「ぜひやらせてください」
靖雄さんがこの答えを出すのにかかった時間は、おそらく30秒くらいではないだろうか。あのナポレオン・ヒルと同じである。このとき、私の心の中にある固まりが溶けていくような感じを受けた。と同時に、笑顔が溢れてきた。
私の笑顔につられてか、靖雄さんも笑顔になっている。その笑顔がとてもいい表情をしている。お互いに未来を掴んだ、それを感じ取れた瞬間であった。
「靖雄さん、とてもいい笑顔をされていますよ。私がずっとそこに立って心がけていたこと、それがこの笑顔です。靖雄さんなら間違いなくできます。自信を持って下さい」
そうだった。私は笑顔を絶やさずにカウンターに立っていた。しかし、ここ数日小説と向き合っているときには笑顔が出ていなかった。だからいいアイデアも出なかったのだ。
よし、これで一歩前進。私の人生の転機が訪れた。こういった転機は何度目だろう。大学を出て先生になったとき、学校をやめてこの喫茶店を始めたとき、そして今。その都度、私は希望に満ち溢れていた。どれも一筋縄ではいかないことばかりではあったが、後悔はしていない。
その後、妻に靖雄さんを紹介し、今起きたことを伝えてみた。