私がある人にありがとうを言っている。そのありがとうを言っている人物とは…
「わたし…私だ」
「みさきさん、どうやら答えが見えたようですね」
「はい、でもどうして私?」
「どうしてだと思いますか?」
「白を選んだのは、それは何にも染まっていないから。そうか、周りの影響を受けていない自分自身のことを指しているんだ。でもどうして感謝する人が自分なの?」
「今まで自分にありがとうを言ったことがありますか?」
突然背後から低く渋い声でそう言われた。この店のマスターの声だ。
「はい、由衣さんのシェリー・ブレンドです。もう一度お聞きします。今まで自分にありがとうを言ったこと、ありますか?」
マスターはにこやかな顔で私にそう聞いてくる。
「自分にありがとう…そんなこと、考えたこともなかった気がします」
「そうなんですよ。実は私もそうでした」
マスターは空いた席に腰掛けて私に話しかけてきた。
「由衣さん、少しみさきさんに話をしてもいいですか?」
「はい、あの話ですね。ちょうどいいタイミングですから」
あの話ってなんだろう? 私は興味を持ってマスターの方を向いた。
「私ね、以前は高校の先生をしていたんです。このときにスクールカウンセラーをしていたんですが。いろいろな人が相談にきて、いろいろな悩みを聞いていました。でね、ほとんどがマイナスエネルギーでしょ。これを続けているとどうなると思いますか?」
「えっと…なんか自分も落ち込んでしまいそうですね」
「そうなんです。事実私もそうなりかけました。だからストレス解消にジムに通ったり温泉に行ったり。でもそれって見せかけのストレス解消なんですよね」
あ、分かる気がする。私も温泉に行くとさっぱりした気になるけれど、家に帰れば現実が待っている。
「それでどうしたんですか?」
「はい、そんなときにある言葉に出会いました。魔法の言葉です」
「魔法の言葉?」
「そう、魔法の言葉。つらい時こそありがとう、いいことがあったら感謝します」
つらい時にありがとう、なんて言えない。そう思ってしまったが、マスターの言葉にさらに耳を傾けた。
「これは五日市剛さんという方の講演を聞いて知ったんです。私は早速それをやってみました。すると…」
「すると?」
「おもしろいように世界が変わりましたよ。ストレスだと思っていたカウンセリングが、そうではなくなったんです。気持ちが楽になり、さらにいいことが引き寄せられてきて。そして今に至るんです。そもそも、ありがとうって誰に言っていると思いますか?」
「誰にって…カウンセリングの相手じゃないんですか?」
「確かにそれもあるんですが。これこそ、自分に向けて言っているんです。悪いことが起きたら、よく頑張ってくれたね、ありがとうって。いいことが起きたら、それをよくやったね、感謝しますって。自分のことを一番認めてくれるのは自分だって」
その言葉にドキッとした。私、今まで自分のことを認めていなかった気がする。だから自分が嫌だったんだ。
「みさきさん、今自分のことをどう思っていますか?」
今度は由衣さんが私に質問してきた。
「自分のことを…正直、嫌でした。こんなに優柔不断で、何一つ自分のものにすることができなくて。でもそれって、自分を否定していたんですね。自分にありがとうなんて一度も言った事無いですから。でも…」
「でも?」
「何に対してありがとうを言えばいいんだろう。言えることなんかないですよ」
「じゃぁ、それをこの八枚のカードを使って探ってみましょうか」
由衣さんはメタファリングのカードを八枚取り出した。前に見たのとは違って、今度は写真のカードだ。