第54話 戸惑いながら その1 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

 いつもの時間、いつもの通り道。私は事務のパートから帰る途中によるスーパーで、いつものように近所の奥さんと遭遇し、そしていつもの立ち話。

「竹内さん、聞いた? あそこの奥さんがさぁ…」

 悪い人じゃないんだけど、いわゆるうわさ話が好きなおばちゃんで。この人に捕まると十分は立ち往生してしまうからな。でも、ここで話を聴いてあげないと私がどこで何を言われるかわからない。

 こうやって話好きのおばちゃんの口撃をなんとかクリアすると、次に控えているのがレジの行列。夕方はとても混むから、早く済ませたいんだけど。で、ここをクリアしてようやく子どもを児童クラブに迎えにいける。

 一人息子の利弥は小学二年生。まだまだ親に甘えたい年頃ではある。私の姿を見ると、すぐに帰り支度をして一目散に駆け寄ってくる。

 そして帰ったら旦那の帰りを待ちながら夕飯の準備。旦那は六時半には帰って来て、七時には一緒に夕食。何事もない、こんな感じの毎日がまた今日も終わりを告げようとしている。

 これが幸せなんだろうな。けれど、何かが足りない。最近、そんな戸惑いを感じ始めた。

「みさき、今度の休みにまたみんなで温泉に行かないか?」

 旦那からのお誘いだ。我が家は温泉好きで、時間ができると日帰りや一泊でこういった家族旅行に出かけることが多い。こういうのは好きなのでありがたい。

 でも考えてしまう。これはこれで余暇の過ごし方としては恵まれているのだろうが。やはり何かが足りない。自分の人生、こんな感じで流されていいのだろうか?

 旦那は転勤族で、三年くらいすると次の土地にという形で移動している。おかげでいろんな土地に友達は増えたが、私自身の身の置き場が定着しなくて。それぞれの土地でパートの仕事を見つけては次に移るという形をとっている。

 前回までは子どもも小さかったのでそれほど問題でもなかったが、小学生になってからはそろそろどこかに腰を落ち着けたいな、という気持ちも強い。かといって単身赴任されるのは嫌だ。やはり家族は一緒がいい。

「結局、私の意志が固まっていないのがいけないのかなぁ」

 温泉旅行の準備をしながら、ふとそんな言葉を漏らした。

「えっ、何か言ったか?」

「ううん、なんでもない」

 そう思いつつも、最近こんなことを考え始めたきっかけを思い出した。

「竹内さんってまだ若いんだから、もっと楽しまなきゃ」

 PTAの会合の時、とある奥さんからそんなことを言われた。

「楽しむって、どんなふうに?」

「やっぱやりたいことをやらないとね。何か趣味とか持ってないの?」

 趣味、と言われて困ってしまった。実はいろいろとありすぎて困る。

 結婚前はパッチワークに凝ったこともあった。子どもが小さい頃は手作りのお菓子。仕事についても、商業高校を出ているので簿記の資格は持っている。そのため経理関係には強く、そこからファイナンシャルプランナーの資格も持っている。他にも心理学に興味があって、本を読んで勉強をした。

 けれど、どれも完全に身についたわけではない。もっと突き詰めれば、どれか一つくらいは人に負けないくらいのものを持っていたかもしれないのに。

 そんな話を奥さんにしたら、こんな提案がでてきた。

「だったら私が占ってあげるわよ」

 実はあとで他の人に聞いた話なんだけど、その奥さんは占いに凝っていてだれでもかれでも占いをしてあげるんだとか。まぁお金を取られるわけじゃないし、当たらなくても余興だと思えば文句もないし。そのときは時間がなかったのでまた今度ということにしたけれど。ふとそんなことを思い出してしまった。

「私、何が向いているのかなぁ」

 旅行の準備が終わって、旦那にそんな話をしてみた。

「みさきに向いてるものねぇ。そういうの、確か引き出してくれるような人がいるって聞いたぞ。自分の気づかないところを質問とかして気づかせてくれるってやつ。なんて言ったっけ?」

「コーチング、じゃない?」

「そうそう、それ。みさき、よく知ってたな」

「コーチングも興味はあるのよね。でも勉強しようとしたら結構お金がかかるんだよ」