大学受験で東京に受験しに行った時、飛行機のシートの、なんていうんでしょう、ヘッドホン的なものを差し込むと全日空(当時w)とかの番組(ラジオなのか?テープなのか?)が聴ける奴w、アレを聴いていたら「ボストン」の「宇宙の彼方へ=More Than A Feeling」が流れてきました。 美しい高音のハモリと分厚いハードなギターの洪水に身を任せていると最高の気分w 東京へ向けて空を飛んでる最中、これから始まる自由気ままな新生活(実はまだ始まっていないのであるw 結局はさらに2年を要しました・・・orz)に思いを馳せると気分はまさに「幻想飛行」(゚з゚)・:∵;;:∵プッ ちょうど8年ぶり(!)の新作3rd「サード・ステージ」が出るとか出たとかいってた頃で、パーソナリティが、「トム・シュルツ」はMITのドクターコースを出て、サラリーマンであるとか、録音技術にこだわるあまり自宅を改造してスタジオにしたとか、エフェクターの会社を設立して社長に納まり、自らの出したい音を日夜研究していたとかのギターオタクっぷりを披露していましたw 浪人が決定し、博多に帰ってきて実家から一番近くに住んでる中・高同じ学校の友達で浪人仲間(w)のK・F君の家に遊びに行くと、なんと彼は「ボストン」大好きで早速「幻想飛行」と「ドント・ルック・バック」を聴かせてもらいました。 「ボストン」は前述の職人的なこだわりのせいか、そろそろ活動30周年になろうとしてるのにベスト以外のオリジナルアルバムが全5枚・・・w 2nd以降は8年周期・・・( ゚∀゚)・∵ブハッ!! 凄すぎですw 未だに芸風は70年代で止まっていますがw 

アーティスト: BOSTON
タイトル: Don`t Look Back

僕が初めて聴いたのは高校一年のとき、友達のR・A君の家で名盤「ホテル・カリフォルニア」を聴かせて貰ったのが最初でした。 ウエスト・コースト・サウンドと聞いてイメージしたのは「ビーチ・ボーイズ 」だったんですけどw「イーグルス」は本来もっと泥臭いカントリー味も混じったバンド(その後ラジオで「テイク・イット・イージー」を聴いて「マジでか!」と仰天しましたw)だとのことでした。1曲目が屈折した暗さを持ったメロウな「ホテル・カリフォルニア」で当時ラジオで「ツェッペリン 」の「天国への階段」を聴いたばかりの僕はすぐさま気に入り、「良い曲やねぇ」というと「ホテル・カリフォルニアっていうホテルに泊まったって歌たい。」という返事w(そういえばR・A君は「天国への階段」も「少女が天国への階段を買ったっていう歌、と簡潔に説明していたw)  ただ、これはアルバムの最後に入れる曲やろう、と思いましたw やっぱ1曲目はノリの良いアップテンポの曲じゃないと、ってw ところが・・・このアルバムにはノリの良い曲なんて入ってないのでw 当時の僕にとってはミディアム・テンポの曲はいまいちかったるかったのですが・・・「イーグルス」みたいなバンドは、ある意味HipHopなんかと同じで歌詞の意味も判った上でないと、その良さが見えにくい、ということに気付いたのはもっと後のことでしたw 「イーグルス」はその後「ホテル・カリフォルニア」の大ヒットの重圧(!)から解散、めいめいがソロで活動(「ドン・ヘンリー」(Ds.Vo)の「ボーイズ・オブ・サマー」なんか名曲ですね♪)した後、20年たって再結成した「イーグルス」も去年のツアー後に解散・・・。 お疲れさまでした・・・。

アーティスト: Eagles
タイトル: Hotel California
バッド・ブレインズ」は名前だけは雑誌などで目にして知っていましたが、聴いたことはありませんでした。 黒人によるハード・コア・パンクという触れ込みで、興味がありましたが、大学の時バイトしてたカラオケ屋で一緒に働いてたK・N君が持ってたレコードを見ると「ボブ・マーリィ 」ばりのぶっといドレッド・ヘアを振り乱して歌う「H・R」(Th)の姿がカッコいいw 早速中古レコード屋で「ボブ・マーリィ」の歴史的名盤と同じタイトルwの「Live」を買いました。 ジャケットを見るとヴォーカルであるはずの「H・R」のとこにはVocalではなくThroatと書いてある・・・スロート・・・喉、のど?! 物凄い期待感とともに音を聴いてみると一曲目の「I=アイ」からゴリ押しのハード・コア・サウンドに「ワチャチャワチャチャ」というわけのわからない奇声シャウト(そんで”のど”っていうわけかw)が混じった野太い声で押しまくる物凄さにノックアウトされましたw 激しく熱いテンションの高い曲から、レゲエ・ソングやファンク調のナンバーまでヴァラエティに富んでおり、「レッド・ホット・チリペッパー 」などのミクスチャー・ロックの興隆のはしりといっても良いでしょう。 ラストは「ビートルズ 」の「デイ・トリッパー」をレゲエ・チューンでカヴァーしてますが、ジョン・レノン曰く「週末だけヒッピーになる(ドラッグをキメる)奴の歌」の「デイ・トリッパー」をマリファナ=ガンジャを「神からの贈り物」として神聖視し、コカインやスピードを、「権力者が民衆を縛るものとして生み出した悪」と嫌っているレゲエ、で歌ったところが面白いと思いましたw
アーティスト: Bad Brains
タイトル: Live
僕が通ってた中学は雑嚢(白い布製の肩掛けカバン)が制式採用されており、僕らは丈夫な帆布のベルト部分に好きなミュージシャンのロゴとかマジックで描いてました。 当時よく目立ってたのは「MSG 」とそして「AC/DC」でした。 ACとDCの間の稲妻マークと「直流、交流」という名前は面白い感じがして気にはなっていました。 高校に入って洋楽聴きだした頃友達のR・A君の家で「AC/DC」を聴きました(残念ながら流して聴いてたのでどのアルバムか覚えていません)。 オーストラリアのバンドというのも新鮮でしたが、そのとき「アンガス・ヤング」(G)の半ズボンにブレザー、ランドセルという日本でいうと小学生の格好が奇妙な印象で「なんでこの人こげな格好しとうと?」と聞いても「知らんけど、この格好がトレード・マークやけん。」とのこと。 音はミディアム・テンポの剛球一直線という感じでw骨太のハード・ロックは当時の僕には良さがわかりませんでした。 大学に入って本格的に洋楽を聴きだしてから「AC/DC」も聴いてみようと思って1st「ハイ・ヴォルテージ」を買って聴いてみました。 一曲目の「It's a Longway to theTop (If You Wanna Rock'N'Roll) 」がデヴュー・アルバムの曲とは思えない風格すら感じさせる名曲でバグパイプをフィーチャーしてるのがなんともいえずいい感じでした。 「アンガス・ヤング」のあの格好ですが、デヴュー当事若干15歳(!)だったので、学校の制服を着てステージに上がっていたのがトレード・マークになったんだそうで・・・w そういや10年くらい前の日本のインディーズにも中学生ギタリストいたっけか・・・名前忘れちゃった・・・_| ̄|○
アーティスト: AC/DC
タイトル: High Voltage
あまり行く気も無かった大学に合格したものの、先輩の話だと履修届けを出すまでは遊びみたいなもんだ、ってのを聞いて、しばらくは学校にも行かず、家に引き篭もってFC版「信長の野望」ばかりしていましたw 5月に入ると、ウチの大学は研修旅行(高校生みたいw)があって強制参加だとのこと。 しぶしぶ参加したのですが、博多から上京してまったく講義にも出席していなかったので当然友達どころか顔見知りもおらず、早速発生してる仲良しグループにも入れずまったく孤独だったのですが、行きのバスの車中、誰かがかけたテープに入ってた曲が「UFO」の「ロック・ボトム」だったか「ドクター・ドクター」だったかw 研修所に付くなり「バスでかかってた「UFO」のテープ誰のか知ってる?」と聞きまくりました。 そこでN・A君とT・T君のグループと知り合いました。 テープは「MSG」大好きのT君の物で「ビリー・シーン 」(「MSG」の最初はメンバーだったとか。)を尊敬するベーシストでした。 その夜は音楽の話で盛り上がり、ようやく大学でも友達が出来たというわけでw ある意味「マイケル・シェンカー」のおかげですねw 僕は「神~帰ってきたフライング・アロウ」しか聴いたこと無かったので早速T君が「神話」以降を貸してくれました。 「マイケル・シェンカー」といえばフライングVがトレード・マーク、お兄ちゃんのつてで「スコーピオンズ」に加入時は14歳(!)という天才少年で、その後スカウトされた「UFO」で全国に名を成すも精神的に弱く重圧に耐え切れず逃亡(w)、その後改心したのか自らのバンド「マイケル・シェンカー・グループ」を結成、僕ら世代にとってのギター・ヒーローでした。 「イン・トゥ・ジ・アリーナ」等のメロウな泣きのギターよりも僕は聴きなれた(?)「アームド・アンド・レディ」(ベタですがタイトルのカッコ良さといい彼の代表曲といっていいですね。)の乾いた速弾きが好きだったんですが、「セイヴ・ユア・セルフ」を聴いて衝撃を受けました(序盤の間奏のメロウな速弾きは鳥肌モンです。 「マイケル・シェンカー」のお母さんのお気に入りでもあるそうですw)。 「MSG」といえば忘れられないのが「グラハム・ボネット」事件ってのがありましたw 「グラハム・ボネット」といえば「リッチー・ブラックモア」や「イングヴェイ・マルムスティーン」とも絡んだヴォーカリストでしたが「MSG」時代にライヴ中に下半身を露出させて逃亡(w)→解雇(w) その後「ジッパーが壊れた。俺のはデカイからな。」と豪語したとかしてないとか・・・w パンツ履かない人だったのねw
アーティスト: マイケル・シェンカー・グループ
タイトル: 神 ― 帰ってきたフライング・アロウー
中学の時に出会った「スターリン」がある意味、僕の人生を変えたバンドなんですが、ベタにハマっていたので遠藤ミチロウが責任編集してたソノシート・マガジン「ING'O!」も購読していました。 そこで遠藤ミチロウが「西海岸のハード・コア・パンク・バンドで「デッド・ケネディーズ」というのがいてヴォーカルの「ジェロ・ビアフラ」から手紙を貰った云々・・・。」と書いていて、「ホリディ・イン・カンボジア」という曲名と写真が載っていました。 チェックのネルシャツにモヒカンという格好が当時は奇妙な感じでしたが、アメリカ=ヴェトナム戦争を想起させる曲のタイトルは印象に残っていました。 その後 何かのコンピレーション・アルバムで件の「ホリディ・イン・カンボジア」を聴きましたが、震えるような独特の声でカッコいい。 数年たって1st「暗殺=Fresh Fruits For Rotting Vegetables」(この邦題は・・・orz)を買いましたが「貧乏人を殺せ」、「大家をリンチ」などブラック・ユーモアたっぷりのヤバげなタイトルの曲ばかりなくせに、ラストは「エルヴィス・プレスリー」の「ヴィヴァ・ラスベガス」・・・w 3rdアルバムの「フランケンクライスト」(残念ながら未聴ですw)のポスターにおける言論の自由をめぐっての裁判闘争などでも知られる政治活動家で、この人、サンフランシスコ市長選に立候補したりもしてるw 4th「民主主義よ永眠なれ=BedTime For Democracy」(「I Spy」、「Anarchy For Sale」なんかカッコいいです。)ではだいぶハード・コア色が強くなりましたが、「デッケネ」らしさはしっかり残ってます。 結局はこのアルバムを最後にバンドとしては(裁判闘争の重圧からと言われてます。)解散してしまいましたが、ソロとして「ノー・ミーンズ・ノー」と組んだり、「ミニストリー 」とのユニット「ラード」で音楽活動を再開してます。 芸風はまったくといっていいほど変わり、「デッケネ」の匂いはかけらも残ってはいませんがw
アーティスト: DEAD KENNEDYS
タイトル: Fresh Fruit for Rotting Vegetables

「パンクス」のイメージのところで書いた(「ディスチャージ 」の項参照)「モヒカン刈り(本場英国ではトロージャン・ヘアというそうですw トロイの木馬、で有名なトロイ人のかぶとの飾りみたいな髪型、ということでしょう。)」ですが、実際には「ディスチャージ」も「G・B・H 」も髪の毛をツンツン立たせてはいるものの、「モヒカン刈り」ではありませんでした(モヒカンも髪を立たせていますが、もちろん「ダイエー・スーパー・ハード」なんてないのでw洗濯のりで立たせてたとか・・・w)。 では誰がモヒカン刈りだったのかというと「エクスプロイテッド」でしたw 「モヒカン」はパンクの中でもOiパンクといわれる人たちが好んだので、「エクスプロイテッド」もどちらかというとOiパンク寄りだとのことでした。 最初に聴いたのはなんかのオムニバスに入ってた「デッド・シティーズ」と言う曲で(「トゥループス・オブ・トゥモロウ」に収録)性急なビートに乗せた攻撃的な音の雰囲気は日本のハードコア・パンク・バンドに近い感じだと思いました。 初期のハード・コア・パンク・バンドの中では最も初期パンクに近く、一番単純な音楽性でわかり易かったし、Oiパンク特有のみんなで斉唱するような歌(シンガロングというらしいですねw 当時はそんな言葉なかったもので・・・orz)もあり、ライヴで騒げるバンド、と言う感じでした。 彼らの代表作「パンクス・ノット・デッド」の「パンクス・ノット・デッド」という曲(こういう言葉って言ったモン勝ちですねw)は「ハード・コア・パンク」というジャンルの代表曲といってもいいでしょう。 後にディスチャージと同様メタルっぽくなったとか言う話ですがその頃のは聴いたことないんです・・・。

アーティスト: The Exploited
タイトル: Punks Not Dead [UK Bonus Tracks]

 

正式名称は「charged G・B・H」(同名バンドがいたので頭にチャージドとくっ付けたそうでw 「ダイナソーJr .」と同じパターンですね。)、「ディスチャージ 」と一緒に借りたのは2nd「シティ・ベイビーの復讐」(1stのタイトルは「シティ・ベイビー・アタックド・バイ・ラッツ」w 1stでネズミに襲われたシティ・ベイビーが反撃するわけですw)でした。 高速2ビートの曲以外にも普通の8ビートの曲もあり、ギターの音がメタルっぽく、「ディスチャージ」よりも歌としての体裁が整ってる感じでした。 メタルっぽい音はHR/HMファンに対してのとっつきも良かったです。 事実、ヘヴィ・メタルしか聴かないという後輩に「Forbidden Zone」(メロディアスなギターソロのないHMと言っても良いw)を聴かせたら「カッコいいっすね!」と言っていました。 「ディスチャージ」に比べ政治性は薄く、日常の出来事を歌っってるような歌詞もあり、「G・B・H」以降ヘヴィ・メタルとハード・コア・パンクの違いの境界線は自己申告のみ、になっていった感があります。 当時この「G・B・H」いうバンド名、何の略か凄い気になってK・T君と話した覚えがありますw 僕は「Great・Britain・Hard=core」説を主張w(まるでGTO=グレート・ティーチャー・オニズカですねw)していたのですが、どうやら法律用語だとのことw そりゃそうだw 意外にも徐々にメタル化していった「ディスチャージ」とは逆に「ロックンロール色を強めていったとのことで、こういうところも好対照です。
アーティスト: GBH
タイトル: Charged Gbh: Clay Records (2cd Set)
世間で一般的に認知されてる、いわゆる「パンク」のイメージ(鋲付き革ジャン、鋲付きリストバンド、モヒカン刈り、スピーディな2ビートドラム、ノイジーなギター、マシンガン・ベース、吼える様に歌うヴォーカル、など)は実は「ハード・コア・パンク」のイメージに他ならないわけですが、「ディスチャージ」はその「ハード・コア・パンク」の草分けです。 「ディスチャージ」を初めて聴いたのは高校1年の時、中学の友達のK・T君の家に遊びにいった時、聴かせて貰いました。 日本で初めて発売された「ハード・コア・パンク」のアルバム、タイトルは「Hear Nothing See Nothing Say Nothing」(=何も聞くな、何も見るな、何も言うな、とでもいいましょうか。)。 4分割されたモノクロのジャケットに目、耳、口、首から上がレタスの人間の写真がなんとも異様でした。 そのころ「パンク」といえば「セックス・ピストルズ 」と「スターリン」、「アナーキー」ぐらいしか聴いたことなかったのですが、更なる衝撃を受けました。 「反戦、反暴力」の政治的なメッセージを高速のビートに乗せて叩きつけるように吼える「State Violence State Control」(=国家暴力、国家支配、とでもいいましょうか。)は凄まじいインパクトがありました。 K・T君に一歩先を行かれた!w 「ピストルズ」を聴いたのは僕のほうが早かったのに!(当時はそういうくだらないことにこだわってましたw セックス・ピストルズ の項を参照w) 焦って「コレどげんしたと?」と聴くと、我々御用達の近所のレンタル・レコード屋に入ってたとのことw すぐさま帰りがけに「ディスチャージ」と「G・B・H 」を借りて帰り、むさぼるように聴きまくりましたw 「何よりもメッセージを伝えたいから」とライヴの前には自ら歌詞カードを配っていたという彼ら、歌詞は殆どが英文で30語程度の短いもので、反戦、反暴力に関する歌詞ばかり。 そして「金のない奴らに聴いて欲しい」とライヴのチケット代を安く抑えているという、古くは「クラッシュ 」に始まり「グリーン・デイ 」まで綿々と受け継がれている真摯な姿勢にも共感を覚えました。
アーティスト: Discharge
タイトル: Hear Nothing, See Nothing, Say Nothing
僕が高校3年の時だったか、雑誌「宝島」(今は成人向けのエッチな本らしいですがw 当時はサブ・カルチャー全般、主に音楽、ファッションを扱ったイケてる雑誌でした^^; ちょっと前のTVBrosに雰囲気似てたかなw)来日した「トイ・ドールズ」の「オルガ」(Vo.G)と「有頂天」の「ケラ」(今は舞台演出家として有名ですが当時は凄い人気でしたw)が対談した記事が載ってて、それで興味持って「アイドル・ゴシップ」を聴いてみました。 ロック界最速といってもいい高速カッティング(あくまで聴き取れる範囲で、ですがw)から始まるタイトル曲の「アイドル・ゴシップ」はキャッチーでなおかつポップ。 「オルガ」のまるで子どものような悪ガキ丸出しの声にOiパンク特有の全員コーラス(?)も最高でw歌詞もユニークなものが多く、明るく楽しいOiパンクという感じで新鮮でした。 大学の時に「10イヤーズ・オブ・トイズ」というベスト盤を見つけて買ってみましたが10年間不変のサウンドは相変わらずでw ギターのハーモニクスで出す「ピンポーン♪」と言う呼び鈴の音とスネア・ドラムの音で「ダダダダッダダ!」とドアをノックする音を出し、歌は「ハロー!フローレーンス!」といい続けるだけ(!)の楽しい曲「フローレンス・イズ・デフ」や気の抜けたようなヘナチョコカヴァーからいきなりのいつもの高速カッティングがカッコいい「ブルー・スェイド・シューズ」など遊び心満載でしたw 何度も来日しており、その後の日本のバンド・ブーム(っていうかこれぞビート・パンク、ですねw)などに与えた影響はかなり大きいと思います。
アーティスト: トイ・ドールズ
タイトル: HIGH SPIRITS