我が家にはそんなところにお金をかけるほど余裕はない。何かをしようとしたら、当然お金がかかってしまうからなぁ。それも戸惑いの原因の一つではある。
旅行前にそんな会話をしたせいか、その週末の旅行はちょっと悶々とした気持ちが残っていた。えぇい、温泉にでも入ってさっぱりしなきゃ。
湯けむりの中、私は一人でぼーっと考えながら時間を過ごした。結局、さっぱりどころかまた考えこんでしまう始末。
あ、やばい。目の前がクラクラしてきた。湯あたりしそうな感じ。そろそろ出なきゃ。
そう思った瞬間、私はよろけて隣にいた女性におもわず抱きついてしまった。
「きゃっ」
「ご、ごめんなさい」
そう言いつつもうまく立てない私。
「大丈夫ですか?」
そう言ってきたのは若い女性。まだ学生じゃないかしら。
「しっかりしてください」
私はその女性に支えられながらも、足元がふらふらしている。
「だ、だいじょう…ぶ」
そう言った後、気を失ってしまった。
次に目がさめたとき、私は頭に冷たいタオルを乗せられて見知らぬ人達の心配そうな覗き顔の中にいることに気づいた。
「えっ、私、どうしちゃったの?」
思わずパニックになる。
「よかった、目が覚めましたね」
そう言ってきたのはさっき抱きついてしまった若い女性。
「ご、ごめんなさい。私、考え事をし過ぎちゃって湯あたりしたみたいで」
ふと気がつくと、浴衣一枚で下着も何もつけていないことに気づいた。急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「とりあえず旅館の方にお願いして浴衣だけ羽織らせてもらって私の部屋に連れてきてもらったんです」
そう説明する若い彼女の顔を改めて見る。髪が長くて清楚な感じ。
「冷たいお水はいかがですか?」
そう言ってくる笑顔がとてもステキ。
「はい、じゃぁお言葉に甘えて」
それに比べて、私はなんだか情けない。
「こちらにはご旅行でいらしたんですか?」
「はい、家族旅行で。しまった! 旦那に連絡を取らないと」
どのくらい時間が経っているのかわからないけれど、なかなか帰ってこない私を心配しているんじゃないかな。
「竹内みさきさん、ですよね。旅館の方が覚えていてくれたので、旦那さんには連絡をしています。それと着るものはこちらに」
そう言ってその女性は袋に入れた私の衣類を渡してくれた。
「あ、ありがとう。なんかすごく迷惑をかけてしまって」
「いえ、とんでもない。でも、湯あたりするまで何を考えていらしたんですか? 何か悩み事でも?」
「悩み事ってほどじゃないんだろうけど」
私は布団の中で手渡された衣類を手早く着て、あらためてその女性の方を見る。
「私、今の自分でいいのかなってふと思ってしまって」
「そういう時期ってありますよね。あ、私白石由衣といいます。大学生なんですけど、セラピストもやっているので何かお役に立てるかもしれません。もしよかったら、あとからもう一度お話しませんか?」
「えっ、いいんですか? そういえばこちらにはお一人で?」
「はい、ちょっと自分自身を癒してみようかなって思って。でも来てよかった。こんな方とお知り合いになれたんだから」
私みたいな人間と知り合いになれてよかっただなんて、なんか変わった人だな。でもそう言われるとなんだかうれしい。
私は由衣さんと食事の後にまた会う約束をして一度部屋に戻った。