翌日から、カウンターでのコーヒーを淹れる作業はすべて靖雄さんに任せるようにした。私はお客様の相手をしつつ、少しずつバックヤードにいる時間を長くするようにした。そこで書き下ろしの小説を書いたり、次回作のプロットを考えたりすることにした。
ときおりお店から笑い声も聞こえてくる。いい感じでお店が回っているようだ。たまに常連客から「マスターは?」と聞かれることがある。最初のうちはその都度顔を出すようにしていたが、それも控えるようにし始めた。このお店のマスターは靖雄さんなのだから。
おかげさまで書き下ろしの小説も締め切りに間に合い、いよいよ本格的にこのお店を靖雄さんに引き継ぐときがやってきた。
そのことをごく親しい常連さんだけにお伝えしようと思い、最後の日に私が久しぶりにカウンターに立つことにした。
「あれ、マスターなんか久しぶりに顔を見るね」
「はい、今日はお伝えしたいことがあって」
大々的なことはしない。一人ひとりに、丁寧に事情を話す。そのとき、信頼できる相手にだけ私が小説家になることをお伝えした。
「そうだったんですか。それは驚いたなぁ」
お伝えしたのはわずか五名程度。みんなそんな反応を示してくれた。