あっぱれな人生をありがとう | cafeゆりえみ

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三重県桑名市にある発酵食品を取り入れた手作りピザランチのお店です。

完全予約制なので、小さいお子様連れもOK!貸し切りも出来ます。
ご希望で、料理教室も受け付けています。

三重県桑名市能部632-2 ☎︎090-7313-2323

今日は母の葬儀でした。


ずーっと「ごめんなさい」と「ありがとう」を

繰り返していました。


お盆の投稿で、亡き母の話を書きましたが

今日はその後、私達家族の所に来てくれた母の話です。

長くなりますが、私の覚書でもありますので、流して下さって結構ですウインク



10歳で産みの母を亡くし14歳で今の母を迎えました。

思春期真っ只中の私は、継母を受け入れる事が出来ず

さらにひねくれましたタラー


バイト三昧だった日々はお金の為でもありましたが

そんな父と母を見たくなかったのも正直な所でした。


真面目ヤンキーとでも言いますか、中途半端に笑い泣き横道にもそれました。


どんな気持ちでそんな私を見ていたのか、想像しただけでも胸が苦しくなります。

何も怒りませんし、注意もされませんでした。出来なかった…が本当でしょう。


母は、自分の子供を産む事はなかったのがまだ私の中の救いでした。


それでも、自分の子供の様に育ててくれ、嫁入り道具も「お父さんには内緒やで」と言い、出来る限りの支度をしてくれました。


早くに結婚をし孫が産まれると、当たり前の様に3人の子供達を平等に可愛がってくれました。


子供の運動会は、必ず得意のお寿司を作って見に来てくれました。


頭では感謝をしていました。苦労かけた事も、結婚して親のありがたみを感じ、子供を持ってさらにお世話になり、いつも休める場所、時間がゆっくり流れる場所を与えてくれました。


私も苦労かけた分、恩返しをしようと色々やったんだろうけど、何をしたか今はあんまり覚えていませんタラー


ひとつ、どうしても言えなかった事があります。

それは、「お母さん」と呼ぶ事です。


これだけは言えなかったんです。

言ったら、亡き母の存在をなくしてしまうようで。


でも、言えなかった事を今日は

何度も「ごめんなさい」と「ありがとう」を繰り返し涙が溢れてきました。


その母の生き様は、あっぱれな人生だと、この人は本当に凄い人だったと改めて感じました。


母方の親戚からは、「百合栄ちゃんが良くしてくれるっていつも喜んでいたよ、ありがとう」

と皆から言われましたが、私は恥ずかしかったです。


だって、母とも呼ばず、若い頃は苦しめてしまっただろうに…それを顔に出さない明るい人でしたから。

亡き母の法事なども、しっかりと守ってくれました。


元々足が悪い人で、小さくて細い人でしたから体力が無く、身の回りの事が出来なくなり施設でお世話になっていました。


皆さんから慕われ可愛いおばあちゃんになり寂しいだろうに「周りの人が良くしてくれる」と頑張ってくれていました。


コロナ禍になり、面会も出来ないままの最期になってしまいました。


81歳で老衰で眠るように亡くなった事が、家族にとって本当に有難いことでした。


もちろん、もっと生きてほしかったけど、母が選んだ最期はあっぱれとしか言いようがありません!


長くなりますので、続きます。