
今回の旅行
今回は、息子の滞在する国に8日間、日本に12日間の旅でした。息子の国については支障があるのでその国名はとしあえず伏せておきますが、ここでは、2つの都市の滞在して、3つの町をたずねました。息子が教えている学校のある町では、ホストファミリーの家を訪ねて挨拶をしたり、ほかのところでは、観光名所をゆっくりと訪ねました。息子は、以前お話したように、この国で学校に赴任するまえに、この国の文化と言語の特訓をうけているために、日常の会話には不自由はなく、定食屋のようなところに行っても、そこのおばさんたちにはその国の若者だと思われるほどの上達振りでちょっと感心しました。私たちには、まったく読めない、聞けない言語であるために、息子のガイドに頼りっぱなしでしたが、彼はこの役目も十分にこなしていました。
夜の遅くにこの国に到着して、次の日は近くの名所をたずね、ここでは英語での無料のツアーがあったので、これに参加しました。歴史のある国でしたから、なかなか興味ぶかいものでした。次の日には、ワイフの希望で、市場めぐりへ、大きなものがいくつもあるこの都市では、活気がある風景で、積極的な物売り攻勢にたじたじの場面もありました・翌日は、特別なツアーを申し込んで、いきました。パスポートの提示が必要で、国籍によっては、参加が拒否されるというツアーでしたが、日本国籍は大丈夫でした。その次の日には息子の住んでいる都市にむかいました。
ホストファミリーを訪ねたのは、ちょうど日曜日で全員が出揃って出迎えてくれました。日本のマンション風の建物に住むこの家族は、この国では中流の上、あるいは上流の下あたりに属するようです。きちんと整頓された家のなかで、昼下がりのケーキなどをご馳走になりながら、息子のために部屋を空けてくれたお礼をいったり、ホストブラザーの描いた、とても中学生とは思えない絵をみせてもらったりして楽しい時をすごしたのち、私はお父さんとがっちりと握手をかわして、お別れしてきました。上のブラザーはことしから大学生で、この数年のうちにアメリカ訪問も希望しているので、彼とは再会の機会があるように思います、というのは、ホストマザーの妹さんが、ロスに住んでいるとかで、行き来があるようだからです。
この都市からバスで2時間くらいのところに、有名な景勝地があるというので、一日ここを訪ねました。あいにくと天候に恵まれず、目的地は閑散としていまいしたが、それは、それなりの風景があり、雨に濡れながらの観光も悪くはないねなどと、強がりを言いながらの一日でした。この都市での残りの日々は、ゆったりと買い物などをしてすごし、最後の日には、最初に訪ねた都市にもどり、ワイフのたっての希望で" 100 Best Hotels in the World ”のなかの一つとされているあるホテルに投宿してしまいました。部屋に、傘が備え付けであったり、お客が滞在中に使えるように携帯電話が各部屋に置かれているホテルは生まれて初めてでしたね。こんな贅沢は、本当は私にはどうでも良いのですが、ワイフは気に入っていたようです。
若いころから、旅先で私は他人に親切にされてきていますが、今回もその例にもれず、行く先々で定食屋のおばさんが、食事のあとで、果物を持ってきてくれたり、おまけだから食べてと注文以外のものを持ってきてくれたりしていました。よほど、おなかが空いている人相でもしているのでしょうか?
この先は次回に
夜の遅くにこの国に到着して、次の日は近くの名所をたずね、ここでは英語での無料のツアーがあったので、これに参加しました。歴史のある国でしたから、なかなか興味ぶかいものでした。次の日には、ワイフの希望で、市場めぐりへ、大きなものがいくつもあるこの都市では、活気がある風景で、積極的な物売り攻勢にたじたじの場面もありました・翌日は、特別なツアーを申し込んで、いきました。パスポートの提示が必要で、国籍によっては、参加が拒否されるというツアーでしたが、日本国籍は大丈夫でした。その次の日には息子の住んでいる都市にむかいました。
ホストファミリーを訪ねたのは、ちょうど日曜日で全員が出揃って出迎えてくれました。日本のマンション風の建物に住むこの家族は、この国では中流の上、あるいは上流の下あたりに属するようです。きちんと整頓された家のなかで、昼下がりのケーキなどをご馳走になりながら、息子のために部屋を空けてくれたお礼をいったり、ホストブラザーの描いた、とても中学生とは思えない絵をみせてもらったりして楽しい時をすごしたのち、私はお父さんとがっちりと握手をかわして、お別れしてきました。上のブラザーはことしから大学生で、この数年のうちにアメリカ訪問も希望しているので、彼とは再会の機会があるように思います、というのは、ホストマザーの妹さんが、ロスに住んでいるとかで、行き来があるようだからです。
この都市からバスで2時間くらいのところに、有名な景勝地があるというので、一日ここを訪ねました。あいにくと天候に恵まれず、目的地は閑散としていまいしたが、それは、それなりの風景があり、雨に濡れながらの観光も悪くはないねなどと、強がりを言いながらの一日でした。この都市での残りの日々は、ゆったりと買い物などをしてすごし、最後の日には、最初に訪ねた都市にもどり、ワイフのたっての希望で" 100 Best Hotels in the World ”のなかの一つとされているあるホテルに投宿してしまいました。部屋に、傘が備え付けであったり、お客が滞在中に使えるように携帯電話が各部屋に置かれているホテルは生まれて初めてでしたね。こんな贅沢は、本当は私にはどうでも良いのですが、ワイフは気に入っていたようです。
若いころから、旅先で私は他人に親切にされてきていますが、今回もその例にもれず、行く先々で定食屋のおばさんが、食事のあとで、果物を持ってきてくれたり、おまけだから食べてと注文以外のものを持ってきてくれたりしていました。よほど、おなかが空いている人相でもしているのでしょうか?
この先は次回に
学生ローンの返済
Pomona Collegeを卒業した去年の5月に7000ドルくらいの学生ローンがのこりました。このローンはFederal
Perkinsと呼ばれる、連邦政府の支払い金利の補填をするローンの中ではもっとも低利のもので、年利が6%のものだったと思います。
今回のFellowship授与のさいに、このローンの支払い開始がFellowship後になるように書類をおくり申請したのですが、どこかで齟齬があったようで、去年の12月に初回の学生ローンの支払いは3月の初めです、という通知がありました。そこで息子とも相談して、金額も少ないことだから私たちがとりあえず肩代わりをしてあげるということにしていました。1月になって、支払方法などについての通知があり、その際に支払い金利の総額をみたら、これがなんと、2000ドル。7000ドルの借金で2000ドルの金利は、借り始めたときから返済終了のときまでを考えれば妥当な額なのでしょうが、単純に金額と、その比率をみるとちょっとしたショックでした。
この通知によると、2月の末までに借金の元金を返済すれば金利はただだということも示されていたために、昨日通知のなかでの指示のように、Routing NumberとAccount Numberを支払い先にオンラインで通知して、今日口座から総額が引き落とされるはずです。
これで、息子は借金のない身ですが、Credit Historyも作っていくことが必要ですから、これもあるいは諸刃の剣かもしれませんね。
Perkinsと呼ばれる、連邦政府の支払い金利の補填をするローンの中ではもっとも低利のもので、年利が6%のものだったと思います。
今回のFellowship授与のさいに、このローンの支払い開始がFellowship後になるように書類をおくり申請したのですが、どこかで齟齬があったようで、去年の12月に初回の学生ローンの支払いは3月の初めです、という通知がありました。そこで息子とも相談して、金額も少ないことだから私たちがとりあえず肩代わりをしてあげるということにしていました。1月になって、支払方法などについての通知があり、その際に支払い金利の総額をみたら、これがなんと、2000ドル。7000ドルの借金で2000ドルの金利は、借り始めたときから返済終了のときまでを考えれば妥当な額なのでしょうが、単純に金額と、その比率をみるとちょっとしたショックでした。
この通知によると、2月の末までに借金の元金を返済すれば金利はただだということも示されていたために、昨日通知のなかでの指示のように、Routing NumberとAccount Numberを支払い先にオンラインで通知して、今日口座から総額が引き落とされるはずです。
これで、息子は借金のない身ですが、Credit Historyも作っていくことが必要ですから、これもあるいは諸刃の剣かもしれませんね。
Independant Students and Financial Aid
不在中に、FAについての話題がでていて、Empty Nestさん、NYマムさんが情報を交換していらっしゃいました。もう、ご存知かもしれませんが、私の知っていることがいくつかありますので、ここにお知らせしたいと思います。
FAの受給については、Depandant Students(親掛かりの学生)とIndependant Students(独立した学生)では、もちろん査定がちがうために、支給額にも大きな違いがあります。さて、親掛かりではない、独立した学生の定義というのは、どうなのかというと、2010-2011年度の学生をとれば、
1、誕生日が1987年1月1日前であること。(24歳条項)
2.去年度、親からの生活援助の額が50%以下であること。
3.大学院生になる見込みであること。
4.訓練を終えて軍務に服していること。
したがって、息子の場合には、2が適用となり、Independent Studentとして認定されるために、FAFSAの申請においては、親の資産、収入の提示が必要ではなくなりました。これらの条項は、ひとつでも適用となれば、Independant Studentの資格があります。
私の友人のこどもは、大学在学時に感慨留学したあとで1年間休学したために、6年かかってUCSDを卒業しましたが、この最終の年度には、1が適用されたために、FAの額が大幅にふえたそうです。
もちろん、これらの要件は、連邦政府が管轄のFAについてですので、大学が私的におこなうFAについては、また別の要件がもとめられることが多いかもしれません。
独立心の強い子供のなかには、高卒後家をでて、就職して自活し、納税者となってから、Independant Studentとして大学応募に望む若者たちもいると聞いています。
ご参考になりましたでしょうか?
FAの受給については、Depandant Students(親掛かりの学生)とIndependant Students(独立した学生)では、もちろん査定がちがうために、支給額にも大きな違いがあります。さて、親掛かりではない、独立した学生の定義というのは、どうなのかというと、2010-2011年度の学生をとれば、
1、誕生日が1987年1月1日前であること。(24歳条項)
2.去年度、親からの生活援助の額が50%以下であること。
3.大学院生になる見込みであること。
4.訓練を終えて軍務に服していること。
したがって、息子の場合には、2が適用となり、Independent Studentとして認定されるために、FAFSAの申請においては、親の資産、収入の提示が必要ではなくなりました。これらの条項は、ひとつでも適用となれば、Independant Studentの資格があります。
私の友人のこどもは、大学在学時に感慨留学したあとで1年間休学したために、6年かかってUCSDを卒業しましたが、この最終の年度には、1が適用されたために、FAの額が大幅にふえたそうです。
もちろん、これらの要件は、連邦政府が管轄のFAについてですので、大学が私的におこなうFAについては、また別の要件がもとめられることが多いかもしれません。
独立心の強い子供のなかには、高卒後家をでて、就職して自活し、納税者となってから、Independant Studentとして大学応募に望む若者たちもいると聞いています。
ご参考になりましたでしょうか?
大学院応募結果中間報告
まず、前にお知らせした志望校リストがありましたが、その中で最終的に応募したのは、次の6校でした。
1 UCLA
2 Harvard
3.U.Penn
4、University of Michigan
5.University of Washington
6、USC
これらの大学の合格発表は3月に予定されていましたが、内定ということなのでしょうか、あとで正式通知がありますと断った上での、" We recomended you for admission."と言う専攻学科内の審査通過の知らせが不在中の郵便の山のなかにありました。
この内定の通知があったのは、
UCLA,
University of Michigan,
USC
です。早いところでは、2月12日付けですから、正式発表の1ヶ月前に通知があったことになりますね。あと、結果待ちが
Harvard
U.Penn,
University of Washington
です。おそらく、これから2週間くらいのあいだには、結果が通知されてくるものと予想しています。
通知は、UCLAが普通のサイズの封書、USCは大型の封書が2通、U of MichiganからはE-Mailによるものでした。この通知のなかには、インターンやFAについての説明もありました。これらの大学院では入学の申し込みの期限が4月15日となっていますから、これから、ばたばたしそうです。3月下旬のOpen Houseの予定なども知らせてきていますが、これは息子には参加不可能ですね。
1 UCLA
2 Harvard
3.U.Penn
4、University of Michigan
5.University of Washington
6、USC
これらの大学の合格発表は3月に予定されていましたが、内定ということなのでしょうか、あとで正式通知がありますと断った上での、" We recomended you for admission."と言う専攻学科内の審査通過の知らせが不在中の郵便の山のなかにありました。
この内定の通知があったのは、
UCLA,
University of Michigan,
USC
です。早いところでは、2月12日付けですから、正式発表の1ヶ月前に通知があったことになりますね。あと、結果待ちが
Harvard
U.Penn,
University of Washington
です。おそらく、これから2週間くらいのあいだには、結果が通知されてくるものと予想しています。
通知は、UCLAが普通のサイズの封書、USCは大型の封書が2通、U of MichiganからはE-Mailによるものでした。この通知のなかには、インターンやFAについての説明もありました。これらの大学院では入学の申し込みの期限が4月15日となっていますから、これから、ばたばたしそうです。3月下旬のOpen Houseの予定なども知らせてきていますが、これは息子には参加不可能ですね。
ブログ再開します。
ご無沙汰をしていました。
すこし、お休みをして、息子が滞在している国と日本に行ってきました。昨日、帰米してまだ時差ぼけです。今回の旅のこと、また、息子の大学院の合否の結果がでている途中経過など、これからご報告いていきたいと思います。
では、ひとまず、ご報告まで。
すこし、お休みをして、息子が滞在している国と日本に行ってきました。昨日、帰米してまだ時差ぼけです。今回の旅のこと、また、息子の大学院の合否の結果がでている途中経過など、これからご報告いていきたいと思います。
では、ひとまず、ご報告まで。